【インタビュー】デザインを偶然ではなく、必然で論理的に生まれるようにするために―元日産自動車チーフ・クリエイティブ・オフィサー 中村史郎(後編)

2018.06.05 エキスパート

カルロス・ゴーン氏が掲げた「リバイバルプラン」のもと、経営再建への道を歩んだ日産。その中核でチーフ・デザイナーや専務執行役員、チーフ・クリエイティブ・オフィサー(CCO)を歴任した中村史郎さんは、日産のデザイン・トップとして全世界で800名規模の「日産デザイン」メンバーをマネジメントし、2000年代以降の人気車種を送り出してきました。中村氏の影響によって日産においてデザイン部門の発言力が増したともいわれていますが、デザイン改革を主導し、ゴーン改革の象徴的な人物といわれています。

2017年の退職後は株式会社SHIRO NAKAMURA DESIGN ASSOCIATESを設立し、プロダクトデザインの新たな可能性を追求し続けている中村氏。デザインとビジネスの関係、そして次世代に向けたメッセージを、元テレビ東京アナウンサーの白石小百合さんがうかがいました。

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日産デザインのマネジメント。デザインであっても、ロジカルに言語化していくことが重要

白石 小百合さん(以下、白石):中村さんは日産のデザイン・トップとして、グローバルで数多くのメンバーを率いてきたことと思います。デザイナーとして第一線に立ち続けながらマネジメントも両立させていくために、どのようなことを意識されていましたか?

中村 史郎さん(以下、中村):実はデザインというのはアイデアをたくさん出すことよりも、いいアイデアを「選ぶ」ことが重要なんです。そのためには経験をベースとした、きちんとしたロジックを持って「決める」ことが大事です。車のデザインをしているプロセスで「何かおかしい」と感じることはよく出てきます。そうした違和感をちゃんと言葉で説明してあげないと、デザイナーは納得できない。なぜいいのか、ダメなのかの理由を分析して論理的に分かりやすく伝える必要があるのです。

 

白石:感性に訴える「デザイン」という領域だからこそ、ロジカルに説明して納得させなければいけないと。確かにそれがなければ、「ボスに気に入ってもらうことばかりを考える」状況に陥ってしまうのかもしれませんね。

中村:車のデザインは、ファンクションで決まるのはなく、カタチを作り出して行くロジックが必ずあります。一見感覚的なことをきちんと論理的に理解してもらえば、相手も次から自分で考えて動くことができるのです。特にクルマのデザインはチームワークですから、考え方や方向性をチームの中で共有して高め、その中で生み出していくのが必要だと思いますね。

白石:デザインもまた「直感的な部分」と「ロジカルな部分」を意識して、言語化することが大切なのですね。

中村:良いデザイン、魅力的なデザインというのは、そういった思考のプロセスから生まれていくものだと思います。つまり、デザインは偶然ではなく、常に必然で生まれるようにしなければいけないわけです。日産には800人のデザイナーがいるのですが、日産というブランドを訴えるのには、お客さまには「1人のデザイナーが描いたデザイン」のように見せることが大事だと言ってきました。

 

マネジャーは、メンバーと一緒に汗を流すのではなく、異なる立ち位置で状況を俯瞰的に見るべき

白石:そうした考えに至ったのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

中村:かつて私は、カリフォルニアの「アートセンター・オブ・カレッジ」に留学していました。同期の中にはBMWやメルセデスのデザインのトップなった人間もいます。私は現地で学ぶことで、「彼らとも対等以上に戦えるぞ」と、自信を得て日本に帰ってきました。ところが、日本で若いデザイナーに触れていくと、「こいつの才能には勝てないな」と思うことがたくさんあったんです。

それなら彼らの才能を活用して、良いところを組み合わせていくのが、結果的にはいちばん良いものを生み出していくことなのではないか。そう考えるようになりました。それからは、自分で絵を描かないで、人に描いてもらった中から選んでみんなで作り上げていくスタイルをやるようになりましたね。

 

