【対談】デジタル化は手段であり目的ではない、なぜ日本ではデジタルシフトが進まないのか 田中道昭×奥谷孝司(第3回)

2019.01.17 エキスパート

小売業界でデジタルトランスフォーメーションが進む中、本当に求められているカスタマーエクスペリエンスとは?立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授の田中道昭氏、オンラインベースのオイシックス・ラ・大地で店舗外販事業に携わる同社執行役員の奥谷孝司氏の対談です。メガネスーパーを含めて複数社のEC事業の急成長を牽引した“ECエバンジェリスト”川添 隆氏がお二人にお話を伺いました。

第3回は日本において小売業のデジタルトランスフォーメーションはなぜ進まないか、です。

第2回 【対談】仮説構築と実証を強みに、学術と実務をつないでいく 田中道昭×奥谷孝司(第2回) はこちら

 

デジタル化は手段であり目的ではない、テクノロジーの進化によるストレスの先鋭化

川添 隆(以下、川添):小売のデジタルフォーメーションについてどのようにお考えですか。

田中道昭(以下、田中):デジタルトランスフォーメーションやデジタル化は今年の大きなキーワードになっていると思います。日本に限らず、欧米でもトップのテーマの一つになっています。通常、欧米のテーマが2、3年を経過して日本に入ってくるのに対して、幸いにもほぼ同時に日本でも大きなテーマになっている。

デジタルトランスフォーメーションとは、デジタル化やシステム化、ネットワーク化、クラウド化などを含むものですが、それだけではありません。テクノロジー戦略とも言えますが、それだけでもない。経営戦略ともいえるけれどもそれだけではありません。

田中:今やミッション、ビジョン、バリュー、戦略、そして企業DNAまでを刷新することが求められています。まだまだ日本の小売りやファッションではEC化を進めるというところにとどまっているのではないかと思います。いずれにせよデジタル化は手段であって目的ではありません。では目的は何かと言ったときに、それはカスタマーエクスペリエンス、すなわち顧客の経験価値を向上させることだと思います。

もうひとつ、これだけテクノロジーが進化し、様々な商品・サービスの利便性が高まってくると、人間がストレスを感じる先鋭度がどんどん高くなってくる。大学でマーケティングの授業をしたときに、「最近コンビニのレジで待っていて、小銭を出そうとして手間取っている人を見るとイラつく」という社会人学生がいました。そう感じている人がいることを察知して、そのストレスをいかに解消していくかがまさにカスタマーエクスペリエンス。しかし、2、3年前はそんなことをストレスに感じたことはなかったですよね。半年前でもなかったかもしれない。それは、中国のQRコード決済が日本でも話題になり、日本でも様々な企業が同決済の導入で競い合い、そういうスピーディーな決済を使う人が増えてきたからだと思います。消費者が人間として当たり前にもっている本能や欲望を先行して察知し、それにスピーディーに快適に応えていくこと。「ビッグデータ×AI」で消費者が感じているストレスや課題をテクノロジーによって「察する」こと、そして優れたコンシェルジュが提供するような優れた「所作」をテクノロジーで提供すること。それをデジタルトランスフォーメーションでやっているのがアマゾンだと思います。

奥谷孝司(以下、奥谷):おもしろいですね。昔はレジで並ぶなんて当たり前でイライラしなかったけれど、なぜ今はするようになったのか。Eコマースの進展も原因としてあるでしょうね。ものを買うときに「ポチる」という行為が当たり前になっている。それがコンビニにいるときにも無意識にあると思うんです。「そんなのピッとやれよ」と。

 

顧客がデジタルトランスフォーメーションをしている中、対応を迫られる企業

奥谷:ネットの技術がオフラインに出てきている。企業は意識しないとデジタルトランスフォーメーションできないと思いますが、お客様は当たり前にデジタルトランスフォーメーションしている。企業はそれを認識していないと遅れていく。企業はどうしても成長と共に硬直化、保守化するので、我々がストレッチさせてあげなければなりません。

消費者側にも、慣性の法則が続くというか、惰性というか、「現金をずっと払ってきたのだから、現金でいいじゃないか」という意識が残る場合もある。そこは企業が意図的に変えていく必要がある。特にコンビニは、人手不足で24時間営業はたいへん。

