【MeatTech】本格化する人工肉ビジネス 日本の国家プロジェクトがMeatTechで安定的・持続可能な人工肉を目指す理由 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 所長・教授 清水達也

2020.08.06 エキスパート

現在、日本を含め世界各国で人工肉の開発・商品化が本格化しています。
人工肉は「植物肉」と「培養肉」に大別されます。前者は大豆や小麦などの植物性タンパク質を肉状に加工した食品で、「代替肉」とも呼ばれます。後者は牛や豚などの家畜から採取した細胞を培養した食品です。培養肉は家畜を屠殺せずに家畜由来の肉を生産できることから「クリーンミート」とも呼ばれています。
人工肉の研究は日本の場合、すでに1960年代から始まっていました。ところが当時はバイオテクノロジーのレベルが国際的にも低かったため、研究から開発への移行が遅々として進みませんでした。しかし近年、バイオテクノロジーと先端科学技術が融合した「MeatTech」の登場により、2010年代から人口肉の実用化に向けた開発が急速に進みました。

今回は科学技術振興機構の国家研究事業「藻類と動物細胞を用いた革新的培養食肉生産システムの創出」の代表者として、培養肉の開発に取り組んでいる清水達也教授に、人口肉全体の開発動向とその問題点を伺いました。

 

※今回の取材内容に関しては取材日(2019年6月)時点の内容です。

 

家畜肉だけではタンパク質が足りない時代が間もなくやってくる

 

―― 日本を始め世界各国で人工肉の開発・商品化が加速している理由は何でしょうか。

清水 これは世界の食糧危機問題とも深く関係していることですが、FAO(国連食糧農業機関)の試算発表が発端です。

FAOは2009年9月、「世界の人口が91億人に達すると予測されている2050年までに、世界全体の食肉生産を現在比74%増産しなければ、タンパク質クライシスに陥る可能性がある」との試算を発表し、世界中の農業関係者に衝撃を与えたのです。
試算は複雑なのでここでは割愛させていただきますが、要するに「2050年までに世界中の食肉生産量を現在の約2億7000万tから約4億7000万tへ、2億t増産する必要がある」と警告したのです。

これが人工肉の開発に拍車がかかるモチベーションになりました。

 

―― 食肉増産と人工肉開発はどんな関係性があるのですか。

 

清水 それは食肉生産と穀物生産が密接な関係にあるからです。

例えば牛肉の場合、牛肉1㎏の生産には10㎏の飼料用穀物が必要とされています。出荷時の成牛の体重は平均650㎏と言われているので、この成牛1頭を育てるのに単純計算で6.5tの飼料用穀物が必要ということになります。
このため、食肉生産量を2050年までに2億t増産するためには、飼料用穀物生産量を20億t増産する必要があります。その一方でFAOは先の試算で食用の穀物生産量も「現在の約21億tから31億tへ増産しなければ」と言っている訳ですから、食用と飼料用合わせて30億tの増産が必要ということになります。

そこで問題になるが、この穀物増産を賄う農地を確保できるのかと言うことです。

農業関係識者の間では「2005―2050年の間を合計しても農地面積は1桁%程度しか拡大できない」と言われています。
中にはアマゾン地域などの熱帯雨林の開発により2桁%の拡大が可能との説もありますが、この場合はそこへ供給できる淡水資源を確保できない、これ以上熱帯雨林を開発すれば地球の酸素供給が十分できなくなるなどの問題が指摘されています。

こうした状況から、とどのつまりは「現行の農業形態をタンパク質の生産基盤とする限り、2050年のタンパク質クライシスを解決できない」との危機感が現実味を帯びました。その結果、家畜肉の代替タンパク質源として人工肉が注目され、実用化に向けた開発に拍車がかかったという次第です。

 

人工肉市場で先行するハンバーガー向け植物肉、本格的食肉で存在感を発揮する培養肉

 

―― 現在の人工肉開発はどのような状況なのでしょうか。

清水 植物肉で主な動きと言えば、やはり植物肉ベンチャーのビヨンド・ミートでしょうね。同社はアメリカのシリコンバレーで2009年に創業し、大豆やエンドウ豆由来の植物肉開発に成功、2016年にハンバーグ用パティ「ビヨンドバーガー」を発売。この商品のヒットで同社は急成長しました。

さらに同社は2019年5月に米国ナスダックへ株式を上場。現在は米国内のハンバーガーショップやレストランだけではなく、カナダ・イスラエルのレストラン・食品スーパーへもビヨンドバーガーを供給しているようです。

