【インタビュー】主体的に生きることが起業活動の最大の意義。「起業学」第一人者にきく。高橋徳行教授(後編)

2017.11.30 エキスパート

国内未公開ベンチャー企業の資金調達動向をみると、2017年上半期の投資金額は1,110億円と前年比約54%の水準で推移しています(アントレペディア)。近年さらに注目されているアントレプレナーシップ。「起業学」の第一人者といわれる武蔵大学副学長の高橋教授に、日本の起業教育などについてミーミル代表の川口が伺いました。

起業後というよりは、起業「前」に焦点を当て、起業家意識とは何か、どうしたら起業に至るのかなど、起業というアクションを突き詰めていくという起業学。最近は心理学の研究とも交差するようになってきているといいます。

前編はこちら

スモールビジネスとメガベンチャーの成長では、全く方法論が異なる

川口:引き続き、日本と米国の起業環境の違いについてお伺いできればと思います。

高橋:例えば、どういった業種での創業が多いかというと、1990年代後半のドットコムブームの時でも、シリコンバレーの新規開業で一番多いのは飲食店、次いで自動車の小売業や修理業です。ITは4番目か5番目です。

川口:ハイテク産業のイメージが強いですが、ローテクな業態が多いですね。飲食店と製造業やバイオベンチャー、ITなどの創業とではどのように異なるのでしょうか。

高橋:家族経営型の小規模事業とメガベンチャーの育成は全く方法論が異なります。資本構成や人材などといった会社の骨格部分が確かな状態で起業しないと、肉がついていきません。その点、大きな会社に育ち得るベンチャーを創業する上で必要な資金調達のインフラ、もしくは優秀人材がベンチャーに還流してくる仕組みといったものが日本は未成熟です。「そこそこの規模」の会社をつくるための大変優秀なインフラはありますが…。

川口:スモールビジネスとメガベンチャーでは起業のタイミングからしてつくりが違うということですね。日本ではスモールビジネスは立ち上げやすいが一方で大きな会社に成長できるようなベンチャーのインフラは未成熟だと。

高橋:普通の中小企業として出来上がった企業をメガベンチャーに作り替えるのは難しいので、最初から大きくなることを前提とした「骨格」を持った企業を作る必要があるのですが、そのためには、とにかく基盤、つまりリスクマネーの提供や高度な人材が流動する環境を整える必要があります。こうした基盤も結局は歴史が作るものです。日本でもスケールの大きな経営者も多くなってきています。創業する側としてもそのような方を連れてきて経営陣に迎えられれば良いのですが、受け入れられるような企業風土があるか、創業者との相性はよいか、そして何よりも、創業者がずっと自分が起こした企業にとどまる傾向が強いといった点がネックとなり中々実現しません。

川口:メガベンチャー育成のためには、序盤から確固たる骨格を備えた箱を創った方がスムーズに成長できますね。

つぶれるものは早くつぶして撤退し、次を考えるのが米国流

川口:起業についてお話しいただきましたが、逆に廃業というか、企業の新陳代謝についてはいかがお考えでしょうか。企業の寿命も短期化していく傾向にあるとも言われます。

高橋:例えば飲食店などは開業率も廃業率も高いですが、総じて成長産業はそういう傾向にあります。IT関連産業なども創業、廃業ともに盛んですが全体の企業数は伸びていっていますね。

川口:適切に廃業も増えてくれた方が、起業経験のある人材が次にチャレンジできますね。

高橋:経営者の自殺が一番多いのは韓国ですが、実は日本もかなり高いです。住宅ローンは債務者自身が亡くなれば支払の必要が無くなりますが、そこまで思い詰めてしまう経営者も少なくないのかもしれません。事実としては撤退のタイミングが遅いと思います。早めに見切りをつけてしまうか、それとも最後まで頑張ってしまうかの差ですね。つぶれるものは早くつぶして撤退し、次を考えるのがアメリカ流ではあります。

川口:事業の成功の要素として「粘り強さ」というのも重要だとは思いますが、適切な見切りも重要ですね。

高橋:私はアメリカで何年か暮らしていましたが、向こうでは履歴書に自分で開業していたことを書くのが肯定的であり、「Ex-Entrepreneur」(元起業家)を名乗ることへの垣根が低いです。日本だと、こうした経歴を記載すると「失敗したのでは」という先入観が先に出てしまう。勤め人ではない人が評価されにくい仕組みができてしまっている。

川口:日本では企業に属していないとその期間はネガティブにとらえられて転職には不利になるというのは残念ですね。確かに、過去に起業していた、独立して事業を営んでいたといった経歴は本来であればポジティブにとらえられていいですね。

 

日本の調達環境。日本の間接金融のインフラは世界でも指折り

川口:なお、海外比較では調達環境による違いも大きいとよく言われます。ベンチャー投資の国際比較では、2016年でみると米国の7.5兆円に対して日本では1,500億円規模の調達実績です(出典:ベンチャー白書、一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター(VEC))。

高橋:ベンチャーキャピタルなど創業支援する仕組みが未整備という背景もあるでしょう。ただし、小規模で創業するための融資制度など、日本の間接金融のインフラは世界でも指折りに整備されています。資本金500万円とか1,000万円といった小規模で創業するのは非常に簡単とも言えますね。

