【インタビュー】ヨーロッパの難聴市場とスピーカー市場の可能性。サウンドファン宮原信弘、坂本良雄(後編)

2017.10.12 エキスパート

音のバリアフリースピーカー「MIRAI SPEAKER(ミライスピーカー)」を世に打ち出した株式会社サウンドファン。

サウンドファンの社長の佐藤和則氏と共に同社を立ち上げた取締役の宮原信弘さん、宮原さんに誘われて執行役員としてミライスピーカーの研究開発に携わり、同社の技術面の責任者でもある坂本良雄さん。坂本さんはJVCケンウッド時代には300件を超える特許を取得し、音響領域の技術者としては第一人者といわれています。JVSケンウッドでの開発経験を経て、ベンチャーという環境で新しい技術に挑戦を続ける両氏に元テレビ東京アナウンサー白石小百合さんがお話を伺いました。

前回の本質的に異なる音の発生の仕組みというミライスピーカーの音響技術についてのお話しから、今回はミライスピーカーの今後の展開や音響の市場の可能性についてお話を伺いました。

前回はこちら

「音」の市場の可能性。オーディオではなくスピーカーの市場ととらえる

白石:これまでにない新しい音響の原理だというミライスピーカーですが、今後どのように展開していくのでしょうか。

宮原:スマートスピーカーの市場が盛り上がっていますが、IoTのシステムがどのように発展を遂げたとしても、結局人間とのインターフェイスは見るか、聞くかしかありません。

例えば、生きるのに最も重要な「注意喚起」は聴覚のほうが迅速であり、優秀です。

白石:ということは、防犯用のスピーカーも可能性があるのでしょうか。

宮原:スピーカーの開発としても、聴かせる対象として健聴者と難聴者とがいるなら、やはり最初は難聴者を優先したい。いろいろな分野でこれまで日本は負けてきましたが、今後負けたくはないと、板を曲げながら思っています(笑)。

白石:おお、お話から熱意が感じられ、「音」には大きな可能性があるように感じてまいりましたが、実際のところマーケットはどのような規模なのでしょうか。

宮原:オーディオとしてとらえてしまうと非常にマーケットは狭くなります。ただし、スピーカーを受託生産しているところに行って話をききますと、スピーカーだけで三百万台を生産している。つまり室内で音楽を聴くためだけでなく、車や公共施設など「音が発生する機械」の需要を考えますと何百万台、一千万台の市場になります。

ちなみに、その中でサウンドファンは1%を取れば良いのでは?と社内では話しています(笑)。

白石:なるほど、ニッチを取りに行く。しかし一方で、「音」の市場は成熟しているように思いますが、今後はどんな発展が見えてくるでしょうか。

宮原:例えば、視覚でいうと映像も4Kや8Kになると素晴らしい見え方になりますね、その違いは見てみればわかる。それに比べて音のほうは進歩が遅い、比較してみると音声も違いがわかるのですが、画像ほど明確ではない。

これまで「音」は忘れ去られてきたのではないかと思っています、こうした技術の進歩によって、「音の時代」が始まるかもしれません。

私はもともといたメーカーでCDプレーヤー、DVDプレーヤー、ダウンロードものなどやりたいことはかなりやらせてもらいました。その時代その時代で新規性の高いものを作り続けてきた身からすると、いろいろなものが変貌していっている中スピーカーだけは全く変わっていません。これでいいのか、という思いと、新しいものがそこにあるに違いない、という技術屋の勘でサウンドファンの事業に突き当たったというところでしょうか。

坂本:私は大手企業での最後の頃はシアター関係の仕事をしていました。人は音で映像を思い出すことができますが、映像で音を思い出すことはないようです。映像にマッチした音が出るととても大きな効果が出る。

映画はなぜ暗いところで放映するかというと、暗いところでバーンと絵が出てドーンと音がなるから迫力がでる。サウンドファンのスピーカーはゆくゆくホームシアターなどにも活用できるのではないかと考えています。

ヨーロッパはいわば難聴の先進地域。グローバルスピーカー市場について

白石:ミライスピーカーの需要について、足元では一般の方向けというよりは法人向けの需要が多いのでしょうか?

宮原:今は企業や公共施設が中心ですが、一般家庭向けでも需要があります。ECによる販売や八重洲ブックセンター、新宿・渋谷・名古屋・大阪のタワーレコードでの店頭販売を行っています。タワーレコードさんは、CSRの観点も含みつつご協力頂いている状況ですが、「一般のオーディオファンも喜ぶような音質にしてもらえませんか?」という依頼を頂いています。

白石:国内での需要のほかに海外市場などもみられているのでしょうか?

