「医薬品の提供」から「元気で長生きのソリューション提供」への重心移動 田辺三菱製薬株式会社代表取締役専務執行役員 子林孝司 (前編)

2019.05.28 エキスパート

平成の後半、国内製薬業界は、グローバル化に対応するため業界再編の嵐にさらされてきました。現在も超高齢化社会への対応、医療費抑制策などによりビジネスモデルの変革を求められています。その手段としてデジタルトランスフォーメーションやオープンイノベーションの推進を積極化している会社もみられます。

事業環境の変化や技術革新を受け、製薬企業としてどのような変革が必要になっているのでしょうか。製薬業界のビジネスモデル変革のために奔走している田辺三菱製薬の子林専務にミーミル代表の川口がお話を伺いました。

前編では、子林専務のこれまでの足跡と、製薬業界が目指すべき未来像を伺いました。

 

営業から創薬まで、多様な部門を経験し役員に就任。現状の課題こそ未来へ跳躍する種

―― 研究職として入社以来、人事部や秘書室を経て、中間管理職として営業企画部長、経営管理部長・経営企画部長、研究本部長等を経験されて代表取締役専務に就任されています。入社以来、幅広くゼネラリストの道を歩んで来られたようですが、もともとそのようなキャリアを描いてらっしゃったのでしょうか。

子林孝司氏(以下、子林) 実は、研究職から人事への異動の際、事業系の部門を期待していましたが、意に沿いませんでした。また、営業への異動の際も、顧客接点のある現場指向で営業所や支店を希望していましたが、バックヤードの営業企画でした。私自身の見立てでは、現場サイドの方が活躍できると思い込んでいましたが、結果はずっと管理畑を歩むことになりました。

 

―― 希望通りの配属にならなかったのですね。不満などありませんでしたか。

子林 それはありませんでした。人事部が私の適性を判断した上のことでしょうし、私は現実をすっぱりと受け入れる性格ですので、「まずは与えられた目前の任務を全力で達成しよう。後のことはそれからゆっくり考えよう」という口です。

そして、与えられた仕事に立ち向い、「今、ここをより良くしよう」とのスタンスでやってきました。これは今も変わりません。

―― その後、様々な部門を経験された中で、現在のお考えにつながるような転機になったことはあったのでしょうか。

子林 私の場合、転機と思えるような出来事は特になかったですね。

会社から与えられた目前の仕事を淡々と、しかし「今日一日の努力」で精いっぱいこなしてきた。そして気が付けば、今の立場になってしまったといったところです。

―― 社員時代に心掛けてこられたことは何でしょうか。

子林 目前の仕事を通じて果たせる役割、任務が「前向きだ、未来志向だ」と思えるなら、社員としてこれほどやり甲斐のあることはないのですが、社員にそんな僥倖が度々あるものではありません。逆のケースが大半でしょう。でも、そこで腰が引けてしまったら何も生まれません。

ですから私の場合は「何でこうなのだろう」の「何故、何故発想」で、できるだけ幅広くかつ多角的に問題点の発見に努めてきました。そして同じ問題を二度と発生させないためには、どのようなソリューションが必要かを考え、それを周囲に訴えてきました。

つまり、向き合っている課題を3年後、5年後、10年後の会社の発展の中でどこに位置付ければ良いのかを模索し、そのための問題解決を常に心掛けてきました。

社会とのつながりが見えにくい研究職。極限化される研究員の「モチベーションの視野」

―― 子林さんは、創薬本部長など事業の未来のための任務のほかに、過去にはチーフ・コンプライアンス・オフィサーとして、コンプライアンスに関する大きな問題にも取り組まれてきました。役員に就任されてからは、どのようなことを心掛けてこられたのでしょうか。

子林 「未来志向・未来戦略」と「リスクマネジメント・コンプライアンス」は会社経営の両輪だと思います。それで役員になってからは両輪をスムーズに同調させるための課題は何かを、常に意識しながら職務を遂行してきました。

例えば5年ほど前、研究本部長を命ぜられた時、研究の現場へ行って真っ先に感じたのは研究員たちの「モチベーションの源泉の狭さ」でした。

研究員は当然自分の専門性の深堀に注力します。すると、すべてのことをその専門性の目で捉えることになり、全体が見えなくなります。その結果、この薬は何のために研究開発しているのかの発想がなくなり、結局は「競争のための研究」になってしまい、研究目的が矮小化し、モチベーションの原泉が局限化されてしまうのです。

――最終的な目的や、社会との繋がりが見えない中で研究開発に没頭している状況でしょうか。

子林 はい。

社会と繋がった広い視野で研究員たちにモチベーションを高めてもらうためにはどうすれば良いのか、問題点は何かを私は考え抜きました。その結果、「患者様のために」の価値観を研究員たちが共有してくれたら、問題点を解決できると確信しました。そうして様々な施策を講じました。

