【業界分析:マイクロバイオーム】ヒトマイクロバイオーム市場規模と動向。腸内フローラ・ビジネスの可能性

2017.08.23 業界分析

近年注目されている、「腸内細菌」「腸内フローラ」「腸内細菌叢」、そして「マイクロバイオーム」。これらに関する市場が、既に海外をはじめとして拡大が期待されています。背景としては次世代シーケンサーなどの技術の進歩があります。腸内フローラとは、そしてその市場規模やビジネスとしての可能性についてみていきましょう。

 

腸内細菌叢、腸内フローラとは

腸内細菌は、読んで字のごとく腸の内部に住み着いている細菌です。これらの腸内細菌は、100兆個が腸内に生息しているといわれています。そして、その種類は1000種類以上。このように多様で多数の細菌が、腸の壁面にびっしりと生息しています。

「腸内フローラ」とは、そのように多様な腸内細菌が腸で生息している様子が、花畑(フローラ)のようであるため呼ばれているものです。腸内フローラ、もしくは同様の意味で腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)ともいわれます。

これらの腸内細菌が腸内において異なる種類の細菌同士でバランスを保ち、複雑な共生関係を構築しています。この複雑な腸内細菌の様子について、近年の遺伝子解析技術の進歩によって研究が進んできており、その役割や機能の理解と共にビジネスとしての可能性が注目されているのです。

 

マイクロバイオームとは

マイクロバイオームは、腸内フローラや腸内細菌叢の同義語としてもつかわれることも多いですが、意味は少し異なります。

マイクロバイオームとは、つまり、マイクローブ(細菌、microbe)全体という意味です。

オームという接尾語をつけることで「全体」を示し、これらは、バイオ研究の世界でも、ゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボロームなどオミックス情報ともいわれます。これらのオミックスの研究として、網羅的な遺伝子やたんぱく質、代謝物などの分子情報などの分析がなされています。マイクロバイオームというと、ある環境における微生物のゲノム情報全体を示します。

なお、人と共生する細菌は、腸内だけにいるわけではありません。皮膚、鼻、口、食道、胃など、 人間の身体の様々なところに存在します。我々は個人がそれぞれ独自の微生物環境を持っており、異なる種類と量の微生物を保有しています。

そうした個人差があるにもかかわらず、マイクロバイオーム全体で見た遺伝子組成としてはほぼ同様で、結果として人は腸内細菌に同様の機能を提供してもらっています。そして、ヒトの健康にはマイクロバイオームの多様性とバランスが重要で、バランスが崩れると病気などのリスクが高まると考えられています。

そのヒトのマイクロバイオームの中でも多くを占め、注目され研究が進んでいるのが腸内細菌です、本記事でも腸内細菌とマイクロバイオームは同様の意味として使用します。

最新の研究では、腸内細菌が、炎症性の腸疾患、リウマチ、アレルギー、喘息、肥満、糖尿病だけではなく、うつや自閉症などへの関係も示唆されています。

 

個人差のある腸内細菌バランス。細菌のバランスが崩れると病気の原因に

腸内に住み着いている腸内細菌の種類や数の分布は、個人差が大きいといわれています。以前は、腸内細菌を「善玉菌:悪玉菌:日和見菌」に大別したときの構成比について、理想的な構成比があるといわれていましたが、これも個人差があるようです。そして、これらの腸内細菌の構成は、年齢や食事の内容や体調によって変わってくるため、腸内細菌分析によって、その個人の体調や健康状態がわかるということなのです。

腸内の多種多様な細菌は、ヒトにはできない食物消化やビタミン合成のほか免疫作用などさまざまな機能を提供してくれており、ヒトにとって腸内細菌は重要なパートナーであることが分かり始めています。腸内細菌は、ヒトとは寄生というよりも共生関係にあるといえ、細菌を介して分解された栄養分をヒトに供給し、さらに外部からの細菌の増殖を防止するといった役割も果たしています。

こうした機能を果たす細菌のバランスが崩れると病気の原因にもなり、腸やお腹の調子だけではなく、その他の体の部位を含めた体調に大きな影響を及ぼしていると考えられています。既に様々な疾患で、マイクロバイオームの異常が原因となることが示唆されています。

将来的には、腸内細菌のバランスを正常化することで、こうした疾患の予防や治療ができるといった可能性も考えられています。

 

発がん、免疫、感染にも影響を及ぼす腸内細菌

こうした役割が期待されている腸内細菌ですが、腸内細菌のパターンと健康・生活状態との関係も明らかになってきました。

腸内細菌は消化管の構造や機能に影響し、栄養や生理機能老化、発がん、免疫、感染などに大きな影響を及ぼすとみられています。機能性食品の開発、脳の発達や学習、記憶、行動など、多方面から研究が行われています。