だから、「この店舗は現金が使えません」というところがあってもいい。現金にこだわる目的はあまりないので、合理的に考えれば不要ですね。ローソンのスマホペイが話題になっていますが、あのような仕組みが当たり前になってほしいですね。

企業側がリードしてお客様にキャズムというかハレーションを起こすことで、徐々にデジタルトランスフォーメーションが起こると思います。

田中:コンビニの弁当も「レンジで自分で温めて」というのが、はじめは抵抗があったけれど、当たり前になってきたように、ですね。

奥谷:そうですね。だんだんセルフレジも当たり前になって、「忙しければそっちが早い」と駅のコンビニでも見受けられます。

田中:物事が定着するかどうかを決定付けるのは、結局は人の価値観だと思います。例えばQRコード決済も、より多くの消費者が「コンビニで小銭を出すために手間取るのはセンスがない、他の人を待たせて迷惑だよね」という価値観をもつようになったら、一気に定着するでしょう。

奥谷:新しいものに対してポジティブな雰囲気が生まれると、必ず旧態依然とした人で抵抗を始める人がいますよね。それに対して優れたマーケターが市場を生み出し、ものごとが成り立っていくプロセスがありますよね。

川添:なるほど、様々な業界で一時期の軋轢が起こり、そこにマーケティングの力で市場が生まれるようなプロセスがあるということですね。

奥谷:たとえば、ある論文によるとヨガが流行った過程には、もともとヨガはスピリチュアル的ものだったけれど、企業がスポーツとして打ち出し軋轢が起こった。そこへ医療機関がどちらにしても健康に良いと言ってマーケットができた。

またカジノが町にできたら治安が悪くなるのではないかという意見に、一方で経済が潤うという意見があり、政府がルールを作って規制しますということで受け入れられていく。

このような新しいマーケットの創造プロセスへの理解を深めると、いつの日かコンビニで「小銭を出すことは恥ずかしい」、「いや現金払いで何が悪いのか」という軋轢に、コンビニやモバイルペイメント提供企業や、政府が指針を示したり、受け入れられていく環境作りが必要ですね。

 

観光客がその国の発達を実感する点は“支払い”と“交通”

田中:QRコード決済などは、普及することで生活がどのように便利になるのか、なぜ普及させる必要があるのかということを政府ももっとプロパガンダする必要があると思います。補助金だけだせば利用が促進されるわけではない。今、中国人留学生が中国に一時帰国して日本に戻ってくると、浦島太郎の気分になると言うんです。昔だったら逆ですよね。日本のほうが進んでいるから、中国人は日本を旅行して中国へ帰ると浦島太郎の気分になった。

奥谷:今や中国では、ふつうの小さな中華料理屋でも、QRコードを読むとメニューが立ち上がり注文することができるというのは驚きですね。中国に行く僕らにとってはアリペイやウィーチャットペイを持っていないと何も払えないので不便という面もありますが。

田中:海外旅行をする観光客がその国が便利かどうかを実感する点はシンプルで、“支払い”と“交通”なんです。

日本はわざわざ両替しないとならない、下手するとクレジットカードが使えない店がある、ライドシェアがない、ウーバーも滴滴出行(ディディチューシン)もない。これでは「日本は遅れている」と思われても仕方がない。2020年の東京オリンピックを控えていながら観光客にとって利便性が低い。でもこれまでの方法でそんなに不便を感じてこなかった日本人に、新たなサービスの利便性や必要性を理解してもらうのは容易ではないと思います。

 

無人コンビニや自転車シェアリング。中国では高速のPDCAが回っている

奥谷:実は、中国で「無人コンビニ」に5店舗行ったら3店舗は閉まっていました。早く試して早く結果を出していいものだけを残すという動きを、中国は実践している。グローバルにおいてもビジネスサイクルはどんどん短くなっています。ところが、日本はずっと勉強ばかりして、いつ試験をするのかわからないまま、ただ時が過ぎて担当者が変わってまた勉強が始まる。これではなかなか進まない。

