【対談】日本の小売において重要となるのは、「店舗や人の再定義」 田中道昭×奥谷孝司(第1回)

2018.12.28 エキスパート

アマゾンの台頭が業界に大きなインパクトを与えている中、日本においても小売業の再編が大きく展開しています。日本でもECの市場規模は2017年に16兆円を超え、2010年から2倍以上に拡大しました(経産省)。アマゾン・エフェクトの中、既存の小売業は、生き残りの道を模索し、合従連衡の動きも進んでいます。

変革期にある小売業界。『アマゾンが描く2022年の世界』を出版された立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授の田中道昭氏。『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』を出版されたオイシックス・ラ・大地執行役員の奥谷孝司氏。このお二人にメガネスーパーを含めて複数社のEC事業の急成長を牽引した“ECエバンジェリスト”川添 隆氏が小売業界のデジタルシフトについてお話を伺いました。

第1回は、大学教授としてだけではなく、上場企業の取締役や経営参謀といった顔を持つ田中氏のこれまでのキャリアについて伺いました。

 

金融から、上場オーナー企業の参謀役へ

川添隆(以下、川添):田中さんは大学教授ですが、最近では『アマゾンが描く2022年の世界』の著者としても知られています。これまでのご経歴を教えてください。

田中道昭(以下、田中):私はもともと金融出身で、当時の三菱銀行からシカゴ大学経営大学院に留学しMBAを取得。戻ってきてシンガポールに配属されました。その後、シティバンク資産証券部、バンクオブアメリカ証券会社、ABNアムロ証券会社などを経て、金融から企業の経営戦略に興味が移り、独立。小売・流通、製造業、テクノロジー、医療介護など幅広い業種でコンサルティングを行ってきました。

特に、上場オーナー企業、すなわち創業者が会社を起こして上場させ、引き続きオーナーとして株を保有しつつ社長や会長として経営している会社にかかわることが多い。特定のプロジェクトや戦略というよりも経営者の参謀役という役割ですね。

上場オーナー企業の経営者はすべて自分で意思決定するが、隣ですべてを相談できる人がなかなかいない。経営戦略から財務戦略、営業戦略に至るまで、その相談相手としての役割です。そのため、戦略だけでなく人や組織、リーダーシップやマネジメントにも関心を持っています。策定した戦略の実行を担保するために研修やワークショップも実施しています。

 

多面的な視点があるからこそできる「戦略的思考」

川添:田中さんは大学教授としての顔だけではなく、上場企業の取締役や経営参謀(コンサルタント)と3つの顔をもって活動されています。

こうした複数の活動をされているからこそ得られる視点やメリットについてどのように考えていらっしゃいますか。

田中:そもそも戦略的思考とは、いかに多くの視点や物事から全体と部分を同時に見ることができるかであると考えています。多業種に同時に関わり、経営戦略からオペレーションまで同時に関わり、現場に入ったり、教壇に立ったり、メディアで発信することを同時に行っていることで、全く違った視座・視野・視点が得られると思っています。またそこがクライアントの経営者から私へのニーズそのものだと思います。

例えば、現在話題になっているQRコード決済を読み解くのにも、金融、小売、テクノロジー、モビリティー、通信、エネルギーといった多面的な視点があるか、米国でPayPalが何をやり、中国でアリババやテンセントが何をやりということが見えているかで全く違うものになってしまいます。金融で起きていることが小売でも次に起こり、小売で起きていることが医療介護でも次に起きる。テクノロジーの進化で全ての業種で変化が加速しているからこそ、この戦略的思考は必須だと思っています。

川添:なるほど。おっしゃる通り一部複数の業界を眺めると、これまであったような“業界の壁”がメルトしていると感じています。

『アマゾンが描く2022年の世界』を出版されていますが、アマゾンについての著書を出版される経緯はどのようなものだったのでしょうか。アマゾンについて注目されたきっかけは何だったのでしょうか。

田中:3つの仕事に共通で重要なこととして、その時々の最先端企業をきちんと細部にわたってベンチマークすることが挙げられます。アマゾンは私が現在ベンチマークしているグローバル企業8社の中の1社。「オフライン×オンライン」、「実業としてのEC・小売事業×テクノロジー企業としてのAWS(アマゾン・ウエブ・サービス)」という2つの側面をもっているアマゾンは、現在最もベンチマークすべき企業であると思ってきたことが著作のきっかけです。

