「社会的課題の解決」へ向け製薬業界は競争からコラボレーションへ 田辺三菱製薬株式会社代表取締役専務執行役員 子林孝司 (中編)

2019.05.29 エキスパート

製薬業界は創薬マネジメントの変革、AI有効活用、デジタルメディスンなど「製薬業界のデジタル革命」の道を切り開こうとしています。さらに業界の垣根を越えたコラボレーションによるオープンイノベーションも模索しています。

中編では、その手応えと今後の課題を田辺三菱製薬の子林専務に伺いました。

前編 「医薬品の提供」から「元気で長生きのソリューション提供」への重心移動 はこちら

 

化合物ライブラリ共有が目指す「敵は本能寺」

―― 医薬品のパーソナライゼーションに対応するためには、現在進められている新薬開発のプロセス改革、創薬マネジメントの見直しが必要ということでしょうか。

子林 社会的価値を考えた創薬マネジメントが重要だと思っています。

製薬業界はこれまで、9年から17年といわれる新薬開発期間中に特許でガチガチに固めた医薬品を開発し、特許期間中に開発投資を回収し、それを次の開発に投資する。でも、それは成功すればの話で、そうした投資をしても新薬開発の成功率は非常に低いのです。

製薬事業というのは、それほど効率の悪いビジネスといえます。製薬業界はこれまで、このビジネスのマネジメントをずっと行ってきました。

しかし、医薬品のパーソナライゼーションに対応するためにはこんな創薬マネジメントはもう通用しません。創薬をいかに効率化して開発期間を短縮するか、新薬開発成功率をいかに高めるかなどに知恵を絞らなければなりません。

 

―― 新薬開発の効率化においては何が必要なのでしょうか。

子林 色々とありますが、まずは「化合物ライブラリの共有」から手を付けた方が良いでしょうね。

製薬会社は、いずれも過去の開発期間中に生成した医薬品化合物情報を蓄積していて、それを「化合物ライブラリ」として各社が独自に運営しています。

――それはどれぐらいの規模になるのですか?

子林 企業秘にも関わることなので明白ではありませんが、100万から300万種と見られています。

この膨大な化合物ライブラリを従来通りクローズドに運営していては、創薬マネジメントの改革はできませんし、「社会的課題の解決」という業界共通の社会的使命に応えられません。そこで自社の企業秘に属する情報は従来通り非公開としつつ、そうでない情報は共有しようとの機運が2、3年前から生まれてきたのです。

そうすれば「同じ化合物を生成していた」ことによる開発期間とコストのロスを防げます。その手掛かりとして「開発テーマを公開し合いましょう」ということで、様々な形での企業間コラボレーションが始動してきたのです。

――そうしたかなり重要な領域についてコラボレーションが進んでいるのですね。

子林 弊社の例で言えば、アステラス製薬さんと弊社の化合物ライブラリ共有、アステラス製薬さん・第一三共さん・弊社の3社による新薬探索プログラム「JOINUS」の共同実施などがそれです。

そんな形で、各社のリソースを有効活用するための協業環境が徐々に整いつつあると思っています。

 

スタートアップとのコラボレーション、オープンイノベーションに期待したもの

―― スタートアップとの連携について、御社のアクセラレーションプログラムなども実施されていますね。2018年3月にヘルスケア分野のスタートアップ企業を支援するアクセラレータープログラム「田辺三菱製薬 Accelerator 2018」開催のきっかけは何だったのでしょうか。

子林 あれは、田辺三菱製薬創立10周年記念プロジェクトがきっかけでした。

旧田辺製薬と旧三菱ウェルファーマが合併した2007年から10周年の記念行事の企画の一つです。弊社は、この記念行事のコンセプトを「未来の事業開発に繋がる行事」に位置付けました。その行事の一環がアクセラレータープログラムだったのです。

どんなテーマを取り上げるかと侃々諤々の議論をしていた時に、弊社社長の三津家正之から「デジタルメディスンはどうか」という提案もあり、かねてから注目していたタイムリーなテーマだったので、医薬品にデジタル技術を応用した「デジタルメディスン」を取り上げました。

―― 製薬業界でアクセラレータープログラムというのは新しい試みですね。

子林 ありがとうございます。

実は弊社も驚きました。というのは参加者の大半が、医療市場への参入を目指す医師の起業家の方々だったからです。多数のベンチャーの方々が提案してくださったお蔭で、私どもの未経験知が一気に経験知に変じ、「やっぱり地球は青かった」的なことに気付かせていただいたのが、あのプログラムの最大の収穫だったと思っています。

