【インタビュー】大企業の新規事業担当にもとめられる社内調整力。縦割り組織同士の縄張り争いに陥らないためには 産経新聞 新プロジェクト本部・武藤伸樹(後編)

2018.04.09 エキスパート

産経新聞の新プロジェクト本部で本部長を務める武藤伸樹さんは、さまざまなビジネスプランを形にしてきた「社内新規事業」のエキスパートです。社内外の人材とアイデアを最大限に活用しながら、新聞社発の新規事業を推進し、新聞社ならではの取り組みも積極的に展開しています。

新規事業担当者に求められる資質とは何なのか。また、企業はどのような体制を整えていくべきなのか。前編に続き、元テレビ東京アナウンサーの白石小百合さんがお話をうかがいます。

前編はこちら

 

大企業の新規事業担当にもとめられる社内調整力。部署をまたいだ交渉や折衝のための社内人脈の重要性

白石小百合(以下、白石):現在、大企業においても社外とのオープンイノベーションを推進し、新しいものを取り入れていこうとする傾向が顕著となっています。新規事業担当者としては、「新しいものに気づいて取り入れる」という役割と、「そのアイデアを社内で通す」という役割が求められますよね。武藤さんはこれらの壁をどのように乗り越えているのでしょうか。

武藤伸樹さん(以下、武藤):私自身は、社内でさまざまな部署を経験してきたこともあって、社内人脈が豊富な方だと思うんです。そうした壁を越えるにあたっては、これが大きなアドバンテージとなったのかもしれません。

長く東京営業局(新聞広告の部署)に所属していましたが、当時から新聞やテレビ、ラジオ、雑誌などをうまく組み合わせて提案したり、最適な宣伝方法を開発したりできるよう、フジサンケイグループ内調整にはいつも気にしていましたね。

白石:やはり社内での調整力が要だと。

武藤:はい。新しい提案を形にするためには、可能性のある素材をできるだけ最良の形で料理したいじゃないですか。そうなれば当然、部署をまたいだ交渉や折衝が必要となります。円滑に社内調整を進めていく力と、その前提となる社内人脈はとても重要だと思います。

 

白石:日頃の情報収集はどのように進めているのですか?

武藤:新規事業に長けた外部の専門家を交えて、定期的にミーティングの場を持っています。もちろん対応できるキャパシティには限界があるので、しっかりと情報を精査しながら、そこで最新の新規事業情報を入手するようにしていますね。

白石:うまく外部の専門家も活用されているのですね。新規事業を担うポジションでは、ないところから事業を創らなければいけません、ストレスを感じる場面も多いのではと思います。ストレスマネジメントの秘訣などはありますか?

武藤:「大変である」ということを表に出さないようにしたいと思っています。あとはオンオフをうまく切り替え、仕事以外の領域を楽しむことでしょうか。半分遊びながら、新しいプロジェクトを動かしていくこともあるんですよ。「ただ仲間と楽しく遊ぶ」のではなく、「もしかしてこの人とは将来は仕事につながる関係になるかもしれない」という考えで楽しく人と付き合う。そうした意味では、人から心配されるほどストレスを抱えていないのかもしれませんね。

記者も新規事業に参加し、取材活動で得た豊富な人脈を活用

白石:武藤さんが所属する新プロジェクト本部では、新規事業を担当するメンバーの社内公募を実施されたとうかがいました。

武藤:はい。編集、経理、総務、販売、営業、システム開発など、さまざまな部署から新規事業担当メンバーを募りました。結果的にはこれまでにないような多様な人材が集まるチームとなりましたね。それ故に、個性が強く組織をまとめるのは大変ですが、新規事業の作り方やマネタイズの仕方を共有しつつ、それぞれが持つ人脈をうまく活用できるように進めています。

 

白石:記者の方も新規事業に参加されているのですか?

武藤:産経新聞の場合だと、55パーセントは記者職で、新聞紙面を作る記者の割合が社員数でも圧倒的に大きい。記者は日々取材活動を行っているので社外人脈は豊富です。これを新規事業開発に生かせるのではないかと考えています。

白石:記者の方々もこれまでに培った人脈やスキルを生かしながら、さらに新たなスキルを身につけて、誰もが新規事業のタネを見つけられるようにしているわけですね。

武藤:そうですね。新規事業に取り組んでいる人は、みんな共通して「このままでは新聞社がやばい・・・・」という危機感を持っています。そんな思いも公募に応じてくれた根底にあるようです。いずれは記事が書けて営業も出来て、数字も読める。デジタルにも強いという人材の集団にしていきたいと思っています。

白石:かつて武藤さんが社長を務めたニュースペース・コムと現在では、新規事業の進め方にどのような違いがあるのでしょう?

