【対談】EC化も必要だが実店舗のニーズはまだある。小売りのほとんどはオムニチャネルの意味をわかっていない 中島 郁×川添 隆(第4回)

2018.11.20 エキスパート

経済産業省の調査によると、2017年の日本国内におけるBtoCのEC市場規模は16.5兆円。前年の15.1兆円から9.1%増と、年々拡大しています。大きな変革期にある小売業界で生き残るために求められるものは? トイザらス、ジュピターショップチャンネル、三越伊勢丹において、EC事業責任者を務めてきた中島 郁氏と、ガールズアパレルではEC事業全体を2年で2倍、メガネスーパーでは5年間で4.4倍に拡大させた“ECエバンジェリスト”川添 隆氏の対談。

前回は、現状の小売業における課題について、デジタル化推進の障害について伺いました。最終回は店舗とECの関係について切り込みます。

第3回「Amazonなどのプラットフォーマーと同じことをしようとしてうまくいかない。EC化で失敗する大きな理由」はこちらから

単純にEC化率を高める前に、店舗のIT化に投資を。小売りの多くはオムニチャネルの意味をわかっていない

川添:オムニチャネル化についてはいかがですか。

中島:オムニチャネルも、やはり前回言ったように自分の会社の強みを生かして顧客体験をどう提供するかということですが、一般的な小売業はオムニチャネルを一つのサービスと思っていますね。そこが間違い。

顧客情報と在庫の一元管理などの昔できなかったベースのインフラが、テクノロジーが進み整ってきたので、自分たちはどういう顧客体験を提供するかを考えなければならない。

逆に「オムニチャネル」という言葉は使わないほうがいいんじゃないかと、僕は言い始めているくらい。小売りの多くはオムニチャネルの意味をわかっていないと思う。

川添:おっしゃる通りですね。

中島:そもそも、ECの売上が全体の5%だとすると、残りの95%の店舗になぜもっと力を入れないのか。実店舗のニーズはまだまだあります。店舗に対してももっと積極的にIT投資を行い、店舗を活性化すればいいのにと思う。5%を伸ばす努力もいいのだけど、95%をITによって伸ばす努力も必要。ECは店舗の売上の減を補完するものではない。ECも含めデジタル化を進めオムニチャネルを目指そうと。

川添:確かに、僕のようなEC部門の立場からすると、もちろんECが伸びたらいいんですけど、伸ばせる方法はある程度限られているし、結果もある程度算段がついてしまう。

店舗を伸ばしたほうが会社全体としては明らかにインパクトが大きいですよね。小売全体として、とにかく店舗は忙しい。たとえばアパレルの場合、コーディネートを考えて、公式Instagramの更新や自社メディアのスタッフコーディネート投稿もしないとならない、接客しながらも、データ入力や資料作成もしなければならない、そして本部からたくさんのメールが届く。業務設計が崩壊していると言ってもいいくらい。

そこにテクノロジーを投入して、入力の手間を省けるようなシステムを構築したり、来店予約ができるようにして、少しずつ効率化をしていけばいい。

「こういうお客様がこういうニーズを持って来店する」ということが来店予約によってあらかじめわかれば、ファーストタッチが時短できます。高度で複雑なテクノロジーを使うことをお客様は望んでいないし、スタッフも付いて来られないでしょう。

売上を店舗とECのいずれにつけるか、EC立ち上げの障害となる評価の問題とは

川添:従来のコミュニケーションや業務が円滑に進み、減らせる時間は削減し、接客の質を高めて購入率を向上させながら、スタッフ自身や店舗のファンをつくっていく方向に行かないと、費用対効果が合わない。ただ、なかにはECの責任者がそのことに難色を示す場合があるようです。「売上をお店に取られるのが嫌だ」と。

中島:言われたことがあります。

川添:そういう考え方あるんだと驚きました、会社全体で見たら、それじゃ利益は得られないのに。

中島:それは会社の評価制度の問題でもありますね。まだまだ、ECを別PLで管理し、店舗と同列に評価しているところが多い。僕の関わったところは、評価は店舗において付けて、ECはみなしというところにしている。さらに、ECが関わった店舗の売上がどのくらいかわかるようにして、逆に店舗が関わったECの売上もきちんと店舗の販売員の評価となるようなしくみをつくれるかどうか。