 

アマゾン・エフェクトの先の世界、ジェフベゾスが描く未来とは

川添:著作でもアマゾン・エフェクトの先の未来の姿についても言及されています。小売業にとどまらないアマゾンの影響力についてお伺いしたいです。アマゾンの描く世界について、どのような未来が実現するとお考えでしょうか。

田中:ジェフベゾスが長年にわたって言い続けてきている消費者の求める3つのニーズを指摘しておきたいと思います。低価格、豊富な品揃え、迅速な配達の3点です。ジェフベゾスは長年にわたって「消費者が昔も今も10年後もこれらのニーズを求めることは変わらない」と言い続けてきています。

もっとも、これらのニーズは時代とともに先鋭化してきており、アマゾンはそれに先行してテクノロジーや商品サービスを進化させてきていることこそが見逃せない点だと思います。

低価格、品揃え、迅速な配達は、昔と今、今と10年後では、全く違うものになっているでしょう。

数十年前は迅速な配達を多くの人が求めているということはなかったでしょう。でも今であれば、アマゾンに何かを注文して5日もかかるとキャンセルしてしまうでしょう。ベゾスの頭の中では、3年単位くらいの近未来において、消費者が思ったら来ているとか、思わなくても来ているというところまでスピードが先鋭化しているのではないかと私は考えています。

日本の小売において重要となるのは、「店舗や人の再定義」

川添:そうしたアマゾン・エフェクトの中で、国内の小売業やそのほか業界も含めてどのような対応が求められるでしょうか。

田中:高級スーパーであるホールフーズの買収、無人レジコンビニであるアマゾン・ゴーの本格的な展開等にとどまらず、最近では音声AIアシスタントであるアマゾンアレクサで自動車の中から食料品を「ただ話しかけるだけ」で注文し、ホールフーズの店頭でピックアップするというような画期的なサービスまで始めているアマゾン。

2019年においても、アマゾン・ゴーのさらなる多店舗展開、完全自動運転のサービス、通販ライブ動画での商品・サービス紹介の普及、VRやARでの商品・サービス紹介、”ゾゾスーツを不要するような“写真や動画からのサイズ把握サービスなどなど・・・・新たなサービス展開を行ってくると思います。アマゾン・ゴーが2年以内くらいに日本にも上陸することだって有り得るものであると想定しておくべきでしょう。

そこで日本の小売において重要となるのは、店舗や人の再定義であると思っています。インターネットやデジタル化の進展により、人はリアルなつながりが希薄になってきている。便利ではあるが人間味のないオンラインでの商品説明には味気なさを感じる向きも増えてきている。もっと人とつながりたい、もっと気軽に相談したい、もっとプロから専門的な説明を受けたいといった、プロへの専門性やプロとの信頼関係を求めるニーズはさらに高まるはずです。専門性や信頼性は、最後まで店舗や人に残るべき最も重要なレガシー(遺産)であると思います。日本にアマゾン・ゴーが上陸しても必ず店舗や人に残るものを今からさらに磨いておくことです。

 

デジタル化は、優れた顧客価値を提供するための手段ととらえる

川添: 企業参謀をされている中で、意思決定についてどのような形で助言をされているのでしょうか。

田中:定期的に経営者や経営陣とミーティングをもちコンサルティングを提供している他、重要案件については適宜プロジェクトを組んでいきます。

クライアント企業への定期的なコンサルティングを確行する一方、重要プロジェクトを常時10件くらいになるようにマネージしているのが私の重要な仕事術です。

川添:小売業におけるデジタルシフトでの企業の悩みや解決策について、どのようなものがあるでしょうか。

田中:小売業のデジタルシフトについては、ようやく単なるクラウド化やEC化ではなく、企業全体をデジタル化し、スタートアップ企業のようなスピーディーな企業DNAに変革することが目的であるとクライアントの経営者には理解が進み始めました。

