【インタビュー】時と共に変化した JAXAの産業振興。スペースデブリから素材活用まで、進む民間との連携 JAXA新事業促進部部長 松浦直人(前編)

2018.06.27 エキスパート

「New Space」といった民間主導の宇宙産業のイノベーションのトレンドの中、宇宙開発機関に求められる役割も変化してきています。日本の航空宇宙開発政策を担う、宇宙航空研究開発機構(JAXA)。こうした宇宙ビジネスにおいて民間企業の存在感が増している中、公的研究開発機関として宇宙産業において依然として大きな存在感を示しています。

宇宙航空分野の基礎研究から開発・利用に至るまで一貫して行うJAXAは、2015年には国立研究開発法人に移行し、研究開発機能を再編・強化しました。そのなかでも、新事業促進部は、民間企業に向けたJAXAの活動窓口として、産業振興に取り組んでいます。JAXAがめざす産業振興とはどういったものか、どのように民間企業と連携しているのか。新事業促進部 部長の松浦直人氏に伺いました。

 

一般にはまったく認知されていなかった宇宙開発事業団。衛星開発や管理、人事を経てJAXA「新事業促進部」

川口荘史(以下、川口):「新事業促進部」は、JAXAではもともと2014年に産業連携センターと新事業促進室が統合し、「新事業促進センター」に再編されました。2015年に現在の名称に改称されていますが、どういったことを目的とされている部署か教えてください。

松浦直人(以下、松浦):新事業促進部の目的としては2つあります。一つは日本企業の産業競争力を強化すること。二つ目は新規事業を開拓することです。

“産業競争力の強化”については、ロケット、衛星、部品・コンポーネントを海外にいかに売り込んでいくか。あるいは売り込むために研究開発をどう進めるかを検討しています。“新規事業開拓”については、まだ進行形で、大学など各所からさまざまなアドバイスをいただきながら試行錯誤している段階です。

川口:松浦さんは2015年に「新事業促進部」に改称されてから部長を務めていらっしゃいますが、そこに至るまではどのようなことを経験されていたのでしょうか。

松浦:学生時代は電気工学を専攻していました。大学院を修了し、当時のNASDA(現JAXA)に入り、人工衛星の追跡管制、地球観測衛星の開発を経て、7年目からは予算、人事など管理系の仕事も経験しました。その後、地球観測研究センターの衛星データ利用研究を経て、新事業促進部に至ります。人工衛星の利用、リモートセンシング関係の仕事に携わりながら、マネジメント系の仕事に徐々に移行していったということになります。

川口:内部で幅広く経験をされていますね。JAXAでのキャリア自体イメージできる人は多くはないと思いますが、どういったきっかけで入られたのでしょうか。

松浦:「スター・ウォーズ」をリアルタイムで見てきた世代ですので、宇宙に興味はありましたが、まさか仕事になるとは思いませんでしたね。

大学院1年目のときに、同じ下宿の人が宇宙開発事業団(NASDA)に入って、「そういう仕事があるんだ」と初めて知ったのです。当時、宇宙開発事業団は一般的にはまったく認知されていませんでした。実家に報告したら「わけのわからない会社に入った」と母親に泣かれたくらいです(笑)。

川口:JAXAの認知度も、最近ではかなり上がってきていますね。

松浦:1985年11月に宇宙飛行士の毛利 衛さん、向井千秋さん、土井隆雄さんが宇宙開発事業団に入ったことで全国区になって、世間の認識もガラリと変わりました。

現在では「JAXA」というと海外の方でも知っています。それは国際協力を進めてきたからということもあります、その象徴が国際宇宙ステーション(ISS)にある「きぼう」日本実験棟や地球観測計画です。

衛星データなどは、軍事的な利用とセットになっているのが宇宙開発のグローバルスタンダードですから、自国のためにしか使わない国が多い。そこを、JAXAでは環境観測衛星データを、全世界に無償で公開しています。約20年前は有償でしたが、無償にして各国の気象や環境の情報などに役立ててもらうのは、いわば先進国の証しのようなもの。このように、宇宙開発をリードする一流国として、国際的な協力関係を築いてきました。

 

