【業界分析:マイクロバイオーム】腸内フローラ市場の可能性。欧米での基盤研究の進展と、ベンチャー企業の取組

2017.11.05 業界分析

腸内細菌解析などのマイクロバイオーム市場についての応用に向けた研究も進展しています。近年では、医薬品メーカーが腸内細菌を標的とした新薬開発に参入する動きも相次いでいます。

前回の記事では、マイクロバイオームの市場拡大の背景について、その市場の可能性について述べました。今回はそうしたマイクロバイオームの応用の市場について、その解析サービスや創薬、細菌製剤などの医薬品として、サプリメントや食品における可能性について。そして欧米でのマイクロバイオームプロジェクトの進展についてみていきます。

 

既に海外では広がりつつあるマイクロバイオーム応用の可能性

マイクロバイオームの市場の可能性を示すわかりやすい動きとして、腸内細菌の解析や治療薬開発を行うベンチャーが、 既に米国を中心に多数立ち上がっています。

ファイザー、ノバルティス、ジョンソン&ジョンソンなどの大手の製薬会社も、Vedanta Biosciences Second Genome等の細菌製剤や創薬プラットフォームを提供するベンチャーとの提携も含め、マイクロバイオーム領域における医薬品の開発などを強化しています。

対象となる疾患についても、 腸疾患のほか、 腸から離れた部位の疾患、例えば皮膚炎、クローン病などの「自己免疫疾患」などへも広がりつつあります。

また、「微生物そのもの」の医薬品としての可能性を広げているのもマイクロバイオームの創薬展開の特徴でもあります。

このように、マイクロバイオームは、医療現場に大きなインパクトを与えるとみられています。特に「予防医療」において重要な役割を担うとみられており、予防医療や疾患の治療全体において、マイクロバイオームを活用していく可能性があります。例えば、治療が終了しても、マイクロバイオームに基づく食事療法やサプリメントによって健康な生活に戻ることができます。自分自身での健康管理においても、マイクロバイオームへの注目が高まっています。

こうした海外での市場拡大の進展を見ていく上でも、欧米でのマイクロバイオームの基盤の研究の進捗をみていきたいと思います。

 

米国では、基盤的な情報は整備済み。第2期として腸内細菌疾患研究を推進

まず、米国でのマイクロバイオームの基盤研究をみていきます。

米国はヒトゲノム計画の終了後、重点的な取り組みの一つとしてヒトのマイクロバイオーム解析を進めてきました。

ヒトマイクロバイオームプロジェクトの第1期では健常人の正常なマイクロバイオームの構成が明らかに

米国国立衛生研究所(NIH、National Institutes of Health)が2007年12月にヒトマイクロバイオームプロジェクト(HMP、Human Microbiome Project)を開始しています。国際ヒトマイクロバイオームコンソーシアムが2008年に設立されました。なお、HMPはNIHから1.5億ドル規模の資金助成を受けています。

ヒトマイクロバイオームプロジェクトでの第1期は健常者のマイクロバイオーム解析です。既にこの第一期が完了していますが、2012年6月に5年間の研究成果が発表されました。この時に、健常人の正常なマイクロバイオームの構成が初めて明らかにされています。

この発表では、ヒトのマイクロバイオームでは1万種を超える種類の微生物の存在が特定されています。また、ほぼ全てのヒトが病原体として疾患を引き起こすことが知られている微生物をも保有していることがわかっています。さらに、ヒトゲノムには約2万2千種類のタンパク質がコードされていますが、ヒトマイクロバイオームでは約800万種類のタンパク質遺伝子が同定されています。つまり、マイクロバイオームに関与している遺伝子の規模としては、ヒトの遺伝子数の360倍の数の細菌遺伝子群が関与しているといえます。

また、興味深いことに、ヒトマイクロバイオームの構成は時間とともに変化していることがわかっています。病気になったり、抗生物質を服用したりすると、こうした微生物群の構成が大きく変動し、最終的にはまた平衡状態に戻るという、ある種動的な平衡状態を維持しているようです。安易に抗生物質を使用し、こうしたマイクロバイオームの状態の変動を引き起こすことは必ずしも適切ではない場合もあるかもしれません。