白石:なるほど。そうした考え方は、さまざまな分野の仕事にも通じるような気がします。

中村:そうですね。これはデザイナーだけの話ではなく、マネジャーと呼ばれる立場全般に応用できると思います。マネジメントをする立場になったら、自分自身は現場でメンバーと一緒に汗を流さないほうがいい。マネジャーまでが現場にどっぷり浸かってしまうと、本来向かうべき方向性を冷静に見られる人がいなくなってしまいます。実際には自分自身がやらなくてはと思いこんで一生懸命になりすぎて、結果的に大きな目標を見失しなう人が多いですね。リーダーは常にメンバーとは違った立ち位置で、俯瞰的に状況を見るようにしなければならないと思います

白石:そういえば中村さんは、アマチュアのクラシックオーケストラでチェロを演奏されているそうですね。「全体を俯瞰的に見る」というマネジャーの立場は、指揮者の役割にも通じるところがあるのではないでしょうか。

中村:確かに、「自分では楽器を弾かないけど音楽全体を束ねる」という指揮者の感覚に近いですね。本当に優れた指揮者は、練習やリハーサルの段階で曲の構成を言葉で解きほぐして演奏メンバーに伝えて、音楽を作り上げていきます。土台にロジカルな理解があるからこそ、本番でのエモーショナルな表現が発揮されるわけです。実際に一流の指揮者とやった経験がありますが「これはデザインを作っていく過程の私の立場と一緒ではないか」とつくづく思いました。

 

「クルマではなくモビリティサービス」最大の転機を迎えている自動車産業

白石:日産を退任され、現在の自動車業界について、中村さんはどのように感じていますか?

中村:自動車は今100年の歴史の中でも、最大の転機を迎えていると言われています。電動化や自動運転、など新しい技術やどんどん入ってきているし、インターネットにより人々の移動に対する価値観も大きく変わってきています。

今では日産をはじめとして各社「クルマを販売しているのではなくて、モビリティサービスを提供している」とメッセージを発信していますよね。とは言っても長いあいだ“ものづくり”を中心にしてきた業界ですから、やはりハードの価値の差別化にこだわる。でも今は、独自のブランド価値や今までにない新しい経験をお客さまに提供できるかどうか、が勝負なんです。

これからの自動車産業の成否を分けるのは、この環境変化の中でまさに自らが変われるかどうかなのでしょうね。

白石:そうした状況の中で、デザインに対する考え方も変わってきているのでしょうか?

中村:電動化や自動運転など新しい技術が入ると、デザインはそれに対応して行かなくてはいけないのですが、あくまで使う人や社会を中心に、ヒューマンセントリックな考え方でデザインすることが必要ですね。デザインとは人の気持ちをカタチにすることですから。

白石:中村さんは日産で「チーフ・クリエイティブ・オフィサー」(COO)という役職に就いていました。これは当時の業界ではあまり聞かない肩書きだったと思うのですが、先ほどおっしゃったような変化を意識してのことだったのでしょうか。

中村:日産に入る前からクルマのデザインだけではなく広報宣伝など、お客さまに届けるまでのあらゆるクリエイティブに責任を持てるようになりたいと思っていました。その役割を表現するのにふさわしいタイトルにしたいと考えていました。

そこでゴーンさんにお願いして従来の「チーフ・デザイナー」とは違う「チーフ・クリエイティブ・オフィサー」と名乗らせてもらったんです。

クルマ業界では初めてでしたが、実際にタイトルが変わってからは、社内だけでなく、社外からの反応も変わっていきました。今や開発から販売までデザイナーが一貫してブランドを見届けるのはクルマ会社でも当たり前のようになりましたね。

会社は「自分のやりたいことをやらせてくれる場所」であるべき

白石:これからを担う若い世代については、どのような思いを持っていらっしゃいますか?

