MaaSという大きな潮流の中で「つるはし」はどこにあるか MaaS Tech Japan 代表 日高洋祐

2019.06.21 エキスパート

近年、各産業から注目を浴びるMaaS(マース/Mobility as a Service)。自動運転やカーシェアリングに留まらず、決済、都市開発、小売業など様々な構成要素を含む非常に複合的な分野であり、国内や近隣諸国での具体的な先行事例も少ないため、注目度に対して理解がやや及んでいない概念でもあります。MaaSとはそもそも何のために存在するのか、日本ではどの様な形で具現化されていくのかといった問いについて、「日本版MaaS」の旗振り役の一人であり、数少ない同分野の専門家である日高洋祐氏に解説頂きました。

※本記事は、2019年3月27日に株式会社ミーミルと伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(CTC)の共同で開催されたイベント「Innovators’ Talk #2 MaaSが拓く未来〜その知られざる本質と多産業へのインパクト」での講演内容に基づいております。

 

MaaSにより、社会の変化に対応できる柔軟なモビリティを形成できる

 モビリティの変化の一つに自動運転があります。自動車がドライバーなしで動くというのは、まさに大きな変革。中国やアメリカでは既に商用化もされています。また、トヨタ自動車が「自分たちは自動車を製造するだけでなく、モビリティサービスのプラットフォームをつくる会社へと業態を転換していく」と宣言するなど、今、モビリティの世界では「100年に一度の大変革」とも言われる大きな動きが起きています。

実際、運転台がなく電気で自動走行するシャトル型モビリティが登場し、スマホで利用できるレンタサイクルや電動スクーター、さらには空飛ぶタクシーのようなものまで開発が進んでいますし、日本のWHILLは、モーター駆動で自動運転するパーソナルモビリティを開発しています。

このように様々なモビリティが誕生する中、注目が高まっている概念がMaaS(マース/Mobility as a Service)。MaaSとは、簡単に言うと、既存の鉄道、バス、タクシー、飛行機、徒歩、自転車など異なるモビリティを統合したり、最適化したりすることで新たな価値を生み出し、サービスとして提供するものです。

では、一体なぜ、このMaaSが必要なのか。私も今日、この会場に来るのに電車を利用しましたし、バスやタクシーだってある。「今のままでもいいではないか」という考え方もできるかもしれません。ただ、その一方、既存のモビリティサービスは相互の連携や、ユーザニーズに対する対応性が若干低いという問題点も抱えています。

例えば、乗客が一人遅れたからといって電車やバスは待ってはくれませんし、自分の都合でルートを変えることもできない。一方、タクシーは時間もルートも自由に選べますが、鉄道移動する人を全員タクシーに置き換えようとすれば車両が足りなくなるか、道路の大渋滞が起きてしまいます。

都市計画を策定する際は、輸送需要が多いエリアには輸送量を担保しやすい電車を基幹交通として、それに地域交通網としてバスやタクシーで補うという設計をし移動ニーズと交通手段は最適化されてきます。しかし、突然タワーマンションなどがたくさん建つと当初の計画より大勢の人が住むようになり需給バランスが崩れます。またオリンピックなどの大きなイベントがあれば普段よりたくさんの人がそのエリアに押し寄せます。逆に日本のように人口減少局面は、当初の計画から需給調整が必要となり見直しが必要となります。

そうなると、移動サービス全体としては、いったん構築して終わりというわけではなく状況に合わせながら各モビリティの特徴を活かし、全体を再構築していくことが求められてきます。とはいえ各交通事業者をM&Aで一つの会社にするわけにもいかない。そのため、ユーザとスマートフォンでつながり、情報提供や移動ニーズを収集し、プラットフォームとして各交通事業者のサービスを集約させ、移動のための最適なサービスを柔軟に提供できるMaaSに期待がかかってくるというわけです。

 

MaaS参入に積極的な企業とそのインセンティブ

 今は予約も支払もそれぞれの交通機関で行う必要がありますが、MaaSでサービスが一元化されれば、一つのスマホアプリを使って電車、バス、タクシー、飛行機などの予約や決済を済ませることができるようになるので、利便性が一気に高まります。また、全部の交通サービスをいくらでも使える定額制が導入されれば、交通料金も安くなるというメリットも生まれてくるでしょう。

