日本の経営層はグローバルスタンダードのファイナンシャルリテラシーを身につけるべき エーザイ株式会社CFO 柳 良平(後編)

2019.06.21 エキスパート

海外の投資家が日本の企業に求めるものはESGとROEの価値関連性やレベルの高い統合報告書。こうした点についても、まだまだグローバルでは遅れを取っている日本企業。

これからの時代、日本の経営者に必要なものはなんでしょうか。ファイナンシャルエキスパートとして海外投資家と対話を続けてきた、エーザイ株式会社 専務執行役チーフフィナンシャルオフィサー(兼)チーフIRオフィサーの柳 良平氏に伺いました。

前編 パテントクリフの危機的局面を乗り越えた財務戦略と戦略的IR エーザイ株式会社CFO 柳 良平 はこちら

 

日本はまずROEを優先してやってほしい、企業価値創造につながるESGを示してほしい

―― 海外ではESGを企業価値にどう反映していくか、どのようなモデルで説明されているのでしょうか。

柳 良平(以下、柳) まず、残余利益モデルから株主資本コストを上回るROEであるエクイティスプレッドがプラスになるとPBRが1倍以上になり価値創造が起こることが数学的に証明できます。また、私が大学教授として毎年行っている世界の投資家サーベイの株主資本コストのコンセンサスは8%です。実際、過去10年のPBRとROEの実証データをみると、ROEが8%を超えるとPBRが1倍超になる傾向があることがわかります。これが伊藤レポートの「ROE8%ガイドライン」の3つの証拠です。

―― リテラシーについて、日本の経営者と投資家側に違いはありますか。

柳 私が毎年行っている世界の投資家サーベイで「日本の会社のESGに何を望みますか」と聞くと、毎年圧倒的に多いのが、「ESGとROEの価値関連性を示してほしい」という回答です。統合報告書で美しい写真をたくさん使って、「木を植えました、女性を登用しました、寄付をしました」とアピールしても、例えばROEはずっと3%、PBRはずっと1倍を割れているという日本企業は資本市場の信任が得られないのです。

「日本はまずROEを優先してやってほしい、ESGは企業価値創造につながるESGを示してほしい。そこではESGとROEや企業価値を結びつける戦略のストーリーと証拠、具体例をもって、世界の投資家に説明責任を果たさないとならない」それが世界の投資家の声なのです。そういう意味でまだ日本企業は道半ばではないでしょうか。

一方、逆に投資家に「ESGをどうやって具体的に企業価値評価に折り込みますか」と聞くと、投資家にも明確な答えがないことが多いです。主観的にESGを勘案するが、たとえば環境にやさしい会社にどのくらいプレミアムを載せていいかはわからないというのが本音です。投資家もまだ道半ばでESGをいかにバリエーションに落とし込むか、科学的な手法は完全には確立されていないと言わざるをえません。

ですので、私自身は製薬会社のCFO兼大学教授として、「ROESG」の概念フレームワークの提案、その証拠となる実証研究の積み上げ、統合報告書での具体例の開示、世界の投資家との年間数百回にわたるエンゲージメントにより、ESGを企業価値評価につなげることを目指しています。

ESGと企業価値については、企業も投資家もお互いに切磋琢磨して、長期の時間軸でものごとを考える、証拠を集める、具体例を積み上げる、エンゲージメントで対話を重ねていくなかで最適解、最適なバリエーションをみつけていくという試行錯誤のプロセスを前向きに繰り返していくことが重要だと思っています。

―― 企業側も、投資家からなんとなく織り込まれるだろうという気持ちでいて、ESGに取り組んでいる。

柳 そうですね。企業は単に「人が大事なんだ、環境にやさしいから良いのだ」と口先で言うだけのステージから、CO2のエミッションの推移をグラフにしてみたり、女性比率を出してみたり、離職率を出して開示してみたり、ひと通り行うようにはなったのですが、こうした非財務情報と企業価値の連関は十分には訴求できていない。一方、評価する投資家側も急造されたESG投資部門が画一的なアンケートや質問状を持ってくる。アナリストも、それをどう論理的にモデルや実証研究をもって企業価値に結びつけるかまでは必ずしも至っていないと感じます。

