なぜ「ザ・リッツ・カールトン」のバックヤードは美しいのか?これからのサービス業に求められるホスピタリティの意味 ザ・リッツ・カールトン大阪 元設立責任者 四方啓暉(後編)

2018.12.19 エキスパート

「グローバル時代に必要な真のおもてなしとは何か」を説き続ける、大手前大学・現代社会学部教授の四方啓暉さん。かつては国内ラグジュアリーホテルの代表格である「ザ・リッツ・カールトン大阪」の立ち上げ担当責任者として尽力し、日本での初開業に向けて重要な橋渡し役を担いました。

前編では、ザ・リッツ・カールトンのプロジェクトの始まりや、国内ホテルと海外ホテルのビジネスの違いなどお話いただきました。

インタビュー後編では、元テレビ東京アナウンサーの白石小百合さんが「ザ・リッツ・カールトン流のおもてなし」について伺いました。これからのサービス業に求められるホスピタリティの意味をともに考えます。

 

前編 国内初のリッツ・カールトンホテル開業前夜、「真のホスピタリティを発揮できる人材」とは 国内ラグジュアリーホテルの新時代を築いた男 はこちら

なぜリッツ・カールトンの日本初上陸は大阪だったのか

白石:四方さんは、それまで接点のまったくなかったザ・リッツ・カールトンと阪神電鉄の橋渡し役として活躍し、開業の準備を進められたとのことでした。従来の日本にはない考え方を持つホテルを立ち上げるにあたって、想定外のトラブルのようなものはありましたか?

四方:あまりなかったですね。スタッフ間について言えば、互いの関係性を重視し、コミュニケーションを深めながら進めていたので、想定外のトラブルはありませんでした。ザ・リッツ・カールトンはレストランもすべて直営なので、和食や中華の調理人もみんなリッツの考え方が好きな人たちばかり。そうした点もプラスに働いたのだと思います。

白石:日本へ初上陸するビジネスといえば東京が候補になりそうなものですが、ザ・リッツ・カールトンが大阪を選択したという点も興味深いですね。

四方:もちろん「大阪ではなく首都の東京のほうがいいのでは?」という意見の人もいました。

ただ、私は大阪でやるべきだと思っていました。なぜなら、大阪の人たちは商売にものすごく厳しいからです。その代わりに高い評価を得られれば、しっかりとお金を払ってくれる。そんな大阪で成功すれば、ゆくゆく東京へ進出してもうまくいくはずだと考えていました。

「なぜホテルにチャペルが必要なんだ?」と訝しんでいたアメリカ人メンバー

白石:日本の中でもトップレベルのラグジュアリーホテルですが、当初から宿泊価格は受け入れられたのでしょうか?

四方:むしろ「やっと私たちが行けるホテルができた」「ようやくこういうホテルが日本に来てくれたか」という声が多かったんですよ。

ホテルのサービス料の相場は10パーセントという中で、リッツは現在15パーセントになっていますが、それでも何も言われない。例えば、ハワイでは今だと約20パーセント取られるわけですが、そうしたことを当たり前のようにとらえている人々がターゲットなので、まったく問題はありませんでした。

白石:日本で開業する上で、独自に取り入れた「日本らしさ」はありますか? アメリカのザ・リッツ・カールトンにはなくて、日本にはある、というような。

四方:「チャペル」がそれにあたるのではないでしょうか。当初アメリカのメンバーは「なぜホテルにチャペルが必要なんだ?」と訝しんでいましたよ(笑)。年間850組の結婚式をやるためには必要なのだと話して納得してもらいました。

当時流行していたようなお洒落なチャペルではなく、アメリカ人スタッフの心情にも配慮して、アメリカの田舎にあるような素朴なチャペルをイメージして作ってもらいました。彼らにはキリスト教の原点があるので、それをしっかり反映させる必要があったんです。

ザ・リッツ・カールトンのバックヤードはとても美しい、「インターナルゲスト」という考え方

白石:ここからは、ホテルを取り巻くマーケットについても伺いたいと思います。最近では外資ホテルも多数進出し、国内でも「星野リゾート」を始め、ラグジュアリーホテルが増えてきていますが、四方さんはこの傾向をどのように考えていますか?

四方:「そもそもホテルの部屋数が足りない」というのが日本の現状ですし、ラグジュアリークラスのホテルとなると、より一層他国に比べて不足しています。そうした意味では、もっと増えてもおかしくないだろうと思っています。訪日外国人の中でも、ハイクラスな層は泊まる場所に困っていることが多いですよ。

白石:そうしたニーズを満たせるホテルを増やすとなれば、同時に高いレベルのサービスを提供していくことも必要になりますね。

四方:そうですね。自分たちの価値観やセンスではなく、使っていただく人たちが何を求めているかを察知して、時には日本らしくサービスを提供する。そんな姿勢が必要だと思います。

白石:ザ・リッツ・カールトンの場合は、それをどのように体現しているのでしょう?

四方:「ここは従来の日本のやり方とは違うな」というポイントはたくさんありました。一つは「エンパワーメント」。リッツは、性別や国籍、年齢に関わらず、平等に人を扱います。それは、パートやアルバイトの方への対応でも同様です。リッツには「インターナルゲスト」という言葉があり、スタッフ同士でも「互いにお客さまとして接しよう」という考え方があるんです。

白石:「スタッフ同士もお客さま」ですか。確かに、従業員とお客様で態度が違うところはいつか透けて見えてしまいますしね。ただ、日本ではそうした考え方をする職場は少ないですね。

四方:そうだと思います。日本のホテルでは、支配人がお客さまに丁寧に頭を下げている裏側で、部下を怒鳴り散らしているような光景がよく見られたものでした。そんな上司を見て、スタッフは「本当のあなたはどっちなの?」と思うわけです(笑)。また電話機の横には、よく「内線電話表」がテープで貼られていますよね?

