【空飛ぶクルマ】「空飛ぶクルマの時代」がやってくる 安全運航の要「法制」は5年以内に整備できるか NEC山下敏明

2019.11.27 エキスパート

山下敏明 日本電気株式会社ナショナルセキュリティ・ソリューション事業部

2019年8月、NECは「空飛ぶクルマ」の実用化に向け、機体の制御・通信技術などの管理基盤の構築の本格化を発表しました。NECは「空の移動革命に向けた官民協議会」への参画を契機に、「はやぶさ」・「はやぶさ2」の開発などで培ってきた航空宇宙技術と、世界有数の通信システム技術を「空飛ぶクルマ」の開発に生かし、新たな移動手段の実現を目指す「空飛ぶクルマ」のプロジェクトを起ち上げています。

空飛ぶクルマの安全な運航管理の実現などを目指すNEC。航空宇宙の技術者であり、NECの空飛ぶクルマ開発プロジェクトリーダーである山下敏明氏に、技術者の目から見た空飛ぶクルマ開発の現状と今後について伺いました。

 

一番の課題は、空飛ぶクルマの社会実装と航空法との接点がないこと

―― 経済産業省は2018年末に空飛ぶ車のロードマップを発表し、2023年の実用化を目指しています。このタイムスケジュール通り、5年以内の「空飛ぶクルマ」実用化は可能でしょうか

山下敏明氏(以下、山下) このタイムスケジュールに合わせ、「この5年以内に、まずは物資輸送用の空飛ぶクルマを実現しよう」というのが、弊社を含めた空飛ぶクルマ開発関係者の目標になっているのは確かだと思います。

例えば弊社では、「短距離用の物資輸送飛行機」の開発可能性を探るために実験機を製作し、その評価を社内で進めているところです。

なぜ「物資輸送機の開発を先行」なのかというと、やはり5年以内の「人を乗せる」空飛ぶクルマの実現は非常に困難で、これは技術的な問題というより、法整備の問題です。空飛ぶクルマに対する法制度が未整備なので、それに起因する問題が山積しているからです。

―― 「空飛ぶクルマ」というと、「人が操縦して物資や人を輸送する飛行機」という印象を持ちますが、これの実現が現状の法制度では困難ということでしょうか。

山下 今おっしゃった認識が、「空飛ぶクルマ」に対する現在の社会一般の認識でもあると思います。ところが現在、「空飛ぶクルマ」の法制度上の定義はなく、その概念だけがそれぞれに形成されて拡散し、法制度とは無関係に独り歩きしているのが実態なのです。

「空飛ぶクルマ」は無人偵察機のような飛行機でも構わない訳です。またドローンは「垂直離発着する飛行機」、空飛ぶクルマは「滑走離発着する飛行機」との認識でも構わない訳です。要するに、人が乗っても乗らなくても「空飛ぶクルマ」であることにも変わりはないので、「体重80㎏の人を乗せられる飛行機なら80㎏の物資も載せられますね」との理屈ですね。

ただ、これを社会実装しようとすると、想定用途からしてドローンではなく航空機としての認可を取る必要がある。すると途端に話が五里霧中になるのです。

航空法は第2条で「航空機とは,人が乗って航空の用に供することができる飛行機、回転翼航空機、滑空機及び飛行船その他法令で定める航空の用に供することができる機器」と定義しています。これに対して空飛ぶクルマは今のところ定義もされていないので、航空法の適用を受けられないのです。

つまり、現在想定されている空飛ぶクルマの社会実装と航空法との接点が何もないのです。この接点がないまま空飛ぶクルマの開発を猪突猛進で進めてしまうと、社会実装が頓挫するリスクが極めて高いのです。

「空飛ぶクルマ」の社会実装における課題とは

―― 社会実装における課題としての法整備について、具体的にはどのような点が問題になっていますか。

山下 1つは高度ですね。

航空機は航空法で高度150m以下の低空飛行はできません。航空機もヘリコプターもすべて高度150m以上しか飛行できません。150m以下の低空飛行ができる飛行機は今のところドローンだけです。

現在、空飛ぶクルマは150m以上の高度域を飛行する航空機に分類されているため、何もわざわざ「空飛ぶクルマ」というニュージャンルを設ける必要がない理屈になります。つまり小型貨物輸送機や小型旅客機の分類でよいということになってしまいます。

―― 他にはどんな問題があるのでしょうか。

山下 例えば無線ですね。

空飛ぶクルマは航空機なので無線による運航管理が不可欠です。空飛ぶクルマが無人の自動操縦で飛ぶにせよ有人操縦で飛ぶにせよ、無線通信ができないと安全な運航管理ができません。

