パテントクリフの危機的局面を乗り越えた財務戦略と戦略的IR エーザイ株式会社CFO 柳 良平(前編)

2019.06.20 エキスパート

2010年、アルツハイマー型認知症の薬「アリセプト」の売り上げがジェネリックにより落ち込み、米国では特許切れを迎えるというパテントクリフを優れた経営手腕で乗り越えたエーザイ株式会社 専務執行役チーフフィナンシャルオフィサー(兼)チーフIRオフィサーの柳 良平氏。

外国人投資家との面談を年間200件行い、国内だけでなく海外の大学でも教鞭を執り、多数の著書を出版。経済産業省「伊藤レポート」の執筆委員であり、東京証券取引所上場制度整備懇談会委員、日本IR学会理事なども務められています。

豊富な実務経験とアカデミックな知見を合わせ持つエキスパートとして、今、日本の企業に必要なものは企業価値を創造するESGだと語ります。その詳細について伺いました。

 

投資銀行から製薬会社CFOへ。IRのアドバイザーとして累計3,000件の海外投資家と面談

―― 都市銀行、メーカー財務部長、外資投資銀行を経て、現在は大学教授と大手製薬会社のCFOを兼任されています。現在の活動について教えていただけないでしょうか。

柳 良平(以下、柳) UBS証券を2009年末に退職し、エーザイに入社。現在同社のCFOを務めています。一方で、UBS時代から早稲田大学大学院会計研究科で12年教鞭をとり、現在も客員教授を務めております。また、政府関係では、東証の上場制度整備懇談会の有識者会議委員を長年務めているほか、経産省の「伊藤レポート」(「持続的成長への競争力とインセンティブ ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト)の委員として、企業価値やROE、配当に関する部分を一部執筆させていただきました。それを伊藤邦雄先生(一橋大学商学研究科特任教授)とともに世界に広めてきました。

 

柳 UBS証券勤務時代は、IRのアドバイザーとして、コーポレート・ガバナンスのストラテジストの役割を担い、アクティビストも含めて世界中の投資家と面談しました。年間200件、外国人投資家との面談をUBSとエーザイで15年間、今も続けているので累計3,000件になります。このように外国人投資家とOne on Oneミーティングを多数経験している珍しい日本人なんです。

投資家とは、互いにファーストネームで呼び合い、本音でコミュニケーションできる関係性を構築しています。それをベースに、UBS時代から世界の投資家サーベイを取っていますが、それらも伊藤レポートの証拠として提出しました。

―― ユニークなキャリアです。こうしたキャリアを歩んでこられた背景についてはどのようにお考えですか。現在でもCFOとしての活動と教授の両立をされています、どういった経緯だったのでしょうか。

柳 これまで、好奇心でいろいろなことをしてきました、振り返るとバラバラのようですべて有機的に結びついており、シナジーがあります。苦労もありますが、ベースには資本市場やガバナンスの改革を通して日本をよくしたいという「思い」があります。CFOの本業では地道な事務も多々行っていますが、だからこそ主張する財務理論には説得力がある。おかげさまで著書も論文もたくさん書いていますが、やはり実務の裏付けが大事です。

 

「正論だが、企業経営はそんなに甘くない」と言われ、自ら経営側に

―― 投資銀行から、製薬企業のCFOにチャレンジされた経緯はどのようなものだったのでしょうか。

柳 投資銀行時代に、コーポレートガバナンスのアドバイザーとして大手企業100社ほど回らせていただいたときに、日本企業の社長に「君の言っていることは正論かもしれないけど、企業経営はそんな甘いものじゃない」「外国人投資家の片棒を担ぐのか。実務はそんなものじゃない」と言われたことがあったんです。

実はUBS勤務前にエーザイの財務部長を務めた経験はありました(2009年末にエーザイに再入社)が、そういった言葉を受けて、実際にCFOになって自分で経営をしてみよう、それによって自分の言葉に説得力を持たせようと思いました。

