【インタビュー】社内ベンチャー制度を提案し、事業立ち上げ。新聞社ならではの新規事業を生み出すために 産経新聞 新プロジェクト本部・武藤伸樹(前編)

2018.04.06 エキスパート

大企業における新規事業開発には、困難な道のりが付きまといます。煩雑な意思決定プロセスや決裁ルート、既存事業との共存など、乗り越えなければならない壁を前に頓挫してしまうプロジェクトも少なくないでしょう。ミーミルでも企業の新規事業を支援していく中で様々な企業の組織の壁を実感してきました。

産経新聞の新プロジェクト本部で本部長を務める武藤伸樹さんは、そうした壁を乗り越えて新たなプロジェクトを次々と実現させ「社内新規事業」を推進してきました。厳しい業界の見通しと合わせて、ときに「オールドメディア」と揶揄されることもある新聞社にあって、武藤さんはどのようなキャリアを歩み、新規事業を推進してきたのでしょうか。元テレビ東京アナウンサーの白石小百合さんがお話をうかがいます。

 

社内ベンチャー制度を提案し、事業立ち上げ。新規事業の挫折と方向転換

白石小百合さん(以下、白石):武藤さんは現在、産経新聞内で新規事業を推進するミッションを担っているとのことですが、過去に経験されてきた数々の仕事も大変興味深く伺いました。これまでのキャリアの流れをお聞かせいただけますか。

武藤伸樹さん(以下、武藤):キャリアのスタートは、平成3年入社からの法人向けのスポンサー営業でした。新聞社は売上の約3割が広告収入です。しかし、平成15年~17年に新聞広告が減少。次第に「このままでは新聞広告市場は厳しいのではないか?」というビジネス自体の先行きに対して不安を募らせるようになりました。ネット広告市場が拡大し始めていた頃ですね。

そんな折に、総務部から「(会社が活性化する)面白い施策を提案してもらえないか」と声がかかったんです。そこで私は社内ベンチャー制度を提案しました。制度自体を提案するからには、自分自身もそれに応募することにして、新聞とネットのクロスメディア企画を目指す株式会社 ニュースペース・コムを立ち上げました。

 

白石:社内ベンチャー制度を使って、新聞社から出資を受けての会社の立ち上げですね。立ち上げられたニュースペース・コムではどのような事業を?

武藤:当時、Googleが新聞記事から検索に誘導する広告を米国で展開していたので、それに対する形で、新聞記事と連動した新聞広告を提案する事業を考えていました。新聞広告にロングテールの概念を持ち込み、低単価で、かつオンラインで広告を申し込めるようにしたんです。しかし単価が安く、申込みが集まっても収益性が低かった。さらに、ネットを使って新聞広告を作るというシステムがうまく機能しなかったこともあり、翌年には挫折してしまいました。

白石:当初の事業は失敗に終わったと。その後、方向転換はどのように進めていったのですか?

武藤:「PRコンサルティング」の方向へ舵を切っていきました。新聞社グループの強みを生かす形で、企業情報をいかに消費者に刺さる情報にコンテンツ化するかをOB記者らの力を借りて提案したり、新聞やサイト、テレビなど他の媒体と連動させたPRや広告展開も行ったりしたことで、業績が回復していき事業を拡大していきました。

白石:PRへ舵を切ってからさまざまな案件を手がけてこられたと思いますが、特に印象的だったものは?

武藤:男性用シャンプーで有名な「スカルプD」を展開するアンファーさんです。同社は当初はネット広告中心でした。そこで同社の社員さんたちが「話題先行型」の宣伝手法を考え、吉本興業の芸人さんを起用したネットPRプロモーションを実施したんです。この施策は非常に成功しました。こういった斬新なPRプロモーションの成功などもあり、アンファーさんは大きく成長され、社員数は当初20人くらいだったのがあっという間に50人、100人と増えていきましたね。そうした新しい企業の成長過程に立ち会えたことも強く印象に残っています。

 

産経新聞の新規事業を統括。大企業の新規事業推進役としての挑戦

白石:新規事業として始まったニュースペース・コムは、戦略PRで成功していったのですね。その後どの程度の規模まで事業拡大していったのでしょうか?

武藤:私が社長を務めていた平成25年~26年の実績は、創業8年目で売上高が6億円を超えました。その後私は同社を離れました。

白石:武藤さんは今ニュースペース・コムを離れ、新聞社に戻られましたね。

武藤:はい。古巣である新聞広告の営業局(現在はメディア営業局)に戻りました。子会社をある程度大きくした経験をもとに、本社内の事業を刷新するミッションを与えられたんです。例えば、話題になり始めていたドローンや食フェス、動画広告などを使って、広告マーケットで新しくできることに挑戦していきました。その後は、会社として新たに設けた新規事業部門の本部長になりました。

白石:一般的に、大企業の中では新規事業の立ち上げや継続が難しいと言われます。歴史のある新聞社にあって、過去にご自身で立ち上げた新規事業の成功実績があるということは大きいですね。新規事業を推進していく立場として、様々な案件相談が武藤さんに寄せられていると思いますが、そうした新規事業の推進役として気を付けていることなどあるでしょうか?