宮原:グローバル市場も視野に入れています。ヨーロッパ市場についてお話しますと、地域特性として子音が多い言語が多く、言語としても聞き取りにくい。そのためか難聴の方の割合も20%を超えているとも言われ、ミライスピーカーが入る余地も大きいと考えています。
日本で売れている補聴器は、フィリップスやジーメンスなどヨーロッパのものばかりですので、いわばヨーロッパは難聴の先進地域です。しかし難聴者向けスピーカーというものはまだヨーロッパにもありません。某大学の先生も「これをきちんとやればノーベル賞もいけるかもね」という話を戯れにしています(笑)。

白石:海外市場について具体的に進めているお話もあるのでしょうか?

宮原:少し前にルクセンブルクの通商大臣が来社しました。その際にも「ルクセンブルクでは全ヨーロッパから人が集まっているので、全ヨーロッパ言語のテストができる」と聞いたので(笑)、近々行きたいと思っています。
白石:前職では、イスラエルのメーカーとも協業をされていたんですよね。

宮原:坂本の発想力は大変なもので、当時協業したイスラエルのメーカーからも驚かれました。発想豊かではないと商品開発は進みません。ちなみにそのイスラエルの会社とも大分喧嘩をしましたが、彼らはベンチャー精神が非常に豊かなので学ぶところは大きかったと感じます。ユダヤ人は最初とっつきにくいのですが、一度関係ができると親身になって世話を焼いてくれるという性質があります。

白石:難聴でみていくと、まだスピーカーは非常に大きな可能性を秘めた市場であることがわかりますね。

宮原:私自身、スピーカーというのはてっきり完全に成熟した市場だと思っていたのですが、実は宝の山だとここへきて気づいています。

 

本質的に異なる音の発生の仕組み。既存のオーディオとは音波を発生させている条件が異なる

白石:サウンドファンの製品はすべて宮原さんと坂本さんなどミライスピーカーの方だけで手掛けていらっしゃるのですか?

坂本:デザイン部分をデザイナーに委託したものもありますし、自分達だけで設計して3Dプリンター等で成形したものもあります。
宮原:全体の構造を決めたあとで、収納性や片手で使えるかどうかなどといった取り回しの良さも改善していきます。

白石:ミライスピーカーを既存のオーディオと差別化し、市場化を推し進めるためにはどのような工夫が必要とお考えでしょうか?

坂本:そもそも、既存のオーディオと比べると音波を発生させている条件がまったく違います。たとえばミライスピーカーの一号機ではカーボンを軽く曲げただけですが、目指す内部損失の減少等は達成できています。一方で、従来のスピーカーの仕組みで内部損失を減衰させたり伝達効率を高めたりしようとすると非常に難易度が高いです。本質的に異なるもの、と受け取って頂いてよろしいかと思います。

宮原:デジタル処理で効果を高められないかなど、いろいろな検証をしています。地デジの声が聞こえにくくなった、という市場の声があれば、それに応えるべくデジタル技術の枠組みの中で実現性を検証しよう、などといった形です。

この市場は成長市場なので、色々な試みを精力的に進めないといけません。どう考えてもこれから難聴者は世界的にも飛躍的に増えますからね。

<コメント>

白石:大手企業での経験を積み考えてきたことからたどり着いた、難聴という市場。多方面での可能性を模索している難聴者向けスピーカーには、私が考えていた音の市場とはまた別のところにも市場が広がっていることがわかりました。経験を積んだからわかることだけではなく新しいこともどんどん取り入れる姿勢が素晴らしく、話したいことが山積みのお二人から予定の倍の時間お話いただいたのはここだけの話(笑)成熟した市場のようでも、まだ掘り起こせていない可能性を探れば、ビジネスチャンスが見える。いつまでも若々しく挑戦し続ける二人にエールを送りたいと思いました。

 

撮影:Masanori Naruse

プロフィール

宮原信弘:株式会社サウンドファン取締役。JVCケンウッド、コバテルを経て、サウンドファン参画。CDプレイヤー1号機開発、ハイエンドオーディオ機器、 デジタルコードレス電話、携帯電話、F1自動車レース無線通信、FMトランスミッタ、光マイク等イスラエル企業との共同開発など、開発実績多数。 WBSトレたま3回出演。

坂本良雄:株式会社サウンドファン執行役員。JVCケンウッドでスピーカ生産技術担当、スピーカ開発担当及びデバイス開発を担当。取得特許:約300件。

白石小百合:元テレビ東京アナウンサー。Whitte株式会社 代表取締役。法政大学国際文化学部在学中にスペインのバルセロナに留学し、ゼミでアートを学ぶ。2010年4月株式会社テレビ東京にアナウンサーとして入社。経済番組・情報番組・スポーツ番組・ナレーションなど、多岐にわたり担当し、2017年3月31日付でテレビ東京を退職。同年4月よりフリーとなり、かねてからの興味関心を形にした香りブランド『Whitte』(ウィッテ)創業。