一方、MaaSオペレーター(MaaSサービスを統括して提供する側)はどうやって利益を上げるかというと、一般的には手数料ビジネスになりやすいです。例えばユーザーがタクシー料金として410円払ったら、その10%の約40円を仲介手数料として徴収していくといった方法。そして、移動事業以外の方向性として、例えばMaaSではユーザーの位置情報がすべて取れ、「誰がどこに住んで、どう移動したか」といったデータが集まるため、赤字でもこの事業をやろうというところも出るかもしれない。

では、実際どういう企業がMaaSに積極的なのか。一つは都市計画や鉄道などの公共交通事業者。なぜかというと、MaaSによってユーザニーズに応じて情報提供+決済手段を統合し公共交通やオンデマンド交通などを組み合わせることで、今までやりたくてもできなかったことが実現可能になるからです。

そして、やはり自動車業界。これまでは高品質な車を効率的に製造して、販売利益を得るというビジネスモデルでしたが、ライドシェア(相乗り)サービスなどが普及すると、個人で車を所有する人が少なくなり、生産台数は減っていきます。そのため、トヨタ自動車はソフトバンクと新会社MONET Technologiesを共同設立してMaaSの事業展開を模索したり、デンソー、日産、本田技研などもMaaSに積極的です。

加えて、スマホ関連や通信事業者の動きも目立っています。すでに経路検索などのサービスは提供していますが、移動そのものに関するビジネスには参入できませんでした。それがMaaSによって移動が一つのパッケージサービスとなると、通信事業者にもビジネスチャンスが出てきて、決済サービスといったところでもシェア獲得を期待できます。

さらに、MaaSによって移動のスタイルが変わることで大きな変化が生まれますから、不動産開発にも影響が出ますし、車の自動運転が普及すれば、今まではドライバーが損害保険に加入しましたが、それがどう変わっていくかということで保険業界にも動きがでます。そもそもMaaSは移動のためにあるので、旅行や飲食業、不動産やエンタメなどのキュレーションサイトや広告メディアの人たちも、この動きを見逃すわけにはいかないでしょう。

 

プラットフォームビジネスとしてのMaaS

GAFAなどに代表されるプラットフォームビジネスの企業が、世界の時価総額ランキングでも上位を占めるようになっています。こうした流れがMaaSでも同様に起きると見ています。

フィンランドのWhimが風穴をあけたMaaSビジネスですが、誰がMaaSを主導するプラットフォーマーとなるのが良いのか。自由競争か、または一定の規制を設けるべきか。

一つの企業が独占するカタチや公共交通事業者が連合を組むカタチ、自由に誰でも市場参入できるカタチが考えられますが、海外でもまだ結論は出ていません。ユーザーにより良いサービスを提供するためには、競争が必要ですが、基幹システムのような部分はバラバラに提供する理由もない。例えば、予約や決済の手段など、MaaSレベル1〜2に当たる部分は協調領域にして、各企業が多様なサービスを提供するレベル3〜4に当たる部分は競争領域にするといったことも考えられます。

 

MaaSで日本特有の課題を解決できる

ドイツで開発されたソフトウェアに、あるエリア内のバス台数、タクシー台数、人数等のデータから、人や交通機関の動きを予測し、さらに「この場所にタクシーを50台増やすとどうなるか」「相乗りするとどうなるか」といったシミュレーションを立てられるものがあります。

仮にこうしたソフトウェアを日本で使うと、地震やゲリラ豪雨、大雪が発生した際に交通機関の最適な利用法の予測が立てられ、コントロールできるようになる可能性があります。

災害時だけでなく、人の動きや交通機関への需要の高まりを予想できるようになれば、タクシーを効率的に稼働させられるようになります。今、タクシー稼働率は都内で42~43%程ですが、それを60%に高められると、ドライバーの年収も大幅に向上させることができます。

