【空飛ぶクルマ】実用化のために解決すべき本質的課題とは 東京大学未来ビジョン研究センター特任教授 鈴木真二

2020.08.11 エキスパート

次世代の自動車といわれる「空飛ぶクルマ」がSFの話としてではなく、リアルな話題として世界中から注目されています。
現に2020年の試験飛行を目指す米国の配車大手ウーバー・テクノロジーズを始め、世界主要国の120社以上が長距離移動時間の短縮、自宅to目的地の実現、空のエンターテイメント化など様々なアイデアを披露して熾烈な開発競争を展開しています。
T型フォード開発以来の自動車産業イノベーションといわれる空飛ぶクルマの実用化に向かい、解決すべき課題は何でしょうか。
今回は航空工学の権威であり、ドローン研究の第一人者である鈴木真二教授に、率直なご意見を伺いました。

 

空飛ぶクルマの技術的課題の第一はバッテリーの画期的技術革新

 

―― 経済産業省が2018年末に空飛ぶクルマのロードマップを発表しました。同省のシナリオでは2019年から空飛ぶクルマの試験飛行・実証試験開始、2023年を目標に空飛ぶクルマの事業化開始、2030年代から空飛ぶクルマの実用化拡大となっています。
このロードマップは空飛ぶクルマの実用化に向け、官民が取り組むべき技術的・制度的課題をまとめたものなので、実用化の本格的な論議はこれから始まるものと見られています。
そこでこの論議を実りあるものにするための、本質的課題は何でしょうか。

鈴木 私は3点あると考えています。

第1点は、技術的な課題として、空を飛ぶための「二乗三乗の法則」と製造コスト問題をいかにして克服するかです。

飛行物体には二乗三乗の法則があります。飛行物体の揚力は面積の二乗で増え、飛行物体の重量は面積の三乗で増える、という法則です。面積の増加に対して重量の増加が著しいので、飛行物体は大きくなればなるほど飛ぶのが難しくなります。

これは鳥を見ればよく分かります。小さな鳥は楽に飛べるし、羽搏きでスピードも上げられます。しかし、アホウドリのような大きな鳥は滑空しかできないし、羽搏きしてもスピードは上がりません。アホウドリよりもっと大きい鳥になると、駝鳥のように「飛べない鳥」になってしまいます。これは飛行物体の宿命なので、ドローンを大型化した空飛ぶクルマもこの宿命から逃れられないのです。

 

―― では、ドローンはなぜ急速に普及したのでしょうか。

鈴木 ドローンはヘリコプターのような航空機に比べサイズが小さいので、容易に浮上できます。また、エンジンを電動化したことによりシステムが簡素化し、メンテナンスや操縦が容易になりました。その結果、製造コストが安くなり、自転車並みの値段で買えるようになりました。さらに用途が広いので、瞬く間に普及したのだと思います。

例えば、昔のラジコン飛行機はガソリンエンジンを搭載して煙を吐いて飛んでいました。ラジコンヘリなどはシステムが複雑なのでメンテナンスも専門知識が必要でした。このため、飛行機操縦マニアが趣味のために使う程度の用途しかありませんでした。

ですから、飛ぶ車もバッテリーを搭載した電動エンジンにすれば、製造コストを下げられる可能性があるのですが、ドローンと比べると何しろサイズが違いすぎます。その揚力を確保しようとすると、バッテリーだけでなく、ジェットエンジン搭載したハイブリッド電動化技術が必要になるでしょう。

すると当然、システムもメンテナンスも複雑化し、高度な整備が必要になります。精密な電子部品も多数必要なので、販売価格や整備コストはヘリコプター並みになるでしょう。

 

―― ということは、少なくてもガソリンエンジン並みの馬力を出せるバッテリーが必要ということですね。

鈴木 したがって、空飛ぶクルマの技術的課題の第一は、バッテリーの画期的技術革新になるでしょう。

 

軍用機より厳しい空飛ぶクルマの安全・信頼性要件

 

―― 2つ目の本質的課題は何でしょうか。

鈴木 安全性と信頼性の証明をいかにして実現するかです。

どんな製品でも、市場に出すためには安全性と信頼性を証明しなければいけません。ところが空飛ぶクルマに関しては、その証明方法はおろか、技術基準も決まっていないのです。

空飛ぶクルマの安全性と信頼性を担保するためには、「10の9乗時間に1回」しか故障しない精密で信頼性の高い部品が必要になります。ところが日本には、残念ながらこの信頼性証明のノウハウが乏しいのです。

―― 何故ですか。

鈴木 日本の場合、戦後は「YS―11」以外に民間航空機の開発経験がないからです。

―― しかし、軍用機はライセンス生産ながら開発・製造を続けていますし、純国産の救難飛行艇や哨戒機、輸送機もあります。

鈴木 ところが、民間航空機と軍用機とでは技術要件・仕様が全く異なるのです。運用目的や飛行空域も異なります。
ですから軍用機の開発・製造経験を、旅客を乗せ人口密集地域も飛ぶ民間航空機の開発・製造にそのまま応用できないのです。軍用機のように、機体が故障したらパイロットは脱出という訳には参りませんから。

