「真のホスピタリティを発揮できる人材」とは。リッツ・カールトンホテル開業、国内ラグジュアリーホテルの新時代を築いた男 四方啓暉(前編)

2018.12.18 エキスパート

訪日外国人観光客が増え続ける中、日本のサービス業は変革の時代を迎えています。そんな中、「グローバル時代に必要な真のおもてなしとは何か」を説き続けているのが大手前大学・現代社会学部教授の四方啓暉さんです。

四方さんは、国内ラグジュアリーホテルの代表格である「ザ・リッツ・カールトン大阪」の立ち上げ担当責任者として尽力したことでも知られ、日本での初開業に向けて重要な橋渡し役を担いました。元テレビ東京アナウンサーの白石小百合さんをインタビュアーに迎え、四方さんのキャリアや、ザ・リッツ・カールトン進出のエピソードをうかがいます。

 

シェラトンから「外資系ホテルのノウハウゼロ」だった阪神電鉄へ

白石:まずは、四方さんがザ・リッツ・カールトン大阪の立ち上げに参画するまでのキャリアについて教えていただけますか?

四方:私は「大阪全日空ホテル・シェラトン」(現:ANAクラウンプラザホテル大阪。以下、シェラトン)の開業に関わり、マネージャーなどを務めていました。

私が入った頃は、ちょうど全日空が海外路線を増やしている時代でしたね。それに伴い、海外にも同グループのホテルを増やそうとしていました。そこで、私が海外の一流ホテルを視察することになって。

白石:海外のホテルのノウハウを学ぶために?

四方:そうです。当時の全日空は海外でのホテル展開について、あまりノウハウを持っていませんでした。そこでホテルマネジメントを学ぶために、ハワイやロサンゼルス、サンフランシスコなどの主だったホテルの店舗を視察したわけです。

マネジメントだけでなく、アメリカのホテルマーケットについても学びました。帰国後、再びシェラトンのマネージャーとして働いているときに阪神電鉄から声がかかりました。それがザ・リッツ・カールトン大阪との出会いのきっかけでした。

 

白石:出会いはヘッドハンティングだったのですね。

四方:そうなりますかね。「これまでにない外資系ホテルを大阪に作りたい」という話で、そこに加わらないかという内容でした。

その頃ちょうど、阪神電鉄は西梅田から本社屋を移転し、新たにビルを建てようとしているところでした。そのタイミングで、シェラトンやヒルトンといった有名どころではなく、これまでにないホテルを作ろうとしていました。

白石:阪神電鉄に移ることは、迷いなく決断されたのですか?

四方:いえ、当初は色よい返事はしませんでした。バブルの時代だったこともあり、シェラトンでもまだまだやるべきことがあると思っていました。

阪神電鉄はすでに「ホテル阪神」というものを持っていましたが、外資系ホテルの運営についてのノウハウはなかった。「本当に大丈夫なのか?」という思いもありましたから。

白石:それでも最終的に移られたのはなぜでしょう?

四方:一つは、阪神間の地域の開発に尽力してきた阪神電鉄の長い歴史に惹かれるものがあったからです。熱心に何度も訪ねていただくうちに、そうした歴史を背景とした熱意に気持ちが揺らされていくようにもなりました。

また、外部人材である私を信じて、大きな裁量を与えようとしてくれたことも大きかったですね。「私たちには分からない世界だから」と言って力を借りようとする純粋さにも惹かれました。

それで阪神電鉄に移ることを決め、新たに手を組む外資系ホテルの候補としてザ・リッツ・カールトンを推薦したんです。

リッツ・カールトンのプロジェクトの背景にある阪神電鉄の「自社の文化を変えたい」という思い

白石:これまでにない外資のホテルを建設するという計画があったものの、どういったブランドのホテルにするかは未定の状態の阪神電鉄のプロジェクトに参画された。

その中で阪神電鉄にザ・リッツ・カールトンを薦めたのは四方さんだったのですね。

四方:はい。アメリカ視察時代に現地のザ・リッツ・カールトンを見て、他のホテルとはまったく違う存在感だと思っていました。「あんなホテルを日本に作れるのなら関わりたい」という思いもありました。

