【インタビュー】製薬業界におけるデジタルトランスフォーメーションとオープンイノベーション 武田薬品工業 タケダデジタルアクセラレーター ジャパンヘッド 大塚勝(前編) 

2018.05.21 エキスパート

多くの業界で、デジタルトランスフォーメーション、オープンイノベーションといった取り組みが大きなトレンドとなっています。そして、それらの取り組みはヘルスケア領域、製薬業界でも広がりつつあります。近年では、製薬企業とIT企業のコラボレーションなどの事例も注目を浴びています。

こうした中、武田薬品工業のタケダデジタルアクセラレーターのジャパンヘッドとして、それらの取り組みを推進する大塚さん。2000年以前、すでに経営とITの距離が近かった欧米企業にてデジタルトランスフォーメーションの現場をいち早く経験。その後、他業界の海外企業から国内の製薬業界に転身、同業界でのデジタルトランスフォーメーションや新規事業創出を推進されています。なぜ今、製薬業界に変化の波が訪れているのか、規制環境や業界特性を踏まえた、製薬企業ならではのデジタルトランスフォーメーションの進め方など、ミーミル代表の川口がお伺いしました。

 

今、製薬・医療の業界で起きている変化は、2000年頃にテクノロジー業界で起きた急速な変化に似ている

川口荘史(以下、川口):まずこれまで歩まれてきたキャリアと製薬業界に入られた経緯についてお聞かせください。

大塚勝氏(以下、大塚):元々大学での専門は製薬業界とは関係がなく、卒業当時は自分が将来製薬業界に転職するなどとは考えてもいませんでした。英国の大学院を卒業した後、欧州系の製造系グローバル企業に入社し、その後米国のIT系グローバル企業に転職しました。

欧米企業にいた際も欧米の本社やアジアのHQ(ヘッドクォーター)で仕事をしました。その後日本に戻ることにしたのですが、ご縁があり国内に本社がある日本企業に移ったという経緯です。

川口:大学からずっと海外で、社会に出てからも一貫して海外企業でご経験をされていますね。その後本社が日本にある国内企業に移られました。製薬業界に移られたのは、どういったきっかけだったのでしょうか。

大塚:今の会社(武田薬品工業)での役員面接がの会話が非常に興味深い内容でしたので、全く畑違いの業界でしたが、移ることを決めました。

製薬・医療の業界で今起きている変化というのは、インターネットやテクノロジー業界で2000年頃に起きた急速な変化に似ていると感じていましたので、私の経験が活きるのではないかと考えました。また、多くの業界で起こっているメガトレンドが製薬業界にも起こることを感じました。

 

2000年以前、すでに欧米企業では経営とテクノロジーの距離が近かった

川口:製薬業界でも大きな変化が起きる、その中に可能性を感じられたのですね。武田薬品工業に移られる前に在籍されていた会社ではどのようなお仕事をされていたのでしょうか?大学も海外で卒業されています。

大塚:大学・大学院ではコンピュータサイエンスが専攻で、その中でも人工知能の研究をしていました。当時は欧州の大学においても人工知能を専門に選択する学生は非常に珍しかったですね。今までの仕事では人口知能の知識を使った事はありませんが、現在では人工知能が様々なところで検討や導入が進んでいる中、その内容を理解し、その強みや弱みを判断する際に当時の知識が非常に役立っています。

大学院を卒業後、欧州の製造系の会社に入社し、そこでは経営企画部で、主にグローバリゼーションに応じた組織設計を担当していました。グローバルで60~70ヵ国に拠点がある会社において、その各国拠点の組織や業務の効率化および標準化、あるいは人事制度の統合等を進めるといった仕事です。合計10ヵ国近く、欧州・北米・南米・日本といった地域をそれぞれ半年から1年くらいかけてハンズオンで仕事をしました。

2000年前後でしたが、欧米企業ではすでに経営とテクノロジーの距離が近く、テクノロジーを活用して業務の効率化や可視化を促進することは割と一般的になっているタイミングでした。

川口:欧米でも先進的な企業では、デジタルトランスフォーメーションが始まりつつあったタイミングだったのですね。

大塚:ずっと欧米企業に勤めていたのですが、その後、アジア地域でビジネスをしたいという思いがあり、米国のグローバルテック企業のアジア拠点に移りました。デジタル事業部に所属し、実際にデジタルを活用してオンラインで製品やサービスを販売したり、オンライン経由でユーザーのデータを取得するといった仕事に従事しました。最初の会社は完全にBtoBのビジネスでしたが、その後の会社ではBtoBだけでなく、BtoCのビジネスも経験できたことは非常に貴重な経験でした。

