【対談】業界を超えてパブリックの再構築を。地域全体を支えていくMaaSは、「鉄道」と「ローカルデータのプラットフォーマー」がキープレイヤー 井上岳一 × 近藤洋祐(後編)

2019.06.24 エキスパート

日本のMaaS(Mobility as a Service)市場、とりわけ地方におけるMaaS市場の成長性は、どのようなものか?

近藤洋祐氏(株式会社電脳交通 代表取締役社長)と井上岳一氏(株式会社日本総研 創発戦略センター シニアマネージャー)、いずれもMaaSによる地方活性化や地方の課題解決といったテーマに取り組まれているお2人にお話を聞いた。

後編は、MaaS市場の拡大をけん引していくためにキープレーヤーはどこなのか、課題も踏まえながら今後押さえるべきポイントについて伺った。

前編 1社が牛耳るプラットフォームは幻想。いろんな人を巻き込んだオープン戦略とサプライヤーの技術アップデートがMaaS市場成長のカギ はこちら

 

交通サービスとして鉄道のイノベーションは起こせるか

―MaaS市場の成長が見込まれる中、ビジネスの拡大をけん引するキープレイヤーはどこだとお考えですか。まずは井上さん、お聞かせください。

井上岳一(以下、井上):世界的なトレンドとして、都市のMaaS(アーバンMaaS)と地方・郊外のMaaS(ルーラルMaaS)の二つの方向でMaaSが語られ、実践されていますが、どちらのMaaSなのかということも、一つテーマとしてあるかと思います。アーバンMaaSは、都市の渋滞や大気汚染、駐車場の問題などを解決するためのもの、ルーラルMaaSは、公共交通空白地帯の移動弱者の問題を解決するためのもの、とそれぞれ目的が違います。

ルーラルMaaSという意味では、鉄道のイノベーションに期待したいところです。例えば、完全な自動運転は難しくても、半自動運転でコストがかなり下げることができれば、地方でも頻繁に鉄道を走らせることができるようになります。鉄道を中心にして交通網が活性化すれば、地方は蘇ります。

モータリゼーションが起き、鉄道の時代から自動車の時代になって、鉄道を使う人が地方部では減り、鉄道業界にも技術者が集まらなくなりました。国は、マイカーを買ってマイホームを買ってGDPを膨らませましょうという方針があったから、車を使ってくださいとマイカーにどんどん誘導してきた。国家が道路に投資している予算は鉄道とは桁違いです。道路は毎年6兆円くらい国家予算があるけれど、鉄道は整備新幹線以外はほとんどありません。基本的に民間で回してくださいということです。

JRや近鉄のように線路をたくさん持っているところだと、それを維持するのに手一杯だから本当に大変です。今の鉄道会社は不動産や商業開発によって収益を出すビジネスモデルに注力していて、そちらのほうには投資しますが、交通サービスとしての鉄道のイノベーションにどれだけお金をかけられるのか。鉄道会社は地方の儲からない路線からどんどん廃線していきますが、鉄道がなくなると地方の衰退が一気に進みます。高齢化が進むにつれ、マイカー中心の社会が少しずつ機能しなくなっている中で鉄道会社の役割は高まっていますが、今のまま鉄道にイノベーションがおきないと、地方がさらに衰退する悪循環は避けられません。

鉄道業界は、公共交通としてインフラ的な役割が強いので、いろいろと規制があるのは事実です。でも、ITを活用したビジネスモデルが世の中にいろいろと出てきている中で、交通サービスとしてどれだけ進化できるのか、そこを考えて進めていかないと日本のMaaSが爆発的に拡大することはないでしょう。もちろん、自動車会社がMaaS市場に流れ込むことで、市場は拡大します。でも、鉄道が大きく変わらないまま、いろんなサービスを二次交通としてつなげて、それをMaaSだと言っているだけだとあまり面白い市場にはならないだろうと危惧します。

近藤洋祐(以下、近藤):MaaSは、既存の交通事業をつなぐだけでは価値が生まれない。この意見は、井上さんと完全に一致します。必要なのは、地域の需給バランスに合わせた最適なサイズのモビリティーです。インフラ投資についても、それを考えた上でどれくらい必要になるのかという議論をしていく必要がありますよね。