川口:日本は間接金融が整備されているので、小規模の創業はしやすい環境にあるのですね。

高橋:これは1970年代、都市部で自民党の勢力基盤に不安が出てきた時、保守基盤の支持層を固めるという狙いもあって商工会や商工会議所の機能強化を図ったことがあります。商工会や商工会議所の推薦があると無担保無保証で資金を借りられる仕組み、つまり経営改善貸付、通称マル経制度を作ったことも、その一環と考えられます。

社内ベンチャー制度で起業家が生まれるのか

川口:社内ベンチャー制度をつくる大企業も増えています。リスクを取りたがらない日本人であれば、優秀層が大企業に集まるのでそちらの方が有望という見方もありますが、この点についてはどのようにお考えでしょうか。

高橋:大企業の社内ベンチャー制度の成功事例は少ないと思います。例えばあるベンチャー企業の社長は、もともと勤めていた会社の先端事業部門に在籍していましたが、投資を1年間か2年間凍結するという当時の経営サイドの意思決定を受けて離脱し、起業しました。このように社内ベンチャーは本社の経営の見直しの影響をダイレクトに受けますし、そもそもオーナーシップを持っていない。現時点で大企業が新規事業を本気でやろうとしたら、シナジーのありそうな企業の買収が現実的な選択肢ではないでしょうか。

川口:確かに、多くの新規事業担当者が悩んでいます。社内起業も人材育成という観点ではいいかもしれませんが、事業としてみた場合には、最初の段階で組織や意思決定などをうまく切り離すなどしないと本業の影響は避けられませんね。

 

日本では経営者に憧れを持つ人が少ない

川口:これまで起業学の研究活動でも、ある種研究対象として様々な経営者とお会いされたと思います。その中で、成功する経営者の特徴は何だとお考えでしょうか。

高橋:色々な方とお会いして共通すると思う点は、まず地頭が良い、というのは本質を見抜く力がある。体力もある、加えて「格好いい」人が多いです(笑)。これは常に自分のやりたいことを追いかけているということですね、その人の資産額に関わらず、です。余談ですが、日本では経営者に憧れを持つ人が少ないですね。なぜみんな憧れないのでしょうか。なりたがらないのか不思議なほどです。成功できる見込みが少ないから、というのは説明がつきません。芸能人になりたがる人は大変多いですから(笑)。

川口:コミックやアニメのヒーローも海外では経営者が多いが、日本では公務員とかもっと普通の人が多いとか。確かに、日本では経営者への憧れはあまり聞かないですね。

高橋:過去にスポーツ選手だったと言うと聞こえは良いですが、過去に経営者だった、と言うと失敗した人のように見られるからかも知れません。歴史学者の網野善彦さんは中世を民衆の視点から究明した人ですが、著書の中で商売人や手に職を持つ技能者が日本全国を漂泊して各地で尊敬された姿を描き出しています。ただ、それが不思議なことに、歴史上のどこかの時点から被差別階級に転落してしまうのです。経営者も商売人につながる存在ですので、商売人という存在に対する歴史的、文化的な否定感のようなものがあるのかもしれません。高校生の意識調査においても、経営者のイメージについてアメリカ、中国、韓国、日本の四か国比較のデータが出ていますが、日本は圧倒的に低いです。これが開業率の低さにつながっているのはおそらく間違いありません。

 

主体的に生きること。起業活動の最大の意義

川口:最後に、起業というアクションが持つ社会的意義についてお聞かせ下さい。

高橋:常々、主体的に生きること、一人称でものを考えることが大事だと考えています。その意味で、政府が悪いとか、誰が悪いといった批判に徹するのではなく、民主主義の根本である「王様を信じない」という原則に立ち返り、自分の頭で考えて自分の判断で生きていくこと、そしてそれを社会全体に意識づかせることが起業活動の最大の意義だと思います。

川口:意識的なのか無意識なのか、会社や組織に依存的になっている人は多く、その枠の中で不平や不満を言っているだけになっている。主体性を持つことが、起業にかかわらず、それぞれの生産性の高い働き方や価値発揮にも結び付き、個人の生き方としても、よりよい社会の実現のためにも重要ですね。

高橋:「私は何ができる」「私は何をしたい」「私ならどうする」といった点を常に自ら考えることが起業においては一番大切ですし、それを誰しもが頭のどこかで考えることこそ、社会全体の活性化につながるのではないでしょうか。

撮影:Masanori Naruse

プロフィール

高橋徳行:慶應義塾大学経済学部卒業、1998年米国バブソン大学(Babson College)経営大学院修士課程修了。国民生活金融公庫総合研究所主席研究員を経て、現在武蔵大学副学長、経済学部教授。理論と現実を豊富な事例で説く、起業学の第一人者である。著作は『地域が元気になるために本当に必要なこと』(編著・同友館)『新・起業学入門』(経済産業調査会)『起業学の基礎‐ アントレプレナーシップとは何か』(勁草書房)など多数。

 

川口荘史:株式会社ミーミル代表取締役。東京大学大学院修了、UBS証券投資銀行本部に入社し、M&A及びテクノロジーチームにて、製薬業界、エネルギー業界、大手電機等の国内外のM& A、LBO案件等に従事。その後、複数のベンチャーの創業に参画し、ファイナンスや新規事業立ち上げに従事した後、株式会社ミーミルを創業。