日本で医療機器ベンチャーのエコシステムができない理由とは。日本初の医療機器インキュベータがみる医療機器ビジネスの可能性 内田毅彦(前編)

2018.08.22 エキスパート

今後ますます拡大する産業として、近年さらに注目を集めるヘルスケア領域。日本の医療機器における貿易赤字は、日本企業の海外生産の製品の輸入額を除いても6,000億円規模、しかもそれらは年々増加しているといわれています。社会的要請は増す一方ですが、この領域特有の「規制」が高い壁となってベンチャーの参入や育成を阻んでいる現状もあります。

今回お話を聞いた内田毅彦さん(株式会社日本医療機器開発機構 代表取締役)は、医療機器ビジネスの第一人者。医師であり、日本人として初めてアメリカ食品医薬品局(FDA)の医療機器審査官も務めた異色のキャリアの持ち主です。

海外の大手医療機器メーカーやシリコンバレーでも多くの医療機器ベンチャーをみてきた内田さんは、日本の医療機器業界の現状をどのように見ているのでしょうか。

 

日本が抱える6,000億円の貿易赤字、「なぜ医療機器ではここまで遅れを取っているのか」という想い

川口荘史(以下、川口):内田さんは日本人初のFDA審査官として知られていますが、外資系の大手医療機器企業であるボストン・サイエンティフィックやシリコンバレーのスタートアップ参画など、ビジネスでの経験も豊富です。これまでのキャリアについて教えてください。

内田毅彦さん(以下、内田):大学を卒業し、日本で心臓病専門医になりました。その後「医師の中でも手に職をつけて差別化しなければ」と考え、ハーバードにて臨床研究を深めるため勉強をしにいきました。

 

川口:ハーバード公衆衛生大学院で学位を取得されています。

内田:そこで得た知識を使いたくなって、その後もフェローとして、臨床研究に1年携わりました。FDAで働くようになったのは、そのときの上司に紹介してもらったためです。FDAで働く直前には、日本でPMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)の前身となる組織でのインターン経験も行いました。この経験が米国でも活きました。

川口:FDAで医療機器の審査官を務める日本人は、初めての事例とのことですね。ここでのご経験が現在の国内の医療機器事業を支援するお考えに結びついたのでしょうか。

内田:驚くべきことに、日本は医療機器分野における6,000億円もの貿易赤字を抱えています。日本は「ものづくり大国」と言われて、自動車や電気製品では勝負できていたのに、なぜ医療機器ではここまで遅れを取っているのでしょうか、これは不思議ですね。この赤字を解決できれば、国益にも資するはずと考えるようになりました。

こうした想いは現在の活動にも通じるベースになっています。米国でのFDAや大手医療機器メーカーでの経験を通して、日本の医療機器分野でも役に立つスキルや知識が身につきました。

 

米国の医療機器の大企業はベンチャーを買収し、自社開発はあまり行わなくなった

川口:医療機器メーカー大手のボストン・サイエンティフィックでも経験を積み、その後はシリコンバレーの医療機器ベンチャーへの支援も経験されています。大企業や政府機関で働いた後にあえてベンチャーへ行ったのはなぜですか?

内田:米国では大企業ではそれなりに成功しているベンチャーを買収することが多く、自社開発はあまり行いません。つまり、開発の最上流が分からない。失敗事例も含めて知ることができるのはシリコンバレーだけだと思い、実際に現地で仕事をすることにしました。思惑通り、医療機器開発の最初から最後までを見ることができました。

川口:米国の大手企業では事業戦略上、自社開発ではなくベンチャーの買収が前提になっているのですね。ベンチャーもそうしたエコシステムの中で生まれている。医療機器ベンチャーという観点で、シリコンバレーと日本を比較して気づいたことはありますか?

内田:日本のベンチャーでは、事業アイデアを具現化する力を持つ人が少ないように思います。アメリカではシリアルアントレプレナーやエンジェル投資家がつき、資金的な支援を含めて事業化を後押ししている。起業を経験した投資家が、具現化を支援しています。こうした具現化につながる仕組みがなければ、アイデアだけで「なぜ実現できないんだろう」と考え続けることになってしまいますね。

日本で医療機器ベンチャーが成功するには、医療イノベーションのシーズを具現化するというミッシングピースを埋めることが必要だと感じます。日本人は、うまくいった隣の事例を真似るのはとても得意なので、成功事例を生み出せばその次につながっていくと思いますね。

 

川口:なるほど、日本ではアイデアを具現化する仕組みが不十分ということですね。他にはどういった点があるでしょうか。

内田:特に医療機器分野では、アメリカではIPO数が少なくM&Aのほうが圧倒的に多い。

一方で、医療機器は買収での事業の見極めが難しい。例えばITは、エグジットのころには一定の成長曲線が見えている状況ですが、医療機器の場合は、医療機器開発は時間がかかるので、買収されるタイミングではそうした成長曲線には乗るより前の状態であることがある。つまり、買い手にスキルが必要で、リスクも取らなくてはならない。日本では事例も少ないために、アメリカに比べて医療機器ではM&Aでのエグジットが少なくなっています。

川口:ベンチャーが医療機器開発をして大企業に買収されていくエコシステムがアメリカでは確立されているが、日本では事例も少なく難しいのですね。日本では大企業による医療機器ベンチャーの買収があまり積極的ではないということも要因であると。