学者としてきれいごとを言うだけでなく、理論をもとに自分でも製薬会社で実務に関わり、グローバルスタンダードのコーポレート・ガバナンスやファイナンシャル・ストラテジーを取り入れて企業価値を最大化する。「そうしたトラックレコードをつくってみたい、つくってみせる」という気持ちがあって、エーザイに戻りました。

製薬業界は新薬が出るかどうかで凸凹激しい業界です。業績はアップダウンありますが、そうした中でも最善を尽くして企業価値最大化の戦略を実行し、世界の投資家に信任を得るという活動をしてきました。マネジメントとして、策定した財務戦略、あるいはコーポレート・ガバナンスでは、それなりの素地を作ってグローバルスタンダードを実現し、世界の投資家の信任を一定程度得られているという自負はあります。それがあるからこそ著書や論文も説得力を得て、他の人も話を聞いてくださるのだと思います。

グローバルスタンダードを目指す場合、世界の投資家の信任を得るにはいくつかの手法があります。そのひとつがグローバルなカンファレンス、レクチャーで登壇することなのです。国内ではいろいろな学会発表もしていますし、いろいろなカンファレンスでも基調講演をさせていただいていますが、海外でも同様に発表をしていくことも重要です。

手はじめに、2016年12月にロンドンで開催された「ICGN-IIRC Conference」、すなわち世界的なコーポレート・ガバナンスの頂点の組織である国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(ICGN)と国際統合報告フレームワークを策定する国際統合報告評議会(IIRC)が主催するジョイントカンファレンスで、日本のCFOとしては初めて登壇しました。私の考えているモデルを説明し、ROE戦略について伊藤レポートをもとに、ESGをつなぎ合わせた形の「ROESGモデル」につきプレゼンを行いました。その後も海外のカンファレンスでいくつか登壇のオファーをいただいています。

もうひとつはアカデミアとの連携。国内では早稲田大学を本拠にしながら、青山学院大学、慶応大学、東洋大学、京都大学や一橋大学などでもスポットで講義をしています。海外の大学ではロンドン大学、ケンブリッジ大学、ニューヨーク大学で、ESG、企業価値、日本のコーポレート・ガバナンス改革についてMBAの学生向けに講義をしました。今年はハーバード大学で講演します。

こうした活動を通して世界に日本のガバナンス改革や企業価値創造、そのための具体的な理論と戦略、実践を発信しています。著書も共著も含めて毎年1冊は書き、既に15冊になりました。英語でも240ページの集大成となる著書「Corporate Governance and Value Creation in Japan: Prescriptions for Boosting ROE」をヨーロッパの出版社であるSpringerから出版しました。そんなふうにマルチに、三足、五足の草鞋を履いています。

―― 非常に精力的な活動ですが、マネジメントもしながら対外活動でも実績を残されていっているのは、非常に珍しいですね。エーザイとしてはこうした活動をどのように認めているのでしょうか。

柳 社内的には特別に兼業許可をいただいていており、取締役会にも報告しています。CEOの考えも、私の活動が間接的に業務にも役に立つし、エーザイのブランディングにもなるからどんどん意見を発信してくださいというものです。大変有難いことですが、CEOの強いサポートがあって、こうした活動ができています。

日本の会社は閉鎖的なところもいまだにあって兼業禁止、外で勝手なことをしゃべるなという会社もあるので、そういう意味ではCEOがグローバルな方で、かつリベラルな会社で理解が深いのでありがたいですね。

――こうした活動の結果として会社のブランディングにもなり、兼業が本業にわかりやすい形でメリットを生み出していますね。

最大規模のパテントクリフを迎えるエーザイの窮地を救った方法とは?

