【対談】考えるべきは事業単体の収支ではなく人の移動が地域経済に与えるトータル的な影響 天野成章×黒岩隆之(後編)

2019.06.28 エキスパート

電車やバス、タクシーなどの移動手段の予約や決済を一元化し、移動の最適化をする方法として注目を浴びているMaaS(マース、Mobility as a Serviceの略)。トヨタ自動車未来プロジェクト室の天野成章氏と、JTBコミュニケーションデザインの黒岩隆之氏の対談前編では、それぞれの取り組み内容や、MaaS展開への課題を伺いました。

その中で、お2人とも日本ではまず、地域ごとに合わせたMaaSが必要であり、それぞれの事業者が連携しあう必要があるという共通認識を持たれています。

後編では、大企業の中でプロジェクトを推進することの難しさや、MaaSの将来的な可能性を伺いました。

前編 日本へのMaaS定着は業界内外の連携と地域ごとのローカライズが鍵 天野成章×黒岩隆之 はこちら

 

地方では、その地域のキープレーヤーを中心に据える

― 地方のプレーヤーはどんな状況でしょうか。保守的なところもあると思いますが。

黒岩:例えばですが、広島電鉄さんなんてすごくアグレッシブですし、率先して地域の交通を束ねている。そういう地方の雄もいらっしゃいますので、そういった方と連携することが大きなポイントです。

天野:各地域には、その地域で今までもこれからも商売をされていくキープレーヤーがいます。その方々が何をしたいかで全く変わってくると思います。

「my route」でこだわったのは、ニュースリリースや広告面で、必ず西鉄さんの名前を先に掲載するようにさせてもらいました。それは福岡の街で実証をやるということを考えれば当たり前なんですけど、リスペクトできる地域の方との協業が大事で、そういう連携を他の都市でもやろうと思っています。

黒岩:私たちもやっぱり何か1つモデルになるようなケースを地域で作っていくべきなんだなと思っています。MaaSの定義は地域によって違うので、やっぱり現地に行って汗をかかないとわからないですよね。

社外での評価が、社内の意識を変える。大企業での新規事業のあり方

― 大企業の中での新規事業、かつ産業横断的なやりとりが必要で難易度が非常に高いと思いますが、その辺りはいかがでしょうか。

黒岩:こういうのは企画立案を書くのが大変なんですよ。いくら儲かるのか試算してつくらなきゃいけないですけど、地域によってそれはケースバイケースですし、市場規模も違う。一概にいくらというのは絵空事でしか書けない。ですがそこはやはり企業なので。

天野:何年で投資回収できるのかという事業計画を取組み前から求められるのは日本企業の宿命ですよね。ですが、良いサービスを提供できたら自ずとマネタイズポイントが生まれるはずです。それがないからこそ、新しい事業をやるわけですから。

黒岩:マネタイズポイントがわかっていればそれはもうレッドオーシャンなんですよね。だから私たちは、やっていること自体が人のためになるとか、そのサービスを世の中が望んでいるのかという点で突き進むしかないと思っています。でもなかなかそれを理解してもらうのは難しいですね。

天野:「my route」では大企業からスタートアップまで多くの会社と連携させてもらっていますけど、弊社と同じような年功序列の会社だと、「若いやつが来たな」というディスアドバンテージから始まることも多いですね。また「my route」自体のコンセプトも、企画当初は社内では「なぜこんなことトヨタがやるんだ」と散々言われていました。

でもこうして外の方が記事にしてくださったり、講演依頼が多く来るようになったりして、社外の方からの評価を聞くことによって、トヨタ内の意識が変わることも多く、メディアってやっぱり大きいですね。

それを本当にこの数カ月で特に実感しており、これが大企業を変える1つのやり方だなと思ってから、こうしたインタビューなども、正直、何割かは社内の偉い方へのアピールに使わせてもらっているところもありますよ。

黒岩:それは非常に僕も痛感していることです。私がMaaSに関してやっていることって、決して与えられたミッションではなく、個人の課題意識をモチベーションとして行動している面が多いんです。

だから、会社の動きとして話を通してもらうには、毎回、今起きている社会課題や、それに対する自分の思いから説明しなくてはいけません。幸いなのは、役員をはじめとして、支えてくれている同僚というか仲間が何人かいること。
外に言ったからにはやらないといけませんので、必死で内部を説得するということもやっています。その説得材料としてこういう記事はやはり必要だなと思いますね。

同じベクトルの人が、会社ではなく、人を介してつながっていく

天野:今僕ら世代にとってチャンスなのは「my route」みたいな新しいモビリティサービスは、今までのトヨタが経験してきた成功体験に当てはめにくいんですよ。だから百戦錬磨の役員でも物差しが分からない事も多い。しかし、わからないことを目の前にした時に、今の担当役員からは「正解はわからないけど、お前の言うその方向性はチャレンジした方がいいと思うからOK」と言ってくれ任せてもらえる経験を積む事は、とても素晴らしい事だと思っています。

また弊社の場合は社長が率先して、モビリティカンパニーになると宣言してくれたこともあると思いますが、現場レベルで会社が変化しつつあるのを感じています。

黒岩:素晴らしいですね。MaaSは、どこの会社とも、「発注者と受託者」というような関係ではなく、横のフラットな関係になります。だから別の会社にいながら、同じ会社のような立場でいる必要があって、そういう考えの人たちとどう出会うのかが大事。