白石:そうですね。ホテルに限らず、さまざまな職場で目にしますが……。

四方:ザ・リッツ・カールトンにはそんな風景はありません。リッツのバックヤードはとても美しいんです。スタッフが見るものは、すべて額に入れてありますね。お客さまがバックヤードに来ても恥ずかしくないようにしているんです。これは同時に、働く人たちのことをお客さまのように大切にしているという姿勢の表れでもあります。また日本人には、外資系企業は「すぐにクビを切る」というイメージがあるかもしれませんが、リッツではそんなことはありませんでした。

白石:そういえば、大阪のザ・リッツ・カールトンでは、「スタッフ同士が感謝のメッセージを送り合う」習慣があると話題になりましたよね。真似をして取り入れている企業も多いのでは。

四方:これはスタッフに愛されている取り組みの一つですね。スタッフ同士、感謝の気持ちをカードに書いて相手に渡しています。ある人はそれをデスクに飾っていたり、ある人は家に持って帰って家族に見せたり。そうすると、働いているスタッフの家族は「お父さん頑張っているんだね」と思うわけです。

ホテルではよく、お客さまからお礼のお手紙をいただきますが、スタッフたちはそれ以上に「仲間からの感謝の言葉がうれしい」と話していますよ。職場の仲間同士で認め合っているからこそ、働く喜びがあるわけですね。

クリント・イーストウッドのユニークなホテルなど、ホテル作りの原点から考えるホテルの未来

白石:今日はせっかくの機会なので、ぜひ四方さんにお聞きしたい質問を用意しているんです。

もし四方さんが日本で一からラグジュアリーホテルを作るとしたら、どんなホテルにしますか?

四方:そうですねぇ……。映画俳優のクリント・イーストウッドはご存じですよね?

白石:はい。

四方:彼は今カリフォルニアに住んでいて、モントレー群の有名なリゾートタウンである「カーメル・バイ・ザ・シー」で、別荘を集めたようなホテルを作っているんですよ。私はまだ写真でしか見たことはありませんが、素晴らしいと思いましたね。美しい海岸を臨みながら、ユニークなコテージが立ち並んでいるんです。

白石:想像しただけでも素敵ですね。

四方:そうした「いかにもラグジュアリー」なホテルもいいですし、一方ではイギリスの田舎にあるような、こじんまりとしたホテルもいいですね。「人と人が出会い、会話をする場所」というホテルの原点を感じさせてくれるような場所です。そんなホテル作りにも憧れます。

白石:最近では国内でも、小学校の廃校を改築してホテルにするなどといった新しい動きが起きています。既存の常識にとらわれず、柔軟な発想を持てば、まだ見ぬホテルの価値を生んでいけるのかもしれませんね。

四方:そうですね。こうした取り組みはとても良いことだと思います。国内外を問わず、ますます人の移動が盛んになるこれからの時代に、ホテルの需要はより高まっていくはずですから。そうした場所で求められる真のホスピタリティを伝えていくために、私もまだまだ頑張っていきたいと思っています。

コメント

白石:四方さんは到着されるなり咳払いをし、その後、落ち着いた表情で淡々と穏やかに話をなさいます。それは、リッツカールトンで私が受けたことのあるサービスそのものでした。従業員とお客様とを分けずに感謝の気持ちを持って接すると、おもてなしが自然とできるのでしょうか。実際にメッセージカートである「クレド」を見せていただきましたが、何にも難しいことは書いておらず、読んだだけで心が温まるような言葉が並んでいました。今ホテルの建設ラッシュでいくつもホテルが開業している日本ではニーズも多様化していますが、トップラグジュアリーホテルから学べることはまだ沢山あると感じました。四方さんがまたホテルを仕掛けるとしたら…楽しみです。

記事作成:多田慎介

撮影:Masanori Naruse

プロフィール

四方啓暉:大手前大学現代社会学部客員教授、ザ・リッツ・カールトン大阪 元副総支配人。立教大学法学部卒業、立教大学 ホテル観光講座修了。東洋ホテル、大阪全日空ホテルシェラトンを経て、阪神電気鉄道株式会社の西梅田開発室ホテル事業 “The Ritz-Carlton Osaka”部長として同ホテル設立の担当責任者を務める。ザ・リッツ・カールトンホテルカンパニーとの相互信頼関係構築、異文化の理解・融合に尽力、契約・事業計画の策定や人事に7年間携わった。 開業後は副総支配人として、哲学の浸透など従業員教育、運営体制の確立を支え、同ホテルが「ホスピタリティの最高峰」と呼ばれるまでの基盤を築き上げた。退任後は名古屋マリオット アソシアホテルの総支配人、ジェイアール東海ホテルズ専務取締役などに就任。現在は大手前大学の教授として教壇に立っており、産学ともに「ホスピタリティ産業」における活躍を志す人材教育に力を入れている。

 

白石小百合:元テレビ東京アナウンサー。Whitte株式会社 代表取締役。法政大学国際文化学部在学中にスペインのバルセロナに留学し、ゼミでアートを学ぶ。2010年4月株式会社テレビ東京にアナウンサーとして入社。経済番組・情報番組・スポーツ番組・ナレーションなど、多岐にわたり担当し、2017年3月31日付でテレビ東京を退職。同年4月よりフリーとなり、かねてからの興味関心を形にした香りブランド『Whitte』(ウィッテ)創業。