白石:しかし、阪神電鉄といえば大阪文化の代表格とも言える企業です。かたやザ・リッツ・カールトンはアメリカの最先端のホテル企業。共同でプロジェクトを進めるとなると、いろいろ難しい部分が出てきそうですが……。

四方:国際結婚みたいなものですね(笑)。ただ、阪神電鉄も進取の気風にあふれた企業だったんですよ。関西で最初に鉄道を走らせたのは阪神でしたが、戦争でインフラが破壊され、復興に時間を要しました。そんな時代の思いも受け継ぎながら「第二の創業」として、自分たちの文化を作っていこうという気風がありました。

阪神電鉄の関係者は「ドメスティックな事業だけをやってきた自社の文化を変えたい」という思いも抱いていて、「ザ・リッツ・カールトン」という会社を知って、大いに刺激を受けていた様子でした。

米国企業の信頼を一発で獲得、ザ・リッツ・カールトン誘致の決め手は「阪神タイガース」

白石:まさに文化をつくるという点も踏まえた新規事業の位置づけだったようですね。一方のザ・リッツ・カールトン側は、阪神電鉄という会社や大阪という街について、どの程度の理解があったのでしょう?

四方:率直に言って、ほとんど知識がなかったと思います。そのためまずは、「阪神電鉄がいかに優れた会社であるか」を伝えました。「プライベート・レールウェイ・カンパニー」と言っても大した反応はされませんでしたが、「プロフェッショナルベースボールチームを持っている」と話したところ、「エレガンス!」だと言われました(笑)。野球チームのオーナーであるということで、一目置かれるようになったわけです。

白石:決め手が阪神タイガースの存在だったとは意外ですね!

確かに、野球チームのオーナーというのは米国企業とビジネスをやる上でも非常に信頼されるメリットがありそうです。

ザ・リッツ・カールトンは、日本のホテルビジネスをどのように見ていたのでしょうか。

四方:アメリカでは成功しているザ・リッツ・カールトンも、日本のホテルビジネスはほとんど理解していませんでした。例えば、大阪の一流ホテルでは年間850組の結婚式があり、大きな収入源となっています。日曜日に1組の結婚式を手がけるので精一杯のアメリカでは、それはありえない数字なんですね。

また、ホテルにはよくプールがありますよね。あれは海外では「時差ボケ解消」のための施設という意味合いなんです。しかし日本の場合は会員制にして、優良な収益源にしている。そうしたビジネス文化の違いも含めて、彼らは日本のホテル運営に興味を持っていましたね。

国内初のリッツ・カールトンホテル開業前夜、「真のホスピタリティを発揮できる人材」の採用を

白石:四方さんは、日本のホテルマネジメントをザ・リッツ・カールトンに教える役割と、阪神電鉄へリッツからの要望を伝える橋渡しの役割も担っていたかと思います。そうした重要な役割を果たしていく中で、大切にしていたことはなんですか?

四方:「互いの価値観を認め合いながらプロジェクトを進める」という風土を作ることですね。海外の企業と仕事をする際には当然契約書を交わしますが、現場で起こる細かな出来事のすべてを契約書でカバーできるわけではありません。いざというときには、本質を突いた深いコミュニケーションで乗り越えなければいけない場面も出てきます。互いのニーズを擦り合わせながら、2社の良好な関係を築いていきました。

白石:開業が近づくにつれ、ハード面だけでなく人材などのソフト面での準備も進んでいくわけですよね。

四方:はい。開業の1年前には結婚式の予約を埋めていかなければいけないので、そのための人材採用も同時期から始まっていました。ザ・リッツ・カールトン流の料理を提供するためには、調理人をアメリカに派遣して学ばせる必要もある。実に慌ただしかったですよ。

白石:人材採用や教育に関しても、いわゆる「リッツ流」があると思いますが、どういった方針で進められたのでしょうか。

四方:日本では職務経歴を重視して採用する企業が多いと思いますが、ザ・リッツ・カールトンの場合はそれよりも「向き不向き」を見ます。

白石:向き不向きというのは、どうやって見極めるのですか?

