【インタビュー】医療拠点であるとともに、人材開発企業でもある、新しい病院経営のモデル。やまと診療所安井佑(中編)

2017.11.13 エキスパート

超高齢社会を迎えた日本。2030年には47万人もの人が “看取り難民”になるという予測があります。東京・板橋区にある「医療法人社団 焔(ほむら)やまと診療所」は、「自宅で自分らしく死ねる。そういう世の中をつくる。」という理念の下、在宅での看取りを推進しています。多死社会における地域医療のため、新しい病院経営のモデルの構築を目指して、看取り日本有数の規模の在宅医療の診療所を立ち上げた、安井佑院長。元テレビ東京アナウンサー白石小百合さんがお話を伺いました。今回は、医師のキャリアにおける在宅医療の考え方や在宅医療のための新しい職種「PA」の育成についてです。

前編はこちら

 

在宅診療を行う診療所はまだまだ不足している

白石:今後、看取りへのニーズが増えていくと考えられている中、在宅診療を行う診療所は増えているのですか?

安井:増加していますが全く足りていません。在宅診療を標榜する診療所は数多いですが、実際にみている患者数が20名に満たないところが8割です。また最期の看取りを1人も行っていないところが4割以上あります。

白石:在宅医療をやるといっていても実際にはやっていない病院も多く、在宅医療を提供している診療所が不足しているわけですね。具体的にはどの程度足りないのでしょうか?

安井:35万人の患者を在宅診療で看取る必要がある、というのが政府の見解です。
ところがあるデータによると年間100人以上を看取っている診療所は現状60カ所しかありません。

まずこれを2000カ所まで増やさなければなりません。

年間20名程度の看取りを行っている診療所は600カ所程度ですが、これも5000カ所程度に伸ばさなければならないでしょう。

白石:政府の見解としても、在宅診療の病院を増やしていきたいということでしたよね。かなりの数が足りないようですが、増加を阻害している要因はあるのでしょうか?

安井:そもそも医師達の動向をコントロールする手段を政府は持っていません。医師達も人間ですから、働き方について様々な要望があります。例えば、なるべく都会で働きたいとか、出産や子供の教育を考えると都市部で生活したいといった医師の要望に政府は口を出せません。政府ができるのは、在宅医療を行う病院のみに限り診療点数を増やすとかその程度でしょう。

 

白石:最も医師が必要とされる領域のひとつであるにも関わらず、在宅医療に向かう医師が現状多くない理由はどういった点なのでしょうか?

安井:在宅医療は医師のキャリアとして一般的ではない、という側面があります。通常だと、医師は卒業したら医局に入り、ある意味職人として働きながら技術を伸ばしていきます。

医局に入らなければならず、医局を出て自由になれるのは20~25年という、文化というか暗黙の了解があるのです。若くして医局を飛び出し挑戦しようという人は出にくい、という土壌です。医療の進歩の問題というよりは、医療システムの問題と言えるでしょうか。

 

在宅診療に身を投じる医師は増えていくのか

白石:そうした状況の中、医師が在宅医療に身を投じるのは難しそうな印象を受けます。在宅医療に関わる医師は今後増えるでしょうか。また医師たちのキャリア形成から見て、身を投ずるメリットはあるのでしょうか。

安井:私はそこまで悲観的にとらえていません。人は危機感によって動きます。まぎれもなくこの状況は医療の危機であり、若いドクターたちも危機感を感じて自然に動いていくと思います。

職人としての成長現場としてみると、大学を出たての医師が在宅医療の現場で出来ることは正直限られますし、医師養成所として在宅医療を捉えるのは現状では少し無理がある、というのがフェアな見方でしょう。

白石:なるほど、安井さんは危機感を感じて今の在宅医療へと動いたわけですね。

安井:私自身について言えば、医療を通じた国づくりという大志があり、医療人を育成していくのが自分の使命であると捉えています。それへ向けて必要なことを進めていくのみです。

多くの医師は50代まで医局に所属し、その後ようやく自分で診療所を開く。しかし、それでは新しい動きをしたりするには年齢をとりすぎている。だからこそ、私のように若いうちから飛び出して診療所を開くようなことが必要になります。

こうした在宅医療に求められるのは医局で育てられる専門医のようなスキルが求められるのではなく、ジェネラリストとしての医師が必要になります。しかし、そうした医師の育成をするような機会は限定的です。

 

白石:ジェネラリストとしての医師を育成する仕組みも不十分なのですね。

安井:とはいえ「将来性」はある領域です。私は開業して5年になりますが、当初3人で始めた診療所も今はスタッフが50人を超え、患者さんの数も多くなっています。ひとつの「経済市場」として見た場合、「需要」はもっと増えていくでしょう。

そういう私でさえ、病院で勤務医として働いていたころは「在宅医療」の「ざ」の字も知りませんでした。在宅医療という選択肢すら知らない医師やコ・メディカル(Co-medical、医師の指示の下に業務を行う医療従事者、医療スタッフ)も多いです。

 

PA制度の目的は、医師の力量に頼らず高品質の医療を提供できるシステムの構築

白石:在宅診療へのニーズが高まる中で、今後、やまと診療所は拠点を多数展開していく可能性はありますか?

