日本にはまだまだ優秀なシーズが眠っている。「アイデア」と「事業化力」の両面から医療機器のイノベーションを支援 内田毅彦(後編)

2018.08.23 エキスパート

少子高齢化という背景の中で、医療費や介護費の増加など、社会的な課題解決の観点でも注目を集めるヘルスケア領域。一方で新規参入が容易ではない業界でもあり、最先進国と言えるアメリカと比較して、日本はこの領域での有力なベンチャーが育ちにくい環境にあります。「一方で、日本にはまだまだ良いシーズが眠っているはず」。医療機器産業のエキスパートである内田毅彦氏(株式会社日本医療機器開発機構 代表取締役)はそう語ります。

前編では、内田さんの日本人で初めてアメリカ食品医薬品局(FDA)の医療機器審査官も務めた異色の経歴について、そして、日本で医療機器ベンチャーのエコシステムができない理由など伺いしました。後編では、日本に眠る潜在的なシーズとは何なのか、どのような条件が整えばそれは花開くのか。お話をうかがいました。

 

前編はこちらから

 

重要なのは実現する力。イノベーションは「アイデア+インプリメンテーション」

川口荘史(以下、川口):内田さんは、2013年に医療機器を含むヘルスケア領域を主眼にしたインキュベーション事業を立ち上げられています。インキュベータとしてはどのような特徴があるのでしょうか?

内田毅彦さん(以下、内田):医療に関連する製品を市場に送り出すためには、薬であれ機器であれ「国の承認を取らなければいけない」というプロセスが発生します。そのため非常に参入障壁が高い。

開発にも長い時間がかかるので、短期的なリターンを求める投資家は手を出しにくい。そうした中での私たちの強みといえば、「実際に事業化できること」だと思います。

 

川口:アイデアを実現できる力があるということですね。

内田:私はイノベーションの定義を「アイデア+インプリメンテーション(implementation)」ととらえています。

奇抜なアイデアがあるだけではダメ。それを具現化できてはじめて、イノベーションになるのだと。ヘルスケア領域はインプリメンテーションがとても難しくて、これができずに消えていく事業や企業や多いのです。

川口:インプリメンテーションにおいて、医療現場の経験もあり、アメリカではFDA審査官だけではなく、大手医療機器メーカーやシリコンバレーの医療機器ベンチャーに携わったこともある内田さんの経験が活きるのですね。

内田:アメリカではヘルスケアベンチャーへ積極的にM&Aを仕掛ける大企業にいましたし、もちろん医療現場も知っています。今も医師として、週に一度は患者さんを診ています。

診断や治療の評価自体を疫学的な手法、統計学的な手法を用いて行うことを学び、研究していたので、新たな事業・製品が既存の治療法と比べてどう優れているかを判断することに役に立ちます。

さらに、FDA(アメリカ食品医薬品局)にいたときの経験から、「審査当局の基準にどうやって合致させていけばいいか」という感覚値も分かります。

「企業」「医師」「審査官」をすべて経験してきたことが大きいと思いますね。

川口:その独自の立場から見て、日本の医療機器シーズはどれくらい眠っていると思いますか?

内田:人口で言うとアメリカは日本の約2.5倍。

でも、イノベーションの数は向こうが100なら日本が0に近い状態です。

潜在的なシーズの数を推計するのは難しいですが、確率論的には、実際に日本で活動している金の卵に出会う可能性はまだまだあるはずです。

川口:最初のわかりやすい成功事例が出てくることも重要ですね。

内田:そうですね。日本発の医療機器が世界で大成功している例はまだごくわずかです。先ほどお話ししたようなインプリメンテーション、いわば「事業化力」を伸ばせるかどうかにかかっていると思います。

 

国内には医療イノベーションの経験者がいない。「アイデア一辺倒」になりがちな日本の医療機器ベンチャー

川口:事業化力を持つベンチャーを創っていくためには、どのようなチームが理想的なのでしょうか?

内田:シリコンバレーの場合は、独創的な発想や技術を持つ人がビジネス側の優れたメンバーと組み、チームについても「アイデア+インプリメンテーション」で進めています。そうこうしているうちに起業家もインプリメンテーションできるようになり、投資家とのやり取りも慣れていきます。

日本はインプリメンテーションできる人がチームに入っていないため、「アイデア一辺倒」になることがほとんどです。

 

川口:日本ではインプリメンテーションができるメンバーが入っていないことが課題だと。どういった方が、インプリメンテ―ションができる人材といえるでしょうか。

内田:日本は医療機器の人材マーケット自体がとても小さくて、医療イノベーションの経験者がいません。

有名な医療機器メーカー出身だからといって、実際にイノベーションを起こせるかどうかというと話は別です。

一方でどんな業種でも企業を上場させたことがあるような、インプリメンテーションの経験者なら、その力を生かせるかもしれませんね。

何かが起きたときにどう対処すればいいか、その都度対応しながらやっていくような判断力や柔軟性は、一般的にスタートアップが成功するために求められる素質です。今後は医療イノベーションの世界にもそれが必要だと思います。

川口:そうした意味では業界外の方でもよいかもしれませんね。内田さんが思う「良いシーズを持っている人たち」というのは、どういう人たちでしょう?