内田:しかも、アメリカの場合は、大企業が漫然とベンチャーの芽が出るのを待っているわけではありません。肥料をまいて、良い芽が出たところから青田買いしています。

さっと市場を見に来るだけでは、なかなかいいベンチャーは見つからないということですね。国内でもようやく海外のファンドに出資してシリコンバレーのスタートアップの情報収集する企業が出てきましたが、M&Aの競争力ではまだまだ負けていると思います。日本の医療機器メーカー大手も、国内外のスタートアップ企業のM&Aを積極的に考えるべきかもしれませんね。

川口:アメリカでは、大企業がベンチャーの情報収集をしているだけではなく、肥料をまく、すなわちアーリーステージから資本提携など関係構築についても進めているということですね。こうしたベンチャーに対する大企業の姿勢についても参考になるところが多いのですね。

 

日本で医療機器ベンチャーのエコシステムができない理由。「見積もりを誤る起業家」と、「保険をかける投資家」

川口:その後、国内に戻って日本初の医療機器インキュベータを立ち上げられています。例えば大企業で医療機器開発していくということではなく、インキュベータとして医療機器ベンチャーの支援をしていくことを選択されています。

内田:大企業の中で一個人が影響力を発揮して新しいことを始めるのは、なかなか容易ではないという現状があります。経営サイドの意思決定があってはじめてできることなので。日本の大企業には成功事例があまりなく、売れ筋の医療機器を開発しているところも少ない。仮に自社開発できる体制を整えたとしても、開発力を維持し、自社開発でよい製品を生み出し続けることは非常に難しい。

一方で起業家、イノベーターには、医療機器特有のプロセスや事業経営を理解できていない人が多いという課題がある。そうした課題解決のためにインキュベータを立ち上げました。

川口:プロセスの問題とは?

内田:医療機器開発では「特許を取る」「ベンチテストを成功させる」といったプロセス、マイルストーンを踏んでいく必要があります。イノベーターが「将来これは500億円で売れるぞ」と思ったとしても、必要なプロセスを経ない段階では「高すぎる見積り」になってしまい、いつまでも買い手がつかないわけです。

こうしたプロセスを理解していないイノベーターと投資家の間の資本政策に関する温度差は大きい。

アメリカには同じようなことを経験している成功者がすぐ近くにいて、的確なアドバイスを得られるので、こうしたことは起こりにくいのです。

川口:医療機器ならではのプロセスの理解が足りないために大きな温度差がうまれる。そうした起業家の理解が足りないところを支援していくということに価値を感じられたのですね。

今後は、そうしたギャップを埋める「成功者」の存在が日本でも重要になってくるわけですね。

内田:医療機器は専門性が高い分野であり、「医療現場を知っていてビジネスも分かる人」「ビジネスが分かる人で医療現場を知っている人」が非常に少ないのが現実です。

日本の大企業は「自社には優秀な人材がたくさんいるから大丈夫」と考えてしまいがちなのですが、優秀であっても実際にやったことがない人だとなかなかうまくいかない。

アメリカではそうした経験のある人材を循環させるエコシステムのようなものができあがっています。

川口:大企業含めた投資する側についてはどのようにお考えですか。

内田:日本の投資家にも問題があります。

成功事例がないから及び腰になるし、目利きにもあまり自信が無い。自信が持てなければリスクを取れないので、「投資金額を値切る」か「出す金額を小さくする」か。いずれかの保険をかけて投資する。

さらに、医療機器の開発にはミッシングパーツが多すぎる。私たちは投資してもらう側でもあるので「投資家回り」をしますが、医療機器関係への投資についてベンチャーキャピタルはなかなか前向きになってくれないように思います。「私たち自身も既に投資しています」と言っても不安に思われ、どんどん値切ろうとしてくる。

日本の大企業にしても同じで、我々が良いと信じる案件を持っていってもなかなかリスクを取った投資ができません。ただ、そうした投資をしないことには、良い情報もなかなか入ってこないのですけどね。

川口:成功事例も多くない業界のため、投資に保険をかけようとしすぎるのですね。そうなると、「最初から環境が整っている海外で会社を作ったほうがいい」となってしまうわけですね。

内田:私自身は、まだまだ日本には良いシーズが眠っているはずだと思っています。さまざまな活動を通じてそうしたシーズを掘り起こし、ディールに結びつけていきたいですね。

 

後編に続く

記事作成:多田慎介

撮影:Masanori Naruse

 

プロフィール:内田毅彦

株式会社 日本医療機器開発機構(JOMDD-ジョムズ) 代表取締役。内科・循環器科専門医。ハーバード公衆衛生大学院修士・ハーバード経営大学院GMP修了。現在の医薬品医療機器総合機構(PMDA)・日本医師会での勤務を経て、日本人として初めて米国食品医薬局(FDA)にて医療機器審査官を務める。さらに、臨床開発支援のBaim Institute、世界的な医療機器大手Boston Scientific 米国本社Medical Director、米シリコンバレーにて医療機器スタートアップ企業へのコンサルティング業を経て、2012年(株)日本医療機器開発機構を設立。医療現場での有用性を踏まえた製品開発、臨床試験デザインから海外薬事戦略、海外販売展開の推進まで多岐に渡る豊富な実績を有し、日本初の本格的医療イノベーション・インキュベーターとして医療機器、再生医療、デジタルヘルスサービスなどの事業化に着手している。日本医療研究開発機構AMED 革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ(LEAP)課題評価委員、厚生労働省 医療系ベンチャー振興推進会議構成員、経済産業省 グローバルネットワーク協議会分野別エキスパートなど公的機関の役職も多数兼務