それから1年ほど経った頃、「製薬会社による社会的課題の解決」が自分たちの研究目的だとの共通認識が芽生えました。

―― そうして社会との繋がりが研究員の方たちの目に見えるようになったのでしょうか。

子林 はい。あれ以来、弊社の研究テーマや創薬の幅がぐっと広がったように感じています。また、新薬開発における「未来志向・未来戦略」と「リスクマネジメント・コンプライアンス」の両輪が同調するようになったとも感じています。

「パーソナライゼーション」により、医薬品の新しい社会的価値の創出を目指す

―― 少子高齢化・人口減少を背景とし、製薬業界でも医療費圧縮、健康寿命の延伸などの対応が求められています。これからの製薬業界に必要なことはどんなことだとお考えでしょうか。

子林 「罹った病気を治す・悪化を食い止める医薬品」から、「病気に罹らないようにする予防医療、機能を回復する再生医療」の転換に貢献する薬の開発・提供でしょうね。

これまでは、例えば生活習慣病である、高血圧症や糖尿病がそれ以上悪くならないよう血圧を下げる、血糖値を下げるといった医薬品が中心でした。

しかし、これからは生活習慣病に罹らないようにする予防医療、罹ってもそれを完治し、元の機能を回復する再生医療など、健康寿命を伸ばす医療への重心移動が求められています。

―― 病気の症状を緩和するといった医薬品から、予防や完治などですね。

子林 この重心移動において、製薬業界が対応しなければならないのが、医薬品の「パーソナライゼーション」だと考えています。

つまり、患者様個々の遺伝的体質や生活習慣・特性に見合ったソリューションを開発して提供する。それにより罹病により失われた機能が回復する、健康寿命が伸びる。これは医薬品の新しい社会的価値の創出に繋がることだとも思います。

―― 個人に合わせた創薬や、病気になるリスクの評価などですね。従来の医薬品開発とはビジネスモデルも大きく変わっていくのでしょうか。

子林 そうです。「一粒万倍」の創薬ではなく、「患者様個々の一粒」を創薬し、かつ、適正な利潤を得てそれを次の創薬に投資するビジネスモデルを、業界全体が目指さなければいけないと思っています。

同時に、このビジネスモデルがどのように社会に貢献できるのかを社会に説明し、理解を得なければなりません。

―― 健康寿命についてはいかがですか。

子林 日本の場合、生命寿命と健康寿命に10年の開きがあるとされています。この10年間の、例えば寝たきりのような非健康な期間をどれだけ縮めるか、なくすか。どれだけ多くの高齢者の方々に「元気で長生き」の人生を全うしていただくか、などへの貢献ですね。

そのためには、患者様個別の最適なソリューションにつながる新薬を開発・提供し、医薬品に対する患者様の満足度を高めなければなりません。現在は理想論ではありますが、製薬業界は少なくともそうした未来を目指さなければいけないと思います。

そうした観点でも、今後は製薬業界でも会社間や業界外との連携やエコシステムの構築が重要だと思います。

保守的な行動特性も変化していく。製薬会社も外に向かって連携を深めていくべき

――ミーミルでは有識者の社外活動を支援していくことで、業界横断的な知見共有を加速化させようとしています。比較的クローズドな印象のある製薬会社ですが、子林さんは外部との接点構築について前向きにとらえられていますね、こうした社外活動についてどのようにお考えでしょうか。

子林 もっと積極的に進めていっていいと思います。例えば、私が秘書室長の時もそうでしたが秘書室長同士や人事部長同士などのつながりや情報交換は業界内であります。しかし、それが業界外だとありません。業界横断的なつながりを持つことは重要だと思います。

業界団体などの集まりでも感じることですが、これまでは各社ともに自社だけの目線でいかに収益を確保していくか、会社を維持していくのかという意識が強く、業界として保守的でした。

この風土を反映してか、社員の行動特性も社外でのコミュニケーションに対しては保守的な姿勢が身についています。現在は、スタートアップやIT企業、システムベンダなど含めて外部との連携機会が増えていて、業界としてもイノベーションが求められています、社員ももっと業界横断的な交流が必要だと考えています。

――ありがとうございます。製薬業界でもそうした機運が広がりつつあるように感じます。異なる業界同士での情報交流や連携が広がり、ヘルスケア領域を含めたイノベーション創出の基盤がより整備されていくことを我々も期待しています。有識者活動などの社外活動もその手段の一つだと考えています。

中編 「社会的課題の解決」へ向け製薬業界は競争からコラボレーションへ に続く

インタビュー:川口荘史

記事作成:福井晋

撮影:Masanori Naruse

プロフィール

子林孝司:田辺三菱製薬株式会社代表取締役専務執行役員。1980年3月、京都大学理学部卒業後、旧田辺製薬(現田辺三菱製薬)に入社。1993年同社在職のまま東京大学大学院農学系研究科農学博士号取得。秘書室長、医薬営業本部営業企画部長を経て2007年に執行役員経営管理部長に就任。その後、取締役執行役員経営企画部長、取締役常務執行役員事業部門・社長特命事項担当、取締役常務執行役員研究本部長、取締役常務執行役員創薬本部長兼東京本社担当、代表取締役専務執行役員創薬本部長兼東京本社担当、代表取締役専務執行役員CMC本部長を歴任。2018年4月より現職