―― 投資銀行から製薬会社に戻るときのミッションはどういうものだったのですか。

柳 2009年の終わりにエーザイに戻るときはIR部長という職責で、企業価値を守る、高めることが使命でした。「アリセプト」というエーザイが開発したアルツハイマー型認知症の薬はピーク時で3,000億円の売り上げがありましたが、特許が切れるとジェネリックにより8~9割が失われてしまうことが懸念されていました。まさに2010年には米国で特許切れを迎えるという局面です。

パテントクリフが起こると、IR活動においては、将来どのようなグロースストーリーをもって、株価や企業価値を支えるのか、いかに財務戦略を組み立てて会社の屋台骨を守り、企業価値を保持するのかを世界の投資家に説明する、難易度の高い舵取りが必要です。

非常に危機的な局面でした。会社の規模とパテントクリフのインパクトを考えると、製薬業界最大のパテントクリフではないかと評するアナリストもいたくらいです。そこを乗り切ることが僕のミッションだったんです。

結果としては、パテントクリフ前に付けた株価の高値は6,000円台。パテントクリフを受けて3,000円前後までいったん下がりましたが、それ以上落ちずに、次のストーリーを訴求することによって、パテントクリフ前のピークを越える株価もつけています、その後、アルツハイマー型認知症の新薬のニュースで変動していますが、ほぼ6,000円以上で株価は維持されています。

―― パテントクリフの危機を乗り切ったわけですね、どのように実現したのでしょうか。

柳 パテントクリフに対する対応方針と今後のパイプラインや戦略を訴求して、積極的に世界の投資家にこちらから働きかけていく、財務戦略のなかで、やはり資本コスト、最適資本構成を意識した経営、それから配当のセンシティビティを計算しながら、利益に合わせて配当を減配するのではなく、配当性向を使わずにバランスシートベースの配当を高度な財務戦略で導入することで、次のパイプラインを訴求しながら企業価値を守り、同時に配当維持の両立を可能にしました。

ただ、パテントクリフで業績が悪いなかでストロングバランスシートをつくるのは難しいですよね。違うキャッシュジェネレーションを本業以外でしなければならない。そこで取り組んだことが2つ。1つが、Fixed Asset Monetization。ノンコアのアセット、固定資産の売却です。主に、遊休不動産や持合い株の売却で、ノンコアの子会社譲渡も含めて数百億円のキャッシュをつくりました。さらにもうひとつ行ったのが、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)。製薬会社では、過去、キャッシュリッチで比較的収益率が高かったので、キャッシュ・フローのコントロールはタイトにやらない会社が多かった。しかし、CCCを厳格化することで売掛金の回収期間の最適化、買掛金の支払期間の最適化と、グローバルに展開した在庫削減のプロジェクトで、数百億円のキャッシュをジェネレートしました。

私がエーザイに戻ってから節目の中期経営計画が終わるまでの5年程度において、おおよそ1千億円前後のキャッシュを本業以外の形でジェネレートすることができました。それによって財務の健全性、ストロングバランスシートをつくって、シングルA+以上の格付けを維持し、安定配当を堅持することによって、パテントクリフによるオーバーリアクションを抑えて株価も企業価値も高めて、次のパイプラインにつなげる形になりました。それが最初の狙いと結果です。

投資家のポジションも推察、「有事」における戦略的なIRの進め方

―― そのときのIRについて、株主への説明はどういうものでしたか。

柳 やはり、平時のIR以上にパテントクリフのIRは、頻繁かつ詳細にというのを繰り返していきました。もちろんターゲッティングもありますし、あとは、ロングオンリーの長期投資家に支えていただく。私たちの場合は、ボストンのウエリントンに長年、キーシェアホルダーあるいはプライスリーダーとして圧倒的に支持してもらっていますが、コア投資家として大変大事です。

例えば、ボストンのウエリントンとのミーティングのイメージでは、テーブルを挟んで両者約10人ずつ並びます。基本的にそのうちの9割は両サイドともにPh.D.です。ファイナンス、バイオロジー、ケミカル、メディカルドクター、ビッグファーマ経験者……そうした最高の知見を合わせた投資家のグループと、企業側の私共も研究開発の役員も複数参加しますから、かなり深いディスカッションが長時間できます。