また、2011年に創業した植物肉ベンチャーのインポッシブル・フーズもハンバーグ用パティ「インポッシブルバーガー」を発売。米国ハンバーガーチェーン大手のバーガーキングへこのパティを供給しています。スイスの食品大手ネスレも植物肉「インクレディブルバーガー」を開発、2019年4月から発売しています。この他、食品・家庭用品の多国籍企業ユニリーバ、ブラジルの食品大手JBSなども植物肉市場で話題になっています。

 

―― では培養肉はどのような状況なのでしょうか。

清水 こちらも2015年頃からプレーヤーが次々と誕生しています。

しかし、有名なプレーヤーと言えば、まずオランダ・マーストリヒト大学医学部のマーク・ポスト教授が、世界で初めて開発したハンバーグ用パティでしょうね。2013年にその試食会が行われ、当時は大きな反響を呼びました。
この他では、アメリカのMeatTechベンチャーのメンフィス・ミートが2016年に世界初のミートボールを開発しています。イスラエルのMeatTechベンチャーのスーパー・ミートは世界初の鶏肉を開発しています。同じくイスラエルのMeatTechベンチャーのアレフ・ファームズは2019年に世界初のステーキ肉を開発しています。

日本国内では私たちのプロジェクト、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の「スペースフードX」、日清食品ホールディングスと東京大学生産技術研究所の産学共同プロジェクトの3チームが中心になってメイドインジャパンの培養肉開発に取り組んでいるところです。

JAXAのプロジェクトは、宇宙ステーションで地産地消できる培養肉の開発に取り組んでいるのがユニークといえます。将来的には月や火星の宇宙基地での「培養肉工場」実現を目指しています。

また、日清食品ホールディングス・東京大学生産技術研究所産学共同グループの場合は、2019年3月に世界初のサイコロステーキ状牛筋開発に成功しています。

 

穀物生産と競合する植物肉、これでは2050年問題解決と矛盾?

 

―― 清水先生たちが取り組んでおられるプロジェクトでは、どんな培養肉開発を目指しておられるのでしょうか。

清水 私たちのプロジェクトも東京女子医科大学、早稲田大学、細胞培養システムベンチャーのインテグリカルチャー株式会社の産学共同チームです。これに藻類加工食品ベンチャーの株式会社ユーグレナと医療用電子機器メーカーの日本光電工業株式会社の2社が協力してくれています。

当チームの開発目的は「安定的で持続可能な食肉生産システムの確立」にあります。このため、飼料用穀物を藻類に、家畜から採取した細胞培養を「単一細胞培養」から「立体組織細胞培養」に置き換えて開発を進めています。

この方法により、高価な血清・増殖因子を含む既存培養液を用いずに安価な食肉生産が可能になります。

具体的には、まず藻類から抽出した栄養素と複数の動物細胞の分泌物を含む培養上清を用い、筋肉組織の源となる筋芽細胞を増幅します。次に増幅した筋芽細胞を、MeatTechを駆使して成熟化・肉厚化させることで安価な食肉生産が可能になります。つまり私たちは、皆さんが普段食べている家畜食肉と遜色のない栄養価・食味・食感、ボリューム感のある安価な食肉の、安定的で持続可能な生産を目指しているのです。

 

―― 清水先生たちのチームは、なぜ植物肉ではなく培養肉の開発を目指しておられるのでしょうか。

清水 それは食肉生産の安定性と持続可能性を担保するためです。

植物肉の場合、主原料が大豆、小麦などの穀物です。そして穀物から抽出できるタンパク質の割合は10%前後です。日本食品標準成分表を見ると、穀物100g中のタンパク質含有量は燕麦13.0g、ソバの実10.8g、トウモロコシ8.6g、小麦13.0g、大麦10.6gなどとなっています。ただし、「畑の肉」と呼ばれる豆類は別格です。例えば小豆は20.3g、いんげん豆は19.9g、エンドウ豆は21.7gなどとなっており、大豆に至っては33.8gもあります。

とはいえ、豆類を除いた穀物の場合、仮に10㎏の植物肉を生産するためには100㎏前後の穀物が必要になる訳です。これでは現在の家畜肉の生産システムと基本的に変わりません。

 

―― つまり植物肉では「2050年問題」の解決策にならない?