 

グーグルでも検索できないローカルデータこそ次世代モビリティーサービスのカギ

―ビジネスの拡大をけん引するキープレイヤーについて、近藤さんはどのようにお考えですか。

近藤:交通事業者や行政はもちろんですが、ローカルデータを保有しているプラットフォーマーが、僕はキープレイヤーになってくると思います。鉄道のような大型の輸送機関と、タクシーのような小型の輸送機関の接続には、どうしてもデータの共有と交換が必要になってくるからです。

それに、「ラスト1インチ」の世界観で選ばれるサービスを作れるかどうかは、蓄積したローカルデータがカギを握っていると前編でもお話しました。

例えば移動データだけではなくて、足腰が不自由なので玄関まで付き添ってもらわないと移動ができないといったデータもそうだし、地域固有の通称みたいなものだってそうです。ある公園の正式名称は「〇〇」だけれど、地域の人たちは「××」と呼んでいる。グーグルで検索しても出てこないワードで呼ばれていたりするわけです。でも、次のモビリティーサービスを考えたとき、必ずこうしたローカルデータと人の移動情報が必要になる。

だから、「すみません、××ってどこのことですか?」、「何丁目のあの公園のことだよ」、「ああ、分かりました」といったやりとりを、電脳交通ではどんどんかき集めて、すべてデータベースに残しているわけです。

ただ、鉄道会社の管制システムは非常に閉じられたものなので、そもそも連携自体が難しいかもしれません。

井上:鉄道会社では、いろんなデータが管制システムに紐付いています。管制システムがハッキングされた瞬間に、鉄道が止まるといった事態が起こり得るので、そこにAPIで穴を開けるなんてことは、リスクが高すぎてできません。穴を開けるにしても、ファイアウォールをいくつも引く必要があるし、そうなるとシステム改修に何億円も掛かるという話もあります。オープンデータにすることに色々な意味での難しさを鉄道業界は抱えています。

でも、例えば御社がやっているようなタブレットだとかセンサーなどを取り付けることによって、簡単に乗車率のデータなんかがリアルタイムに共有できる仕組みを作ってしまえば、問題は意外と早く解決されるのかもしれません。管制システムとはまったく別にして完全に分けた方が、安上がりだし、安全性も確保できるでしょう。ここはビジネス領域になるはずなので、そうしたシステムを新しく作って提案できると面白いですよね。

近藤:今は、どちらかといえば鉄道会社の管制システムにどう接続しようかという議論が主流かと思います。でも、あえて管制システムに穴を開けないという考え方は、新鮮で面白いですね。

利用者、自治体、交通事業者「三方よし」のバイパスを模索する

―MaaS市場の発展に向けて、近藤さんがご自身の事業で今後取り組むべき課題があれば教えてください。

近藤:地域の人たちの移動がより気軽になる。そのために合理的に資本を使うことで、バイパスを作っていくことですね。

地方ではコミュニティーバスなどが運行されていますが、高齢者にとってはバス停までの徒歩移動が容易ではなく、残念ながら利用者は少ないのが現状です。どうにか最適化はできないかと思い、今年の3月NTTドコモと一緒に、山口県の阿東地区で実証実験をすることになりました。

阿東地区は、5000人の人口に対して地元のバス会社はありません。タクシー会社が2社あって、タクシーが3台あるのみ。そのためタクシー会社が山口市から請け負って、午後にスクールバスとコミュニティーバスを運行している状況でした。利用者にインタビューしてみると、「使わない」、「使おうと思ってもバス停まで行くのがすごく不便」という声が大多数。そこで私たちは、2車3台の地元のタクシーを7日間貸し切って、地元の人たちに無料で提供してみることにしました。完全な「0円タクシー」です。そうしたら、普段は1日だいたい10組あるかないかの利用状況が、7日間で約210組に急増しました。通常の3倍ほどにまで利用者が増えたわけです。

さらに、タクシーを利用した人たちは、スーパーで買い物をしたり、サービス業を利用してお金を使っていました。利用者が増えることで地域経済の活性化につながるし、自治体の負担も下がる。ただ、無条件でタクシー会社に投下されていた補助金が減らされると、地元にとってはかなりのトレードオフになってしまいます。これをどう解決するか。そこも考えながら、今後取り組んでいきたいですね。

