【インタビュー】ベンチャー企業論や経営学とも異なる「起業学」とは。「起業学」第一人者にきく。高橋徳行教授(前編)

2017.11.29 エキスパート

国内未公開ベンチャー企業の資金調達動向をみると、2017年上半期の投資金額は1,110億円と前年比約54%の水準で推移しています(アントレペディア)。調達金額も拡大している中、IPOの増加やベンチャーにしては大型のM&Aの発表も続いています。社内ベンチャーやスタートアップと大企業の事業連携の取組も増加しているようにみえる昨今。ここ数年のベンチャー業界の盛り上がりは、一過性のものなのか、もしくは日本においてスタートアップのエコシステムが構築されつつあるのか。近年さらに注目されつつあるアントレプレナーシップ。「起業学」の第一人者といわれる武蔵大学副学長の高橋教授に、ミーミル代表の川口が伺いました。

 

「起業学」とは。ベンチャー企業論や経営学よりも「前」の段階

川口荘史(以下、川口):高橋教授は、「起業学」の第一人者といわれています。あまり耳慣れない「起業学」ですが、どういったことを研究対象としている学問なのでしょうか。

高橋徳行教授(以下、高橋):起業学とは「entrepreneurship(アントレプレナーシップ)」を私なりに日本語に翻訳したものです。今から20年以上前になってしまいましたが、米国のバブソン大学におけるMBAプログラムの中でこのアントレプレナーシップという名前の講義を受講しました。このバブソン大学は、アントレプレナーシップ教育の分野では30年近く連続で全米No.1の評価を受けていますが、そこでの経験をもとに考えたものです。

たまに誤解されるのですが、起業学はベンチャー企業論とは微妙に異なるニュアンスを持っています。創業に向けてのアイディアをどう具現化するか、どう仕組みを作ってどう資金を調達していくかといった点を追究する分野であることは同じですが、ベンチャー企業論から受ける印象よりも、広範な起業を取り扱います。つまり、ラーメン屋さんや個人の学習塾からグーグルやアマゾンのような起業までを幅広く対象としています。「起業学」はそのような考えから私自身が『起業学入門』という本を2000年に出版するときに命名しました。

川口:日本では、ベンチャーの経営学といえば、急成長企業や知識集約型企業のイメージが強いですが、もっと幅広い分野をカバーする学問なのですね。

高橋:ただし起業「学」というと、タンスの整理「学」のように安直なノウハウとして受け取られることもあり得ますので、命名者としては悔しいですが、最近はアントレプレナーシップという言葉を使うことにしています(笑)。

川口:アントレプレナーシップという言葉自体も最近はすっかり浸透している感があります。起業前の段階をカバーするとのことでしたが、内容について詳しく教えていただけますか。

高橋:総じて、起業というアクション、起業する人をどうやって増やしていくか、ということを突き詰めていくものと受け取って頂ければと思います。より起業しやすい人とはどういう人なのか。お金持ちなのかそうではないのか、失業中なのか就業中なのか。別な切り口では、開業した時の規模が大きいのと小さいのとでその後の発展性はどう違うか、などといったことを明らかにします。最近は心理学の研究とも交差するようになってきており、自分に自信がある人とそうでない人で起業の可能性や起業に対する態度がどう違うか、といったことを追究し、そこからどうすれば自分に自信を持てるか、何を変えれば起業が盛んになるか、ということまで考えていきます。

川口:なるほどですね、起業後の環境を整えることも重要ですが、そもそも起業という意思決定をするまでのプロセスをみていく。起業しやすい人の心理状態はどうなっているのかなど、起業後の話はよく共有されていますが、これから起業する人についての知見はあまり聞くことはない、大変興味深い領域ですね。

 

日本でも、「意識の高い人が創業する割合」はアメリカに匹敵する

川口:どうして日本では米国のようにユニコーンが生まれないのか、といった文脈の話も耳にすることが最近は多いです。起業した後の、経営やファイナンス、人事などといったノウハウも重要ですが、そもそもどうしたら日本に起業が増えるのか、といった観点。どういった起業が日本にはあっているのか、海外との違いも興味深いです。

高橋:先進国の主要国と日本を比べると、起業に関する意識の面に顕著な違いが表れています。実は日本でも、「意識の高い人が創業する割合」はアメリカに匹敵するか、むしろ高いくらいです。しかし全体としてみると起業の割合はアメリカの3分の1となっています。約二千程度のサンプル数で調べていくと、起業意識の高い人の割合は、日本が2割ですが、欧米では軒並み5~6割です。