川添:ECを通じて他店から取り寄せした場合、評価は売ったお店にも在庫を出したお店にも付けるなど、もう一歩踏み込みたい感じがしますね。

中島:PLを分けるのは最悪です。取った、取られたの問題が起きてしまう。この障壁を取り払わないで、「なぜECは伸びないのか」などと言っている経営者はわかっていない。

メガネスーパーのように、トップが本気になれば実現はできる

川添:経営者で「細かいことはわからない」という人は多いですね。わからなくても、せめて責任者のやる気をそがないでほしい。

中島:やる気をそぐ人、結構いますね。知識はないのならわかる人に任せて、その人の報告に対してある程度論理的な判断をしてくれれば進めやすい。どっちつかずなことを言うと、誰もハッピーになれません。

トップが本気で腹をくくってくれないと。トップが本気になれば、いくらでも実現させることができる。それがうまくできたのが川添さんのメガネスーパー。

川添:自社ECは直販ビジネス。メガネスーパーの実店舗はほとんど直営の路面店なので、いわゆる“館(百貨店やファッションビルなど)”に入っている店舗の数は少ない方です。LINEやオムニチャネルの施策をやるには、余計な交渉がなく、店頭のスタッフを巻き込みやすいという面がありました。一方でアパレルになると、多くは館に入っているので、そこのレギュレーションに合わせないとならない。

自社ECが伸びれば劇的に営業利益が増えるけれど、「もしそれが館に知られたらどうするんですか」という議論が必ず起きる。確かに館のなかの店舗を存続させるには、一定の売上が必要です。契約の基準に満たなければ追い出される可能性があるかもしれない。それはその通りではあるけれど、一般的にはECを利用している人は購入機会が増えるので、必ずそのお店に戻ってくるはずです。接触頻度が増えれば、実際に商品を見たいと思うだろうし、売上が下がることはまずほとんどの場合ないと思います。それに、極端なことを言えば、ECの売上がものすごく増えたら、館のほうは別の契約形態を提案すればよいと思います。経営者が「やっぱり百貨店が大事」と言ってしまうと、自社ブランドと顧客のつながりをつくっていくのは難しくなってしまいます。「じゃ、ECはそんなにがんばらなくていいのですか」と。

中島:僕は百貨店側にいたのでわかります(笑)。それぞれの会社はその社長の器以上に大きくならないとよくいいますけど、変革期も社長の器にしか変わりません。僕がよく言うのは、ベースはとにかくきっちりと。新しいことをいったん始めたら、それを固めていくことは非常に地味な仕事。とはいえ世の中で言われているような更に新しいことも着手しないとならない。でないと世の中の新しい流れへの理解もなくなる。

上場企業などは株主に対して新しいチャレンジをしている姿勢を示さなければならない。だから、すでにやっているECやオムニチャネルのような新しい取り組みのうえに、さらに余計な新しいことをしないわけにはいかない、それならば、ルールを作りましょう。リソースの5%、あるいは10%と範囲を決めてそれを越えないようにし、流行りというだけで手を付けないように基準を作ってコントロールしましょう、と。

実際、川添さんも僕も、既存のビジネスのなかで新しいビジネスを広げつつ、既存のビジネスをどのように変えていくかということを行なってきたわけですから。

責任者がいなくても回る状態をつくるのが重要。外部人材によるEC立ち上げ支援の在り方

川添:最後に今後についてお聞きしたいのですが。中島さんは、三越伊勢丹の後、今後はコンサルタントとして複数企業の支援をしていくのでしょうか。

中島:実は、僕はコンサルをする気はもともとなかったのです。ただ、長く事業立上げやEC業界に関わってきたので、僕の経験やノウハウを知りたい人もいるだろうし、僕も業界に貢献できて自分にもメリットがあればいいなとは考えています。

そのために、コンサルを始めたということです。元々、僕自身は昔から起業志望なので、今後事業を始めるつもりもありますし、ファンドなどに頼まれるなどしてどこかの会社にかかわることになるかもしれません。僕のように経験と知識でコンサルする人間は、とにかく動かないと自分が陳腐化してしまうので、人と情報交換をしてもらって自分のアップデートをしています。昨年1年間で1000人近くの人と会いましたが、まだ足りないと思うくらいです。川添さんは?