さらに介護施設や医療機関への高齢者の送迎やヘルパーさんの訪問看護、予約したレストランや美容室に行く時も、待ち時間などのムラ・隙間を少なくし、効率化することができます。自動車産業を持たないフィンランドでは自家用車保有数の減少が目的となりましたが、日本では上記のような社会課題解決が目的となり市場が発展していくものと見られています。

 

MaaSは様々な産業と結びつき、新たなビジネスを生む 

MaaS普及の動きはインターネットと似ています。インターネットが一般に普及した頃は、使った分だけ料金を支払う従量制でした。それが定額制になることで、Googleの各サービス、YoutubeやNetflixなどの映像配信、音楽配信などが爆発的に普及しました。

MaaSもそれと類似しています。現在、各交通機関は従量制が中心ですが、MaaSによって定額制になり、料金を気にせず移動するようになるとユーザーの意識が変わり、人々の居住地や、オフィスや病院、商業施設など出掛けていく場所に対する考え方も変わってくることでしょう。企業がそのユーザーに提供する商品やサービスも変わり、新しい業態が生まれてくる可能性があります。

例えば、MaaSのサービスの中に広告を入れたりするのはもちろん、「この不動産に住んだら」「この保険に入ったら」など移動以外の商品と組み合わせ、交通料金を安くしたり、あるいは交通に関しては無料で提供できるといった可能性もあります。

一つの実例として、サンフランシスコの共同複合施設「パークマーセド(Parkmerced)」があります。サンフランシスコは、サンフランシスコ市街地とシリコンバレーを抱え、10年連続人口が増え続けています。そうなると車の渋滞は多発し、中心市街地ではもうこれ以上駐車場を抱えきれないといった状況。

そこで、「パークマーセド」のコンセプトは、Car-free Living(車を持たない生活)で、車を持たない住人に毎月100ドルのUBERと公共交通利用に交通補助を行うというもの。これによって、住人は車の購入や維持経費もなくなりますし、不動産ディベロッパーも、住人のための駐車場をつくる用地やコストが不用となります。サンフランシスコ市としても渋滞が減るということで大歓迎というわけです。

最後にビジネスとしての考え方ですが、アメリカのゴールドラッシュの時代、金を採掘して利益を上げる人だけでなく、金の採掘に必要なツルハシやジーンズといった商品で利益を上げる人も多くいました。MaaSがインフラ、OS的なプラットフォームだとしたら、企業としても自分たちはその中で何をすべきかということを考えていく必要があるでしょう。MaaSそのものに取り組むのはもちろん、MaaSが普及していく中で「これが必要になってくる」「この分野が伸びる」といったツルハシの部分に多様な事業機会が眠っているものと考えられます。

MaaSと聞くと「交通系の企業がやるもの」と考えがちですが、むしろ異業種や新規参入企業が新しい発想やアイデアを持ち込むことに期待しています。私はMaaSが広く展開されるような環境の整備に取り組んでいきたいと思っております。

 

記事作成:星哲朗

撮影:村上由美

プロフィール

日高 洋祐:株式会社MaaS Tech Japan 代表取締役。2005年JR東日本入社。JR東日本研究開発センターフロンティアサービス研究所にて、ICTを活用したスマートフォンアプリの開発や公共交通連携プロジェクト、モビリティ戦略策定などの業務に従事。2018年6月からは技術イノベーション推進本部ITストラテジー部門モビリティ変革グループに所属。また、2014年より東京大学大学院 学際情報学府(社会人博士)にて日本版MaaSの社会実装に向けて国内外の調査や実証実験の実施、MaaSの社会実装に資する提言取り纏めを行う。2018年11月、株式会社MaaS Tech Japanを創業。MaaSプラットフォーム事業を推進し、日本国内での価値あるMaaSの実現を目指す。一般社団法人JCoMaaS理事 <著書>MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ(日経BP社)<学会発表歴>ITS世界会議(Intelligent Transportation System World Congress)。ICoMaaS(International Conference on Mobility as a Service)。情報処理学会、土木計画学会、日本サービス学会、日本機械学会など多数