日本の強みを生かして民間での月面探査、輸送サービス、そして月の資源開発をめざすispace CEO 袴田武史(前編)

2018.09.18 エキスパート

2007年から開始されていた、米国Xプライズ財団主催の民間の開発チームによる月面探査レース「Google Lunar XPRIZE(グーグル・ルナ・エックスプライズ)」。日本からはチーム「HAKUTO(ハクト)」がチャレンジをしました。

このレースは勝者なしのまま終了しましたが、HAKUTOを運営してきたispace(アイスペース)社は、2017年12月には産業革新機構や日本政策投資銀行などから約101.5億円という、シリーズAとしては宇宙ベンチャーとして最大規模の調達を実現しています。

今後も民間による月探査ミッションを果たすべく、月着陸船と無人探査機(ローバー)の打ち上げを目指すispace CEO 袴田武史氏に伺いました。

 

最先端技術だけでは宇宙船はできない航空宇宙学の概念設計を行う研究室に

川口荘史(以下、川口):起業する前は、国内の大学を出た後に海外の大学に留学されています。もともとは宇宙工学でもどういった研究に従事されていたのでしょうか。

袴田武史(以下、袴田):子どものころから宇宙船に興味があり、名古屋大の航空宇宙で学んだのですが、自分としてはしっくりきませんでした。なぜだろうといろいろ考えてみたところ、日本の航空宇宙学はいろいろな専門領域に細かく分かれ、それぞれの研究室で最先端の研究が行われていますが、それだけでは宇宙船はできない。

それぞれの技術を統合するシステムの設計が必要なのです。自分はその研究がしたいのだと思い当たりました。

 

袴田:2000年代当時、日本にも「複合領域最適設計」という研究がありましたが、それは工学的な観点から各分野を統合してひとつに最適化するという考え方。しかし、工学的に最適であっても、経済的に最適でない限り事業は成り立たないはずです。

特に宇宙開発は何千億、何兆円とかけて作るので、どういうメリットをもたらすのか、経済的なメリットも設計の初期段階で評価すべき。そこで、航空宇宙学の概念設計を行う研究室がある、アメリカのジョージア工科大学の大学院に進学しました。

川口:概念設計についてもう少し詳しく教えてください。研究室では、どのようなものを設計対象としていたのですか。

袴田:ロケットや宇宙船です。概念設計とは、ハードウェアだけでなく、システム全体を設計すること。どのような機能を組み合わせるか。たとえば、スピードを上げるには強度を上げる必要があるけれども、そこまでスピードは必要なのか、そのための制作費をかける必要があるのか、そういったことを論理的に説明できるようにフレームワークをつくる研究を行いました。

アメリカでは、大学での研究を企業や団体のプロジェクトに応用して実践的に学生を育てる場合が多く、ジョージア工科大学でも実際にコンサルティングサービスを提供し、課題を解決する経験をしました。

川口:そうしたフレームワークは民間での宇宙事業の推進においては非常に重要ですね。その後、コンサルティング会社に入社されています。

袴田:在学中の2004年、「Ansari X PRIZE(アンサリ・エックスプライズ)」という、「Google Lunar XPRIZE」を開催したXプライズ財団が初めて行った賞金レースがありました。民間で宇宙旅行ができる宇宙船を開発したら賞金1,000万ドル(約10億5000万円)という内容だったのですが、その優勝メンバーの講演を聞いて、「これから民間の宇宙開発事業が本格的に始まる」というインスピレーションを受けました。

民間で成功させるには、技術だけでなく資本と経営が必要。見渡せば、日本の民間の宇宙業界には優れた技術者はいるが、経営と資本がほとんどない。この点を解決しない限り、民間で宇宙事業は進んでいかないと考えました。

宇宙開発を事業化するにはコスト削減しなければならない。コスト削減をどうやって戦略的に削減するか、宇宙以外の他業界ではどのようにコスト削減しているのか肌で理解したいと、2006年にフランス系のコンサルティング会社・ロベンダル・マサイ(現エイミングジャパン)に入社しました。

宇宙産業の波が来る。「ここに乗り遅れたらまずい」とGoogle Lunar XPRIZEに

川口:ispaceは、もともとはオランダでGoogle Lunar XPRIZEにエントリーしていたホワイトレーベルスペースの日本支部として立ち上がったと伺いました。

袴田:ホワイトレーベルスペース自体は2008年から活動を始めており、2009年夏に関係者と知り合いました。チームのローバー開発に東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻の吉田和哉教授が関わるので資金調達を手伝ってほしいと言われたことがきっかけでしたが、最初はかなり躊躇していました。非常に大きなプロジェクトのため、自分ひとりでできることではないので、はじめの一歩はなかなか踏み出せなかった。

ようやく2010年9月に合同会社ホワイトレーベルスペース・ジャパンを創設しました。ただ、資金がふんだんにあったわけではないので、メンバーはそれぞれの仕事があった上でボランティアから始めて、だんだん人が集まり始めたという形です。

