【インタビュー】純度の高い音を追及してきた大手メ-カーに対し、別の理論体系を追い求める。サウンドファン宮原信弘、坂本良雄(中編)
音のバリアフリースピーカー「MIRAI SPEAKER(ミライスピーカー)」を世に打ち出した株式会社サウンドファン。
サウンドファンの社長の佐藤和則氏と共に同社を立ち上げた取締役の宮原信弘さん、宮原さんに誘われて執行役員としてミライスピーカーの研究開発に携わり、同社の技術面の責任者でもある坂本良雄さん。坂本さんはJVCケンウッド時代には300件を超える特許を取得し、音響領域の技術者としては第一人者といわれています。JVSケンウッドでの開発経験を経て、ベンチャーという環境で新しい技術に挑戦を続ける両氏に元テレビ東京アナウンサー白石小百合さんがお話を伺いました。
前回は、開発体制や両氏のベンチャー参画の経緯についてのお話でした。今回は、音響領域での経験と実績が豊富なお二人に、未だ原理が不明というミライスピーカーの音響技術についてお話を伺いました。
ストラディバリウスはピアニッシモの音でもホールの一番後ろまで聞こえる
白石:難聴とはそもそも、どんな仕組みで起きるのでしょうか?
宮原:ひとつは伝音性に問題が起きる場合です。鼓膜が破れたり、耳から脳への伝音管に当る骨が音を伝えられなくなるなどといったケースですね。そのほか感音性難聴というのがあり、音を脳への電気信号に変える蝸牛という器官がうまく機能しなくなったり、蝸牛と脳を接続する脳神経の劣化が起きたりします。サウンドファンのスピーカーはどちらの方にも平等に効果が出ています。
宮原:ストラディバリウスのヴァイオリンはピアニッシモの音でもホールの一番後ろまで聞こえる。知人であるヴァイオリニストの天満敦子さんが仰るには、フルートと協奏すると難聴者の方はヴァイオリンの音は聞こえるが、フルートの音は聞こえづらいということが起きるようです。
われわれがミライスピーカーでやろうとしているのも、言ってみればそういう名器の特性を取り入れているようなものかもしれません。このように、まだまだ音がどのように伝わるか、どのように感じるかについて、わかっていないことも多いのです。
坂本:難聴者にもいろいろな種類があり、人によってはミライスピーカーの音も全然聞こえないということが起きます。まだまだ研究の余地がありますね。
「曲げる」というミライスピーカーの特徴的な構造がもたらす従来のスピーカーとの違い
白石:ミライスピーカーは、音が減衰しませんね。距離による 音の弱まりが少なく、大きくない音でも遠くまでクリアに聴こえます。これは難聴者に限らず、健聴者でも聴いてみるとわかりますね。
宮原:従来のスピーカーだと、距離が離れると「音そのもの」は聞こえても「なにを言っているのか」が不明瞭になっていきます。ところが、当社のミライスピーカーであれば離れても音が聞こえます。遠距離時の明瞭性が違うということです。
白石:実際にその音を聴いてみると「曲げる」というミライスピーカーの特徴的な構造(ミライスピーカーは、一点の音源から音を発する従来のスピーカーと異なり、曲面から音を発する)により、健聴者の私の耳には単純に音量が大きくなったように聞こえます。難聴者向けに聞こえやすいことと、健聴者向けに音量が大きくなることとはどう違うのでしょうか?
坂本:端的に言うとエネルギーが大きいということになります。ボリュームではなく、伝える力が大きいという事ですね。
白石:印象としては「とても優しい音」に聞こえました。脳への影響も通常のスピーカーとは異なるのでしょうか?