清水 おっしゃる通りです。

個人的にはタンパク質を抽出した後の穀物処分も気になっているところです。もし、植物肉製造残差を廃棄しているとしたら、本末転倒のような気がしています。

 

―― 対して培養肉なら、「2050年問題」の解決に適っているでしょうか?

清水 はい。

まず皆さんに知っておいていただきたいのが、植物肉と培養肉の根本的な違いです。

植物肉は既存のバイオテクノロジーの応用で開発できる食肉です。ですから技術的なハードルが低いのです。
これが現時点において、人工肉といえば植物肉という形でプレーヤーが続々と登場し、人工肉市場で先行している背景です。

一方、培養肉は単一の細胞を培養する「単一細胞培養」と、性質・形状・機能等が分化した細胞を立体的に組み直して培養する「立体組織細胞培養」に大別できます。

前者は、単一の細胞種を食品スケールまでに培養する技術です。この技術は生物学の基本的な技術でもありますので、様々な手法が確立されています。ですから培養肉の開発も比較的容易です。

ところが後者は、皮膚、筋肉、神経など複雑な構造・機能を持つ生命体の再生を目的とした培養技術です。このため、細胞培養から分化誘導などのプロセスが必要になるなど、細胞培養の難易度が高いので、私たちはこの技術を基にした食肉開発を進めています。このため私たちは、既存のバイオテクノロジーと再生医療技術の融合によるMeatTechを駆使して開発を進めています。率直に申し上げて、私の専門である再生医療技術自体が開発途上の技術ですので、技術的なハードルが非常に高いのです。これが現時点では試作品段階にとどまっているゆえんです。

しかしブレークスルーの暁には、例えば牛肉ならロース、ヒレ、バラと同じような血管、脂肪、筋肉などがある食肉を実現できます。

 

閉鎖的生産環境と藻類が食肉の安全性と供給安定性を保障する

 

―― 培養肉を生産する場合、どんな設備が必要になるのですか。

清水 基本的に基礎培地(細胞増殖装置)、無菌室、インキュベーター(細胞培養に最適な温度・湿度・光等を一定に保つ装置)が必要です。

 

―― ということは、半導体のクリーンルームに似た閉鎖環境ですね。

清水 その通りです。

培養肉はクリールームのような閉鎖環境施設で生産でき、しかも家畜のように糞尿も排出しないので、虫や雑菌が繁殖せず、細菌やウイルスの侵入も防げ、食肉生産の安全性を十分担保できます。

さらに、食肉生産を例えば10階建てのビルで行えば、同一面積で10倍の生産ができます。牧場のような広い土地は不要です。土地の有効活用でも優れています。

 

―― 清水先生たちのプロジェクトでは、飼料用穀物ではなく藻類を採用しておられますが、その理由は何でしょうか。

清水 これも食肉生産の安定性と持続可能性を担保するためです。

まず、藻類は基本的に水と光があれば生産できる植物です。したがって、

・農地が不要……湾、湖、池、水槽など農地以外の場所で生産できるので穀物生産と競合しない

・淡水資源の極小化……湖、池、水槽など淡水環境で藻類を生産する場合、水面からの淡水蒸発、地下への淡水滲み出し限定的なので、淡水資源の消費を極小化できる

など、環境負荷をほとんどかけないメリットがあります。

次に、単位面積当たりの収穫量が飛躍的に高いのです。

例えば、豆類の中でもタンパク質の塊と言われる大豆(タンパク質含有量33.8g/100g)と藻類のタンパク質生産量を比較した場合、大豆の1ヘクタール・1年当たりのタンパク質生産量は580㎏です。対して藻類のそれは10tです(引用「Alexander et al,2017」)。

つまり、藻類のタンパク質生産能力は大豆の17倍もあります。

したがって、藻類なら穀物のように異常気象、自然災害などによる凶作の影響をほとんど受けずに安定的に生産できます。また日本の場合、穀物の大半を輸入に頼っているので、輸入途絶のリスクを常に抱えているのですが、この面でも藻類ならこの影響を受けません。加えて穀物生産と競合しないので、穀物生産の農地を侵食する惧れもありません。

それもあって私たちのプロジェクトでは、日本の藻類加工食品開発の草分けであり、藻類栽培にも経験と知見が豊富な株式会社ユーグレナに協力していただいているのです。

私たちのプロジェクトの場合、分化した細胞を統合して食肉に作る替える立体組織細胞自体にこれから解決しなければならない技術的課題がある上、培養に必要な血清や基礎培地にも高いコストがかかるなどの壁に直面しています。