―― そういえば、三菱航空機の小型ジェット旅客機「MRJ(現、三菱スペースジェット)」も、開発開始からもう10年以上経っているのに、まだ製品化のめどを立てられていませんね。

鈴木 民間航空機の場合、開発・製造経験の蓄積がないと、例え試験飛行に成功してもそこから製品化までの道程が果てしなく遠いのです。

欧米の航空機メーカーの場合、民間航空機の開発・製造経験が豊富なので、次々と新機種を市場に送り出しています。
対して日本の航空機メーカーは民間航空機の開発・製造経験の乏しさが悩ましいところです。
ですから、輸入するなら話は別にして、国産の空飛ぶクルマとなると、試験飛行に成功してもその先にある製品化のハードルを越えるのは非常に難しいと思います。

 

空飛ぶクルマの利便性を最大限発揮できる用途は何か

 

―― 3つ目の本質的課題は何でしょうか。

鈴木 やはり市場性です。つまり空飛ぶクルマにどれだけのニーズがあるかですね。

どんなに利便性の高い優れた製品であっても、その製品に対するニーズがなければ市場を起ち上げることはできません。

空を飛んでの移動は、人類の昔からの夢だった訳ですが、夢を実現しただけでその製品が売れるものではありません。空飛ぶクルマをどんな属性の人が、どんな目的や用途で欲しているかを明確にしなければ、ごく少数の愛好家の趣味の対象にしかならないでしょう。

―― やはりシーズ先行では駄目ということでしょうか。

鈴木 シーズ先行が間違っているという意味ではありません。いかにして飛ぶ車のニーズを探すか、または創出するかが課題なのです。都市部で渋滞を回避できる空飛ぶタクシーの需要や社会許容性が日本に存在するかは疑問です。

例えば、ドクターヘリが日本でも普及しています。ヘリコプター開発者は多分、ドクターヘリなんてニーズは予想もしなかったでしょう。これは社会が発見したヘリコプターの用途だったからです。ポイントtoポイントで移動でき、しかも長い滑走路が要らないヘリコプターなら救急患者の輸送に使える。すると救える命を確実に救うことができる。医師しか着眼できなかったヘリコプターの用途だったと思います。

しかし、ドクターヘリは高価な乗り物です。ドクターヘリとして最低限の装備を搭載した機種でも、販売価格は1機5億円前後といわれています。ドクターヘリもリース購入が通常ですのでリース料、操縦士と整備士の人件費、メンテナンス経費、ガソリン代などを含めた年間維持費は1機2億円前後といわれています。ただし、既存のヘリをベースにしていますから、飛行時間や飛行距離はドクターヘリとして使用するにはオーバースペックです、もしこのドクターヘリ市場へ、リース料を含む年間維持費が5000万円程度の「ドクター空飛ぶクルマ」が参入すれば、救急医療の重要性を思うと全国の拠点病院に1台配備の可能性は極めて高いと思います。

また、日本は自然災害が多い国なので、救難ヘリより年間維持費がはるかに安価な「空飛ぶ救難車」がデビューすれば、ニーズは確実にあると思います。こちらも災害発生時の被災者救出、緊急物資や救助隊員の輸送用として、基礎自治体(市区町村)の消防本部に1台配備の可能性は高いでしょう。

この他、過疎化のために十分な生活支援サービスを受けられないで悩んでいる、中山間地域の生活必需品販売や宅配便のツールとして、現在の移動販売車や宅配トラックより効率の良い「空飛ぶ移動販売車」や「空飛ぶ宅配カー」のニーズは高いと思われます。

 

ニッチ市場を深堀せよ

 

―― つまり、メディアを賑わせて話題になっている事業者のアイデアや想定ニーズではなく、利用者側のニーズを真摯に発掘しないと、空飛ぶクルマの市場は見つけられないということですね。

鈴木 コスト、安全性・信頼性、市場原理の3要素がパズルのようにマッチしないと、どんなに優れた技術で開発された製品でも、市場に浸透しないと思います。

空飛ぶクルマに対する開発関係者の熱い情熱や、これまでの地道な努力を無にしないためにも、以上申し上げた3点の課題解決に全力を傾注していただけたらと、私は切に願っています。

―― その意味で、空飛ぶクルマはマス市場向けの華やかな商品ではなく、ニッチ市場向けの実用的商品になりますね。

鈴木 そう思います。

 

(記事作成ː福井 晋)

 

<参照資料>

  • 空の移動革命に向けたロードマップ/経済産業省

https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181220007/20181220007.html

  • 「空飛ぶ車」が日本でも実現間近/日経クロストレンド

https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/casestudy/00012/00108/

  • 実用化目前? 「空飛ぶ車」最新事情/カーナリズム

https://matome.response.jp/articles/2432

  • ドラえもんも仰天/マネー現代

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/60234

  • Grasp INTERVIEW「空飛ぶクルマ」もう夢じゃない!

https://www.magazine.mlit.go.jp/interview/vol11-c-1/

  • ドローンの未来~空飛ぶクルマの発展の命運握る各業界の折り合いとドローン産業の展望

https://dronetribune.jp/articles/17475/

 

 

鈴木真二

東京大学未来ビジョン研究センター特任教授