この国には「真のCFO」がいない、「スーパー経理部長」しかいない

―― CFO、大学教授、有識者会議など、柳さんは複数のテーマを同時に扱っていますから特異性がある。日本の一般的なCFOはそうではない人が多い印象もあります。

柳 ベンチャーなど新しい事業をやっている若い会社はその風土も活力も感じて素晴らしいですね。CFOの位置づけやCFO市場も大企業とは違うでしょうね。ただ、そうはいってもこの国の太宗はいまだに大企業群のウルトラシニアリーダーです。そうした守旧派大企業では、根強く残る終身雇用、年功序列のカルチャーのなかで、順番に社内競争を這い上がってCFOになっている人が多いのでしょう。基本的にはプロパーでその会社だけ30年積み上げてCFOになりましたというメンタリティです。その結果、会社への忠誠心は高い、社内事情には詳しい、それはそれですばらしいことですが、伊藤先生の言葉を借りると、この国には「真のCFO」がいない、「スーパー経理部長」しかいない、のかもしれません。

社内の会計、税務、決算、内部統制はしっかりできるけど、資本コストは知りません、自社の理論株価は算出していません、というCFOが多いのではないでしょうか。それで世界トップレベルの海外投資家と対等に議論できるでしょうか。これからの企業価値創造時代、株式持ち合いが崩れたあとに一般株主が過半数を握るなかでの説明責任、企業価値の創造という意味ではどうしても劣後してしまうので、今のままでは皆さん立派な方なのに非常にもったいない。

このままでは、マーケットの目線、あるいは高度な企業価値創造の理論と実践から離れてしまって、サイロのなかでの部分最適になってしまい、日本経済の全体最適にならないのではないか。やっとプロCEOの萌芽が見られますが、いまだにプロCFOの流動性は大企業ではほとんどないのでは。将来的には大企業でプロCFOマーケットをつくることも縁があればやってみたいですね。

 

重要な「ファイナンシャル・インティリグリティー」。CFOはエキスパートとしての矜持を持つべき

―― 柳さんはCFOのあり方についても強いお考えをお持ちですね。

柳 プロCFOの要件は2つ。「企業価値の番人」「企業価値の創造者」であるべきだと思っています。

私がCFOとして世界中の部門スタッフに繰り返し言うのは「ファイナンシャル・インティリグリティー」というキーワードなんです。バランスシートマネジメントをはじめ財務の健全性を守ることもひとつですが、もうひとつは個人がファイナンシャルエキスパートとしての矜持を持つということ。それはプロフェッショナリズムであり、社内完結型ではなくて、マーケットでも通用するマネジメントスキルであり、倫理観でもあるんです。

たとえば会社を守るために上司から間違ったことを指示されても当然ノーという挟持、それでも押し切られそうになったら辞表を出す勇気、覚悟です。ファイナンスのプロは「常にポケットに辞表をいれて戦っている」というのが僕のイメージなんです。そのためにはマーケットで通用する本物の実力を備えてないといけない。

そういったファイナンシャルエキスパートの挟持を持たなかったら、ゲートキーパーとしての企業価値を守る役割を果たせない。そういう意味では真のCFOが持つべきは、高度な財務戦略の専門知識やバリエーションのスキルもありますけど、ファイナンシャル・インティリグリティーを持てるかということも重要だと思います。

―― そうしたプロCFOになるためにはどうしたらいいでしょうか。

柳 なかなか難しいと思いますけど、まずは個人としての覚悟を持つということ。それから当然、スキルセットを上げる。ファイナンシャルリテラシーを高める。自戒も込めて、いくつになっても目的意識をもって勉強し続けることですね。年齢は関係ないです。

それから外部との交流。社内にこもっているとどうしても、「会社の常識、世間の非常識」ということになる。外と交流することで客観的に会社や自分を見つめ直して、はたして自分の会社は外部から見たらどう映るのか、グローバルスタンダードにかなうのか、そして自分にマーケットバリューがあるのか、ここでだけ通用する社内エリートなのか、外でも通用する財務の専門家なのか、というところを意識する。