腸内細菌の組成の異常を見いだすためには、そもそも正常状態がどのようなものかを把握する必要があるといえます。

例えば、近年の研究をみてみると、健常者とそうでない者との腸内細菌の違いも見出されています。神経難病である多発性硬化症(MS)の腸内細菌叢が健常者と異なり、構造異常をもつことが明らかにされています。また、炎症性腸疾患や関節リウマチなど他の自己免疫疾患の患者の腸内細菌叢のデータでも、異なる点があるとのことです。

 

微生物相関:「第二の脳」とも呼ばれる腸と脳の関係

腸内細菌と脳との関係も分かりつつあります。自律神経系やホルモンなど液性因子を介して腸と脳は双方向に影響を及ぼしあっており、これを脳腸相関と呼ばれていますが、腸内細菌の改善がうつや自閉症の症状を緩和するといわれています。

腸は脳からの指令がなくとも、独立して活動が可能です。腸の状態が脳の機能にも影響を及ぼすことは知られていますが、腸内細菌も脳の機能に影響を及ぼします。

すなわち、腸内細菌と脳、腸の相互作用「脳-腸-微生物相関」も注目されています。

 

ヒトのマイクロバイオームの市場規模

ヒトのマイクロバイオーム市場は、2022年の506.5百万ドルから、899.1百万ドルに成長すると予想されています。2022年から2025年までの年平均成長率は21.1%と将来的に大きく成長が見込まれています。

マイクロバイオーム市場といっても、その中身は様々な要素で構成されており、その用途、疾患領域、プロダクトなどで分類できます。マイクロバイオームは治療法としても、新しい創薬ターゲットとして期待が増していますが、初期の疾患特定や検査といったニーズが初期的にはマイクロバイオームの市場成長の重要な要素と考えられています。

また、疾患領域でみると、肥満、糖尿病、自己免疫疾患、急性下痢、がん、精神疾患などの領域で注目されています。2022年では急性下痢の領域が同市場でも最大となる見込みで、2022-2025年で最も成長する疾患領域と考えられています。

テクノロジーで見た場合、細胞培養とハイスループット技術、オミックス技術、コンピュータ機器などで市場が形成されています。中でも細胞培養テクノロジーが2016年のヒトマイクロバイオーム研究の市場では最大で、これらのテクノロジーがマイクロバイオームの研究開発に活用されています。

地域別では、2022年では欧州が最大の市場になると見込まれています。疾患予防や検査への意識の高まりや技術的な進歩によって市場が成長していますが、欧州に比べて北米では、マイクロバイオーム市場規模は小さく、マイクロバイオーム関連のプロダクトに対する市場の受容が北米の方が遅いとみられています。

今後、マイクロバイオームと疾患との関係を示唆する報告が増えるにつれて、マイクロバイオームを利用した診断方法や治療薬の開発が加速し、より市場も成長していくと見られています。

 

ヒトのマイクロバイオーム市場規模予想

出典:MarketsandMarkets (2017年3月)

 

なお、MarketsandMarketsでは、成長していくマイクロバイオーム市場における主要なプレイヤーとして以下の企業が言及されています。

主要プレイヤー
  • Enterome Bioscience (仏)、
  • ヤクルト(日)
  • DuPont (米)
  • Metabiomics Corporation (米)
  • ViThera Pharmaceuticals (米)
  • Second Genome Inc. (米)
  • MicroBiome Therapeutics LLC (米)
  • Vedanta BioSciences (米)
  • Osel (米)
  • Merck (米)

出典:MarketsandMarkets (2017年3月)

 

マイクロバイオーム市場成長の背景にはシーケンサーの技術的進歩

腸内細菌の分野が、研究分野としても改めて世界で注目されつつあることは、近年の論文数の急増からも読み取れます。マイクロバイオームの研究は以前から行われていますが、 近年急速に進展したのは、遺伝子解析技術の進歩が背景にあります。これらの技術の革新によって、早く、安く解析することが可能となりました。

もともと腸内細菌は約100年前から研究されていました。こうした研究のためには、細菌を培養することが必要になりますが、腸内細菌の多くは嫌気性で、外に出して培養することが困難であったため、研究が難しかったのです。

しかしゲノム解析技術の研究が導入されたことで、細菌を培養することなく、DNAを取り出して解析することが可能になりました。

そして、次世代シークエンサーの登場によって、微生物叢の全遺伝子情報や菌種の構成割合などを明らかにするメタゲノム解析技術が大きく発展・普及し、微生物叢のプロファイルと健康状態/疾患との相関関係を見出すことが可能となりました。細菌群集のゲノムを培養に依存することなく網羅的に解析することができる「メタゲノム解析」が、細菌の特定や解析に大きく貢献しています。

 

メタゲノム解析

メタゲノム解析は、ある環境における細菌群集からDNAを抽出し、ゲノム配列を解析することで群集構造を明らかにします。この解析方法によって、それらの細菌群集の構成の変動などもみていくことができます。こうしたメタゲノム解析を行うためには、大量のシーケンシングと情報処理、すなわちバイオインフォマティクスといわれる生命情報解析技術が必要になります。