文化的なトランスフォーメーションを促進し、新規事業創出につなげる

川口:そうして、海外企業から国内の大手製薬企業に移られました。業界外から、しかもはじめての国内企業ということで、国内ではそのようなバックグラウンドの方は珍しいのではないでしょうか。現在の会社でのミッションを教えてください。

大塚:製薬業界においても、デジタルが非常に重要になっています。まずは社員にデジタルへの意識を植え付けるということがミッションです。会社の文化的なトランスフォーメーションを促進して、その影響を受けた社員が事業の幅を広げたり新規事業等を創出していくような文化を作り上げる、そこまでの変化を狙いとしています。

川口:新規事業やデジタルトランスフォーメーションの推進にあたっての、現在の体制や役割について教えてください。そもそも国内だけのチームではないですね。

大塚:チーム自体はグローバルチームです。グローバルな体制に加え多様な業界出身者から構成されています。もちろん製薬業界出身者もいますが、消費財メーカーにいたメンバーや、私のようにテクノロジー企業から来たメンバーもいます。

我々がハンズオンで新規事業をやるというよりは、マーケティング部、営業本部、研究開発や工場といった各部署と連携しながら、武田のデジタルトランスフォーメーションの促進をサポートすることが主要な役割となっています。これからは製薬業界の方々も市場にあるテクノロジーを理解し、アジャイル(Agile)に実証実験をし、短期で導入する重要性が増してきますので、そのサポートを行っています。

 

製薬業界におけるカルチャーの違いをどのように乗り越えたか

川口:製薬業界は、非常にクローズドというか、特殊な業界の印象を受けますが、全社的なデジタルトランスフォーメーションを進める中、全く異業種から来られて難しさはなかったのでしょうか。コミュニケーションの仕方やカルチャーの違いなど感じられたのではと思います。

大塚:業種毎に文化や慣習がありますので、カルチャーの違いは想定内でした。デジタル業界と製薬・医療業界では、ビジネスの時間軸が全く異なっていますし、規制のレベル感も全然違います。そのためそのような背景の違いから理解してもらうように工夫しました。

川口:具体的にはどういったことでしょうか。

大塚:まずは一緒にハンズオンでやりながら、小さな成功事例を作っていくというところから始めました。実際には講演会等に外部エキスパートの方を招待したり、社内スタートアップ企画では実際に採用したアイディアに資金とリソースを与えて事業化する機会を提供しています。それはテック企業のように短期間で小さく実証実験を走らせるという手法でして、従来の製薬業界にはない手法を社員の方々に知ってもらうような企画を実施しています。失敗を恐れて試すことをためらうのではなく、社内の閉じた安全な環境で思いっきり試してもらうというのが意図です。

 

規制環境や業界特性を踏まえた、製薬企業ならではのデジタルトランスフォーメーションの進め方

川口:そのようなデジタルトランスフォーメーションや新規事業の取り組みを推進されている背景としては、やはり業界が一つ大きな転換点に来ているというお考えがあると。

大塚:そのように考えています。まず大きな変化が起こる時には、最もユーザーに近い消費財メーカーなどから変化が始まりました。ToC向けのサービス業などへ波及した後にToBの領域にそのトレンドが到来し、最後に製薬・医療、エネルギーや農業といった規制の多い業種にまでその影響が及んできます。デジタルの観点では、最後のグループ以外にはすでにその変化が到来した後ですが、製薬業界は今まさに変化が到来していると考えています。

例えば金融ではフィンテックが最近盛り上がりをみせていますが、実はデジタルヘルスという言葉自体はフィンテックより以前から存在しました。ただ、足元ではフィンテックの方が先に進んでしまっている状況にあります。やはり、業界としての特性というか、製薬・医療業界では何かサービスを提供する場合、エビデンスを数年かけて構築し、実際にそのサービスが効果を生むということを実証実験で示さないといけない一方で、フィンテックの場合は良いサービスがあればメガバンク等と組んで素早くスケールアップをするということがやりやすい業界になっていることが一因になっていると思います。

そのような中、我々の業界も少しずつですが変化が起きつつあります。規制自体は突然大きく変わるというものではありませんので、まずは変えられる部分から手を付け、様子を見ながら徐々に門戸を広げていくというステップで変化していくと思います。

 

後編へ続く

撮影:Masanori Naruse

 

プロフィール:

大塚勝:武田薬品工業株式会社 デジタルユニット タケダデジタルアクセラレーター ジャパンヘッド。グローバル・テクノロジー会社の米国、欧州、アジア地域でマーケティング、事業開発、デジタル事業部勤務。2015年武田薬品工業入社、デジタル事業の推進の責任者。ミーミル クオリティエキスパート(ヘルスケア)