武藤:ニュースペースのときは、トップとして、結果さえ出していれば自由にやれる環境でした。一方で新聞社の中では社内調整も必要で、同じようにはいきません。ただ、仕事の幅が広がったり、公共性の高い事業に関わったりする機会は格段に増えたと思います。

白石:子会社として組織が切り出されているメリットと、企業内で調整をしながら事業を創っていくという違いは大きそうですね。新聞社の中だからこそできる取り組みの具体的な例を教えていただけますか?

武藤:例えば芸術関連で、世界の一流の絵画にもっと身近に触れられるようにしたいと考えて、フランスのオルセー美術館所蔵のルノワールやゴッホ、モネやマネなどの印象派の作品をデジタル・リマスター化(超高精度な写真データ化)して、撮影してもOK、光を当てて近くで見てもOKとして、いつでもどこでも見られるようにする。こうした公共性の高い取り組みは、新聞社だからこそだと思います。

 

「クロスセクション方式」で、縦割り組織同士の縄張り争いを避ける

白石:今後、中長期的にはどのような展望を描いていらっしゃるのでしょうか?

武藤:さまざまなプロジェクトを走らせながら、スピード感を持ってプロジェクトの「見極め」をしていきたいと考えています。撤退すべきものは早く撤退する。そうした判断も重要です。

どの領域に注力していくべきかをまさに考えているところですが、中でもコンシューマー事業として取り組むBtoC分野への挑戦の中で、「旅行」というテーマは力を入れていかなければならないと思っています。例えば、北海道の土地が外国資本に買い占められていることが話題に上っています。そういった現場を見に行く「ジャーナリズム・ツアー」は非常に人気です。こうした新聞社ならではの旅行は本来の新聞の機能にも近いと思うので、力を入れていきたいですね。将来的には、富裕層と呼ばれる方々をターゲットにした高単価の旅行商品も開発していきたいです。

白石:新たな分野に挑戦したり、あるいは撤退したりという決断をする際には、数字上の根拠も求められると思います。産経新聞ではどのような基準で意思決定をしているのですか?

武藤:数字については、「クロスセクション方式」と呼ぶ方式を導入しています。昔ながらの縦割り組織同士の縄張り争いに陥らないために、グループ内の他部署や関連会社の売上数字も私たちの成果として見てもらっているんです。新プロジェクト本部の基本的な考え方は、自部署ではなく「他の部署が儲かることをサポートする、社内の潤滑油になる」というものです。

こうした方針があるからこそ、社内公募で人材が集まったり、あるいはボトムアップで新規事業アイデアが集まったりという成果にもつながっているのだと思います。このオープンな状況を最大限に生かして、今後も積極的に仕掛けていきたいと考えています。

<コメント>

白石:大企業の中で新規事業を行う「リアル」を伺いました。メディア企業だからこそできることなど会社の可能性を最大限考え抜いている点が印象的でした。インタビュー中に実際に抱えている案件の一覧を見せていただいたのですが、びっくりする数を抱えていてしかもそのジャンルの豊富さに驚きました。まさに、走りながら仕事を造り続ける。アイディア出しや社内調整なども社内外の多くの方の力を集めて進めるところは、最後は武藤さんのこれまで築いた信頼と人徳なのだろうなと感じるインタビューでした。

撮影:Masanori Naruse

 

プロフィール

武藤 伸樹:平成3年に産経新聞東京本社営業局入社。その後、社内ベンチャー制度を使い新聞社から出資を受けてクロスメディア企画制作を目指したニュースペース・コム設立に参加。産経デジタルへの出向を経て平成25年にニュースペース・コム社長に。平成28年に産経新聞社新プロジェクト本部の本部長に就任。

白石小百合:元テレビ東京アナウンサー。Whitte株式会社 代表取締役。法政大学国際文化学部在学中にスペインのバルセロナに留学し、ゼミでアートを学ぶ。2010年4月株式会社テレビ東京にアナウンサーとして入社。経済番組・情報番組・スポーツ番組・ナレーションなど、多岐にわたり担当し、2017年3月31日付でテレビ東京を退職。同年4月よりフリーとなり、かねてからの興味関心を形にした香りブランド『Whitte』(ウィッテ)創業。