一例としては、世界の投資家とフランクに議論し学んでいくこと。聞かれたことだけに答える、攻撃されそうだからディフェンスするだけで精いっぱいという受け身の対話ではなく、前向きに相互理解しよう、彼らに逆質問して教えてもらおう、聞かれなくてもこちらから自分の考えを主張してみよう、実証研究を提供してみようといったことを繰り返すなかでだんだん磨かれていくと思います。

どこの世界でも通用する、ジェネラリストかつスペシャリストにならなければいけない

―― そうした矜持をどう持つか、また、プロのCFOになっていく上でキャリアへの考えについて。国内企業の社内レースで出世した結果としてついた仕事だとなかなか至りにくい考えなのかもしれません。

柳 半分冗談半分本気で、エーザイで経理財務スタッフやIRチームに「みなさん、僕はジェネラリストだと思いますか、スペシャリストだと思いますか」と質問すると、「柳さんはスペシャリストに決まってますよ。ファイナンスのプロじゃないですか」と言う。「では、みなさんはどちらと思いますか」と言うと「ジェネラリストじゃないですか。ジョブローテーションで回ってたまたまこの部にきたので」と言う。

実は私の答えはまったく逆で、「みなさんはスペシャリスト、僕はジェネラリスト」。「みなさんは終身雇用でエーザイのことを深く知っているエーザイスペシャリストで、他社のことは知らない。僕はエーザイスペシャリストではないけれど転職多数で他社もたくさん知るジェネラリスト。たいていの会社でDay1から仕事ができる、ただファイナンスの仕事しかできないけどね」と笑います。でも少し、この意味を考えるべきだと思うです。きっと私たちはジェネラリストかつスペシャリストにならなければいけない。

―― 日本は人材流動性がないということで難しい面もあります。

柳 確かに、志が高い方はたくさんいらっしゃいますが、環境も大事ですね。昨今ダイバーシティと言われますが、男女平等ということだけに矮小化されているように思います。僕はダイバーシティというと、女性はもちろん、外国人も中途採用も含めて考えてほしいと思います。転職した人が不利にならないようなしくみを作る。ベンチャーを推進するような社会的風土や税制やしくみをつくること。やるべきことはたくさんありますね。

例えば、私ははもともと銀行員でしたが転職を重ねているから、キャリアの中では退職金も年金も大損しています。転職すると制度上は色々損なんです。僕らの世代だと、転職はいまだに白い目で見られる部分もなくはなかったですし。働き方改革は、雇用の流動性、それを支えるインフラシステムも含めて進めていかなければ、この国の企業価値最大化につながらないと思います。

 

寄付するということよりも、経験や知見でもって社会貢献し、日本をよくしていく

―― 今後個人としてどのような活動をしていきたいのかお聞かせください。

柳 一言でいえば社会貢献したいですね。著名な投資家も言っていますが、0~30歳まではラーニング、30~60歳近くまではアーニング、60~90歳まではリターニング。とすると、だんだんリターニングのステージに近くなり、寄付するということよりも、自分のファイナンシャルエキスパートとしての経験や知見でもって社会貢献し、微力ながら企業価値向上により日本をよくしていくという側面を強く押し出していきたいと思っています。

もうひとつは大きな話ですけど、次世代の企業価値に係る教育です。次のジェネレーションの人を育てたい。正しいグローバルスタンダードのファイナンシャルリテラシーを持って、世界のキャピタルマーケットにいっても負けないスキルセットを身に着けさせてあげたい。これまで10年以上、早稲田の教員としてコミットしており、この先も教育にコミットしていくことは間違いありません。なぜなら「人財」こそ日本を救う一番のカギだから。

日本のウィークポイントはファイナンシャルリテラシー

―― この先も教育には注力されていくのですね。

柳 日本にはいいところがたくさんありますが、ウィークポイントのひとつはファイナンシャルリテラシーだと思うんです。ファイナンシャルリテラシーが低いがゆえに企業価値が不当にディスカウントされている。企業価値評価という側面では、日本企業の実力はこんなものではないのにもったいないと思うのです。

このコーポレーションガバナンスディスカウントやファイナンシャルリテラシーによるディスカウントを解消するには、グローバルスタンダードのファイナンシャルリテラシーを身につける教育が必要です。