中村:経済成長期と違って、今の若い人は、企業内ではチャレンジするチャンスが少ない。あまり責任を持った仕事を任されていないように思いますね。社会や会社組織が成熟していくと、事業リスクも高まって好きなように動けない。若い世代が大きな責任と裁量を持って思い切って仕事ができる環境を作ることが必要だと思っています。

白石:働く環境を規模の大きさで選ばずに、小さな規模の会社で自身のマネジメントを磨くのも一つの道なのかもしれませんね。

中村:そうですね。会社に身を置いてやっていきたいと思うなら、「この会社で自分がやりたいことが実現できるか」「そのチャンスがあるか」を見極めることがとても大切だと思います。また、大きな会社には豊富なリソースを使って大きな仕事をする様々な可能性があるはずです。

いろいろ試してもやりたいことに挑めなくなってしまったら、思い切って転職したり、独立したりするのも一つの選択肢でしょう。

白石:近年では独立して自ら事業を行う若い人たちも増えていますからね。

中村:とても自然だし良い傾向だと思いますね。そうやってスタートアップがどんどん増えていくようなチャレンジを受け入れる社会であるべきだと思います。

独立してもしなくても、会社というのは「自分のやりたいことをやらせてくれるプラットホーム」であるべきだし、「自分のやりたいことをやることで会社が繁栄していく」という実感が得られれば何よりお互いが幸せですから。自分本位にやりたいことを目指してもいい。そうして貪欲に活動した先、その結果として社会に貢献する。そういう時代なのでしょう。

白石:今後についてはどのようにお考えでしょうか。

中村: 私自身は会社からは離れましたが、次世代のリーダーを育てることが我々の世代の役割だと思っています。これからは今までと違った立ち位置で貢献することを計画しています。それと、もちろん自分自身も新しいことにチャレンジして行くつもりでいます。

記事作成:多田慎介

撮影:Masanori Naruse

コメント

白石:中村さんはデザイナーの目線だけではない広い視野をお持ちで、ビジネスの視点で俯瞰して考えた結果、マネジャーのような役割を果たしていたといいます。一方で常に車を愛しているのが伝わる少年のような面をお持ちでいらっしゃる方でもあります。自分の強みや得意、そして専門分野を、時代や環境に即して変化させ、結果的に求められ続ける。日産で大きな功績を残し、現在は独立なさって自分のデザインオフィスを立ち上げられました。今後は、どんなことが求められどう応えていかれるのか?そしてそれらを学びたい方も多くいらっしゃることと思います。これからもぜひ、期待させてください!

 

プロフィール:

中村史郎:元日産自動車専務、チーフ・クリエイティブ・オフィサー。1974年武蔵野美術大学工業デザイン専攻卒業後、いすゞ自動車(株)入社。1981年米国アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン、トランスポーテーションデザイン専攻卒業。その後、GMデザイン勤務後、欧州デザインマネージャー、米国副社長、デザインセンター部長を歴任。1999年に経営危機にあった日産自動車に就任したカルロス・ゴーン社長(当時COO)にヘッドハントされる。当時めずらしい同業他社からの移籍で話題となる。2000年デザイン本部長に就任。それ以来ゴーン社長の右腕として日産リバイバルプランの中心的存在として活躍し、日産の復活の原動力となった。2001年より常務執行役員、2006年にブランドマネージメント担当を兼任しチーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任。全世界で800名近くのスタッフを抱える「日産デザイン」の総責任者。2010年には国際的デザイナー賞である米国 “Eyes On Design Lifetime Achievement Award”や、その年のクリエイティブな業績を上げたひとに贈られる米国 FASTCOMPANY誌 “100 Most Creative Person Best 4”を受賞するなど、海外で最も名の知れた日本人自動車デザイナーのひとり。

白石小百合:元テレビ東京アナウンサー。Whitte株式会社 代表取締役。法政大学国際文化学部在学中にスペインのバルセロナに留学し、ゼミでアートを学ぶ。2010年4月株式会社テレビ東京にアナウンサーとして入社。経済番組・情報番組・スポーツ番組・ナレーションなど、多岐にわたり担当し、2017年3月31日付でテレビ東京を退職。同年4月よりフリーとなり、かねてからの興味関心を形にした香りブランド『Whitte』(ウィッテ)創業。