武藤:TwitterやFacebook、Instagramなどのソーシャルメディアをうまく活用して、新規事業について発信していくことは意識しています。そういった動きを見た社内外の方々からリアクションをいただき、新たな案件もどんどん相談されるようになっています。

白石:1人で対応できる範囲に限界を感じることはありませんか?

武藤:ないと言えば嘘になりますね。様々な相談が寄せられる新規事業担当としては、1人で案件を抱え込み過ぎないようにしていく工夫は必要です。

現在取り組んでいる新規事業で言うと、すでに収益を上げているものもあれば、外部企業や団体・自治体などとのコラボレーションを図っているものなどさまざまです。並行して進めていけるよう、部署のメンバーとの連携を高めたり、外部パートナーを紹介して新しいコラボレーションを生み出したりといったことにも積極的に挑戦しています。

 

「オールドメディアは先がない」といわれる中、会社の資産を活かして新しい可能性を追求したい

白石:直近ではどのような事業に取り組んでいらっしゃるのでしょうか?

武藤:現在は新聞社の顧客管理システムの構築、完成したシステムを活用したコンシューマー事業として、旅行、イベント、物販などBtoC分野での新収益化を担当しています。こうした新たな収益基盤になり得るサービスを拡大していきつつ、新聞社の信頼性や発信力を活用し、新しい相談や企画にも対応しているところです。さまざまな相談が寄せられる場にいるので、そこにできる限り対応していくことが、我々の新規事業を発展させていく鍵になると考えています。

白石:業界構造が変わり続ける中で、今後仕掛けていきたいと考えていることは?

武藤:「オールドメディアは先がない」などと言われますが、例えばラジオなどは、ネットの機能をうまく取り入れて新しい展開を始めています。そうした事例も参考にしながら新聞社の体質改善をしていければと思っています。

新聞社にはたくさんのコンテンツのデータがあるにも関わらず、まだまだ生かしきれていない部分があります。例えば新聞社にある無数の写真データや記者を活用して、「産経新聞の平成30年史」を作れないかといったことも進めています。これは新聞社の資産を活用したケースですが、積極的に自社コンテンツの活用はしていきたいですね。

白石:そうしたコンテンツは新聞社における大きな資産ですね。紙にこだわらない新しいメディアで展開していくことも考えられますね。

武藤:もちろん、新聞そのものを守っていかなければという気持ちはあります。一方では産経新聞社がフロンティアとして新聞社の新しい可能性を追求し、新たな取り組みを進めていくことで、他の新聞社などにも新たな活路が開かれるのではないかと思うんです。

そういえば、以前、新聞に「ネット面」を作ったことがあります。ITやネット界隈で起きていることを紹介する面でした。個人的にはこうした取り組みも強化していく必要があると考えています。ラジオ欄やテレビ欄などに象徴されるように、昔から新聞という媒体は、他のメディアの情報を取り込みながら大きくなってきた過去があります。規模は異なりますが、昨今ではサイバーエージェントとテレビ朝日が提携したように、ネットを活用したオールドメディアの挑戦の可能性は今後も広がっていくかと考えます。

後編はこちらから

 

<コメント>

白石:会うたびに新しい案件の話をして下さる「いつも新鮮な面白い話を持っている人」には自然と仕事の話が集まりますが、武藤さんはまさにその一人だと思います。そのために、連絡をマメにとるSNSなどで定期的に発信するなど、基本的で誰でもできそうなことを徹底している点、その上で新しい価値をスピーディにまとめる力。大企業の中で社内ベンチャーを立ち上げたり新規事業を進めることは、簡単ではないはず。後編では武藤さんの仕事術に迫ります!

撮影:Masanori Naruse

 

プロフィール

武藤 伸樹:平成3年に産経新聞東京本社営業局入社。その後、社内ベンチャー制度を使い新聞社から出資を受けてクロスメディア企画制作を目指したニュースペース・コム設立に参加。産経デジタルへの出向を経て平成25年にニュースペース・コム社長に。平成28年に産経新聞社新プロジェクト本部の本部長に就任。

白石小百合:元テレビ東京アナウンサー。Whitte株式会社 代表取締役。法政大学国際文化学部在学中にスペインのバルセロナに留学し、ゼミでアートを学ぶ。2010年4月株式会社テレビ東京にアナウンサーとして入社。経済番組・情報番組・スポーツ番組・ナレーションなど、多岐にわたり担当し、2017年3月31日付でテレビ東京を退職。同年4月よりフリーとなり、かねてからの興味関心を形にした香りブランド『Whitte』(ウィッテ)創業。