【EdTech】非認知能力とアダプティブラーニング。公教育におけるEdTechのインフラ作り NEC林良司執行役員

2020.01.14 エキスパート

EdTechのキーテクノロジーの1つとして注目されているのが「アダプティブラーニング(適応学習)」です。日本ではEdTechサービスの開発・導入と並行する形で、公立学校の教育現場へもアダプティブラーニングのモデル導入が開始されています。今回は大手ICTメーカーの中で公立学校のアダプティブラーニング普及に率先して取り組んでいる日本電気の林良司執行役員に、その最新動向を伺いました。

 

アダプティブラーニングは教員の属人性に依存しない学習システム

―― 最初に「アダプティブラーニングとは」についての林さんのお考えを簡単にご説明いただけるでしょうか。

林 EdTech同様、アダプティブラーニングもまだ新しい教育イノベーションの概念なので、デファクトスタンダード的な定義や基準は確立されていません。しかし「AI等先端テクノロジーの活用で、学習者一人一人の学習進捗度に合わせたオーダーメードの学習方法や教材を用い、より効率的で効果的な学習を実現するシステムやサービス」という点では、アダプティブラーニング開発関係者の共通認識が形成されていると思います。

形態的にはAIやインターネットを活用し、学習者個々の学習進捗状況をログとして蓄積し、それを分析して学習者個々の習熟度に合わせた教育カリキュラムや教材を作成し、AIがその効果を検証しつつ教育カリキュラムや教材をさらにブラッシュアップしてゆく仕組みです。

―― 従来の教育手法とどこが端的に違うのでしょうか。

林 従来の学習指導は、先生方の経験、指導力など主観的要素に依存していたので属人性が高く、学習指導品質のばらつきを避けられない欠点がありました。

対してアダプティブラーニングの場合、学習者個々の学習進捗状況をログとして蓄積・分析できるので、学習者の弱点を客観的に発見でき、適正な形でかつ学習者の負担が低い形で修正できます。ですから先生方の属人性から来る学習指導品質のばらつきを解消できます。

また、このログはグラフなどで可視化ができるので、弱点が似た学習者同士を繋げ、グループ学習をすることでモチベーションを高め、短期に弱点を克服できるメリットもあります。

非認知能力の可視化から教育イノベーションへアプローチ

―― EdTechへのアプローチは事業者ごとに自ずと異なる訳ですが、NECではどのようなアプローチをされているのですか。

林 弊社は長い間、全国の教育委員会を通じて公立学校の教育環境拡充や先生方の学習指導効率化のお手伝いをさせていただいてきました。したがってこの面から、公立学校の教育現場が直面している課題解決のお手伝いをEdTechによりしたいと考えています。

その具体策の1つとして、弊社ではかねてより「非認知能力の可視化技術」の研究を重ねており、現在は大阪市教育委員会様と京都市教育委員会様が進めている教育改革事業にご協力する形で、その実用化を目指しています。

―― 塾など私教育は新しい技術の導入も比較的早いということで、スタートアップなどの事例も増えてきた印象がありますが、公教育へのEdTech導入に携われています。非認知能力の可視化とEdTechはどんな関係があるのでしょうか。

林 従来の教育は、簡単にいえば「学力向上」が主眼でした。このため、国語、英語、数学、物理などの学習レベルをテストで数値的に測定し、IQとして評価できる「認知能力」を学力と捉え、それをいかに高めるかの指導に先生方は腐心してきました。

しかし、認知能力(IQ)がいくら高くても協調性、計画性、創造性、主体性、忍耐力、判断力、コミュニケーション力などの非認知能力が低ければ、社会に出てから周囲の環境に柔軟に対応し、自分の能力を企業や社会の発展に生かす学力にはなりません。

特にこれからの「知識基盤社会」においては、認知能力と非認知能力の両方を身に着けた真の学力が必要とされています。したがって、従来の認知能力重視の教育では、児童・生徒が社会に出てから活躍できる場が極めて少ないことが、近年の学術研究によっても明らかになっています。

こうした非認知能力の測定、分析、育成において、AI活用の可能性が認められています。

ところが、この非認知能力は数値化できない能力なので、テストで測定できないのです。したがって、先生もどうすれば児童・生徒の非認知能力を伸ばせるのか分からない。そこが非認知能力の厄介なところなのです。非認知能力の重要性が分かっていても、その実現策が分からないのでみんな途方に暮れているとところですね。

しかし弊社はAIを活用し、認知能力と非認知能力の両方を身に着ける教育イノベーション巻き起こしに貢献できると確信し、非認知能力の測定手段としてその可視化技術の開発に取り組んできたのです。

 

大阪市と京都市の公立小・中学校で進む非認知能力の育成授業

―― その成果の第一弾が大阪市教育委員会への「学校教育ICTサービス提供」だったのですね。どのようなプロジェクトだったのですか。

林 大阪市教育委員会では、「児童・生徒が自立・協働・創造に向けた学びを進め、知識基盤社会を生き抜く力を身に着ける」教育環境の整備に向け、2012年度から「学校教育ICT活用事業」を開始されました。

同事業の目的は、ICT活用による「知識・理解の認知能力」と、「思考力・判断力・表現力、関心・意欲、情報活用能力などの非認知能力」の両方を育む教育の実現にありました。そこで2013年度から2015年度にかけて大阪市内のモデル校で同事業の実証研究を行い、「大阪市スタンダードモデル」を確立されました。