川口: 2013年にホワイトレーベルスペースが資金難でレースから撤退。活動拠点をオランダから日本に移すことになりました。

袴田:このころには、アメリカでも宇宙のベンチャーが出始めていて、本格的に宇宙産業が盛り上がる波が来ていました。「ここに乗り遅れたらまずい」と思い、コンサルティング会社を退社し、2013年5月に株式会社ispaceに組織変更しました。また、日本チーム名「HAKUTO(ハクト)」に改め、Google Lunar XPRIZEに挑むことになりました。

 

HAKUTOにおける強みとは。資金調達力とリソース配分、小型化などの技術

川口:HAKUTOは、他の海外チームと比較してどういうところが勝っていたのでしょうか。

袴田 まずは資金調達力。こういったレースは技術面がフォーカスされがちですが、技術のために必ず資金が必要です。資金を確保する能力を持っているかどうかが、最後まで残ったチームと残れなかったチームの差だと思います。

我々の戦略としては、着陸船はインドチームに相乗りをさせてもらうことでコストを最大限下げて、リソースをローバーに大きく割くことにしていました。もし、着陸船の開発まで手がけると判断していたら資金難でとっくに活動は終わっていたと思います。着陸船に支払う料金は「1キロいくら」なので、重量を下げれば下げるほどコストも下がる。重量をどんどん下げることで全体のコストをミニマムにする計画にしたところもポイントです。

また、技術的にも我々がダントツだと思っています。特にローバーに関しては、小型軽量化もしつつ機能を維持できている点は我々の強みだと思っています。

川口:チームメンバーは多国籍ですが、あえて「日本の強み」と言うとすればどの点ですか。

袴田:小型軽量化はまさしく日本の強みです。自分がエンジニアと言い合いしながら小型軽量化を推し進めてきたというのもあります。また、携帯電話やPCなどに使われる小型軽量化した電子機器などのコンポーネントは海外製のものも使えるのですが、それをまとめあげる構造系を小型軽量で仕上げるのは相当難しいチャレンジ。それができたのは日本の町工場の加工技術があったからこそと認識しています。その技術がなければ、なかなかここまで大胆に重量削減することはできなかった。そういう意味で日本の技術を活用したことが強みとなっているのです。

今後も月面輸送サービスに注力。民間で宇宙事業開発を促進したい

川口:Google Lunar XPRIZEの終了後、御社の方向性は変わったのでしょうか。

袴田:コンペティションレースですので、優勝できない可能性も常に頭の中にあり、どう対処するかも以前から検討していました。

ですから、今回の終了は非常に残念ではありますが、こういった事態に対しては別に驚きはありません。我々としてはGoogle Lunar XPRIZEが終了しても、事業を続けられるように体力をつけてきています。

今後も月面での事業に取り組んでいきたい。特に月面輸送サービスですね。地球から月に物資を持っていき、月面上の目的地まで輸送するサービスです。さらに、その先には月面の資源開発を行えるよう事業設計をしています。

川口:打ち上げについてはいかがですか。

袴田:打ち上げに使うロケット自体は開発しません。打ち上げは商業用ロケットを使い、我々は宇宙で着陸船が切り離されたあと月面に着陸し、ローバーを出して輸送するところまでを行います。

川口:HAKUTOがきっかけでつくられた会社であるけれども、現在はそれがすべてではないということですね。

袴田:最初に集まったメンバーたちはHAKUTOのチームとして集まりましたし、個人的にも当初はGoogle Lunar XPRIZEが終わったら解散でいいんじゃないかと思っていた時期もあります。

でも、みんな根本にあるのは「民間でも宇宙事業を促進できるようにしたい」という想いです。HAKUTOのプロジェクトは終わりますが、宇宙事業は継続的に行っていきます。2017年に内部で着陸船の開発をすると決めてからはそのプロジェクトの人員も増やしています。

川口:HAKUTOのプロジェクトを通して感じた課題はありますか。

袴田:やはり資金調達の難しさですね。ただ、世の中がどんどん変わり始めてきて、可能性も大きくなっています。それは我々が着陸船を手がけることにした理由にもなっています。

将来的に月面輸送事業まで行うためには、ローバーだけでなく着陸船まで自分たちでコントロールしないとサービスとして提供できません。長期的に見ても、資源開発するためには資源のあるところに自分たちで移動できる手段を持っていないと、競争優位性がなくなってしまう。可能性は大いにあるけれども、そのための資金をどのように調達するかが課題となっています。

後編に続く

 

記事作成:安楽由紀子

撮影:Masanori Naruse

プロフィール:袴田武史

株式会社ispaceファウンダー兼代表取締役CEO。1979年生まれ。小学生のころ「スター・ウォーズ」を観て宇宙船に関心を持ち、名古屋大学工学部を卒業後、米ジョージア工科大大学院で航空宇宙工学修士号を取得。その後、経営コンサルティング会社を経てispaceを創業。2010年からGoogle Lunar XPRIZEに「HAKUTO」を率いて参戦。人類が宇宙で生活圏を築き、宇宙と地球が共存する世界を構築するため、宇宙ロボット技術を活用した民間宇宙事業を推進している。