【インタビュー】ディズニーランドのキャストに受け継がれる風土とウォルトの思想 元東京ディズニーリゾート運営部長・安孫子薫(中編)

2018.04.16 エキスパート

東京ディズニーランドの立ち上げから関わり、カストーディアル部門にホスピタリティを定着させた元東京ディズニーリゾート運営部長の安孫子薫さん。その背景には、ウォルト・ディズニーから綿々と受け継がれる思想があると語ります。

決して良いイメージが持たれていたとは言えない清掃の仕事を任される部門は、どのようにして変わっていったのでしょうか。前編では、東京ディズニーランド開業前の様子、本場のディズニーリゾートの研修や国内でのカストーディアル部門立ち上げについて伺いました。中編は、実際のディズニーで実現したサービス・クオリティの秘訣についてです。元テレビ東京アナウンサーの白石小百合さんがお話をうかがいました。

前編はこちら

 

ディズニーの特別なキャスト育成プログラム「ディズニーユニバーシティ」とは

白石小百合さん(以下、白石):東京ディズニーリゾートのカストーディアルキャストと言えば、ゲスト(来園者)へ陽気に話しかけて道案内をしてくれたり、モップで路面に素敵な絵を描いてくれたりと、ホスピタリティあふれる姿で知られています。

安孫子薫さん(以下、安孫子):東京ディズニーリゾートでは、アルバイトを入れれば1万2,000人近くが働いていますが、その約1割が掃除を担当しているんです。それだけのリソースを割けるのはすごいと思います。ただ、かつてはカストーディアルというとどうしても裏方仕事のイメージが強く、人気職種でもありませんでした。

もともと私自身は「ホスピタリティ」や「おもてなし」の専門家ではありません。そのため、ディズニーランドが目指す高いサービスのレベルを実現するために、自分でもさまざまな場所へ行って勉強しました。

その後、社内でもセミナーを開いたり、キャストへ語りかけたりして、体質改善を一気に進めていった。それが今のような、ゲストに対して進んでおもてなしできるカストディアルキャストの存在につながっていったのだと思います。

白石:キャストの皆さんは、誰もが最初からそのようなアクションを取れるわけではないはずです。東京ディズニーリゾートではどのような育成を行っているのですか?

安孫子:入社したキャストは、初日に「ディズニーユニバーシティ」というプログラムを受けます。このプログラムが効果的で、これが終わった段階ではキャストは皆ディズニーの文化にすっかり染まっています。

ディズニーユニバーシティの構成は徹底されています。キャストが待機するウェイティングエリアにはウォルト・ディズニーの写真やディズニーキャラクターが飾られていて、映画やアニメのBGMが流れています。フロアは赤いカーペット敷きで、キャストへの「ウェルカム」の気持ちを表しています。

白石:普通は裏方については設備に予算をかけていないところが多いと思いますが、キャスト向けにも演出が徹底されているということですね。まずはキャストがもてなされるという形は働く側からしたら素敵ですよね。実際の研修はどのようなものなのでしょうか。

安孫子:研修の講師は現場のアルバイトキャストが務め、これまでのディズニーの歴史やフィロソフィーを語りながら、ゲストの声もたくさん紹介します。

その後は「パークのウォークスルー」があります。ゲストの邪魔にならないよう4、5人ずつのグループに分かれて、パークの中を歩くんです。戻ってきたら、それぞれの配属先部門のコスチュームを試着してもらう。その際は、一人ひとりに合わせてぴったりなサイズの服を用意しておきます。身長がものすごく高い人がいれば、その人のための専用サイズの服を作る。それを着て、鏡で自分の姿を見たときに、誰もが「その気」になるわけです。次の日から、いよいよ頑張ろうという気持ちになるんですね。

翌日からはそれぞれの部門へ行き、数日の座学を経て現場のOJT(On the Job Training、オン・ザ・ジョブ・トレーニング)に出ます。

キャスト同士の心の交流、「ディズニーファミリー」という風土

安孫子:このようにして、ゲストへはもちろん、キャストに対してもディズニーの世界観を提供することを徹底しています。キャスト自身もディズニーの世界にはまっているんです。

実際に、ディズニーリゾートのパークの中にいる間は、現実世界の道路や線路は見えません。一般の電車や車の姿も見えない。周辺のホテルには高さ制限をしているし、パークの中で工事をするときもクレーン車両の色や音が目立たないようにしています。それくらい、人の心理に対して配慮しているんです。

白石:そうした徹底ぶりが東京ディズニーリゾートの独特の世界観を作っているのですね。

安孫子:はい。この世界観のもとで、キャスト同士の心の交流も生まれています。ディズニーはアメリカの会社ですが、ある意味昭和の日本の会社のような風土もあるんですよ。家族的な雰囲気があります、従業員の勤続年数はとても長く、定年まで勤める人も多いです。「ディズニーファミリー」という言葉もあります。

