【対談】日本へのMaaS定着は業界内外の連携と地域ごとのローカライズが鍵 天野成章×黒岩隆之(前編)

2019.06.26 エキスパート

電車やバス、タクシーなどの移動手段の予約や決済を一元化し、移動の最適化をする方法として注目を浴びているMaaS(マース、Mobility as a Serviceの略)。今回は、2030年を見据えたモビリティサービスを幅広く手掛ける天野成章氏と、旅行業の利点を生かした観光MaaSに取り組む黒岩隆之氏の対談をお届けします。

海外とは異なる法律や、複雑に絡み合った交通網を持つ日本でMaaSを展開するためには、誰がどのような視点で、どのように動く必要があるのでしょうか。

前編では、MaaSの抱える課題や日本で展開のポイントについてお話しいただきました。

MaaSが乗り越えるべき法律の壁。可能性は旅行業法にあり

― まずはお2人のキャリアや取り組み内容についてご紹介いただければと思います。

黒岩隆之(以下、黒岩):インターネットが出てきたときから、今後旅行代理店は不要になるという危機感の中で、JTBコミュニケーションデザインは次の時代の事業の種をつくっていく活動を行っています。

その中で観光というのは観光×環境、観光×健康、観光×街づくりなど、多くを包含するファクターなんですね。そこで電気自動車を観光地に貸与するというプロジェクトを行いました。電気自動車は長距離走行には向いていないのですが、近隣の観光地を回る足として気軽に貸し出せて、地域を周遊することができる。なおかつエコなんですね。

単純に旅館にお金を落として終わりではなく、モビリティを担保することで買い物の量が増えるなど、地域経済へ寄与できるのではないかという視点で今展開しているところです。

天野成章(以下、天野):僕は入社後、国内営業部門に長く従事し、その後に人事労務を経験、3年前に未来プロジェクト室という直轄組織に来ました。2030年以降にトヨタがどんなモビリティサービスを行うべきかを考え、自らプロトタイピングを進める、メンバー17名の少数部隊です。

メンバー構成もユニークで、トヨタでは普段は別組織・別部門で働く文系・理系出身メンバー混在で、男女比も半々。トヨタという会社の良い面も悪い面もある程度客観的に見てきた世代であり、2030年でも現役でいる30~40代のメンバーで基本構成している組織にしております。

公共交通、徒歩、自転車、自動車などあらゆる移動手段を含めたルート案内・予約・支払ができるインターフェースをまず創ろうということで、「my route(マイルート)」と言うサービスを企画し、福岡で実証実験を行なっています。

それ以外にも「i-ROAD(アイロード)」というラストワンマイルを埋めるパーソナルモビリティから、先日JAXAさんと発表させていただいた月面探査車「有人与圧ローバ」など幅広いプロジェクトを行っています。JTBさんは、タクシーの乗り放題などもやられていますよね。

黒岩:オンデマンド型のライドシェアという形で展開しています。例えば乗り合いというのは現行法ではできないですが、旅行業法ならできます。ホテルなどのキャンセル料規定もそうだと思いますが、旅行商品にすることによって個々の法律を包含してしまう。その点で、旅行業法はMaaSをやりやすくする枠組みだと思っています。

個々の業界を超えて事業者同士が連携する、オールジャパンでの取り組みが必要

― MaaS市場の成長については、どのような展望をお持ちでしょうか。

天野:よく出てくるのがヘルシンキの例ですが、あれを模範例と思ってはいけないんです。市場環境や都市構造、法律・規制面も違いますし、自治体中心の公共交通が大半であるヨーロッパと、民間交通事業者が切磋琢磨している日本とでは、生活者の求めるものが全然違う。

そもそもMaaSは曖昧な概念で、僕自身はこの言葉は使っていないのですが、日本でこれが成長していくためには、各事業者がどれだけ手を握れるかにかかっていると思います。

業界の中でももう少し一枚岩にならなきゃいけないですし、業界外の連携もしなければいけない。そういう意味で、MaaSが上手くいくかどうかはまだ、どちらに転ぶかわからないなと思っています。

黒岩:おっしゃる通り、ヨーロッパのようなビジネスモデルは日本では成り立ちません。日本の場合は、観光を基軸とした地域経済への寄与というのが答えなんじゃないかなと勝手に私は思っていますが、そこでいくと、JTBは鉄道も飛行機もタクシーも1つのパッケージとして商品化してやってきたわけです。

なのでサービスプロバイダーといった立ち位置で、ニュートラルにパッケージを提供していくことができるのではないかと思います。そのためには、プラットフォームを我々が持つのではなくて、それを作っている方々と組んで、MaaSオペレーターのような役割を担うのが責務だろうと思っています。

天野:パッケージにした時に今までのご経験があるというところ、鉄道だったり自動車だったりいろんなプレーヤーを束ねることができる間口の広さみたいなところは、おっしゃった通り非常にキーとなる存在だと思いますね。

黒岩:私たちは鉄道もホテルも飲食店もモビリティも持っていないので、ある意味ではリスクがなくて何でもできるといいますか、方向性が間違っていると感じたらすぐに変えられる柔軟性があります。そういった立ち位置をはっきりさせた上で、オールジャパンでコラボレーションしていくことが日本のMaaSの成功要件になるんじゃないかと思いますね。