業界の最先端事例となるようなプロジェクトにも取り組んでいますが、やはり多くの企業はいかに上手にクラウド化やEC化を実現するかで悩んでいると思います。

でもやはり遠回りのようでいて近道なのは、デジタル化は、経営スピードを高め、より快適で優れた顧客価値を提供するための手段であると捉えて、会社全体で取り組むことが重要だと思っています。

人手不足対策や生産性向上という企業側の論理ではなく、顧客の経験価値を高めるためには必須のものであると気がついた経営者から、デジタルシフトが始まっているのです。

 

第2回 【対談】仮説構築と実証を強みに、学術と実務をつないでいく 田中道昭×奥谷孝司(第2回)に続く

 

(コメント)

川添:田中さんのお話からは、デジタルシフトに必要な要素が線としてお話しされています。企業のデジタル化、店舗の再定義、本質的な顧客ニーズの理解、多面的な視点による戦略的思考。

アマゾンの事例にありますが、顧客の本質的なニーズが変わりませんが、時代とともに表面は変わってくる。デジタル化した時代ではそれをキャッチするために企業はデジタル化が必要ですし、旧来の店舗ビジネスからデジタル時代に合わせた店舗のあり方を定義する必要がある。そして、これらを戦略的に思考するには、業界専門の縦の知識だけでなく、流れをつかむために業界や業種を越えた多面的な視点が必要だと捉えています。

デジタル時代における顧客の経験価値を高めるには何かが必要か?それを真に理解することから、デジタルシフトはスタートするといえるでしょう。

 

記事作成:安楽由紀子

撮影:Masanori Naruse

プロフィール:

田中道昭:立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授、株式会社マージングポイント代表取締役社長。シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行(現 三菱UFJ銀行)投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。主な著書に『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)、『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(ともにPHPビジネス新書)、『ミッションの経営学』(すばる舎リンケージ)など。

奥谷孝司:オイシックス・ラ・大地株式会社 執行役員。1997年良品計画入社。3年の店舗経験の後、取引先の商社に2年出向しドイツ駐在。家具、雑貨関連の商品開発や貿易業務に従事。帰国後、海外のプロダクトデザイナーとのコラボレーションを手掛ける「World MUJI企画」を運営。2003年良品計画初となるインハウスデザイナーを有する企画デザイン室の立ち上げメンバーとなる。05年衣服雑貨部の衣料雑貨のカテゴリーマネージャー。現在定番商品の「足なり直角靴下」を開発、ヒット商品に。10年WEB事業部長。「MUJI passport」のプロデュースで14年日本アドバタイザーズ協会Web広告研究会の第2回WebグランプリのWeb人部門でWeb人大賞を受賞。15年10月よりオイシックス株式会社入社。統合マーケティング室 室長 Chief Omni-Channel Officerに就任。16年10月より執行役員 統合マーケティング部 部長 Chief Omni-Channel Officer。2016年11月Prismatix社 Engagement Commerce Adviser就任。2010年早稲田大学大学院商学研究科夜間主MBAマーケティング・マネジメントコース(守口剛ゼミ)修了。共著に『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(日経BP社)がある。

川添 隆:株式会社ビジョナリーホールディングス 執行役員 デジタルエクスペリエンス事業本部 本部長。千葉大学デザイン工学科卒。販売、営業アシスタントとしてサンエー・インターナショナルに従事後、ネットビジネスを志しクラウンジュエル(現ZOZOUSED)でささげ業務から企画、PR、営業まで携わる。2010年にクレッジに転じ、EC事業の責任者としてEC事業を2年で2倍に拡大。その後2013年7月よりメガネスーパーに入社。EC事業、オムニチャネル推進、デジタルマーケティング・コミュニケーション、デジタルを活用した店舗支援を統括。EC事業全体は5年間で4.4倍、注力する自社ECは8倍と拡大中。2017年11月よりビジョナリーホールディングス デジタルエクスペリエンス事業本部 本部長を兼務。2018年5月より執行役員。[「実店舗+EC」戦略、成功の法則 ECエバンジェリストが7人のプロに聞く]の出版、ブログ・取材、セミナー・講師、オンラインサロンなどで精力的に情報発信を行っている。