人類の生活圏を月へ、宇宙へ広げるために、101.5億円の資金を得て新たな一歩を踏み出す。ispace CEO 袴田武史(後編)

2018.09.19 エキスパート

Google Lunar XPRIZEが終了した後も、ispaceは「民間でも宇宙事業開発を促進できるようにしたい」という思いのもと、その先の月面の資源開発を見据えて月面輸送サービスの事業開発を進めています。

宇宙産業において、何よりも大きな課題は「資金調達」と語るispace CEO 袴田武史氏。民間で継続的に宇宙事業を行っていくには莫大な資金が必要になります。ispaceはその課題を乗り切るべきさまざまな工夫をしています。袴田氏に、民間宇宙事業の今後の展望、そして求められている人材について聞きました。

前編はこちら

 

宇宙のコンテンツとしての利用価値を広げる

川口荘史(以下、川口):現在、ispaceではいくつかの事業をされていますね。

袴田武史(以下、袴田):事業としては大きく二つ。輸送事業とデータの販売事業です。輸送事業はローバーや着陸船の開発。データの販売は、月面データの研究開発の用途以外にも、宇宙開発や月面で得たデータを一般の企業がマーケティングなどで利用できるように、スポンサーシップ、パートナーシップという形で関わり利用する権利を販売しています。

袴田:現時点では宇宙はまだ「ワクワクする夢の世界」というのが一般的な見え方だと思います。宇宙にアクセスする機会は多くはありません、そうした中で宇宙のコンテンツの利用も定常的に使って価値を創出するというところまではできていませんでした。そこを一歩下がって冷静に見て、「宇宙」というコンテンツ以外に何か利用しやすいものはないかと考えました。たとえばHAKUTOは、「宇宙」だけでなく「挑戦」というイメージで、宇宙に行ったあとだけでなく行くまでのコンテンツも提供し、宇宙に関連のない企業でもイメージを使えるようにコンテンツ化しています。そこがブレイクスルーだったように思います。

宇宙業界の人材だけだとどうしても宇宙のコンテンツに偏りがちになってしまうんですが、我々の場合、マーケティングの専門家にチームに参加してもらって任せています。もちろん、エンターテインメントとしての価値だけでなく、科学的なデータ、技術的なデータ、地形のデータなども今後利用価値が高まってくるでしょう。

川口:貴社の提供するコンテンツとしての価値を広げていったのですね。さまざまな企業もうまく巻き込んでいらっしゃいます。

袴田:巻き込まざるを得ないという切実な問題があります。資金力がある企業や人材をたくさん巻き込んでいかなければならない。ホワイトレーベルスペースの立ち上げ時から、クラウドファンディングなどを利用し、さまざまな人から少しずつサポートしていただくこともしていました。

 

101.5億円の調達を実現。出資した事業会社が見出した宇宙産業の可能性とは

川口:2017年12月に約101.5億円の調達をされました。宇宙ベンチャーとして、日本ではこれほど大規模な調達は難しい中、多様な業界の大手事業会社からの出資も受けています。どのように実現されたのでしょうか。

袴田:資金調達は我々も簡単ではないとは思っていました。ただ、宇宙開発はある程度の大きな資金を得られないとグローバルでは戦えない。グローバルでの宇宙産業全体の規模は30兆円と言われていますが、日本の宇宙予算は3,000億円、1%ほどしかありません。その1%の日本の市場を狙ってもペイしないので、グローバル市場を狙うしかありません。また、打ち上げ1回分だけの調達だと、1回失敗するとそこで終わりになってしまう。だから複数回チャレンジできる資金を一気に集めることが重要です。

今回は、2回分まかなうための費用を調達しましたが、これだけの金額の調達は日本で前例がなかった。そうした困難の中、我々としては政府もある程度巻き込みながら、我々の事業のためだけの資金調達でなく、新しい宇宙の産業を作っていくことを強く意識していました。

我々だけが利益を上げるのではなく産業エコシステムを作り、より多くのプレーヤーが事業に参加して利益を出せる構造をつくる、そうしたことを全面に出して、共感いただいた方に投資いただくことで実現できたのだと思います。

川口:調達している企業の顔ぶれも興味深いですよね。

袴田:多くの事業会社さんが技術のシナジー、事業のシナジーに可能性を見出していただき投資いただいています。たとえば東京放送ホールディングス、電通、KDDIは通信やコンテンツの利用、コニカミノルタはセンシングや画像解析技術の活用、清水建設は月面開発。スズキは駆動系。凸版印刷は素材技術や超微細な加工、日本航空は管制の技術、飛行機を作るカーボン材などの開発に加え、おそらく宇宙旅行についても事業シナジーができそうだと可能性も感じていただけています。機関投資家で新しい産業としての宇宙事業に可能性を感じていただいているところもあります。

最終的には月面での資源開発、資源を中心とした事業のエコシステムをつくりたいと思っているので、今後、資源会社、商社などにも参加いただきたいですね。

川口:宇宙事業では、投資から成果が出るまで時間がかかります。一般企業では、リターンを得るまでの時間感覚が合わないとよく言われます。

袴田:一般的に宇宙事業は時間がかかると言われていますが、それに比べると、我々の事業プランはもう少し短い時間で実現できると思います。月面への輸送も2020年あたりから立ち上がる予定です。