第2期では腸内細菌関連疾患研究を推進

第2期のヒトマイクロバイオームプロジェクト(Integrative Human Microbiome Project)では、腸内細菌関連疾患研究が現在も推進されています。

こういったマイクロバイオームと疾患とのかかわりとしては、クローン病、潰瘍性大腸炎、食道癌における腸内マイクロバイオーム、乾癬、アトピー性皮膚炎、免疫不全などの皮膚マイクロバイオーム、尿生殖器マイクロバイオーム、さらには、小児期の障害において果たすマイクロバイオームなど多岐にわたります。

こうして、第1期での結果の理解を前提として、疾患特異的な研究も進めていくことで、マイクロバイオームの変動と疾患との関係なども理解が進んでいくと考えられます。

なお、より詳細を知りたい方については、NIH Human Microbiome Projectのサイトを参照いただければと思います。

 

欧州でも、健常者の細菌層解析を実施し、健康・創薬・食品産業への応用展開を目指す

欧州は 2008 年に MetaHIT(Metagenomics of the Human Intestinal Tract)を開始しており、総額 21.2百万ユーロの投資で健常者の細菌叢解析が行われました。

現在は後続のプロジェクトが進行中で、米国と同様に、先行するプロジェクトで構築された基盤を活用し、創薬のみならず食品産業への応用も目指した取り組みを進めています。

このように、欧米では国家プロジェクトの規模で、マイクロバイオーム解析に必要な基礎情報(微生物ゲノム情報の整備、健常者メタゲノム情報など)の整備が進んでいます、そしてこれらは一旦の成果を出し、次に個別の疾患などを対象とした研究へ展開しています。

 

日本での展開。JCHMやAMPなど

一方で、日本では欧米のような規模感でのマイクロバイオームの大型研究プロジェクトはないようですが、いくつかのコンソーシアムやプロジェクトは存在するようです。

日本人腸内環境の全容解明を目指すため、Japanese Consortium for Human Microbiome (JCHM) では、日本人腸内微生物データーベース構築によって「日本人固有の腸内環境及び腸内代謝系の発見」と 「疾病マーカーの発見」のためのプロジェクト活動を推進しています。また、アジア乳酸菌学会連合を母体としたAsian Microbiome Project (AMP) では、アジア人の腸内フローラの調査を行っています。

健常者の腸内マイクロバイオームは国や地域によって大きく異なることが知られており、欧米での進捗に対して、日本やアジアでもこうした基礎的なマイクロバイオームのデータベースの構築や疾患との関連などの研究が進んでいくことが期待されます。

 

マイクロバイオームを利用した医薬品・サービスの取組事例

それでは、個別の企業におけるマイクロバイオームを利用した医薬品やサービスについてみていきたいと思います。

米国のベンチャー企業を中心にマイクロバイオームを活用した医薬品の開発が進められていますが、BBブリッジ社の調査によると、開発対象疾患領域については、クローン病などの「自己免疫疾患」が36%と最も多く、感染症が続きます。

マイクロバイオームを利用した医薬品の開発対象疾患領域

出典:BBブリッジ

 

さらに、マイクロバイオームの制御方法については、低分子を用いたものは25%に過ぎず、微生物を用いるケースが75%を占めています。

このように、医薬品での微生物の投与はワクチン以外ではほとんどない中、微生物自体を活用していく市場として大きな可能性を秘めています。

マイクロバイオームを利用した医薬品の制御方法

出典:BBブリッジ

注:企業が開発を進めている候補品を対象にBBブリッジ集計・作成

 

海外におけるマイクロバイオームの開発企業とその取組事例について

既に海外では多数の企業がマイクロバイオームに関連した解析サービスや医薬品の開発、創薬プラットフォームなどの開発に取り組んでいますが、いくつかの事例をご紹介します。

