【対談】仮説構築と実証を強みに、学術と実務をつないでいく 田中道昭×奥谷孝司(第2回)

2019.01.07 エキスパート

変革期にある小売業界、リアル店舗主体の小売企業によるEC立ち上げなどリアルからネットへの展開が求められる一方、EC主体のネット企業によるリアル店舗展開の事例も増えてきました。

『アマゾンが描く2022年の世界』を出版された立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授の田中道昭氏。『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』を出版されたオイシックス・ラ・大地執行役員の奥谷孝司氏。このお二人にメガネスーパーを含めて複数社のEC事業の急成長を牽引した“ECエバンジェリスト”川添 隆氏がお話を伺いました。

前回 【対談】日本の小売において重要となるのは、「店舗や人の再定義」 田中道昭×奥谷孝司(第1回)はこちら

第2回は、奥谷氏のこれまでのキャリアについて。実務の世界と学術の世界をまたいで活躍される奥谷氏、これから求められるチャネルシフト戦略について伺いました。

 

「リアルからネットへ」ではなく、「ネットからリアルへ」を追求するためオイシックスへ

奥谷孝司(以下、奥谷):私は現在オイシックス・ラ・大地の執行役員を務めるほか、一橋大学大学院商学研究科で論文を書いたり自分の会社(Engagement Commerce Lab.・株式会社顧客時間)を経営したりしています。以前は良品計画にいたのですが、オイシックスに移った理由は、「これからはオンライン企業がオフラインに乗り出し、お客様とのつながりを生かした店舗設計などを行う」と確信したからです。

ネット企業からリアルを考えるということをやってみたいと考え、2018年春からは、オンラインベースのオイシックスではマイナー部門といえる店舗外販部を活用したマーケティング視点でオフライン体験をどこまで上げられるかということを日々考えています。

 

川添隆(以下、川添):私が以前ネット企業にいたときは、オフラインのところまでは考えるフェーズではありませんでしたが、今では、ネット企業からリアルを考えるというのは私自身も興味があります。オフライン企業のオンライン化とは、また違う難しさがありそうですね。

奥谷:各店舗で苦戦してきましたが、成功の兆しも見えてきています。KitOisixを中心に販売を行う実験店舗を新越谷(KitOisix Market 新越谷VARIE店/埼玉県)で運営しているのですが、時短目的やミールキットの認知拡大もあり、買う方が増えています。そこで気に入った商品は当然ですがネットでも買おうという人もいて、オンラインからオフライン、オフラインからオンラインの行き来が生まれます。まだオフラインのタッチポイントは少なく、リアルにおける顧客理解は不足していますが、オイシックスはしっかりしたオンラインベースがありますので、今後はお客様理解をオンライン顧客データベースとつなぎ、融合することでシナジーを生み出したいと考えています。オンラインとオフラインの役割は、企業によって違っていいと考えています。

こうした仕事が研究にもつながっています。今後もリアル店舗での買い物はなくならないでしょう。僕自身、買い物はリアル店舗が好きです。しかし、ネットにおける利便性、快楽性の注目度が高まっているなかで、立地がいい、ブランドが強いとのんきに店舗を構えていると足元をすくわれる時代が来る。すでに、消費者はオンラインとオフラインを行き来することが当たり前になっている。マーケターとしてオンラインとオフラインが融合することの有効性を説いて、店舗、リアルのタッチポイントの新しい意義や意味を作り出していきたいですね。

 

論文執筆をするマーケター。仮説構築と実証を強みに、学術と実務をつないでいく

川添:実務だけでなく学術的な研究や論文執筆を行うようになったのはどういう経緯からですか。

奥谷:趣味ですね。ゴルフやトライアスロンといった趣味を持たれている方と同じつもりで取り組んでいます(笑)。

学術はプロにはなれないでしょうけれど、実務には生かせます。学術を通して、抽象度の高い思考能力を身につける。そのために学術の世界に身を置き、論文を通して自分の専門領域以外の消費者行動を理解することを心がけています。

たとえば、モバイルペイメントの普及はなぜ進まないのか。実務家として社会や企業を批判することはできますけど、論文を通して理解を深めることもできます。消費者はまだ体験していない新しいものを受け入れようとするとき、知覚リスクを高く見積もり、知覚価値を低く見積もる傾向があることがわかったりします。