日本は、一つの成功事例でよいので、それを見ると続いてやりたくなる傾向にある。最初の事例となるのは、本来大企業であってほしいけれども現状を見ているとできなさそうなので、僕らがベンチャーを応援してプラットフォームを作ったほうがいいような気がしてきました。もっと早くどんどん出てきてほしい。

田中:中国に関しては賛否両論があると思いますけど、リーンスタートアップでまずはやってみて、それから高速でPDCAを回して修正していくところは見習わないといけないと思いますね。自転車シェアリングも、1年ほど前はあちこちに乗り捨てて問題になっていましたが、半年前に行くと夜回収するようになり、その後は24時間ピックアップして問題を解決している。

僕のクライアントのある機械メーカーは工場の自動化設備を作っているのですが、技術的には搬入から搬出まで完全自動化が可能だそうです。でも日本の場合は荷物をきちんと揃えないとならない、傷つくとクレームが来るなどの理由で完全自動化の設備を導入するのに抵抗が強いとのこと。最初から完璧でないとみんなが納得しない。中国では最初は傷つくかもしれないけれどまずはやってみる。そこから高速でPDCAを回すから、あっというまにスムーズに全部自動化できてしまったそうです。物流が完全自動化できるかできないかは、結果としてとてつもない生産性の違いに表れます。

 

「勉強になりました」では進まない、日本のデジタルシフト推進における課題

奥谷:失敗してもいいからどんどんやる企業が出ないとまずい。自分もオイシックスにいながら、コンサルティングの会社を経営していていろいろ話すわけですけど、たいてい「勉強になりました」で終わる。

それを聞いて「ああ、またやらないんだ」と落胆してしまうんです。日本人はインプットばかりしている。

多くの日本企業がチャネルシフトを推進していくためにも、誰かがロードマップを示してプラットフォームを提供していく必要があると思います。

特に急いでほしいのは決済まわり。決済を押さえたらお客様のことがすべてわかるという時代。コンビニのオムニチャネル戦略もペイメントが重要です。店は、商品とお客様をつなぐ接点。パーソナライズ化された購買データに基づいて、心あたたまる接客ができれば店の存在価値は高まります。

例えば、「セブンイレブンアプリ」は「nanaco(ナナコ)」と連携しているんですが、ナナコで払うことはできないですね。それなら現金支払いのほうが早いという人も多いのではないでしょうか。デジタル化といっても、顧客視点での完全な横串がさせていない。

奥谷:結局、小売の人はお金をいまだにモノとして見ているように思います。お金というものを保有することはリスクしかないのに、お金というモノを貯めたい。なぜセキュリティ会社に店舗のお金を運ぶ代金は払えて、モバイルペイメントの手数料は嫌がるのか。サンクコストが見えなくなっている。モバイルペイメントを導入すれば、レジはいらなくなるのに、です。

田中:アマゾンは、もはや顧客に「○○取引をしている」ことを感じさせないところにまで利便性や快適さを高めようとしているのではないかと思っています。これが今や彼らのカスタマーエクスペリエンスの基準になっているのではないかと思います。いい例が無人レジのコンビニである「アマゾン・ゴー(Amazon Go)」です。「Just go out」、ただ立ち去るだけを標榜しています。買い物かごにいれるのではなく、自分のバッグに入れて、または手にもってただ出て行くだけです。そうなると、顧客はすでに買い物していることすら感じなくなります。支払いしていることすら感じさせないものになっています。CEOのジェフ・ベゾス氏はこれに昔からこだわっています。有名なのがワンクリックです。無人コンビニにしても、QRコード決済にしても、企業側がデジタルシフトを自らの生産性向上のための手段と考えているのか、それとも顧客価値を高めるためと考えているのか。この大きな違いが、日本と海外とのデジタルシフトの導入スピードの違いに表れていると思っています。

(コメント)

川添:生活者のインサイトや行動の変化から、日本の小売企業の姿勢まで、非常に示唆に富む回です。デジタルシフトやオムニチャネルを語られることが増えてきましたが、目的自体に誤りがあることが多く見受けられます。目的は、カスタマーエクスペリエンス、すなわち顧客の経験価値を向上であって、デジタルシフトをすること自体ではありません。