川口:おっしゃっている「意識の高さ」、起業家意識とはどのように計測しているのでしょうか。

高橋:尺度は大きく3つあります。ひとつは、「身近に起業した人を知っているか」、言い換えれば起業家との接点が多いか、ということです。もうひとつは、「起業するにあたってのビジネスチャンスが自分のまわりに存在しているか見えているか」。起業機会との接点が多いか、ということですね。最後に、「起業に必要な経験、知識を備えているか」。以上の点から調査を行い、データを集めていきます。

川口:今日は弊社の学生インターンにも同席してもらっていますが、学生の就職においてはベンチャー企業にいくべきか、大企業に就職すべきかがよく議論になるとか。起業学、もしくは大学で学生をみている立場もあるかと思いますが、いかがお考えでしょうか。

高橋:ベンチャーと大企業どちらにいくべきか、について明確な正解というのはありません。成功したベンチャー企業の創業者を見ても、大学卒業後すぐにベンチャーに入った人もいれば、大企業を経由した人もいます。ただ、自分に欠けているものをどう補えば良いかという観点からみると、大企業に入ってもしょせん大きな組織の中でひとつの機能を担うにすぎないので、創業に向けた実務訓練としては不適かもしれません。ただし創業して成功する人は、大企業にいるかベンチャー企業にいるかを問わず、常に「自分が創業するとしたら」という視点から自らを訓練している印象です。

川口:おっしゃる通り、漫然と大企業で歯車の一つとして機能していても意味がない。「何をしていたか」というよりもむしろ「どういった意識で仕事をしていたか」が重要なのかもしれません。

 

 

自信や自己効力感、リスク許容度といった「起業する人の内面」に焦点を当てた研究が盛んに

川口:最近大学でも、学生教育の中で起業のプロセスを教えるなど、起業意識を育てようという動きが盛んになっているそうですね。起業学の現状についてはいかがでしょうか。

高橋:私は武蔵大学で講座を持っていますが、大学全体として全面的に押し出していくというのはなかなか難しく、起業教育に関しては肩身の狭い思いをしています(笑)。日本ベンチャー学会という学会は存在していますが、組織論やイノベーション論をもともと専攻されていた方が多く、修士課程や博士課程で起業論を専攻した方はあまりいません。

アメリカの大学(バブソン大学)に里帰りしたときに三十人くらいの教授にお会いしましたが、全員が起業学、アントレプレナーシップの専門家であり、その中でアントレプレヌーリアルファイナンスの専門家や、アントレプレヌーリアルストラテジーの専門家などがいる。つまりは巨大なアントレプレナーシップのマーケットがあり、その中でアントレプレナーシップ専門の研究会があり研究発表の場があるのです。日本では地域活性化などのテーマに紐づけて発表されることは多いですが、アントレプレナーシップを主眼とした研究会はまだまだ少ないです。

川口:海外ではそれだけ研究者がいる起業学。国内ではまだ新しい分野だけに苦労も多いという事ですね。例えば最近起業論の中で注目されているトピックスではどういったものがあるのですか。

高橋:これは半ば心理学の領域ですが、自信や自己効力感、リスク許容度といった「起業する人の内面」に焦点を当てた研究が盛んになっています。結局のところ起業の世界では「人」が大きな影響を与えています。実際にどのようにして自己効力感を身に着けるかというのは、ロールモデルを持つとか成功体験を持つなど様々な方法がありますが、いわゆる「王道」については学問的な定説がありません。幼い頃に小さなビジネスをやってみたといったエピソードは多いですが…(笑)

川口:起業家の内面についての研究、どのようにして自己効力感を身に着けるかといったお話ですね。

※自己効力感とは、自分にある目標を達成する能力があるという認知。心理学で用いられる言葉で、ある状況において必要な行動をうまく遂行できるかという可能性の認知。

後編に続く

撮影:Masanori Naruse

プロフィール

高橋徳行:慶應義塾大学経済学部卒業、1998年米国バブソン大学(Babson College)経営大学院修士課程修了。国民生活金融公庫総合研究所主席研究員を経て、現在武蔵大学副学長、経済学部教授。理論と現実を豊富な事例で説く、起業学の第一人者である。著作は『地域が元気になるために本当に必要なこと』(編著・同友館)『新・起業学入門』(経済産業調査会)『起業学の基礎‐ アントレプレナーシップとは何か』(勁草書房)など多数。

 

川口荘史:株式会社ミーミル代表取締役。東京大学大学院修了、UBS証券投資銀行本部に入社し、M&A及びテクノロジーチームにて、製薬業界、エネルギー業界、大手電機等の国内外のM& A、LBO案件等に従事。その後、複数のベンチャーの創業に参画し、ファイナンスや新規事業立ち上げに従事した後、株式会社ミーミルを創業。