【インタビュー】デジタルヘルスの注目領域と、オープンイノベーション推進における製薬業界特有の課題やハードル 武田薬品工業 タケダデジタルアクセラレーター ジャパンヘッド大塚勝(後編)

2018.05.22 エキスパート

2020年にはグローバルで2,060億ドルに達するとみられているデジタルヘルス市場。AI創薬、診断支援、遠隔診療やモバイル健康管理まで、様々な可能性について注目を浴びています。

武田薬品工業でこうしたデジタルヘルスの可能性を含め、新規事業創出の取組を主導している大塚さん。前編では、業界外から転身された大塚さんがどのようにカルチャーのギャップを乗り越え、取組を推進されているのか。後編では、遠隔診療やAI創薬などデジタルヘルスの注目領域や、新規事業創出の仕組みづくりや外部コラボレーション促進について、製薬業界特有の課題やハードルについてお伺いします。

最後に、ヘルスケア領域で新しい取組を推進していくエキスパートとしての重要な要素は何か、ミーミル代表の川口がお伺いしました。

前編はこちら

 

製薬業界からみるデジタルヘルスの注目領域とは

川口:新規事業もミッションの一つだったと思いますが、武田薬品工業では、新規事業についてどのような領域で検討されているのでしょうか?

大塚:やはり患者さんのアンメット・ニーズが存在しているところです。そこにまずはアプローチすることを考えています。

川口:最近では遠隔診療や治療アプリなど、ベンチャー企業なども含め国内でも新規事業が次々と立ち上がってきている印象です。大塚さんからみて、製薬業界では具体的にどのような分野がホットになりつつあるのでしょうか?

大塚:創薬領域では、医療機器から取得したデータを創薬に活用できないかというアプローチが注目されています。ただ、電子カルテ等からどの程度の情報を吸い上げるのかということは、個人情報保護の観点やデータの二次利用への個人からの合意取得といったハードルもあり、現実的には一つ一つステップをクリアしていかないといけない状況にあります。

それ以外では、R&Dプロセスにデジタルテクノロジーを活用して時間を短縮する試みも行われています。例えば、AIを活用することで人の手で数週間程かかったものが数時間で済むようになるとか、といった取り組みもあります。

創薬では製薬の理解を含めた高い専門性が要求されるため、業界外のテクノロジ―系の専門家の活用とバイオの専門家がコラボをする形のアプローチになります。

 

新規事業に入る前に、企業として超えないといけないハードルがある

 川口:新規事業の進め方として、オープンイノベーションの活用も進められていると。こうした外部の知見やリソース活用については、様々な形態がありますが、貴社ではどのように活用されているのでしょうか?

大塚:実は新規事業に入る前に、企業として超えないといけないハードルがあると思っています。大企業は10を100にすることは非常に得意ですが、新規事業は0から1を作り出し、1を10にする必要があり、ビジネスの性質がそもそも異なっています。

そのため、大企業の中の人には新規事業を作り出すスキルをまず身につけてもらうことから始める必要があると感じています。我々は社内スタートアップ企画等を活用して、採用したアイディアの実証実験や業務改善プロジェクト等を短期間のプロセスで回すという取り組みを提供することで、社員に実際に経験を積んでもらうようにしています。

実際に社内で新規事業、0から1を生み出す経験をした社員がある程度いないと、実際にオープンイノベーションを検討し社外のビジネスを見る段階において、そのビジネスの良し悪しを判断できません。また、ベンチャー企業のスピードについていけません。このプロセスを経験した社員の数が増えていった先に新規事業が大企業の中から生まれてくる仕組みが出来てくるのだと考えています。

川口:社内スタートアップ企画の貴社内での具体的な実施方法についても教えて頂けますでしょうか?