  •  Rebiotix
    • 2011 年設立。Rebiotixは、菌株カクテル懸濁液の開発などを行っています。健康な腸内フローラを再構築するようための生菌を含むような製剤の開発をしています。
  • Vedanta Biosciences
    • 2010年設立。マイクロバイオームモジュレーターの開発を進めるベンチャー企業です。ジョンソンエンドジョンソンと提携し、炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)の製剤の開発を進めています。
  • uBiome
    • 2012年設立。細菌叢の解析サービスを提供しており、腸内フローラ解析スタートアップの代表格といわれています。これまで約2700万ドルを資金調達しており、Andreessen Horowitz、Yコンビネータなどのシリコンバレーでも有数のベンチャーキャピタルが投資しています。
    • 同社のサービスは、ユーザが自己採取標本を同社に送るとその分析が行われ、その結果をWeb上で見ることができます。その結果から、自分のマイクロバイオーム中のバクテリアを把握し、ほかの人たちとの比較や、最新の研究結果に照らした所見を知ることができます。
  • Enterome Bioscience
    • 2012年設立。French National Institute for Agricultural Research(INRA)のメタゲノミクス技術による研究の発展のために設立されたフランスの企業です。
    • 腸内細菌の量的・機能的分析における新たな基準の開発をしており、武田薬品とも消化器系疾患領域における腸内細菌を標的とした治療薬についての共同研究開発契約を締結しています。
  • Finch Therapeutics
    • 2004年設立。データサイエンティスト、臨床医や研究者によって設立された企業です。同社では、腸内細菌移植試験の臨床試験の解析のため、機械学習アルゴリズムを活用しています。炎症性腸疾患の治療のために、腸内細菌の生菌カクテル製剤を開発しています。
    • 同社は2017年に武田薬品と、炎症性腸疾患を対象とした腸内細菌由来の治療薬に関する共同開発契約を締結しています。

 

日本でのマイクロバイオーム応用

日本での同領域における開発状況はいかがでしょうか、国内の大手製薬の動きをみてみると、海外ベンチャーとの共同開発の形で腸内細菌への取り組みを進めているようです。

例えば武田薬品工業の動きを見てみると、同社も腸内細菌に関する治療薬のパートナーシップを進めています。同社は2017年4月にカナダのNuBiyota社と消化器系疾患を対象とする腸内細菌由来の経口治療薬の研究開発での提携を発表しました。また、Finch Therapeutics社とも共同開発契約を締結しています。

ただし、海外でマイクロバイオームの研究基盤となる国家プロジェクトが進展し、研究開発型のスタートアップも多く展開しているのにくらべて、国内におけるマイクロバイオーム応用の動きはそれほどでもないような印象を受けます。

ビフィズス菌、乳酸菌なども日本人であれば馴染みがあるとおり、こうした細菌と健康、細菌と食品という関わりについては日本ではそれほど新しい考えではありません。日本は古くから腸内細菌の研究が行われており、研究基盤や技術シーズは豊富といわれています。例えば、日本ビフィズス菌センターは、ビフィズス菌を中心とした腸内フローラとのかかわりあいに関する研究開発の推進を目的として、1981年4月に設立されています。日本乳酸菌学会は1997年に設立されています。腸内フローラやビフィズス菌など、腸や菌の研究に長年取り組んできてきた森永乳業は「腸内フローラ.com」といったサイトも運営しています。日本でのマイクロバイオーム関連ビジネスは、健康管理や機能性食品などで進んでいるようです。

サプリメントや食品領域でも非常に大きな可能性を秘めている腸内細菌関連産業。「機能性表示食品」制度が施行され、食品の機能性の表示が容易になることも、腸内細菌にかかわる機能性食品の市場拡大を加速する可能性があると考えられています。

欧米のような医薬品開発におけるマイクロバイオーム関連ベンチャー企業は日本ではあまり見受けられませんが、日本でも近いうちにマイクロバイオームでの創薬を行うベンチャーが増えてくるかもしれません。

マイクロバイオームの構成は、国や地域ごとでの違いが大きいということがわかっていますが、応用の分野でも国や地域ごとに最適化された応用事例、関連産業が生まれていくのかもしれません。今後の国内での市場拡大に向け、日本でもマイクロバイオームの研究基盤づくりの進展や、創薬や解析を目的としたベンチャー企業の立ち上げなども期待されます。