そして、2016年度から市内の全小・中学校422校に大阪市スタンダードモデルを一斉展開されたのですが、そのためにはタブレットや大型モニタ・プロジェクタ等のICT端末配置とこれらをネットワーク接続したICT授業環境の整備が必要でした。

この環境整備を支えるため、弊社は422校への端末・システム配置と人的サポートをトータルで行う「学校教育ICTサービス」を提供させていただいたのです。

具体的には、先生方の授業支援、情報セキュリティ対策、ICT端末統合管理などの機能を備えたシステムを弊社データセンターにプライベートクラウド型で構築することで、システムの安定性・可用性・運用効率化を可能にしたICT授業環境を実現しました。

また、弊社のICT支援員が全学校を訪問してICTを活用した授業づくりを支援すると共に、ICTを活用した授業に関するすべてのお問合せ対応する専用コールセンターを設置しました。これにより、先生方がICTを活用した授業づくりが効果的に行える環境も実現しました。

このICT授業環境実現により、大阪市内の小・中学校では現在、視覚的に分かりやすい授業を行うと同時に、児童・生徒さんが自らの考えをみんなの前で発表する授業やグループ学習授業などにより「自分で考え判断する力」、「自分の考えを豊かな表現で相手や周囲に伝える力」といった非認知能力を育む教育を推進されています。

―― 次に、御社が京都市教育委員会、京都大学学術情報メディアセンターとの「産学連携」の形で、2018年度から取り組んでおられる「未来型教育の京都モデル実証研究事業」はどのようなプロジェクトなのですか。

林 これは、義務教育における児童・生徒個々のレベルに適応した学習の実現と教員の指導力向上を目的にしたプロジェクトです。

現在、京都市立七条第三小学校と同加茂川中学校の2校をモデル校に、AIを始めとする先端技術を活用した協働学習における学習状況の可視化・評価と統合的な学習データ分析の実証研究を進めています。

※「協働学習(collaborative learning)」は、知識のみならずコミュニケーションなどによりグループで課題解決していく学習の形態

―― 公教育の現場も変わってきていますね。協働学習での学習データ分析とは、具体的にはどのような研究なのですか。

林 教室内に設置したマイクで協働学習中の教員と児童・生徒の音声を収集し、教員と児童・生徒一人一人の発話内容や感情変化を、教員向けタブレット端末にリアルタイム表示すると同時に児童・生徒の学習状況の可視化・定量化を行い、認知能力と非認知能力の両方を評価できる方法の検証と策定を行っています。

―― 音声を収集して非認知能力を評価するというのはどのようなものでしょうか。

林 例えば、ある生徒が発言している中で、共感しているのか、誰かの発言を妨げているのか、議論をリードしているのか、などが分析できるのです。

同プロジェクトではさらに、統合的な学習データ分析を用いた認知・非認知能力を効果的に育むための情報フィードバック方法や指導方法の検証と策定、教育EBPM(エビデンスに基づく政策立案)の検証と策定なども行う計画です。

これらの実証研究を、弊社の「協働学習支援ソリューション」と京都大学学術情報メディアセンター・緒方広明教授の「ラーニングアナリティクス」と「エビデンスに基づく教育を実現するための情報基盤」に関する学術的知見をリンクさせて進めているところです。

 

目指すのはEdTechを支える「教育サービスプラットフォーム事業」

―― このような学校教育改革への協力を踏まえ、EdTech領域で御社が開発を目指しているビジネスモデルは何なのでしょうか。

林 「教育サービスプラットフォーム事業」です。

弊社は我が国ICTインフラ産業の発展に貢献してきた歴史と実績があります。したがってEdTech領域でも、そのインフラとなる教育サービスプラットフォーム事業のビジネスモデル開発を目指しています。

―― EdTechのインフラとなるプラットフォーム事業とは、どのような事業構想ですか。

林 まずは弊社のICT技術を駆使した教育サービスプラットフォームを構築し、そのインターフェースをオープンにします。

このプラットフォームを活用し、デジタル教材メーカー、学習コンテンツ事業者、AIベンダなど多彩なEdTechビジネス関係者にEdTech向けの様々なアプリケーションサービスを開発していただき、このプラットフォームに搭載します。

これらのサービスを先生、保護者、教育委員会関係者などEdTechサービス受益者の方々に活用していただき、児童・生徒がこれから本格化する知識基盤社会で生き抜く力を養っていただきたいと考えています。さらに間接的には地域経済の活性化や人材分野における国際協力強化にも繋げていただければと思っています。

また、EdTechが普及すれば公立学校と私学がそれぞれの特性を活かした教育イノベーションも容易になるでしょう。弊社は教育サービスプラットフォームをそのブリッジにしたいとも考えています。

―― 様々なビジネス関係者や、教育関係者、地域経済や公教育と私教育も含めたEdTechを触媒にした教育エコシステムの実現ですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

 

記事作成ː福井 晋

プロフィール

林 良司 日本電気株式会社 執行役員

1988年、日本電気株式会社(NEC)に入社。以来、官公庁のお客様を中心としたソリューション事業に従事。 2015年以降、事業部長としてパブリックセーフティを実現するバイオメトリクス事業や、未来の人財開発に貢献する教育ICT事業を担当。2018年、執行役員に就任、Society5.0時代におけるパブリック事業推進に幅広く取り組んでいる。