宮原:現在、いろいろなレベルの難聴の方にきて試験にお付き合い頂いていますが、ミライスピーカーで音を聞き続けると、不思議なことに聴力が一時的に回復するという話があります。
ただ、全員に共通しているのは、一晩寝るともとに戻っている。おそらく脳への何らかの刺激が関与しているのではと思われますが、詳しいことはまだわかりません。
坂本:ゆくゆくはリハビリ分野への活用も見えてくるかもしれません。
「高音質できれいな音」を目指す技術から「音を楽しむ」技術に向けて
白石:未だ原理が不明とのことでしたが、ミライスピーカーが作り出す音の世界は、以前の音響製品とは全く違うものであるということですね。
坂本:おっしゃる通り、これまでのスピーカーとは全然違いますね。本来オーディオと言えば「高音質できれいな音」を目指しますが、我々はメインストリームとは別なものを目指しています。いま作っているものは音の美麗さや音質といった面では健聴者向けのオーディオにはまだ追いついていませんが、「音を楽しむ」という音楽の本質により近いものづくりができていると思っています。
宮原:今のミライスピーカーは音質全体をみると一般オーディオには及びませんが、ヴォーカルの声が生々しく聞こえるなどスピーカーとしての素性のよさも見えています。更なる品質改善をしていくか、もしくは一般オーディオと組み合わせることでもう一歩の技術革新が可能かもしれません。
坂本:生で聞いた音とスピーカーの音は違います。今のメインストリームは「きれいな音」は出せていますが「音を楽しむ」まで行けているのか、疑問です。私は、「音を楽しむ」を追求したいと思っていましたが、大手企業にいたときはこうした製品の開発の方向性などで、かなり上司とも喧嘩をしました(笑)。余談ですが、あまりいろいろと反抗していたものだから秋葉原に飛ばされてしまいまして、一年だけ頑張って勤務したあとで技術部門に戻れたということがありました。実は、そのカムバックについて後ろで奔走していたのが宮原だったという話があります。それ以来、宮原には頭が上がりません(笑)
宮原:私が若いころというのは、CDプレーヤーを初めて商品化しようとしていた時代でした。その当時はCDプレーヤーで音楽体験を変えようというソニーやフィリップスのような会社もあれば、そんなものは音楽じゃないと、頑として認めようとしない勢力もありました。
その後の推移はご存知の通りですが、今思うとCDプレーヤーはほんとうの音楽を楽しむためには少し楽をしていたなという感じがあります。アナログプレーヤーのほうが音は良いですし、いま再び売れ始めています。
純度の高い音を追及してきた大手メ-カーに対し、別の理論体系を追い求める
白石:これまで音響技術の最前線で研究開発された方々からみても新しいミライスピーカー。スピーカー業界については、スマートスピーカーの市場も盛り上がりを感じますが、最近であればハイレゾ市場の拡大が期待されるなど、技術革新も進んでいるように思います。
宮原:音響工学というのは、1940年代にベル研究所というアメリカ最高峰の研究所が理論を作り、その理論体系がいまも続いています。その体系は非常に素晴らしいものですが、一方でブラウン管が液晶に代わり、手紙や電話がインターネットに代わり、ではスピーカーは変わらず七十年前の理論体系に従っているかというと、そういうことはあり得ないのです。
坂本:我々が作るスピーカーには、従来であれば「雑音」に分類されるものも混ざっています。ただし、それを測定する機械がない。
宮原:今まではHi-fiサウンドで、純度の高い音を追及してきたのが大手メ-カーです。それに対して、我々が作るものは全く別な理論体系で出来ています。
純度の高い音を追及することは大手メーカーにすれば何十年もやってきたことで、かたや我々はミライスピーカーの新しい理論体系を追い始めて一年半ほどでしかありません。しかし、あと何年か研究を進めれば、今の最高峰のスピーカーに並ぶ音質のものができるかもしれない。
そうすれば難聴者の方にも聞こえるし、IoTとかAIスピーカーなどといった、音質調整が自動で出来るこのスピーカーの活用可能性はもっと広がるかもしれません。
サウンドファンでいうと、当面の目標は、まずは量産化の実現です、それに向けてコストを削り価格を落としていくことです。
<コメント>
白石:当たり前のように聞こえている音が、聞こえない世界とはどんなものなのか?良い音・楽しめる音とは何か?考えさせられました。実際に聞いてみると、確かに圧を感じはっきり聞こえるような気が。でもなんで?というところは今まさに検証中。具体的な理由がはっきりしなくとも、発見してからすぐ行動に移した過程に、未来があるのかなと感じワクワクました。難聴には物理的な理由だけではなく神経由来のものも多く、気がついていないケースもあるといいます。やはり、素敵な音を聞いた後は精神的に良い変化を感じますし、この感覚が全ての方に届くといいなあと願います。
さて次回は、「音」の市場の可能性を探ります!
撮影:Masanori Naruse
プロフィール
宮原信弘:株式会社サウンドファン取締役。JVCケンウッド、コバテルを経て、サウンドファン参画。CDプレイヤー1号機開発、ハイエンドオーディオ機器、 デジタルコードレス電話、携帯電話、F1自動車レース無線通信、FMトランスミッタ、光マイク等イスラエル企業との共同開発など、開発実績多数。 WBSトレたま3回出演。
坂本良雄:株式会社サウンドファン執行役員。JVCケンウッドでスピーカ生産技術担当、スピーカ開発担当及びデバイス開発を担当。取得特許:約300件。
白石小百合:元テレビ東京アナウンサー。Whitte株式会社 代表取締役。法政大学国際文化学部在学中にスペインのバルセロナに留学し、ゼミでアートを学ぶ。2010年4月株式会社テレビ東京にアナウンサーとして入社。経済番組・情報番組・スポーツ番組・ナレーションなど、多岐にわたり担当し、2017年3月31日付でテレビ東京を退職。同年4月よりフリーとなり、かねてからの興味関心を形にした香りブランド『Whitte』(ウィッテ)創業。