【インタビュー】超小型衛星開発のパイオニアが語る、宇宙産業における大学の役割 東京大学 航空宇宙工学教授 中須賀真一(前編)

2018.05.11 エキスパート

中・大型の人工衛星は重さ1トン以上、コストは数百億円、開発には5年以上かかります。そこへ新風を吹き込んだのが、東京大学の中須賀真一教授の研究室です。1999年からアメリカと共同で、「CanSat」と呼ばれる飲料缶サイズの超小型衛星をロケットで打ち上げる実験をスタート。そこから、さまざまな小型衛星を打ち上げてきました。部品は民生品、製作は研究室の学生です。

世界でも超小型衛星の分野を開拓した第一人者であり、内閣府宇宙政策委員会委員として日本の宇宙開発計画にも関わられている中須賀教授。「宇宙はもっと身近なものになる」、そんな予感を感じさせる。中須賀教授の現在の取組や小型衛星の可能性について、ミーミル代表の川口が伺いました。

 

研究テーマは、衛星ロケットの制御や宇宙システムからAIまで

 川口荘史(以下、川口):まず、中須賀先生のご経歴について教えてください。大学院時代から、現在につながるような研究テーマに取り組まれていたのでしょうか。

中須賀真一(以下、中須賀):東京大学の学部生時代は、「航法誘導制御」という衛星やロケットの制御について、新しい宇宙システムのあり方などを研究していました。その後、大学院ではAIを研究しています。

川口:大学院でAIに研究内容を変更されているのですね。

中須賀:航空宇宙の分野は、いい研究をしても実際に宇宙という現場で使われるのは10年〜30年先。この状況に物足りなさを感じていました。当時、AIを研究している人はあまりいませんでしたが、AIであれば研究の成果がすぐに使われやすい。そこで、AIによって工場の制御や宇宙のシステムがいかに効率的になるかについて研究をしました。

その後、日本IBMに入社して2年間、AIを使ったハードディスクの故障診断などを担当していたのですが、2年後に大学に呼び戻されて、1990年、また宇宙の研究がスタートしました。

 

アメリカ学生たちの衛星開発の現場目にしたことが大きな転機に

川口:10kg以下の超小型衛星の技術開発に取り組むようになったのはどういった経緯でしょうか。

中須賀:1998年、ハワイで「大学宇宙システム・シンポジウム」が開かれました。そこで、米スタンフォード大学の教授から「缶サット(CanSat:飲料缶サイズの衛星)を作りましょう」という提案がありました。アメリカやヨーロッパの大学生は、すでに80年代から衛星を打ち上げていたのですね。でもこのサイズの衛星の提案にはびっくりしました。

その後、1999年3月から2ヶ月にわたってスタンフォード大学に行く機会があり、そこで実際の衛星開発の現場を目の当たりにしました。決してきれいとは言えないクリーンルーム、服も白衣ではないし、ハンダ付けも下手。「これまさか宇宙に行かないよね?」と聞いたら「3ヶ月後に宇宙に行きます」と答える。スタンフォード大学はもう何機も上げていたのです。

川口:意外と簡単に衛星をあげられるものなのですね。

中須賀:目から鱗でした。衛星は、JAXA(当時はNASDA)のような整った設備で精密に作らないとならないといけないと思い込んでいましたからね。

ここで私の人生が一変しました。「これなら日本の大学生でも作れる」「むしろ、僕たちのほうがもっといいものを作れる」と確信して帰国しました。

1999年9月に缶サットの打ち上げ実験をして、その後、キューブサット(CubeSat:10cmの立方体の超小型衛星)の開発がスタート。学生たちも「実際に宇宙に打ち上げて動くものを作りたい」という欲求が強かったこともあり、すっかりハマりこみましたね。

 

川口:そのように、大学でも超小型衛星の製作が可能となった背景はなんでしょうか。

中須賀:マイクロエレクトロニクスが進化したこと。80年代、アメリカで大学衛星ができはじめたころは、50kg衛星でした。今は同じことがたった1kgでできます。それくらい進歩しました。

真空、放射線などの耐性も、民生品である程度大丈夫。品質も均一になってきたので、安心して使えます。こうした周辺状況の進歩が僕らを支えています。

川口:現在、中須賀先生の研究室では、小型衛星とAIの両方を研究されているということでしょうか。

中須賀:研究室の活動としては、小型衛星とAIで8:2くらい、小型衛星の割り当てが大きいですね。

衛星の開発について、当時日本はアメリカ、ヨーロッパから相当な遅れをとっていましたから、2003年に東大・東京工業大学の学生チームがそれぞれ世界最小の1kg衛星を世界で始めて打ち上げたときは、世界に一矢報いた気持ちでした。

2003年は世界で1kg衛星が5機同時に打ち上がったのですが、そのなかできちんと動いたのは東大・東工大それぞれの衛星のみです。さらに東大の衛星は14年以上たった今でも完璧に動いています。

研究室としてこれまでに打ち上げた衛星は8機。他に1機が打ち上げ待ちで、さらに2機が開発中です。

 

二段階高いレベルのプロジェクトを。大学だからこそできるチャレンジ

川口:着実に実績を積み上げられていますが、そうした取り組みを通じ日本の宇宙開発における大学の役割についてはどのようにお考えでしょうか。

中須賀:我々は、日本においても、世界においても、小型衛星の分野を切り開いたフロンティアとしての自負があります。

「こんな小さな衛星が、しかも大学で製作できると思わなかった」というところからスタートしました。今は「こんな小さな衛星でこんなミッションできると思わなかった」ということにチャレンジしています。