また、ものごとが流行るときには軋轢がおこります。誰かが「LINEはいい」と言うと、「いやダメだ」「いや便利だ」と論争になり、権威ある人や、受け入れやすい環境が生まれ出すと定着しだす。このようなプロセスをマーケターとしてどのように理解するか。如何にキャズム、ギャップを作るか。天才的なマーケターは学術的に分析しなくても感覚的に設計できるのかもしれませんが、僕の場合は学術と照らし合わせて、このような現象に対する理解を深めるようにしています。

僕は100%学術の世界に入るのは難しいですが、年1本くらいは論文を書いたり、実務家から見た仮説構築力と実証能力を強みに、学術と実務化をつないでいきたい。50歳手前になってインプットする時間も体力もなくなってきているので、焦っていますが(笑)。

 

オンラインの会社における「リアル店舗は難しい」という意識

川添:日本ではオフライン企業からどうデジタルシフトするか、ECをどう急成長させようかと考えている人が多いなか、奥谷さんは売上数百億円のオンライン企業からオフラインへの取り組みをされています。前職ではオフライン企業をご経験され、その後に現職に移られたわけですが、見え方は変わりましたか。

奥谷:オンラインの会社に来て、「店舗というものは重たいな」と痛感しています。オイシックスでは、毎週数万世帯がサブスクリクション(定額制)という仕組みのもと、定期的に物が売れていきます。もちろん、その会員基盤作りに苦労したわけですが、個別最適化もしやすく、ロスの少ないビジネスがやりやすい。さらにお店はネット上に1つあればよく、全国からの受注が集まる。一方でリアル店舗の場合は、どのくらいお客様が来るかわからない。都合よくお店を開け閉めもできない。地理的要因あり、売上が毎年数十パーセント成長を続ける訳でもない。そう考えると、リアル店舗で成功するにはしっかりとしたビジネスモデルとチェーンオペレーションが必要です。

特に、最近のアパレル業界を見ていると、リアル店舗の厳しさを感じますね。アパレルはもう現状の売り方は止めたほうがいいと思います。売りたいものを大量製造、大量陳列し、プッシュ型の販売スタイルを続けることには限界にきている。これからは、お客様とつながりを活かしてのワンバイワンでのものづくりへの挑戦や、店舗のショールーミング化の積極的推進が求められる。そうすれば値引きも最小化できて、顧客理解を深めることにつながりますよね。こういう話をしても誰も実行しないから、自分がつくっていくしかないという感覚にだんだんなってきていますが。

 

最近の研究のテーマは「優れた場とは何か」

川添:リアル店舗主体の企業のビジネスモデルが顧客と乖離しているものの、それに対して実行する企業が少ない。それに対する危機感が奥谷さんを突き動かしているということですか。

奥谷:そうですね。自分の会社「Engagement Commerce Lab」を立ち上げて、さまざまな会社のお手伝いを限られた時間で行ってきました。そのスピードを加速すべく、株式会社大広との共同出資会社株式会社顧客時間も設立しました。ありがたいことに多くのオファーが入りますが、ただ、私の力不足もあり、なかなか実行に至り、大きな社会的インパクトを生み出すものは少ないですね。

僕は小売が好きなので、常に現場にいたいという思いもあり、今後は小売を始めたいと思っているベンチャーをサポートしていったり、自らリーダーシップを持ってそのようなビジネスの推進を進めていきたいと思っています。

大きなことをするには人・モノ・カネが必要。コンサルだけではできないことも、プラットフォームを作ってやっていきたい。

また、学術における最近の研究のテーマは小売業における「優れた場とは何か」ということ。なにもすべての企業がオムニチャネルをやるべきだと言っているわけではないんです。ただ、優れた場作りにおいてこれから大切になってくるのがデジタルなのです。優れたコンテンツを持ち、リアルを重要視している企業がこれから向き合わなければいけないことがデジタル化の推進ですね。

優れた場作りは、小売という形態にこだわらなくてもいい。優れた場は、リアルの場もあれば、ネットの場の場合もある。そこでお客様が笑顔でものを買ったり、コミュニティが生まれてつながったりする。ネットかリアル店舗かではなく、優れた場がどういうものかわかれば、それが新しいお客様との繋がり方の解明につながり、勝利の方程式となると思います。