四方:アメリカのコンサルティング会社や大学とともに開発した、独自の適性テストを実施していました。さまざまな角度から質問し、5つの傾向に分けて合計点数を出し、その結果から「どんな職種に向いているか」などの適正を見極めます。例えば「あなたは最近、友だちに喜ばれたことはありますか?」という質問に答えるとき、頭の良い人はストーリーをうまく作ろうとします。「ありません」という回答よりはいいのかもしれませんが、そのストーリーが嘘では意味がない。もちろん、回答が本当かどうかを判断するロジックもあります。そんな風にして真にホスピタリティを発揮できる人材を見極めていくわけです。

白石:「真にホスピタリティを発揮できる人材」ですか。

四方:はい。つまり「人が好きで、人に喜んでもらうために惜しみなく時間を割ける人」ですね。例えば、レストランの開業にあたって5人の優秀なスタッフが必要なのに、採用できたのは3人だけだったとします。そうすると普通は、無理やり数合わせのように2人を補充したり、3人に無理をさせてサービスレベル低下を招いたりといった状況になる。しかしザ・リッツ・カールトンの考え方は違います。「3人でできるようにテーブルを減らせ」となるのです。

白石:なるほど。売り上げよりも、人やサービスの質を重要視して考える。

四方:そういうことです。ザ・リッツ・カールトンのクレドには「紳士・淑女のお客さまに来ていただきたい。そのためには私たちが紳士・淑女でなければいけない」と書いてあります。それにしっかり共感してくれる人、人を喜ばせるのが好きな人だけが集まることで、一流のサービスを維持し続けているのです。

 

後編 なぜ「ザ・リッツ・カールトン」のバックヤードは美しいのか?これからのサービス業に求められるホスピタリティの意味 に続く

コメント

白石:インタビュー依頼を頂いてから、リッツ・カールトンが何故わたしにとって大好きで憧れなのか?を改めて考えさせられ、当日は話を聞く姿勢も前のめりになってしまうインタビューに。

開業当時から、ホテル作りを目指しているのではなく「リッツカールトンはブランドを作る」と宣言していたように、目の前の売り上げよりもブランド体験を徹底させることに注力していたエピソードには震えました。日本にまだ根付いていなかった、リッツカールトン流「真のホスピタリティー」を浸透させるには相当のご苦労があったと思います。次回お話ししていただきます。

記事作成:多田慎介

撮影:Masanori Naruse

プロフィール

四方啓暉:大手前大学現代社会学部客員教授、ザ・リッツ・カールトン大阪 元副総支配人。立教大学法学部卒業、立教大学 ホテル観光講座修了。東洋ホテル、大阪全日空ホテルシェラトンを経て、阪神電気鉄道株式会社の西梅田開発室ホテル事業 “The Ritz-Carlton Osaka”部長として同ホテル設立の担当責任者を務める。ザ・リッツ・カールトンホテルカンパニーとの相互信頼関係構築、異文化の理解・融合に尽力、契約・事業計画の策定や人事に7年間携わった。 開業後は副総支配人として、哲学の浸透など従業員教育、運営体制の確立を支え、同ホテルが「ホスピタリティの最高峰」と呼ばれるまでの基盤を築き上げた。退任後は名古屋マリオット アソシアホテルの総支配人、ジェイアール東海ホテルズ専務取締役などに就任。現在は大手前大学の教授として教壇に立っており、産学ともに「ホスピタリティ産業」における活躍を志す人材教育に力を入れている。

 

白石小百合:元テレビ東京アナウンサー。Whitte株式会社 代表取締役。法政大学国際文化学部在学中にスペインのバルセロナに留学し、ゼミでアートを学ぶ。2010年4月株式会社テレビ東京にアナウンサーとして入社。経済番組・情報番組・スポーツ番組・ナレーションなど、多岐にわたり担当し、2017年3月31日付でテレビ東京を退職。同年4月よりフリーとなり、かねてからの興味関心を形にした香りブランド『Whitte』(ウィッテ)創業。