普通の日本のアナリスト、ファンドマネジャーのチームは基本的に「長期間同じ日本の証券、銀行、保険会社系列のところにいました。博士号取得者も製薬企業勤務経験者もいません」という場合が多いので、やはり違いがあります。

このようにグローバルスタンダードのトップティアのミーティングをかなりの密度で行って、ロングホルダーに訴求する一方で、ショートターミズムに対してはアンチテーゼを持ちつつも、上場していれば株主を選べませんし、フェア・ディスクロージャーの精神としては、「いつ何時誰の挑戦でも受ける」ものなので、アクティビストもヘッジファンドも面談の機会は均等です。

パテントクリフ当時のIR活動の趨勢からいえば、むしろ積極的にヘッジファンドにたくさん会いにいくという戦略をとりました。なぜならパテントクリフから空売りの残高が当然増えていたからです。それらを解析しながら、完全な情報をつかむことはできませんが、どういうプレーヤーがどういう理由でどの程度空売りしているのか、論点はなにかを解析して、空売りの人たちにむしろこちらから会いに行ったわけです。

たとえば、空売りにベットしている、しそうなヘッジファンドがあれば、次のパイプラインはどういうものがあるかサイエンスを訴求。ロングタームでは戻ってきますし、ロングオンリーはそこ見ていることを説明します。

もうひとつはファイナンシャルなアービトラージャーで、「減収減益により減配して個人投資家からも見放されて、株価が落ちるだろうから今はショートだ」という戦略もあるわけです。しかし、売上はパテントクリフで一時的に落ちても、FAMとCCCでキャッシュをジェネレートして、ストロングバランスシートをつくり、配当性向ではなくバランスシートベース、DOEというKPIによって安定配当を守っていく財務戦略を説明しました。「減収減益でも配当維持は自信があります」と説明すれば、ショートを断念せざるをえないのではないか。それを常時解析、説明しながら、ヘッジファンドに平時の倍以上会いに行きました。

また、投資家は私たち上場企業を評価しますが、私たちもプロファイリングにより投資家を逆評価し、プライオリティをつけて投資家を格付けしています。それは、持ち株の多さ、短期か長期か、知見が高いか、インテリジェンス、リテラシーのレベル、さらにリレーションやヒストリーもプラスして総合評価しています。さらに、投資家ごとにポジションシートを推測でつくります。個々のファンドが、いついくらエーザイの株式を売買し、いままで実現益がいくらあって、含み益はいくら、簿価単価はいくらか、という推定シートをつくるんです。それによってIR戦略をつくっていきます。ここまで行う事業会社はあまりないと思いますが、証券会社やコンサルは一切使わずに自分で全部ターゲティングできる体制をつくり、自分で世界中の投資家にアポもとれるので問題ありません。

 

ESGのためのESGではなく、ESGと企業価値を結びつけるようなIRを訴求

―― 危機を乗り越え、現在はどのような取り組みを行っていますか。

柳 ヘッジファンドへの対応はとりあえず終わり、今は次のステージ、長期投資家にESGを訴求したIRを行っています。ただ、ESGのためのESGではなく、ESGとROE、企業価値を結びつけるようなIRを訴求しています。近年、伊藤先生は「ROESG」という造語を啓蒙していますが、同じ趣旨です。

その手法は、大きく分けると4つの柱があります。ひとつめは、ESGを企業価値に結びつけることについて、論理的にモデルをつくるということです。それは証券会社がつくるのでもコンサルがつくるのでもなく、私自身がつくる。「非財務資本とエクイティ・スプレットの同期化モデル」です。これは英文著書や論文にも書きましたし学会報告もしています。ロンドンカンファレンス等でも説明して、世界の投資家の信任を得ています。また、IIRCのサイトでも私の概念フレームワークを採択していただいています。