最終的には人なんです。中でも最近はSNSの可能性が大きいと感じています。SNSを通じて、企業の枠ではなくて、同じベクトルを向いている人たちがなんとなく集まってくる。その世界は非常に面白いと感じます。

天野:おっしゃったように最後は人。例えば僕にはトヨタという大きなバックボーンがあります。でも今つながっているステークホルダーの方からは、ありがたいことに「トヨタさん」よりも「天野さん」と言われることの方が多いんじゃないかと思っています。そこに満足することではないですが、それが様々なステークホルダーとの信頼関係を築く上での最低条件なんですよね。

点から線へ、線から面へ。ブームで終わらせないために必要な統合的な視点

― MaaSが成長していくためにはどのような視点が必要なのでしょうか。

黒岩:MaaS単体ではたぶん儲からないと思います。ですが、いくら赤字であっても公共交通をなくしたらどうなるかというと、人は動かなくなってしまうんです。

人が動かなくなることによる経済損失は計り知れないものがあります。だからそれ自体が赤字であっても、トータル的に見ていかなきゃいけない。

移動を担保することで地域経済に与える影響とは、例えば将来的な鬱が減るとか、高齢者の雇用を創出するとか。そういう経済のトータル収支で見ていくという考え方をするのがMaaSなんだなと思います。

天野:自動運転とか、オンデマンドバスとか、今表面的に出てきている技術を実装していくだけだとダメだなと。あくまでも移動は手段でしかないので、そこを捉え間違えたら人の移動は言うほど豊かにはならないと思います。福岡のような街単位での点のサービスが徐々に線になり、面になっていく。この順番以外はないと思っていて、一気に全国統一のプラットフォームはできないですね。

黒岩:話が変わりますが、「どこに住んでいるか」によって健康寿命の平均値が大きく異なることがわかっています。良いところと悪いところでは要介護リスクが最大2.9倍も違うのです。それも、自然豊かな地方に暮らす人ではなく、空気が悪いと考えられている都市部に住む人のほうが、圧倒的に健康寿命が長いのです。要因としては、地下鉄などの公共交通が発達していて、比較的コンパクトな街。だから、人が歩いてるんですよ。

逆に、健康寿命の平均値が低いのが田舎です。なぜかというと、車に乗ってしまうから。このように環境によって健康寿命の平均値を半分以下に減らせると考えると、将来的な社会コストを下げることができ、その大きなファクターがモビリティなんですね。
だからモビリティの担保はもちろん、移動のきっかけとなるコミュニティを担保することがおそらく必要となります。MaaSには、そういう統合的なデザインが求められるので、多種多様なプレーヤーと話をしていかないといけないですね。

天野:今は、はっきり言って今はMaasの盛り上がりはブーム的要素も多いかと思います。これがブームで終わるのか、サービスとして定着するのかは、自分たち次第。責任感を持って取り組んでいきたいと思います。

社会をどうしたいのか、どうありたいのかを考え続けて、答えはないかもしれないですが、その可能性を自分たちで今閉ざしてはいけない。そしてそのバトンを今度は自分たちの子どもの世代につないでいく。

今やるかやらないかの違いはほんのわずかですけど、20~30年後にはとても大きな違いになります。その微妙な進化の違いのところを担っている責任は大きいですよね。

記事作成:落合真彩

撮影:Masanori Naruse

プロフィール
黒岩隆之:株式会社JTBコミュニケーションデザイン 営業推進部 アカウントプロデュース局 チーフマネージャー
17年間、株式会社日本交通公社(当時) 団体旅行新宿支店にて企業営業を担務。2009年にJTB内の総責任者として、政府エコポイント事業展開を行う。その後、株式会社JTB法人東京(当時) マーケティング部では環境マーケットにおける国策に連動した、新たな事業領域の拡大と地域貢献(活性)を創造するプロデューサーに着任。2011年には日本ユニシスと協業で、EV・PHVユーザー向けの充電課金認証会員サービス事業を起ち上げた。2012年10月より会員サービス事業を開始すると同時に、EV・PHVを活用した、EVモビリティ観光活性事業も展開。鎌倉でのEVバイクのバッテリーシェアリング実証事業、観光アプリを活用した京都クレジットの流通メカニズム構築実証事業なども手掛ける。現在は、観光分野におけるMaaS、情報銀行の社会実装等、JTBが進める地域交流事業と最新のテクノロジー及びシステム(仕組み)の融合で、社会課題の解決と社業の両輪に資するJTBの第三の創業に向けた取組を行っている。

天野成章:トヨタ自動車株式会社 未来プロジェクト室 室長代理 兼 イノベーショングループ長
2003年トヨタ自動車入社、国内営業部門でクラウン担当や販促・商品総括を経験。2012年からはU-Car事業部へ異動し、T-ValueHV企画、若者獲得施策、海外中古車支援(ブラジル・ロシア)をチームリーダーとして主導。その後、労務人事領域を経験し、2017年より、直轄組織である未来プロジェクト室に異動。2018年より、室長代理 兼 イノベーショングループGMに就任し、西日本鉄道と一緒に福岡で展開中の本格的マルチモーダルサービス「My route」の企画・運用を始め、パーソナルモビリティ(i-ROAD)企画や「社内新事業創出制度」運営など幅広いプロジェクトを牽引。直近ではJAXAとの共同研究を発表した「月面与圧ローバ」企画にも関わる。