問題意識のきっかけは違うが、行きつくところはどの会社も同じ

― MaaSビジネス拡大を牽引するためには、地域の課題解決という視点で事業者同士が手を取り合い、MaaSオペレーターをキープレーヤーとして進めていくことが重要ということ。

黒岩:モノやサービスが自分のところに来てくれる時代は来るかもしれないですし、技術が進歩すれば空間を飛び越えて人に会うことはできますが、最終的にはface to faceで同じ空気を吸うというヒューマンタッチの部分はなくなることはない。

私たちはヒューマンタッチを創造するデジタルという部分で、MaaSがあるんじゃないかと思って取り組ませてもらってます。

天野:お話を聞いていると、今までの本業だけではだめだという生きるか死ぬかの危機感を弊社よりも早く、強く持たれているなと感じます。

皆さん問題意識のスタートは自分たちの事業からですが、たぶんその多くが地域や街をどうしていくかということに帰結すると思うので、ボーダーを越えて連携していくことが大切だと思います。

ただ、まだ本業の世界の中で、まずはもっと頑張りたいという方もいらっしゃるので、そう簡単には難しいですね。

決済のプラットフォームを統一することが最も大きな課題

― MaaSを展開するバリューチェーン上のキーファクターは何だとお考えでしょうか。

黒岩:例えば、ここからここはICカードで決済して、ここからここはクレジットカードで決済するというのはナンセンスですよね。それを全部シームレスにつないで、お客様から見たらワンストップのようなサービスを作らなければいけない。

そのためには決済は絶対1つじゃなきゃいけないですね。お金がバラバラに入っていくとデータ自体もそれぞれのプロバイダにしかたまらなくなってきますから、それは我々が目指しているものとは違いますよね。

天野:全く同じことを思っています。決済のプラットフォームが一番根っこになる重要な部分なんですよ。なので、どういう風にやるべきなのか、本当に悩ましいです。

ICカードも便利な地域と便利じゃない地域が正直あって、先行しているやり方をすべての地域に当てはめることはできません。そこに固執せずに連続したサービスを提供できるかどうかというのがすごく大切ですよね。

決済がうまくいかなかったら日本のMaaSは作れないんじゃないかと思います。逆にこれを乗り越えられたら、日本の各地域で鍛えた交通サービスは世界で通用するレベルだと思っています。

― 地域ごとにローカライズされたMaaSがいくつも誕生して、プラットフォーマーも複数存在するような形で進んでいくのが日本のMaaSだと。

天野:そうです。特に今は過渡期ですからね。自分たちは、とにかく一気通貫のサービスをクイックに試し、世の中の反応を見てみる。それは他社さんも一緒で、色々増えるでしょうが、最終的には2つか3つに集約していくのではないでしょうか。

黒岩:消費者側が使い勝手がいいと思わなければ使ってもらえないので、そこがやはり一番大事です。その地域にあるモビリティの種類によってもMaaSの形は変わりますよね。

今1日に2本か3本しかないバスを1日10本出せというわけにいかないですし、地域によってはバスよりもタクシーが必要かもしれない。抱えている問題はそれぞれなので、金太郎飴みたいに同じものが日本全体に広がっていくという風には考えていません。

後編 考えるべきは事業単体の収支ではなく人の移動が地域経済に与えるトータル的な影響 天野成章×黒岩隆之 はこちら

記事作成:落合真彩

撮影:Masanori Naruse

プロフィール

黒岩隆之:株式会社JTBコミュニケーションデザイン 営業推進部 アカウントプロデュース局 チーフマネージャー
17年間、株式会社日本交通公社(当時) 団体旅行新宿支店にて企業営業を担務。2009年にJTB内の政府エコポイント事業の総責任者として、事業展開を行う。その後株式会社JTB法人東京(当時) マーケティング部では環境マーケットにおける国策に連動した、新たな事業領域の拡大と地域貢献(活性)を創造するプロデューサーに着任。2011年には日本ユニシスと協業で、EV・PHVユーザー向けの充電課金認証会員サービス事業を起ち上げた。2012年10月より会員サービス事業を開始すると同時に、EV・PHVを活用した、EVモビリティ観光活性事業も展開。鎌倉でのEVバイクのバッテリーシェアリング実証事業、観光アプリを活用した京都クレジットの流通メカニズム構築実証事業なども手掛ける。現在は、観光分野におけるMaaS、情報銀行の社会実装等、JTBが進める地域交流事業と最新のテクノロジー及びシステム(仕組み)の融合で、社会課題の解決と社業の両輪に資するJTBの第三の創業に向けた取組を行っている。

天野成章:トヨタ自動車株式会社 未来プロジェクト室 室長代理 兼 イノベーショングループ長
2003年トヨタ自動車入社、国内営業部門でクラウン担当や販促・商品総括を経験。2012年からはU-Car事業部へ異動し、T-ValueHV企画、若者獲得施策、海外中古車支援(ブラジル・ロシア)をチームリーダーとして主導。その後、労務人事領域を経験し、2017年より、直轄組織である未来プロジェクト室に異動。2018年より、室長代理 兼 イノベーショングループGMに就任し、西日本鉄道と一緒に福岡で展開中の本格的マルチモーダルサービス「My route」の企画・運用を始め、パーソナルモビリティ(i-ROAD)企画や「社内新事業創出制度」運営など幅広いプロジェクトを牽引。直近ではJAXAとの共同研究を発表した「月面与圧ローバ」企画にも関わる。