もうひとつの弱点は、最近はかなり克服されていますが、コミュニケーションスキルとしての英語はやはり最低限必要。私も変わり種で、アメリカに10年ほど在住し、帰国後に通訳学校に通っていた経験があります。同時通訳コースでは脱落しましたが、逐次通訳でファイナンスや会計を英語でいかに表現するか、途中で生徒から先生に変わって通訳学校の非常勤講師をしていたこともあります。次のジェネレーションには、コミュニケーションスキルとして、ファイナンスとプラスアルファで戦略的な英語コミュニケーションも最低限学んでもらいたい。

もうひとつは、日本企業に貢献したい。いままでの知見、CFOとしての経験や世界の投資家と3,000件面談をしてきたという蓄積や「伊藤レポート」など政府の有識者会議での経験、そして大学教授としてのアカデミックな知見から貢献するということです。

日本企業は「ものづくり」にたけて、すばらしい技術やノウハウ、そして高邁な理念がある。だけど経営層はマーケティング、研究開発出身という方が多い。本当にキャピタルマーケットやコーポレートバリューを深く理解して、世界の投資家とグローバルスタンダードで対等に渡り合える経営陣や社外取締役が少ない。そのパーツをうめるような人材になりたいと思っています。例えば、将来的には、何社かのアドバイザーや社外取締役を務めて、ファイナンシャルストラテジーや投資家の目線、あるいはガバナンスのあるべき姿をインプットしてさしあげながら企業価値向上にお役に立ちたいですね。

それから、海外のファンドのアドバイザーもやりたいですね。ダイコトミー(二分法)があり、海外の投資家と日本企業の間には、見えない川が流れているといまだに感じる局面が多い。そのときに、企業側からIRで伝えてブリッジしていくこともやっていますけど、双方向わかるので、海外のファンドのお手伝いをして日本の会社を理解し、長期の時間軸で、外国人投資家と日本企業のウィンウィンの関係をつくることに一役買って出たい。できれば、私がカタリストとなって日本企業と海外投資家の相互理解のために、協力していきたいですね。

他には、英語で日本の観光案内をすることもやりたいですね。実は私は「通訳案内士」という国家資格を持っていて、東京都知事登録業者なんです。英語でガイドをして国際交流、国際貢献もしたいと思っています。

最後に、もちろん、企業価値に係る次世代教育。そして大学教授として、より意味のあるアカデミックな研究をして、ESGとROEの同期化モデルを高度化し、実証研究ももっと本格的に行いたいという夢もあります。

―― やりたいことが、次々と色々な角度で出てきますね。

柳 週5日ビジネスデイがあるとして、将来は5つのことをやりたいと思うんです。例えば月曜日は大学教授、火曜日は日本企業の社外取締役、水曜日は通訳活動、木曜日は海外投資家アドバイザーで、金曜日は政府の有識者会議など、1週間を1日ずつ切り分けして5日間過ごすのが理想です。7日でも良いですが(笑)

これらは一見バラバラだけど、実は私の中では全部シナジーがあって一気通貫になっています。

インタビュー:川口荘史

記事作成:安楽由紀子

撮影:Masanori Naruse

 

プロフィール

柳 良平:エーザイ株式会社 専務執行役 CFO(最高財務責任者)/早稲田大学大学院客員教授。公職として、東京証券取引所上場制度整備懇談会委員、経済産業省「伊藤レポート」執筆委員、米国公認管理会計士協会(IMA)日本支部常任理事、日本管理会計学会常務理事、日本IR学会理事の任にある。職歴としては、都市銀行支店長、メーカー財務部長、UBS証券エクゼクティブディレクター等を経て現職。米国公認管理会計士・米国公認財務管理士。通訳案内士。京都大学博士(経済学)。著書に、「ROE革命の財務戦略」(単著 中央経済社 2015年) 「財務会計リテラシー」(共著 日本経済新聞出版社 2016年) 「ROE経営と見えない価値」(編著 中央経済社 2017年)「ROEを超える企業価値創造」(共著 日本経済新聞出版社 2019年)“Corporate Governance and Value Creation in Japan”(英文単著 Springer社 2018年) その他論文、翻訳、講演等多数。