では、その顧客の経験価値とはなんでしょうか?ここにおいては、より高めるプラスの行為と、マイナスを補う行為があると捉えていますが、すでに後者のマイナスが発生しているということを気づかなくてはなりません。対談でもある通り、自分自身に置き換えてみて、「レジ待ち」にいら立ったことはないでしょうか?「在庫確認します」を言われ、5分以上待たされていら立ったことはないでしょうか?プラスすることに目が行きがちですが、この事実をおさえておく必要があるでしょう。

そして、後半に語られれている「実行せよ」というメッセージ。業界を横断してトレンドは似てきており、業界の壁はメルトしてきていますが、それぞれの業界や顧客属性で掛け合わせていくと同じ事例を見つけるのは難しくなってきています。すなわち、ある結果を応用して、新しいチャレンジをしなければならないということです。新しいことにリスクは伴いますが、これだけスピードが早い時代だと、乗り遅れることが最大のリスクになります。そのために、小さく始めてPDCAを回して大きくするような姿勢が必要です。

人から学ぶことも多いですが、実践して得られる経験の方が多くの学びがある。日本の小売業が多くの打席に立つことを、私自身も望んでいます。

 

第4回 【対談】顧客体験が複雑化する中、考えるべきデジタルトランスフォーメ−ションのタイミングとリアル店舗の価値 田中道昭×奥谷孝司(第4回)に続く

記事作成:安楽由紀子

撮影:Masanori Naruse

 

プロフィール:

田中道昭:立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授、株式会社マージングポイント代表取締役社長。シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行(現 三菱UFJ銀行)投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。主な著書に『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)、『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(ともにPHPビジネス新書)、『ミッションの経営学』(すばる舎リンケージ)など。

奥谷孝司:オイシックス・ラ・大地株式会社 執行役員。1997年良品計画入社。3年の店舗経験の後、取引先の商社に2年出向しドイツ駐在。家具、雑貨関連の商品開発や貿易業務に従事。帰国後、海外のプロダクトデザイナーとのコラボレーションを手掛ける「World MUJI企画」を運営。2003年良品計画初となるインハウスデザイナーを有する企画デザイン室の立ち上げメンバーとなる。05年衣服雑貨部の衣料雑貨のカテゴリーマネージャー。現在定番商品の「足なり直角靴下」を開発、ヒット商品に。10年WEB事業部長。「MUJI passport」のプロデュースで14年日本アドバタイザーズ協会Web広告研究会の第2回WebグランプリのWeb人部門でWeb人大賞を受賞。15年10月よりオイシックス株式会社入社。統合マーケティング室 室長 Chief Omni-Channel Officerに就任。16年10月より執行役員 統合マーケティング部 部長 Chief Omni-Channel Officer。2016年11月Prismatix社 Engagement Commerce Adviser就任。2010年早稲田大学大学院商学研究科夜間主MBAマーケティング・マネジメントコース(守口剛ゼミ)修了。共著に『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(日経BP社)がある。

川添 隆:株式会社ビジョナリーホールディングス 執行役員 デジタルエクスペリエンス事業本部 本部長。千葉大学デザイン工学科卒。販売、営業アシスタントとしてサンエー・インターナショナルに従事後、ネットビジネスを志しクラウンジュエル(現ZOZOUSED)でささげ業務から企画、PR、営業まで携わる。2010年にクレッジに転じ、EC事業の責任者としてEC事業を2年で2倍に拡大。その後2013年7月よりメガネスーパーに入社。EC事業、オムニチャネル推進、デジタルマーケティング・コミュニケーション、デジタルを活用した店舗支援を統括。EC事業全体は5年間で4.4倍、注力する自社ECは8倍と拡大中。2017年11月よりビジョナリーホールディングス デジタルエクスペリエンス事業本部 本部長を兼務。2018年5月より執行役員。[「実店舗+EC」戦略、成功の法則 ECエバンジェリストが7人のプロに聞く]の出版、ブログ・取材、セミナー・講師、オンラインサロンなどで精力的に情報発信を行っている。