この「ROESGモデル」では、PBR(株価純資産倍率)1倍までが財務資本で、1倍超が見えない価値、非財務資本としています。人の価値、パイプラインの価値、ESGの価値を認めてもらえれば、PBRが1倍以上になるとしています。インタンジブルズですね。一方、残余利益モデルに従えば、株主価値は簿価純資産+残余利益の関数に一致する。残余利益は、ROEマイナス資本コスト、つまりエクイティ・スプレットに収斂されるので、実は、企業が訴求する見えない価値と、投資家が訴求するROEは同期化できる。一見、二律背反のようですが、本来は事業会社の主張するESGは投資家が主張する長期のROEやエクイティ・スプレットと同期化できるはず。

ただこのモデルの成立要件は長期の時間軸。ショートターミズムでは合わないわけです。ですので長期の投資家を訴求することが必要になるんですが、そういった概念、自分たちでやりたい理念や人の価値、見えない価値を、ファイナンス理論でROEやエクイティ・スプレットに結びつけることによって、同期化できるということをモデルで示してアピールしていく

具体例をまじえながら、投資家の信任を獲得。企業価値の最大化を持続的にはかっていく

柳 2つ目は、会社としてこのモデルを具現化した具体例を持つ。それを統合報告書などで報告する。エーザイの統合報告書からROESGの事例を紹介します。

たとえば、顧みられない熱帯病の一つにリンパ系フィラリア症があります。これは、マラリアやデング熱のように蚊を媒介にしてうつり、感染すると足が象のように腫れて動けなくなり、合併症を併発して死ぬ確率が高い。1億人もの人が罹患、10億人にリスクがあると言われています。おもにアフリカ、オセアニア、南アメリカの最貧国で蔓延している熱帯病です。しかし世界の製薬会社はどこもこの薬をつくらなかった。

なぜなら、最貧国の最貧層の人が患者様で、1ドルだって使えない。作っても誰も買わないから作らなくなった。エーザイの企業理念は「患者様貢献を使命として、長期で結果として利益もついてくる」というもので、いわば「ROESG」です。エーザイはこの企業理念を株主総会の特別決議で定款に入れた珍しい会社なのですが、患者様第一主義なら、この治療剤DECを無償で配布しようとWHOと組んで立ち上がりました。2020年までに、DEC22億錠の無償配布を行っています。

すでに17億錠ほど配り終わりました。さらに期限を延長して、地球上からこの熱帯病を撲滅するまで無償配布しようとCEOは言っています。

―― 素晴らしい取り組みですね。ただ、投資家としてはこのような取り組みをどのように受け取るのでしょうか。

柳 これは患者様貢献という高邁な理念にそった、製薬会社として素晴らしい社会貢献だと思いますが、「赤字プロジェクトで寄付であり、株主の利益と反するじゃないか」という反論もあると思うんですね。弊社の答えは、「ノー」です。CFOとして、これは企業価値を創造する長期投資」と考えています。

薬剤の無償配布ですから、当初年間5億円程度の赤字になります。ただ、弊社はインドに自前の工場がある唯一製薬会社です。この工場で安く作るし、22億錠の大量生産で設備稼働率がものすごい上がる。事後的にDECだけでなく、最新鋭の抗がん剤や神経の薬も先進国の工場からインドに生産シフトしています。最新鋭の抗がん剤などはアメリカや日本、ヨーロッパに逆輸出されてます。総合的に連結原価率低減につながるのです。なおかつローカルインド人スタッフのスキルもモチベーションも上がります。インド工場の従業員の離職率は大幅に低下しました。