2014年には、世界初の深宇宙(地球からの距離が200万km以上である宇宙)での超小型探査機「PROCYON(プロキオン)」を打ち上げました。次は「EQUULEUS(エクレウス)」が月の裏側に挑みます。

そもそも大学の役割は「そんなことできるとは思わなかった」ということにチャレンジすることだと思っています。できるだろうと想像がつくようなことをしたり、既存のものを少し修正したりするだけなら大学でなくてもできます。

JAXAは失敗が許されないから、「確実にできること」しかできない。大学は、二段階ほど高いレベルのプロジェクトを進めることができる。もちろん失敗しないように最善を尽くしますが、失敗してもある程度許されるのが大学。失敗するかもしれないと思うくらい飛び上がったレベルにチャレンジしないことには、技術の大きな進歩は見込めません。

 

小型衛星プロジェクトを通して宇宙事業に必要な人材を育成

川口:東大の中でも航空宇宙工学科は学生から人気が高いですね。中須賀研究室には、やはり衛星を開発したいと研究室を志望してくる学生が多いのでしょうか。

中須賀:そうですね。衛星の開発を目的にこの研究室を志望する学生は非常に多いです。ただ、研究と衛星プロジェクトの両立はとても厳しいです。あくまで研究としての側面があるわけですが、プロジェクトに携わったというだけでは論文になりません。

プロジェクトは全員参加ですが、かつ自分自身の研究を進めながら卒論や修士論文を書かなければならない。学生はたいへんな思いをしますが、プロジェクトに関わったからこそ出てくる感覚、視点があるので、研究にもいい影響があると思います。

川口:学生はそうした衛星開発のプロジェクトも推進しながら研究活動でも結果を出さないといけない。衛星開発プロジェクトで学生はどういったスキルや経験を獲得できるのでしょうか。

中須賀:いちばん大きいのは、プロジェクトマネジメント力です。チームをどうつくるか、途中でレビュー会を開きさまざまな人の意見を得ながらどう設計を固めていくか、といった力です。

さらに、衛星全体のシステム設計をどう作るか、どのように部品を提供してくれる企業と付き合うか、衛星を打ち上げるためのロケットの探し方、海外に運ぶため経産省に提出する輸出申請の書き方など。衛星開発に関わるすべてのプロセスを何度も経験し、学ぶことは多いでしょう。

なるべく僕は手を出さずに学生にやらせています。高度な開発を行っているとはいえ、基本は教育機関ですから、学生が成長することが第一の目的。「先生のお手伝い」ではなく、「自分たちの衛星」と思うことが、モチベーションアップにつながります。

自分たちの手でつくったものが宇宙で動いていると想像するだけでワクワクしますよね。僕自身そうですから。

 

東大生からももっとアントレプレナーが生まれてほしい

川口:中須賀研究室のプロジェクトを通じて、ビジネスにもそのまま通じるような力も育成されるのですね。大学における人材育成といった役割についても伺うことができましたが、宇宙事業において必要な人材、必要なスキルとはどのようにお考えでしょうか。

中須賀:衛星開発はさまざまな階層の人材が必要です。それぞれの分野におけるエキスパートを育てなければならない。同時に、プロジェクト全体をマネジメントする人、国際連携につなげていくための国際的な感覚を持っている人も必要です。そうした能力も、他の団体と組んだり国際的なネットワークに参加したりして鍛えていかなければなりません。

川口:研究室での取組を通じて、宇宙産業で活躍できる人材の輩出にもつながっていますね。中須賀研究室からは、アクセルスペースなどのベンチャーも生まれていますが、学生たちは卒業後もやはり超小型衛星開発に携わっているのでしょうか。

中須賀:そこが問題です。結局、東大生は大企業を志望する学生が多い。超小型衛星は大企業では作っていないので、超小型衛星を開発するならば大学に残るかベンチャーに行くしかない。しかし、そこに行こうという学生がほとんどいない。

もったいないですよね。自分で起業する卒業生も増やしていきたいと思っています。スタンフォードやMIT(マサチューセッツ工科大学)の優秀な学生は起業して、自分の力を生かしつつ稼いでいます。その優秀な人たちの最新のアウトプットを、大企業ではみんなで分け合っているような形です。

東大生からももっとアントレプレナーが生まれてほしい。実は、今も研究室からいくつか会社を設立するような構想も進めています。

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記事作成:安楽由紀子

撮影:Masanori Naruse

 

プロフィール:

中須賀真一

東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授。1983年東京大学工学部航空学科を卒業後、1988年に同大大学院博士課程を修了。その後、日本アイ・ビー・エム東京基礎研究所研究員となり、人工知能や工場の自動化についての研究を行う。1993年より、東京大学航空学科講師。1994年に東京大学先端科学技術研究センター助教授。1998年に東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻助教授、2005年に同教授。専門分野は、宇宙システム工学、航法誘導制御、人工知能の宇宙応用など、「超小型衛星」や「ふろしき衛星」と称する衛星の研究、衛星やロボットなど宇宙で活躍する物体の知能化技術の研究を行っている。2012年より 内閣府宇宙政策委員会委員。著書は『宇宙ステーション入門』『国家としての宇宙戦略論』『図説 50年後の日本―たとえば「空中を飛ぶクルマ」が実現!』