なお、このゲノム配列の解析による群集構造の特定のため、細菌の持つどの遺伝子の解析をするかというと、全ての細菌が保有していて、種ごとに異なる「16SリボソームRNA遺伝子」の解析によって細菌を特定していきます。16SリボソームRNA遺伝子解析では、リボソームを構成する小サブユニットである「16SリボソームRNA遺伝子」の配列を解析し、微生物の種類や系統関係を特定していくのです。

こうした解析によって、細菌叢にどんな菌種が、どれだけ、どんな割合で存在するかを分析することができるのです。そして、そのためには次に述べるシーケンス能力の向上と解析コストの低減、そして情報処理技術の向上が求められていました。

 

次世代シーケンサー

そして、現在のマイクロバイオームの解析を可能にしているのが「次世代シーケンサー」です。シーケンサーとはDNA解析装置ですが、次世代シーケンサーによって、解析のコストと速さが大きく改善しました。

 

DNAシーケンサーのスループットの変化

出典:理化学研究所

 

次世代シーケンサーの出力データ量はムーアの法則を上回るスピードで上昇しており、毎年倍以上のペースで向上しています。

シーケンサーは、DNAの塩基配列を一つ一つ特定していくことができるのですが、次世代シーケンサーが誕生した2007年では1日で10億塩基のデータが獲得できました。それが、2011年には1000億塩基を超えるデータの獲得が可能になっています。

また、米国国立衛生研究所(NIH)のヒトゲノム研究所によると、2001年から2010 年の間で、30 億塩基のシーケンスのコストは1/3300 に、100 万塩基のシーケンスのコストは 1/16500 に低減しているそうです。

こうした遺伝子解析技術の進歩が、近年のマイクロバイオーム研究の進捗を実現し産業化の可能性を広げています。

 

マイクロバイオームの産業化の可能性。腸内細菌カクテル、便移植などの研究も進捗

次に、こうしたマイクロバイオームの産業化の可能性について、みていきましょう。

マイクロバイオームを活用した医薬品や機能性食品、 サプリメントなどの商品開発が大きく進展していく可能性があります。

既に研究機関、製薬企業、食品企業、バイオベンチャー等によって、疾患と細菌の関係が詳細に研究され、産業応用に向かって動きが加速しています。

「便移植」といった新しい治療法も

例えば、病気の患者に健康な人の腸内細菌を移植する「便移植」といった新しい治療法があります。これは、潰瘍性大腸炎等の腸疾患の患者に健常人のふん便を「移植」するという治療法で、既に国内でもいくつかの病院で実施されているようです。

外から与えられた菌は定着しづらいそうですが、今後の方向性としてはふん便ではなく、菌や菌の代謝物を利用した医薬品開発にあります。

つまり、正常な腸内細菌を患者の腸内に注入することで、腸内細菌のバランスを正常化し、病気を改善していくというものです。

こうした治療に必要な腸内細菌を便から取り出して、カプセルに詰めて利用する研究も進んでいます。これは腸内細菌カクテルと呼ばれています。

森永乳業やタカラバイオなど、国内企業の動きも活発化

その他、国内企業の動きも活発化しています。例えば、2015年7月、森永乳業は「腸内フローラ研究部」という新組織を立ち上げました。2016年9月には、DeNAライフサイエンスと、腸内フローラの状態を解析するサービスを開発するため、実証事業を始めると発表しています。また、順天堂大学に寄付講座「腸内フローラ研究講座」を2017年4月から開設しています。消化器疾患などと腸内細菌の関連性や、プロバイオティクスなどの食品による腸内フローラを介した疾病の効果的な予防法や治療法の開発研究に向け協力を進めていくとのことです。

2015年10月、タカラバイオも、それまで研究分野で展開していた腸内細菌叢解析サービスについて、法人向けのサービス「腸内セルフチェック」の提供開始を発表しています。

こうした大手企業のほかにも、米国のuBiomeなど、海外や国内でのスタートアップも多く立ち上がりつつあり、市場としては今後も多くの参入も見込まれています。

 

腸内細菌応用の未来。医療・健康維持に貢献する新たな産業領域へ

腸内細菌の研究はまだ序盤で、今後疾患との関係など解明が進むと考えられます。ただし、疾患との関係含めた腸内細菌の働きについては、複数の細菌が関与する複雑なメカニズムも想定され、全容の解明までは相当の時間がかかるかもしれません。

今後、産業として進展していくためには、遺伝子解析コストのさらなる低減や、治療や医薬品における細菌利用のルールの策定など、さまざまな条件も必要とみられています。

医薬品としての製品化も遠い将来ではなく、研究の進展によってさらなる応用領域が見いだされる可能性もあります。予防医療の観点でのマイクロバイオームを活用した食事療法やサプリメントなどと合わせて、マイクロバイオームは医療・健康維持に貢献する新たな産業領域となることが期待されます。

マイクロバイオーム、腸内細菌が、今後研究レベルからビジネスレベルへと移行していくタイミングも近いと期待されています。