でもこの壁を突き崩せば、食肉生産の低コスト化を図れるだけでなく、私の専門である再生医療の技術的進化や低コスト化に貢献できると確信しています。周囲から「医者がなぜ培養肉を」といわれることもあるのですが、私にはこうした目的もあるのです。

 

人工肉は畜産業と共存共栄できる産業

 

―― 清水先生たちのチームは、いつ頃成果を出せそうですか。

清水 計画では2018年度から2020年度までの3年間になっていますが、率直に申し上げて確約はできません。
ですが、私たちのチームのプロジェクト目的である「安定的で持続可能な食肉生産システムの確立」に向けた技術的な目鼻だけは付けたいと思い、頑張っているところです。

 

―― 近い将来、清水先生たちのプロジェクトが成功し、家畜肉と遜色のない品質とボリューム感があり、しかも家畜肉とそれほど値段差がない培養肉が市場に出回った場合、畜産業を圧迫するとの声が一部で聞かれますが、これについてはどのようにお考えでしょうか。

清水 それは率直に申し上げて、論点があべこべになっていると思います。

そもそも、植物肉を含めた人工肉の商品化は「タンパク質クライシス」が発端になっています。現行の畜産システムでは2050年に世界91憶人の生存に必要なタンパク質を賄えないとの危機感です。

ですから、理論的にも人工肉は家畜肉の補完食物でしかないのです。決して現行の畜産業にとって代わろうという食物ではありません。

かといって、家畜肉を補完する脇役的な食品だから「多少品質は悪くても」では商品価値がありません。だからこそ、私たちは家畜肉と遜色のない人工肉開発を目指しているのです。

例えば食品スーパーの精肉コーナーへ行くと、家畜肉と一緒においしそうな人工肉が並んでいる。消費者はその日の献立や気分に合わせて家畜肉や人工肉を買って帰る。私は個人的にそんな買い物シーンを夢見ています。
さらに申し上げれば、人工肉が食肉市場に出回るようになれば、それに刺激されて畜産業の生産・流通のイノベーションが起きる可能性もあると思っています。

いずれにしても私は、人工肉は畜産業と対立する産業ではなく、共存共栄できる産業だと確信しています。

 

―― 最後に、法規制の面で解決すべき課題は何でしょうか。

清水 ニュージャンルの食品を開発・販売する際、主要な法制だけでも食品安全基本法、食品衛生法、食品表示法などの規制を受けます。ところが今のところ、人工肉はこれらの法制の想定外食品です。
一日も早く厚生労働省や農林水産省で論議を進めていただき、食品関連法制における位置づけを決めていただければと願っています。

そうしていただければ、日本の人工肉開発競争がさらに活発化すると思っています。

 

 

(記事作成ː福井 晋)

 

<参照資料>

・人工肉の現状と問題点/調理科学

https://www.jstage.jst.go.jp/article/cookeryscience1968/3/1/3_23/_pdf

・世界の食料生産、2050年までに70%増の必要/AFPBB News

https://www.afpbb.com/articles/-/2645112

・ビヨンド・ミートが遂に日本上陸/Tokyo Vegan

http://tokyovegan.net/plant-based-beyond-meat/

・代替肉は「うまみ」のある新ビジネス?/DG Lab Haus

https://media.dglab.com/2019/06/16-afp-01-2/

・フードテックが生み出すバイオエコノミーの新潮流/東レ経営研究所

https://cs2.torayco.jp/news/tbr/newsrrs01.nsf/0/30E01AFE14A1BB774925830E00104F90/$FILE/sen_205_02.pdf

・細胞培養肉のステーキを開発/ロイター

https://jp.reuters.com/article/food-tech-idJPKCN1UF02F

・藻類と動物細胞を用いた革新的培養食肉生産システムの創出/日本の研究.com

https://research-er.jp/projects/view/1042280

・培養肉は未来の食卓にたくさん並ぶか/サイエンスポータル

https://scienceportal.jst.go.jp/reports/other/20190802_01.html

・もう空想ではない「培養肉」とはどんなもの?/ DG Lab Haus

https://media.dglab.com/2017/11/11-meat-01/

・「植物肉」が注目され資金が集まる本当の理由/CHITOSE JOURNAL

https://journal.chitose-bio.com/protein_crisis/

清水達也

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 所長・教授