時と共に変化した JAXAの産業振興。スペースデブリ、ロケット、月面資源開発などベンチャー企業との連携も

川口:産業振興について、JAXAとしてはどのように取り組まれてきたのでしょうか。

松浦:かつてのNASDAの時代は産業振興の考え方が今と違いました。当時は、高い品質のロケットや人工衛星の部品・コンポーネントを開発して国産化率を高め、「いいものつくれば売れる」という前提のもと、グローバルのトップクラスに追いつき追い越せという意味での産業振興でした。

2000年代に入ると、その姿勢で研究開発を続けることは費用対効果としてどうなのかという見直しが始まり、コストを抑えることを考えるようになりました。コストを抑えてものをつくるとなると、逆に国産化率を下げて輸入したほうが都合がいい場合もある。そうなると、国内では別の産業振興を考えなくてはなりません。これが少し前までの動きです。

現在は、三菱重工業と開発している「H3ロケット」(2020年打ち上げ予定)、三菱電機と開発している「技術試験衛星9号機」(2021年打ち上げ予定)など、研究開発成果を活用するという形から協同でロケットや衛星を開発するというステージに立っています。

川口:ベンチャー企業との連携も増えていますね。

松浦:ベンチャー企業との連携では、スペースデブリ観測衛星を世界で初めて打ち上げる計画をしている宇宙ベンチャー企業、アストロスケール社からスペースデブリを検知するインパクトセンサの製作を受託したのがベンチャー企業との協業第1号となります。その後、協力関係がJAXAの「スペースデブリ除去技術に関する共同研究」に発展し、アストロスケールの技術実証衛星「ELSA-d」の開発において、JAXAが研究を進めているデブリへの接近・捕獲技術の検証試験技術を提供し、協力しています。

ロケット打ち上げサービスを提供しているインターステラテクノロジズ社とはコンサルティング契約を結び、地球周回軌道に投入することができるロケット開発に向けてJAXAがコンサルティングをしました。

他にも、月面資源開発に取り組むアイスペース社とは、宇宙空間で資源を調査、採掘、貯蔵、輸送、販売及び利用する産業の創出及び展開の構想の検討を実施しています。

以前は、JAXAが研究・開発をしてから民間企業に技術提供し、開発する形でビジネスが回っていましたが、今はそれでは遅いので、開発とビジネスを並走させ、状況を見ながら途中で研究開発のスペックを変えていっています。小さなサブシステム、部品・コンポーネントにおいても同様です。ベンチャー企業からはそのスピード感など学ぶところが多くありますね。

 

宇宙下着、断熱塗料、アルゴリズムなど、民間企業との多様な連携も

川口:宇宙産業のベンチャー以外でも多様な連携を行われています。

松浦:はい。たとえば、日常生活に宇宙の技術を取り入れて開発された製品としては、ゴールドウインと、J-Spaceのコラボレーションにより宇宙下着の技術を応用した素材「マキシフレッシュプラス」を採用した消臭機能のあるウエアブランド「MXP」があります。これは、2010年に誕生して以来とても人気があります。

また、人工衛星が入っているロケットの最先端部をフェアリングと言うのですが、そこに使っている断熱塗料を住宅建築に転用した製品や、プラネタリウムにロケットの高速のアルゴリズムを入れて処理スピードを速くするなどいくつか事例があります。

これからは、このように「研究開発成果を使ってください」というのではなく、協業でパートナーシップを組んでいくことがこれからの主軸になっていくと思います。

川口:今後は、どういった企業との連携を考えられていますか。

松浦:これまではハード面中心でしたが、今後は利用産業にも力点を置こうと考えています。たとえば、準天頂衛星「みちびき」の精密な信号による測位データを使った新しい産業、あるいはJAXAの画像、迫力ある映像も使うことができます。

こうした方向性は研究開発の要素が薄まるということで、今までは積極的に取り組んではいなかったのですが、利用産業を視野に入れることでより広い企業に宇宙のデータを使っていただけるようになり、いずれ研究開発にもフィードバックされるだろうと考えています。

 

JAXA連携における留意点とは。企業との時間軸を合わせることが重要

川口:新事業促進部は、民間企業との協同開発の窓口になっているわけですが、そういった共同開発においてどういった点に留意していますか。

松浦:時間軸を合わせるということですね。実は、2003年のJAXA発足当時から、同様の部署はありました。産学官連携のなかでJAXAは官の位置付けで、研究開発の成果をいかに世の中に使ってもらうか、そして産業会、学会といかに連携して宇宙産業を盛り上げるかという役割があります。それは当時から今も変わっていません。