2040年には月に住み、働く。人類の生活圏を広げるムーンバレー構想

川口:御社の「ムーンバレー構想」についても教えてください。

袴田:ムーンバレー構想は、弊社の「Expand our planet. Expand our future」というビジョンに基づいており、人類の生活圏を宇宙に広げることをめざしています。そのためには宇宙で経済が回る世界を実現せねばなりません。月面に1000人ほどの人がなにかしら仕事を持って働き、住む。しかも地球とのつながりもあって地球の経済とも循環し、数万人規模の人が宇宙旅行をする。

そういう世界を2040年までに実現したい。このコンセプトをまとめたものがムーンバレー構想です。

川口:こうした構想において、月の資源として期待されているのが水ですね。月面に存在する「水」から燃料を生成するガス・ステーション構想など、水資源開発が注目されています。月での水の調達、補給も御社が手がけるのでしょうか。

袴田:我々が将来的にどこまで事業を拡大するかは今後検討していきますが、もちろん我々が、燃料自体を補給していくところまで一気通貫で手がけていくこともあります。

ただ産業が発展すればするほど分業化されるでしょうから、どこかの時点で専門的な企業が出てくるかもしれません。また、実際に資源を開発して売っていくとなると大きな資金が必要なので、投資家が集まれば、我々は資源を提供するサプライチェーンをつくる会社になると思います。

宇宙産業発展における課題は、「経営者」がいないこと

川口:そうした取り組みの中、宇宙産業全体において感じている課題はどういったものでしょうか?

袴田:根本的な課題としては、優れた経営者がいないという点ですね。お金と技術と、事業モデルを組み合わせて循環させていくしくみを作り、マネージしていく経営者が少ない。

アメリカのエンジェル投資家も、あるパネルディスカッションで「アメリカの宇宙産業の課題は、経営者がいないことだ」と言っていました。技術畑から叩き上げの人がトップになるケースが多い。

少し前からイーロン・マスクや、ジェフ・ベゾスのように、経営者として充分に実力をつけた人が宇宙産業に入るようにようやく変化してきています。

川口:ビジネスとしてマネージできる経営者が足りないという視点ですね。逆に、そのための要件として、宇宙に対する理解や特定の技術に詳しい必要はないということでしょうか。宇宙事業を行う経営者に必要な素質は?

袴田:ある程度、技術について知っている必要はありますが、それ以上にどうやって資金を調達して、お客さんにどういうサービスを提供して、ちゃんと売り上げを上げられるかを知っている必要があります。

そのために技術開発をするのであって、開発のために開発するわけではないという区分けをきちんとしておかないと、事業としては回らない。エンジニアの反発があっても、事業としてやりきる経営者が必要だと思います。

いままで宇宙事業に携わってきている人もみなさん優秀です。ただ、そういう内部の方々が努力してもなかなかブレイクスルーできないので、「宇宙産業は変わらなければならない」と感じています。外側から新しいアイデアをもって行動できる人にどんどん参画してほしいと思います。

川口:もっと外部から優秀な経営者やビジネスに精通している人材がかかわっていくことで宇宙産業も変わっていくという考えですね。

最後に、一般企業から事業協力について相談いただく機会も多いと思うのですが、そうした外部の方の宇宙についてよくある誤解はどんなものがありますか。

袴田 みなさん、「宇宙は特殊で難しい」「新しく特別に高度な技術が必要だから自分たちにはできない」と思っていらっしゃることが多い。ただ、宇宙に使われている技術は歴史あるものが多く、逆に新しすぎると信頼性が低く使いづらいという面があり、それほど特殊というわけではありません。

宇宙ならではの技術開発の要素はもちろん必要ですが、それは環境の違いだけです。もちろん、宇宙で何回も失敗するわけにはいかないので、地上での実験を完璧に行うことが鍵となります。ただ、裏を返せば、地上で何十万回失敗してもいい製品が作られればいい。

我々としては失敗できる環境を提供していきたい。これから宇宙産業が発展するには失敗も避けられない。失敗をしていくことで宇宙の環境にあったものづくりの仕方が見えてくると思います。地球の技術の延長線上ではない、宇宙で機能するものづくりの仕方を見出していきたいですね。

 

記事作成:安楽由紀子

撮影:Masanori Naruse

プロフィール:袴田武史

株式会社ispaceファウンダー兼代表取締役CEO。1979年生まれ。小学生のころ「スター・ウォーズ」を観て宇宙船に関心を持ち、名古屋大学工学部を卒業後、米ジョージア工科大大学院で航空宇宙工学修士号を取得。その後、経営コンサルティング会社を経てispaceを創業。2010年からGoogle Lunar XPRIZEに「HAKUTO」を率いて参戦。人類が宇宙で生活圏を築き、宇宙と地球が共存する世界を構築するため、宇宙ロボット技術を活用した民間宇宙事業を推進している。