空飛ぶクルマ自体を開発できても、空を飛べない航空機になってしまうのです。

空飛ぶクルマによる「移動革命」実現のためにも法整備が急がれる

―― では仮に航空法との接点がある空飛ぶクルマを開発できたとして、低空飛行をするための安全性はどのようすれば検証できるのでしょうか。

山下 それも大きな問題の1つなのです。

重力に逆らって空を飛ぶ航空機に100%の安全はありません。一定の確率で必ず墜落するし、故障します。その確率をどこまで極小化できるかが、安全性の検証になるのですが、現在はそのデータがまったくありません。

安全性の問題で言えば、もう1つ重要なのが墜落への対応です。つまり、万一墜落した場合、乗っている人の命を必ず救えるのかということです。

航空機が何で150m以下の飛行を禁止されているのかというと、150m以下ではパラシュートなどの安全装置が十分機能しないからです。150m以下の低空だと、乗っている人がパラシュートを背負って機外へ脱出しても、パラシュートが完全に開き、パラシュートが揚力を得る前に人は地上に激突してしまいます。それが航空機に対し最低安全高度が設定されている根拠の一つになっているのです。

―― 空飛ぶクルマの安全性を確保するためには、どのぐらいの時間がかかると見ておられますか。

山下 現在は安全性を検証するためのあらゆるデータが「無い無い尽くし」状態なので、明確な予測はできません。

しかし、新型航空機開発などの例を参考にすると、やはり5年から10年はかかるでしょうね。

ただ、空飛ぶクルマは、概念的には「空という三次元的空間を有効活用しましょう」との発想から生まれたニュージャンルの航空機といえます。

それもあって官民協議会では「移動革命」と位置付けているのです。例えば現在のように自動車が渋滞に巻き込まれたら、渋滞がなくなるまでじっと我慢して待つしかない訳です。自動車をそんなパッシブな乗り物からアクティブな乗り物にイノベーションしようというのが「移動革命」の意味なのです。

そのためには、空飛ぶクルマが社会実装できるような法整備を、私たち開発関係者は国へもっとアクティブに働きかけ、国に法整備を加速してもらう必要があるとも思っています。

 

ドローン技術の応用か航空機技術の応用か、実用化に向けたアプローチ

―― 空飛ぶクルマの実用化に向けたアプローチは、ドローンを大型化していくアプローチと、航空機からのアプローチと2つに大別されますね。御社はどちらからのアプローチが成功の可能性が高いと考えておられますか。

山下 ドローンから開発する場合、「現行のドローンを大型化すれば容易に空飛ぶ車を実現できる」という考え方をベースとしています。しかし、この考え方で開発を進めると、開発が成功しても安全性の検証方法がないのです。現行の小型軽量のドローンを大型化すると、それで人や重量物を輸送できるかというと、それほど単純な話ではないからです。

人や重量物を輸送可能な大型ドローンを開発しようとすると、推力システム、揚力システム、姿勢制御システム、運航管制システムなどすべての要素が小型ドローンとは似て非なるほど異なってきます。ですからゼロベースで開発しなければならないのです。しかも、その安全性基準も検証技術もない。

したがって、どこが安全でどこが危険なのかを手探りでやってゆくしかありません。結局、機体は開発できてもその検証に止めどもないほどの手間と時間がかかる可能性があります。検証プロセスだけで莫大なコストがかかります。

これに対して欧米方式は、「空飛ぶクルマといっても、中身が航空機である事実に変わりはない。それなら航空機からのアプローチが論理的」という考え方です。

航空機の場合、ライト兄弟が開発した「ライトフライヤー号」の有人初飛行成功以来100年以上の歴史的な技術蓄積があります。あらゆる事態を想定した安全性検証技術とノウハウの蓄積があります。

したがって、弊社は航空機技術からのアプローチの方が、短期間に実用化できる可能性が高いと考えています。

弊社は航空機メーカーではありませんが、航空宇宙事業も展開しているので航空機に対する知見と技術ノウハウもそれなりに蓄積しています。このため、弊社は航空機からのアプローチを指向しています。

―― 最後に、この「空飛ぶ車」の市場において、御社としてどのような役割を果たしていこうとお考えでしょうか。

山下 実は今後重要になっていくのは空飛ぶクルマの運行管理のシステムだと考えています。弊社では、航空管制システムの事業を営んできましたが、自動車や航空機だけではなく、その間である空飛ぶクルマについても運行管理システムを提供していくことを目指しています。

プロフィール

山下敏明 日本電気株式会社ナショナルセキュリティ・ソリューション事業部

日本電気株式会社入社以来、中央研究所にて惑星探査機「はやぶさ」の位置姿勢制御系開発など、宇宙機を対象に現代制御理論の実機適用の研究に従事。1997年9月から米国カリフォルニア大学サンディエゴ校客員研究員。2003年4月から現職。現在、健常者向けパワードスーツならびに空飛ぶクルマ向け統合的運航管理システムの開発を推進。

(記事作成ː福井 晋)