第3回 「デジタル化は手段であり目的ではない、なぜ日本ではデジタルシフトが進まないのか 田中道昭×奥谷孝司」に続く

 

(コメント)

川添:前職で店舗→商社出向(ものづくり)→MD→EC・マーケという、現代の小売り業において理想的なキャリアステップを踏まれ、現在はオンライン企業の中でリアルでの展開や学術的な研究に挑戦をされている奥谷さん。小売り業に携わりながら多面的な経験をされてきた奥谷さんがおっしゃる「優れた場とは何か」という問題提起は感慨深いものがあります。

従来の小売業や接客業においては、優れた場=店舗だったはずです。また、いわゆるマーケティングの4Pで語られるProduct、Price、Place、Promotionのうち、Product、Price、Promotionは日常的に重視され、Placeは出店やパートナー戦略にとどまっていたのかもしれません。

そこから、デジタルでつながった上で場を体感する時代に突入。バーチャルな世界に価値が偏っているわけではなく、むしろ、リアルの価値も見直されてきています。

そんな中で、最近の奥谷さんがおっしゃるのは、優れた場を通じてブランドと顧客のつながりが深くなるのであれば、4Pの中でのPlaceの重要性が増すということです。事実、例えば、熱狂的なコミュニティであれば、商品や価格が重視されず、コミュニティでの体験や得られるモノに関心がいっていると感じます。

ネットか?リアルか?ではなく、自分たちの企業・ブランドで「優れた場」をつくっていく意識があり、その手段としてデジタルシフトがあると感じました。

 

記事作成:安楽由紀子

撮影:Masanori Naruse

プロフィール:

奥谷孝司:オイシックス・ラ・大地株式会社 執行役員。1997年良品計画入社。3年の店舗経験の後、取引先の商社に2年出向しドイツ駐在。家具、雑貨関連の商品開発や貿易業務に従事。帰国後、海外のプロダクトデザイナーとのコラボレーションを手掛ける「World MUJI企画」を運営。2003年良品計画初となるインハウスデザイナーを有する企画デザイン室の立ち上げメンバーとなる。05年衣服雑貨部の衣料雑貨のカテゴリーマネージャー。現在定番商品の「足なり直角靴下」を開発、ヒット商品に。10年WEB事業部長。「MUJI passport」のプロデュースで14年日本アドバタイザーズ協会Web広告研究会の第2回WebグランプリのWeb人部門でWeb人大賞を受賞。15年10月よりオイシックス株式会社入社。統合マーケティング室 室長 Chief Omni-Channel Officerに就任。16年10月より執行役員 統合マーケティング部 部長 Chief Omni-Channel Officer。2016年11月Prismatix社 Engagement Commerce Adviser就任。2010年早稲田大学大学院商学研究科夜間主MBAマーケティング・マネジメントコース(守口剛ゼミ)修了。共著に『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(日経BP社)がある。

川添 隆:株式会社ビジョナリーホールディングス 執行役員 デジタルエクスペリエンス事業本部 本部長。千葉大学デザイン工学科卒。販売、営業アシスタントとしてサンエー・インターナショナルに従事後、ネットビジネスを志しクラウンジュエル(現ZOZOUSED)でささげ業務から企画、PR、営業まで携わる。2010年にクレッジに転じ、EC事業の責任者としてEC事業を2年で2倍に拡大。その後2013年7月よりメガネスーパーに入社。EC事業、オムニチャネル推進、デジタルマーケティング・コミュニケーション、デジタルを活用した店舗支援を統括。EC事業全体は5年間で4.4倍、注力する自社ECは8倍と拡大中。2017年11月よりビジョナリーホールディングス デジタルエクスペリエンス事業本部 本部長を兼務。2018年5月より執行役員。[「実店舗+EC」戦略、成功の法則 ECエバンジェリストが7人のプロに聞く]の出版、ブログ・取材、セミナー・講師、オンラインサロンなどで精力的に情報発信を行っている。

田中道昭:立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授、株式会社マージングポイント代表取締役社長。シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行(現 三菱UFJ銀行)投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。主な著書に『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)、『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(ともにPHPビジネス新書)、『ミッションの経営学』(すばる舎リンケージ)など。