ただ、こうした取り組みは別に弊社だけのものではありません、近年は多くの製薬会社がオープンイノベーションの志向が強くなっていますし、他社でもそうした取り組みは増えています。

―― 最近は医師の起業家も非常に増えていますね。今回のプログラムについて、彼らは御社に何を期待していたのでしょうか。

子林 私が推察するに、多分、製薬会社との接点を求めてのことだったのではないでしょうか。

今の日本の薬事制度の中で、彼らの持っているノウハウやアイデアを医療市場で商品化しようとしたら、それを医薬品や医療機器に盛り込むしか方法がありません。しかし、彼らには医薬品・医療機器開発の経験やノウハウはもちろんありませんし、PMDA(医薬品医療機器総合機構)の承認審査を受けるノウハウもありません。

こうした知識や経験不足が市場への参入障壁になっているのですが、製薬会社には当該領域において多くのノウハウの蓄積とネットワークがあります、何らかの形でコラボレーションができれば、ヘルスケア業界への早期参入が可能になる。そんな思惑があのプログラムに対する強い関心を生んだのではないでしょうか。

もちろんこれは弊社としても大変有難いことで、業界内の常識にとらわれていない彼らとの接点を持つ機会になりましたし、彼らとコラボレーションできる可能性も高まりました。

その意味でも、開催して良かったと今でも思っています。同時に、製薬業界全体としてベンチャーの方々とどのようなコラボレーションを目指すのかを、現実的に検討すべき時期に来たと感じています。

製薬業界におけるデジタルトランスフォーメーションとデジタルメディスンへの取り組み

―― 製薬業界ではこの数年間にAI、ビッグデータ、IoT活用などによる、いわゆる「デジタル革命」が急加速したように見受けられます。例えば2017年に大塚製薬がデジタルメディスンの新薬承認取得を発表して話題になりました。

子林 先ほどお話した創薬マネジメント改革面からも、当業界のデジタル革命は待ったなしの状況だと思います。

また国も創薬ターゲットの発見、医薬品化合物の設計・最適化などを図るためにAI活用が重要だと、新薬開発におけるデジタル化政策を推進する構えを見せていますね。

また、弊社では数年前からデジタルメディスンをどのような形で活用すべきかを検討してきました。当時はまだデジタルメディスンに対する規制当局の考え方が不明確でしたし、デジタルメディスンが世の中でどのように価値評価されるかもよく見えていなかったので、この実用化には慎重でした。

でも準備だけは万端整えておこうと、取り組みは進めていました。

―― 御社が今年2月に発表された糖尿病ケアアプリ「TOMOCO」の社会実証試験開始もその一環ですね。

子林 そうです。

大塚製薬さんが発表されたデジタルメディスンは医療機関向けの治療薬ですが、弊社のそれは医療機関によって行われる生活改善指導の支援ツールを想定しています。

―― 御社の場合は治療よりも生活改善に重きを置いたデジタルメディスンを指向されているのでしょうか。

子林 現在は医療環境や市場環境が急激に変わる時代ですので、治療か生活改善かといった二者択一的な固定観念は持っていません。

ただ当面の間、弊社は生活改善の方に注力するとご理解いただくのは構わないと思います。何年か後には、生活改善から治療までデジタルメディスンがシームレスに連携することも見込まれる訳ですから。

それと、デジタルメディスンの最適な使い方を決めるのは、やはり医療機関や患者様です。製薬会社はそのための判断情報を提供し、フィードバックされたニーズに全力で応えるのが使命だと思っています。

私ども製薬業界が目指すのは、あくまでも「いかに健康な社会に貢献できるか」だと思います。

後編 製薬業界の産学連携の課題、田辺三菱製薬が進めるAI活用の行方 に続く

インタビュー:川口荘史

記事作成:福井晋

撮影:Masanori Naruse

プロフィール

子林孝司:田辺三菱製薬株式会社代表取締役専務執行役員。1980年3月、京都大学理学部卒業後、旧田辺製薬(現田辺三菱製薬)に入社。1993年同社在職のまま東京大学大学院農学系研究科農学博士号取得。秘書室長、医薬営業本部営業企画部長を経て2007年に執行役員経営管理部長に就任。その後、取締役執行役員経営企画部長、取締役常務執行役員事業部門・社長特命事項担当、取締役常務執行役員研究本部長、取締役常務執行役員創薬本部長兼東京本社担当、代表取締役専務執行役員創薬本部長兼東京本社担当、代表取締役専務執行役員CMC本部長を歴任。2018年4月より現職