さらに、現地当局、医療関係者とのコラボもありますし、DEC錠にはロゴが刻まれるのでエーザイのブランドが新興国で浸透します。

2020年以降、本格的に新興国ビジネスを拡張するので、これを行った場合と行わなかった場合の売上も変わるでしょう。CFOとしてこのプロジェクトの総合的経済効果をNPV試算すると、10年未満では赤字ですが、10年超では黒字になります。これこそが企業理念を具現化した「ROESG」経営ということになります。

―― 残りの2つはどういったものでしょうか。

柳 3つ目は、それを支えるアカデミックな実証研究を積み上げることで、たとえば時価総額が簿価純資産を超える金額、つまりPBR1倍以上の部分が見えない価値で、そこが将来のROEにつながることを証明します

中央大学の富塚嘉一先生と一緒に実証論文を発表しましたが、知的資本、人的資本などのIIRCの定義する非財務資本とPBRの相関関係を統計学的に有意に証明することができました。

また、私とクオンツアナリストの吉野貴晶さんの共著論文ですが、研究開発投資と人材投資とPBR1倍以上の付加価値が正の相関を持つことを実証しました。例えば、この結果をあてはめると、エーザイでいうと時価総額の10%以上が人の価値、従業員の価値で、さらにエーザイの持っている基礎的な研究開発の知見のポテンシャルで別の10%以上は説明できる。マーケットキャップ約2兆円の会社ですから、2000奥円以上は従業員の潜在価値、別の2000億円以上は研究の潜在的な価値があると証明できるのです。

第4に、エーザイのIRチームで年間700件以上のエンゲージメントを積み上げて、こういった「ROESG」の議論を世界中の投資家とやっています。こうしたIR活動が信任を得て、市場がESGwp評価すれば本当にバリュエーションがついてきてPBR1倍割れのブック割れを起こさない。あるいはPBRが2倍3倍になるんです。過去10年でざっくりいうと、PBRは日本の市場で平均1、イギリスの平均2、アメリカの平均3ですから、エーザイのPBR3倍平均は、グローバルスタンダードのバリュークリエイションができていることになります。

アカデミック論文では、ESGとROEの相関関係を証明することはできますが因果関係を証明することはできません。やはりエンゲージメントや具体例をまじえながら、投資家の信任を得ることで企業価値の最大化を持続的にはかっていくということがCFOのミッションだと思っています。

エンゲージメントでは長期時間軸やESGの理解を訴求しますので、アセットオーナーとの面談も増やしています。たとえばGPIF、地共連、海外はカルパース、カルスターズ、各大学年金等と2時間以上面談しますが、2時間、足元のニュースや決算情報、業績予想、パイプラインの説明は一切なく、ESGとROEの同期化モデルだけで徹底的に議論して納得していただいています。

後編 日本の経営層はグローバルスタンダードのファイナンシャルリテラシーを身につけるべき エーザイ株式会社CFO 柳 良平 に続く

インタビュー:川口荘史

記事作成:安楽由紀子

撮影:Masanori Naruse

 

プロフィール

柳 良平:エーザイ株式会社 専務執行役 CFO(最高財務責任者)/早稲田大学大学院客員教授。公職として、東京証券取引所上場制度整備懇談会委員、経済産業省「伊藤レポート」執筆委員、米国公認管理会計士協会(IMA)日本支部常任理事、日本管理会計学会常務理事、日本IR学会理事の任にある。職歴としては、都市銀行支店長、メーカー財務部長、UBS証券エクゼクティブディレクター等を経て現職。米国公認管理会計士・米国公認財務管理士。通訳案内士。京都大学博士(経済学)。著書に、「ROE革命の財務戦略」(単著 中央経済社 2015年) 「財務会計リテラシー」(共著 日本経済新聞出版社 2016年) 「ROE経営と見えない価値」(編著 中央経済社 2017年)「ROEを超える企業価値創造」(共著 日本経済新聞出版社 2019年)“Corporate Governance and Value Creation in Japan”(英文単著 Springer社 2018年) その他論文、翻訳、講演等多数。