安井:可能性はあります。PA制度の目的は、医師の力量に頼らず高品質の医療を提供できるシステムの構築です。まずは足元での仕組みづくりを着実に行うところからだと考えています。

白石:PAによって、医師に大きく依存せずとも在宅医療の仕組みを展開していけるのですね。在宅診療の対象となる高齢者が多い場所というと高齢化率の高い地方のイメージが強いですが、都市部での展開を考えられていますか?

安井:確かに高齢化率というと地方のほうが上でしょう。しかしながら、そもそも地方は人口そのものが少ないので、絶対数でいうと地方より都会のほうが圧倒的に多い。地方は高齢者の数に比べて老人ホーム等の受け入れ先を十分作ってしまっているので、いわば今ある「ハコ」に収まりきる可能性があります。ハコからあふれる死者の数では都市部が圧倒的に多いです。

 

医療拠点であるとともに、医療人を作る人材開発企業でもある

白石:近い未来において在宅医療をしっかり形にしていくための最重要課題とは何でしょうか?

安井:やまと診療所の場合、医療拠点であるとともに、医療人を作る人材開発企業でもあると考えています。二十代、三十代の若い人、特に未経験者をいかに現場で活躍できる医療人にしていくか、人材育成というのがとにもかくにも一番の課題です。

白石:やまと診療所の独自の制度であるPAですが、現在何人ぐらいいらっしゃるのですか?何をきっかけにしてここへ来られるのでしょうか。

安井:やまと診療所でPAコースに入っている人はいま20名程度です。やまと診療所の場合は、テレビ番組「カンブリア宮殿」にとりあげてもらったので知名度が上がり、共感してくれた色々な人が集まってくれています。

白石:PAになる方はどんな思いでいらっしゃる方が多いのでしょうか?

安井:「PAになりたいという強い気持ちがない限りそもそも持たないよ」ということは伝えています。そもそも、ほとんどのケースで給料はガクンと下がりますし。

白石:医療において「PA」という新しい職種を設置されました。この新しいPAという仕事に、様々なバックグラウンドの方々が興味を持たれるのはなぜでしょうか。

安井:古典的な医療制度ですと、生き死にの問題に関わりそれを支える権限は「医師」と「看護師」にしかありません。すると、そうした仕事に就くというのは、18歳ぐらいのときに心を決めていないといけない。

一方で、一般社会人になってから医療に関わりたいと思っている人も潜在的には大勢います。PAになる機会を提供することで、そういう人の受け皿になりたいと考えています。

<コメント>

白石:医療において、ニーズと仕組みがなかなかマッチしないところを、安井さんは危機感を感じ行動に移し、ロジカルに切り込んでいます。やはり医者だけではなく起業家の要素を持っていらっしゃると感じました。PAという制度は、新しいジャンルの仕事をしたい方への人事制度として他業種でも取り入れられそうですし、これからの時代、職業選択の幅が広がりそうだと期待します。

後編は、現場から感じる「死」への向き合い方について伺います。

撮影:Masanori Naruse

プロフィール

安井 佑:東京大学を卒業後、国保旭中央病院で初期研修を行う。その軍事政権下のミャンマーに渡り、国際医療支援、緊急災害支援に2年間従事する。帰国後は形成外科医として杏林大学病院、東京西徳洲会病院に勤務。2013年に東京都板橋区にて在宅医療専門のやまと診療所を開設。「自宅で自分らしく死ねる。そういう世の中をつくる」を理念に、地域連携を推進し、都内で有数の在宅看取りを行うクリニックに育てあげる。ミーミルのヘルスケア・クオリティエキスパート「終末期の在宅医療 第一人者」

白石小百合:元テレビ東京アナウンサー。Whitte株式会社 代表取締役。法政大学国際文化学部在学中にスペインのバルセロナに留学し、ゼミでアートを学ぶ。2010年4月株式会社テレビ東京にアナウンサーとして入社。経済番組・情報番組・スポーツ番組・ナレーションなど、多岐にわたり担当し、2017年3月31日付でテレビ東京を退職。同年4月よりフリーとなり、かねてからの興味関心を形にした香りブランド『Whitte』(ウィッテ)創業。