大塚:社内ではまずアイディアの公募を行います。毎回大体100前後の応募があり、その中から数アイディアを採用し、予算と人のリソースを提供してプロジェクトを回してもらいます。この企画は既に数回実施していますが、過去にプロジェクトに参加した社員の方々には一種のアルムナイ(卒業生、OB・OG)のような立場で新たに企画に参加する社員のメンターとなってサポートしてもらう仕組みを作っています。実際にこの取り組みの中から2017年5月にMR用のAIコンシェルジュ(AI薬剤情報をインプットし、スマホやタブレット等でMRの薬剤の使用に関する質問に回答するサービス)というサービスも発表しており、一つ一つ成功事例を作り上げています。いいサービスはスピンアウトして独立した部署や会社を設立してもかまいません。

現在は社外とのオープンイノベーションの取り組みはほとんど我々のチームが担当していますが、今後は社内スタートアップ企画を経験した社員がどんどん加わっていく形にしたいですね。

他業界に比べて、製薬企業では外部連携の機会が限定的

川口:なるほど。新規事業創出の仕組みづくりから手掛けられているということですね。まずは社内の人材育成から進めて、成果も上がりつつある。今後そうした新規事業の経験のある社員が増えていくことで取組が活性化されていくわけですね。

大塚:そのように考えています。

製薬業界ではもともと社外との連携が起きにくいという業界の特性があります。

私はよく自動車業界を例に出すのですが、例えば自動車1台を作り上げるためには、1万個以上の部品が使用されており、必要なパテント数は100~200を超えています。そのため自動車業界では、一つの新製品を作るために社外の多くの企業とコラボレーションする必要があります。一方、製薬業界では一つの薬を作るのに必要なパテントは少数で、それをM&Aなどを活用して社内に囲い込み薬剤の開発につなげます。そのため社外とのコラボレーションを経験しにくい業界になっているのが製薬業界なのです。

 

大企業とベンチャー企業で大きく異なる、製薬企業とのコラボレーションの現実

川口:貴社とのコラボレーションをしたいと提案してくる企業も多いかと思いますが、その場合は貴社のどういった強みを期待されていることが多いのでしょうか。

ベンチャー企業でも業界外の大企業でも可能性はありますね。

大塚:製薬・医療業界とのコラボレーションに対するニーズは非常に高く、我々の持つ知見やネットワークを活用したいと考えられる方は多くいらっしゃいます。ただし、実際はなかなか補完関係が見出しにくい案件が多いという印象を持っています。ベンチャー企業の方々が来られる場合は目的が明確なのですが我々と時間軸が合わないケースがあります。大企業の場合は逆に目的が不明確な場合が多く、自身が持つ強みと我々とコラボレーションして生み出すものを上手に捉えられていないケースがあります。そのため相手が大企業の場合にはコミュニケーションを丁寧に取らないと判断できないことが多い。

現状では、そういった中でも一つずつ案件を積み上げていっています。

川口:社外との取り組みにおいて、製薬業界特有の課題やハードルはどういったものがあるのでしょうか?

大塚:元々規制が多く、失敗できないカルチャーがある業界のため、ファーストムーバーになろうとする企業が少ないと思います。他社の事例を見ながらどこまでやってよいかを判断したり、計算できないリスクは取りにいかない業界だという印象があります。

そのため今のデジタルヘルスのメインプレイヤーは、製薬・医療業界の既存企業ではなくIT企業や医師が起業したケースが多くなっており、この状態を見過ごしているとデジタルヘルス領域で既存の製薬・医療企業が入り込める領域がどんどん狭くなっていってしまうと感じています。

もちろん、製薬業界出身者がデジタルヘルス領域で起業したという事例も幾つかありますが、医師が事業を作れる人と組んで遠隔医療やアプリなどの医療サービス等を展開するというケースの方が多くなっていると思います。

川口:グローバルチームで進められていますが、海外での取り組みについてもお聞かせいただけますでしょうか?

大塚:我々のチームはグローバルチームのためアメリカ、欧州、イスラエル、シンガポール等グローバル全体を常に見ています。製薬・医療業界は国ごとに規制が異なるため、新規事業やオープンイノベーションを考える際には各国を個別に見ていかないといけません。その中でも特に米国ではシリコンバレーやボストン、欧州ではロンドンやベルリン、あとイスラエル等を重点的に見ています。

川口:海外の情報等を社内ではどのように共有しているのでしょうか?