川添:まだまだビジョナリーホールディングスのグループ全体、それぞれの事業会社のデジタルシフトを考え、実行する道筋をつくっていかねばなりません。しかし、ECやオムニチャネル推進、特に、「今の状況で何をやるか?それをどう巻き込んでやるか?」で困っている企業は多いので、引き続き兼務もしてきます。

中島:兼務が許されればいいですが、会社によりますね。実際、僕も三越伊勢丹は今の会社と兼業でした。退任後にいろいろな会社から声がかかりますが、いろいろ考えたうえで、「兼業できるなら」と言うと途端に「難しい」と。

川添:責任者を探している会社が多いからでしょう。

中島:責任者として立ち上がるまでは集中して見るのは当然ですが、立ち上がってある程度経ったら、部下が自走できるようにするのが僕らの仕事だと思っています。そんな会社こそが伸びると思っているからです。

 

総括(川添) 

川添:冒頭にもありますが、デジタルシフトは、チャネルの主幹をECにするということではありません。EC事業の成長を注力しても企業全体のインパクトは少なく、店舗の売上・利益を高めるためにデジタルやテクノロジーを活用したほうが効率的です。

それを前提として、デジタルシフトを進めるためには、どこかのタイミングで必ず“経営判断”が必要になります。もし、経営者が旧来通りの小売りの商習慣にはまってしまっているのであれば、考え方や行動も変える必要がでてきます。その上で、評価の在り方や、店舗のIT投資に関して、具体的に決め込み、実施と運用をしなければなりません。

このあたりの巻き込みは一筋縄ではいきませんが、現代を生きる人であれば、自身が生活者としてデジタルやテクノロジーによる利便性の恩恵は必ず受けているはずです。あとは“自分ごと化”してもらうための工夫を継続する必要があるでしょう。一つの例は、外部の力を使って、社内勉強会を開くのも良いでしょう。

経営者、評価、店舗のIT投資、組織変革など、デジタルシフトをしていくには乗り越えていかねばならない高いハードルの連続です。しかし、それを推進する担当者は、デジタルシフトを推進するためには、これらの課題を先に整理・解決するべきと決めつけては、おそらく何も変わりません。今、実現できる小さなことからでも結果を出し、改善し、規模を広げていく。そのためには自分自身は何でもやる。自分自身が、社内のベンチャーを興した気持ちで言動を変えることが第一歩ではないでしょうか。中島さんとの対談で私は再認識をしました。

 

第1回「EC黎明期からベンチャーで経験を積み、トイザらス、ジュピターショップチャンネルを経て三越伊勢丹のEC事業へ」はこちらから

記事作成:安楽由紀子

撮影:Masanori Naruse

プロフィール

中島 郁:ベンチャーなど数社で新規事業、経営企画を経験後、トイザらスでマーケティング部門を立上げ、2000年、トイザらス・ドット・コム ジャパンをEC専業法人として設立。2002年ジュピターショップチャンネル執行役員EC・番組編成・マーケティング本部長。2010年、世界最大のECサービス企業GSI Commerce(eBay Enterprise)アジア太平洋代表兼日本法人社長。2013年から2017年まで、三越伊勢丹ホールディングス 役員兼WEB事業部長として、EC、情報メディア等の構築、オムニチャネル推進を担当。現在は2012年に設立のネクトラスで経営コンサルティングを行う。米国バブソン大学経営大学院MBA。

 

川添 隆:販売、営業アシスタントとしてサンエー・インターナショナルに従事後、ネットビジネスを志し当時サイバーエージェントグループだったクラウンジュエル(現ZOZOUSED)へ。ささげ業務(ECサイトで販売する商品の情報制作業務)から企画、PR、営業まで携わり2010年にクレッジ(現オルケス)に転じ、EC事業の責任者として自社サイトの売上を2倍以上、EC全体を2年で2倍に拡大。LINEを活用した事例でも成功を収める。2013年、メガネスーパー入社、デジタル・コマースグループ ジェネラルマャー就任。2017年からビジョナリーホールディングス デジタルエクスペリエンス事業本部 本部長を兼務。2018年5月、執行役員に就任。