内田:大学などの研究機関よりも、町工場などの小規模な会社のほうが実は有力かもしれませんね。

研究機関にはさまざまな制約があって、機動的に動けない場面も多い。実際に以前、ある中小企業の社長から、彼が私財を投じて開発していた優れたアイデアを「あとの事業化はあなたたちに任せたい」と託されたこともありました。大胆な決断が素早くできることが大切だと思います。

川口:技術やアイデアがあっても実現する力がないので停滞しているということも多いですね。

内田:技術さえあればよいというわけでもない。技術で見劣りしたとしても、熱意と柔軟性のある若手のほうが活躍できる可能性もありますね。

 

「簡単にはできないことを、具現化して提供する」。それがエキスパートの条件

川口:内田さんは投資家側の立場でもあり、事業会社側の立場でもあります。現在は、どのような支援をされているのでしょうか。

内田:ベンチャーの支援はもちろん、大企業のアメリカ進出などもお手伝いしています。現在は医療機器に注力していますが、ヘルスケア領域でより幅広く対応できると思います。

医師として実際の医療現場や病気のことを知っていることも強みになります。医師として起業する人も多いですが、「自分たちだけでできる」と思っているとうまく噛み合わないことも多い。

起業家とのそうした壁を崩していくには、やはり私たちも大きな成功事例を作り上げなければいけないと思っています。

 

川口:投資家としての立場では、投資先にどういった関わり方をされているのですか?

内田:私たちの関わる度合いが非常に大きい場合は、社内のメンバーからプロジェクトマネジャーを立て、メンバーの得意分野を生かして進めています。また、ほとんどのオペレーションを私たちで進めて、報告だけ上げているようなケースもあります。

川口:実際にインプリメンテーションを支援する形で、投資先にプロジェクトマネジャーを出していくのですね。実際に中に入って支援しているからこそ、新たな知見も増えるわけですね。

内田:私自身、こうした活動を続ける中でさまざまな発見がありました。創業者に求められる柔軟性、投資家のリスク感受性、大学や大企業の「自分でできる」病、海外メーカーとの戦い方……。こうしたことは、すべて自らが実際にやってみたからこそ分かったことです。

やればやるほど私たち自身もタフになっていくし、知見が溜まっていく。この循環をこれからも大切にしていきたいですね。

私のような経験をしている人は日本ではいないと思いますが、「私がいなければどうにもならない会社」ではどうしようもない。この知見を受け継いでいくための取り組みも重要だと思っています。

川口:今後、内田さん自身の知見を生かしたり、提供したりすることで、どのような分野に挑戦していきたいと考えていますか?

内田:AIやロボティクスには興味があります。医療そのものが猛スピードで変化を続けている今は、まさに大きな転換期だと思っています。

医療の世界はイノベーションによって「手術器具を消毒して感染症を減らす」「新たな手法でがんを治療する」などの進歩を続けてきました。

医療はかなり進化したので、結果として、人類の寿命を伸ばす余地は少なくなってきています。それらを背景に、私は「いかに医療を効率化するか」を考えるようになりました。そして今、AIが注目されている。

医療がリセットされるタイミングに来ていると思います。

川口:まだまだ未開拓な部分も多いですね。

内田:手術などの技術や診断アルゴリズムも今後イノベーションが起きる余地があると思います。社会全体が医療費をかけられない事情もあります。今後そういったことにも対応しなければいけないと思います。

「簡単にはできないことを、具現化して提供する」。それがこの分野のエキスパートの条件だと考えているので、これからも積極的な挑戦を続けていきたいですね。

 

記事作成:多田慎介

撮影:Masanori Naruse

 

プロフィール:内田毅彦

株式会社 日本医療機器開発機構(JOMDD-ジョムズ) 代表取締役。内科・循環器科専門医。ハーバード公衆衛生大学院修士・ハーバード経営大学院GMP修了。現在の医薬品医療機器総合機構(PMDA)・日本医師会での勤務を経て、日本人として初めて米国食品医薬局(FDA)にて医療機器審査官を務める。さらに、臨床開発支援のBaim Institute、世界的な医療機器大手Boston Scientific 米国本社Medical Director、米シリコンバレーにて医療機器スタートアップ企業へのコンサルティング業を経て、2012年(株)日本医療機器開発機構を設立。医療現場での有用性を踏まえた製品開発、臨床試験デザインから海外薬事戦略、海外販売展開の推進まで多岐に渡る豊富な実績を有し、日本初の本格的医療イノベーション・インキュベーターとして医療機器、再生医療、デジタルヘルスサービスなどの事業化に着手している。日本医療研究開発機構AMED 革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ(LEAP)課題評価委員、厚生労働省 医療系ベンチャー振興推進会議構成員、経済産業省 グローバルネットワーク協議会分野別エキスパートなど公的機関の役職も多数兼務