大塚:スタートアップについては、我々のチームで直接見て各事業部に紹介しています。事業部との連携を検討する場合は、まずは実証実験のような形で小さく組むというところからスタートさせて徐々に深めていくというプロセスを取るケースが多くなっています。

デジタルトランスフォーメーションを起点に、新規事業という結果がみえてくる

川口:それでは、貴社や業界全体の将来のことを考えた際に、現在のチームで今後取り組んでいこうと考えられていることをお聞かせください。

大塚:我々のチームは武田の会社文化のトランスフォーメーションをミッションとしているチームですので、それが全社に浸透した後には今のチーム自体はなくなっていくというのが理想的だと考えています。それぞれの社員がテクノロジーを理解し活用し、患者さんや社会のためによりよい貢献ができるように自ら変革に取り組む組織となることが理想です。

デジタルトランスフォーメーションというのはあくまでプロセスであって、新規事業というのはその結果です。デジタルトランスフォーメーションが進んだ結果、新規事業や業務の効率化、あるいはタレント・デベロップメントということが実現する組織になると考えています。

 

遠隔診療、AI創薬。デジタルヘルスのトレンドと注目領域

川口:製薬×IT、いわゆるデジタルヘルスでいうと、今後どういったトレンドで進んでいくとお考えでしょうか。

大塚:足許でスタートアップが増えている領域は遠隔診療の分野です。ただ、ビジネスとして成り立たせていくには今後国の規制がさらに緩和される必要があります。

川口:創薬の分野では既にお話頂いたようなAI創薬といった取り組みがあると思いますが、他に予防医療といった分野等での取り組みはされているのでしょうか?

大塚:予防医療は現時点では保険が適用されない領域なので、スタートアップや大企業がどのようにビジネスモデルを構築するかということをまだ見極める段階にあると感じています。ビジネスモデルを一度回してみる必要がある分野だと思います。

川口:ビッグデータ回りについてはいかがでしょうか?

大塚:ビッグデータはテーマとしてはあると思いますが、実際はデータの精度が高くなくビッグデータとして機能しにくいため、現実的にはスモールだがハイクオリティといった領域で進めていく中でデータ活用への道が開けるのではないかと思っています。

川口:大塚さんから見られて海外でデジタルトランスフォーメーションがうまく進んでいる会社の事例等はございますか?

大塚:これは会社によってデジタルトランスフォーメーションの進め方が全く異なっていますので一概には言えないと思います。

我々のように事業部やR&Dチームと横断的にかかわる組織作りをしている会社もある一方で、事業部やR&Dチーム内にデジタルを推進するチームを持つ会社もあります。組織の作り方が違うとデジタルトランスフォーメーションを推進するチームの役割や影響範囲が違ってきますので、なかなか直接の比較は難しいです。

その中で我々のチームは、本体の事業部やR&Dチームのデジタルトランスフォーメーションをサポートする組織として作られたため、各事業部の外に置かれており、その立ち位置で各部署と密に連携を取るような仕組みを採用しています。

 

これからの新規事業を推進していくエキスパートは、専門分野の掛け合わせこそ重要

川口:社内外の専門的な知見をもつエキスパートがこうした新規事業やコラボレーションを支援し、促進している事例も多く見られます。大塚さんはまさに他業種からの専門性も活かして大手製薬企業でデジタルトランスフォーメーションを推進し、新規事業やオープンイノベーションを促進していく役割を果たされているように思います。

大塚:10年ほど前までは1つの分野に精通していればエキスパートと呼ばれたと思います。しかしながら現在は業界の領域が徐々に曖昧になり、成長分野はそのような境界で生まれてきています。そのため、専門性を複数の分野に持ち、なおかつそれについて分かりやすく伝えることができるというのがエキスパートの条件になるのではないかと思っています。

川口:確かに我々がお話させて頂くエキスパートの多くが専門分野の掛け合わせでご自身を差別化しているように感じています。特定の分野で一番かどうかというのは判断しにくいですが、分野をまたがった瞬間に「その人しかいない」と、一気に希少性が増す。そういった中で、大塚さんの「製造業×デジタル×グローバル×製薬」といった専門性の掛け合わせが現在のような新しい取組を進めていく中で価値を生み出しているようにも思います。

撮影:Masanori Naruse

プロフィール:

大塚勝:武田薬品工業株式会社 デジタルユニット タケダデジタルアクセラレーター ジャパンヘッド。グローバル・テクノロジー会社の米国、欧州、アジア地域でマーケティング、事業開発、デジタル事業部勤務。2015年武田薬品工業入社、デジタル事業の推進の責任者。ミーミル クオリティエキスパート(ヘルスケア)