キャスト同士の横のつながりやコミュニケーションも濃く、一緒に飲みに行ったり遊びに行ったり、家族も事務所にどんどん遊びに来たり。そんなカルチャーが日本のディズニーランドにも受け継がれていったことは、カストーディアル部門を任された私にとって、とてもありがたいことでした。

こうした風土を生み出した立役者の1人が、63年前にアメリカでディズニーランドができた際にカストーディアル部門を支えたチャック・ボヤージン氏(米国ディズニーランドの初代カストーディアルマネージャー)です。彼はウォルト・ディズニーの思想を体現し、「カストーディアルのファミリー」として組織を育てていきました。私が今経営している会社の名前「チャックスファミリー」も彼にあやかって名付けたものです。

 

「大人も子どもも楽しめるパークを」。受け継がれるウォルトの思想

白石:現在のカストーディアル部門にも色濃く影響を残すウォルト・ディズニーの思想とは、どのようなものだったのでしょうか?

安孫子:そもそもウォルト・ディズニーという人は、アーティストであると同時に、猛烈な実業家でもありました。でも彼はあまり「銭金」のことが得意ではなかったと言われています。そこで彼の兄であるロイ・ディズニーが財務を引き受け、1920年代に兄弟でディズニーを創業しました。苦労しながらもアニメーションをヒットさせたわけです。

ただ、映画やアニメは制作して配給会社に渡すところまでしか関われず、一方的にメッセージを発信することしかできません。そこに忸怩たる思いもあったようですね。

ディズニーランドの着想のもととなった体験があるというエピソードもあります。ある週末に、ウォルトは2人の娘を遊園地に連れて行きました。そのときに彼は「子どもたちは楽しそうだけど、それを見ているだけの親たちは退屈しているのでは?」と感じたそうです。それが「親も子どもも楽しめるパークを作ろう」という発想につながり、自分が積み上げてきたキャラクターなどのリソースを生かそうと計画したと言われています。

白石:「親子ともに楽しめるパーク」とは、まさに現在のディズニーリゾートの姿ですね。

安孫子:そうなんです。ファミリーエンターテインメントという世界を実現し、大人も子どもも楽しめるパークを作り、キャストが「ハピネスの提供」のために全力を尽くす。ウォルトはそんなビジョンを発信し続けました。彼が残したさまざまな言葉は、後に続く人たちの心に受け継がれた。カストーディアル部門のあり方を変えたチャックも然り、日本でそれを受け継いだ私も然りです。

ウォルトは1966年に亡くなってしまいましたが、私は今でも、浦安に行けば彼に会えるんじゃないかという気がするんですよ。それは、キャストの間でずっと彼の言葉が受け継がれているから。ディズニーユニバーシティを経て現場に出るキャストは、今も変わらずそのビジョンを強く意識して行動しているんです。

後編に続く

撮影:Masanori Naruse

<コメント>

白石:ウォルト・ディズニーがビジョナリーに創り上げた哲学はいまでも多くの方の心を刺し続けています。いかにその哲学を浸透させていくことに時間を費やして大切にしてきたかがよくわかるインタビューでした。全てにディズニーらしさを感じる演出があり、それらをキャストも語りたくなるような仕組み。そしていまも創業者の言葉が受け継がれていると言える、ファミリー感。聞けば聞くほど、ディズニーリゾートのすごさを感じました。さて次回は、「テーマパーク」を主題に、テーマを広げて話します!

プロフィール

安孫子 薫:元東京ディズニーリゾート運営部長。報知新聞社を経て、1982年に株式会社オリエンタルランドに入社。カストーディアル部門(清掃)に配属、米国ディズニーランドにてパーク運営の考え方を学ぶ。1983年の東京ディズニーランド グランドオープンでは、カストーディアル部門を清掃専門集団からゲストサービス集団へ改革に努め成果を上げる。その後、ゼネラルサービス部長・カストーディアル部長を務め、ディズニーシー開業に向けた準備、2パーク運営体制の確立を行う。2006年に、東京ディズニーリゾート 運営部長として、「ディズニーアカデミー」事業、「インフォメーションセンター」「駐車場運営管理」業務を行う。2007年、株式会社キッズシティジャパンに入社。キッザニア東京副総支配人として、こどもの職業体験施設の運営、営業基盤の整備に努める。2008年、株式会社チャックスファミリー 設立

白石小百合:元テレビ東京アナウンサー。Whitte株式会社 代表取締役。法政大学国際文化学部在学中にスペインのバルセロナに留学し、ゼミでアートを学ぶ。2010年4月株式会社テレビ東京にアナウンサーとして入社。経済番組・情報番組・スポーツ番組・ナレーションなど、多岐にわたり担当し、2017年3月31日付でテレビ東京を退職。同年4月よりフリーとなり、かねてからの興味関心を形にした香りブランド『Whitte』(ウィッテ)創業。