しかし、かつてはなかなか死の谷(研究開発の成果を事業化するための壁)が越えられなかった。大きな理由のひとつが、時間軸が合わないことにありました。宇宙の場合、仮に民間企業が「この技術を使ってビジネスを始めたい」と思っても、実際にその技術が事業化できるようになるまで3年、5年という単位の時間がかかります。人工衛星も開発を始めてから打ち上がり運用が開始するまで、最短でも約5年。

企業において中期計画が3年だとすると、その中に入らない。逆に、完成してから「JAXAが持つこの特許を利用しませんか」というかつての姿勢では、世界はその先へ行っていますから間に合わない。

今は、構想段階から民間企業と「こうした事業に宇宙を取り入れられるのではないか」という議論を始め、双方向のやりとりをしながら、いいもの作るだけでなく、今の時代にすぐに事業化して使ってもらえるような方法で作ろうとしています。以前はこうした発想に及びませんでしたが、先手を打てるようになり、ようやく時間軸を合わせられるようになってきました。

企業側も、経済状況を鑑み、2020年以降の事業展開について危機感を持つところも増えてきて、「多少時間がかかっても新事業に取り組みたい」と長期的な計画を考えるようになり、宇宙のエッセンスを取り入れる土壌ができてきたように思います。

 

新事業促進部に求められる、業界全体の動向の把握と内外の調整力

川口:松浦さんの過去のキャリアは、新事業促進部においてどのような形で生かされていますか。

松浦:私はこれまでアジア太平洋域の自然災害の監視を目的とした国際協力プロジェクト「センチネル・アジア」や、水循環変動観測衛星「しずく」を使った利用計画など、国際連携プロジェクトを多く手がけてきました。

「国際協力」といってもドネーションではなく、自国にもリターンがあることが前提でないと協力関係は成り立ちません。しかし、そのリターンについて「これでなければならない」と限定してしまってはうまく回っていかない。たとえば、新興国の場合、同等のリターンを求めると「なぜ日本のような金持ちが我々に求めるんだ?」と反発を招いてしまいます。「こちらからは衛星情報を提供するので、そちらは地上の情報を提供してほしい」と申し出ると「それなら出しましょう」と成立する。そのためにはJAXA内の説得も必要になります。

私はこうしたプロジェクトに長年携わってきたので、JAXAの中でも外部との付き合いが長く、利用者の視点から俯瞰的にJAXAを見ることができます。それが民間企業との連携にも役立っていると思います。

JAXA内には、将来の宇宙開発のために役立つプロジェクトを行いたいと希望を抱いている研究者がたくさんいますが、それは必ずしも世の中で求められているものとは一致しない。もちろん、世の中のニーズと一致しなくても必要な課題もたくさんありますが、それだけでも産業振興は進まない。

JAXAは公的な役割もあるので「一社だけに偏った連携はどうなのか」という意見もあります。そうしたJAXA内の意見と外部の状況をすり合わせて調整する作業をしています。

川口:業界全体の動きを見ながら、内部の変革と民間企業と連携の両方を同時に進めてきたということですね。

松浦:そうですね、内外を両方みている形です。2017年に内閣府で「宇宙産業ビジョン2030」が作成されました。私も委員として参加しましたが、こうした外向きの議論に参加し、業界の動きや考え方を吸収しながら、それをJAXAに持ち帰り活動しています。

後編に続く

記事作成:安楽由紀子

撮影:Masanori Naruse

プロフィール

松浦直人

宇宙航空研究開発機構(JAXA)新事業促進部長。1986年慶應義塾大学工学研究科(電気工学専攻)修了後、同年、宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構)へ入社。人工衛星の追跡管制、地球資源衛星1号(ふよう1号)の開発業務を経て、世界気象機関(WMO)へ派遣。その後、地球観測研究センターの計画マネージャなど20年近く地球観測関連業務に従事。2013年4月から衛星利用推進センター長として、地球観測衛星、通信・放送衛星に関する企画、立案、調整を実施するとともに、2014年4月から地球観測研究センター長も兼務し、衛星データの解析研究に携わる。2015年4月から現職。