「業界の領域」を打開してパブリックの再構築を

―鉄道のイノベーションや合理的なインフラ投資の話も出ましたが、そうした課題も踏まえてMaaS市場が拡大するために、井上さんは今後何がポイントだと思われますか。

井上:いろんな意味で、これまでの縦割りの構造を打破していくことではないでしょうか。例えば、鉄道やバス、タクシーなどと分かれていたものを、「どうすれば地域のモビリティー(移動性)を高められるのか」という観点で見直すことが大切です。

移動には、医療や買い物、旅など何らかの目的が必ず伴います。また、どういう交通手段で行くのかということもある。つまり、移動は、交通手段と目的との両面から考えなければいけないわけで、これまでは別の業界の別の領域だったところを一緒に考えられるようにした時に何ができるか。そこを考えながらみんなで取り組めば、ドラスティックにお金が回る仕組みができてくるんじゃないでしょうか。

そういう観点から、ヘルシンキの交通・通信省は2016年に省庁再編をしています。もはや陸運、海運、空運のような縦割りの垣根がなくなり、「データ局」と「サービス局」を中心とした組織体制になっています。縦割りの垣根をなくし、モビリティという観点からデータを集め、分析し、サービスに生かそうとしているのですが、これって凄いことですよね。

フィンランドでは、そうやって中央レベルでのパブリックセクターの再構築が行われる一方で、現場レベルでも色々な試みが行われています。近藤さんがおっしゃったように、フィンランドにおいても田舎の高齢者の方々がアプリを使いこなすという状況はなかなか難しいので、コールセンターが必要です。かと言って、コールセンターを各社がそれぞれ作ったり、1サービスのためだけに専用で作っていたりしては採算が合いません。そこで行政サービスのコールセンターの中に交通サービスのコールセンターを入れていくような試みが始まっています。「地域全体を支えていくためのコールセンター」を一つ作るイメージですよね。行政から交通、買い物まで何から何までそこで受けるモデルを作って、全体のコストを抑えようとしています。コールセンターというアセットを地域の色々なサービスでシェアしているのです。

ある特定の交通事業者が、自分たちの儲けは自分たちだけで作るとなると課題はなかなか解決されません。交通が生活の一つの重要な手段だと考えると、行政も民間企業も力を合わせながら、みんなでコストをシェアしていくモデルが成り立つと理想的です。どうすれば、みんなで自分たちの資産を持ち出しながらパブリックな空間を立ち上げられるか。「パブリックの再構築」みたいなことが今すごく求められているわけで、ここが打開できればMaaSがもたらす可能性はかなり広がると思います。

記事作成:黒川なお

撮影:Masanori Naruse

 

プロフィール

近藤洋祐:株式会社電脳交通 代表取締役社長、吉野川タクシー有限会社 代表取締役
学生時代は、メジャーリーグを目指すために単身渡米するも、ケガによる故障や現地選手との実力の差を実感する中で、プロのメジャーリーガーは断念。地元の徳島へ帰って、別の道を探しているとき、祖父が経営する「吉野川タクシー」を清算する話が持ち上がり、後を継ぐことを決心した。その後、クラウド型タクシー配車システムの導入や、コールセンターの委託業務を全国に展開する株式会社電脳交通を設立。地方と交通の課題を、ITとデータの力で解決しようと挑む、タクシー業界の異端児的存在である。

井上岳一:株式会社日本総研 創発戦略センター シニアマネージャー
農林水産省林野庁、(株)Cassina IXCを経て、2003年に日本総合研究所に入社。Yale大学修士(経済学)。法政大学兼任講師(生態系デザイン論)。森のように多様で持続可能な社会システムの実現を目指しインキュベーション活動に従事。現在の注力テーマは、自動運転技術を生かした「ローカルMaaS」のエコシステム構築。共著者に『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』(日経BP社)、『公共IoT 地域を創るIoT投資』(日刊工業新聞社)、『AI自治体 公務員の仕事と行政サービスはこう変わる!』(学陽書房)、『「自動運転」ビジネス 勝利の法則』(B&Tブックス)などがある。