【インタビュー】世界規模の地球観測プログラム「コペルニクス」とは。地球観測データ活用の可能性 ―PwCディレクター ルイージ・スカテイア(前編)

2019.02.08 エキスパート

Newspaceの潮流の中、注目されている宇宙産業、宇宙で得た地球観測データの利活用が、全世界で進んでいます。そうした中、宇宙ビジネスをリードするのが欧州の地球観測データプログラム「コペルニクス」。社会課題の解決や、新しいビジネスの創出に同プログラムの様々なデータが活用されています。日本でも2018年5月、経済産業省が「政府衛星データのオープン化及びデータ利用環境整備事業」の委託先を決定しました。こうした日本におけるプラットフォーム構想においてもコペルニクスを参考にしています。

「宇宙ビジネスで先行するEUからの学びを活かし、日本における宇宙ビジネスの成熟に貢献したい」。そう話すのは、PwCフランス(以下、PwC)のディレクターで、同社の宇宙産業リーダーを務めるルイージ・スカテイア氏(Luigi Scatteia)。同氏は材料工学の博士を取得後、イタリア航空宇宙研究センター、欧州宇宙機関、欧州宇宙飛行士センターを経て、現在はPwCにて宇宙産業のコンサルタントとして活動しています。

前編では、EUにおける地球観測データ活用の実態についてお話を伺いました。

 

現在、宇宙ビジネスで起きている革命とは

―現在の宇宙産業のトレンドについて教えてください。民間の参入も増え、産業として注目度も高まっていますね。

ルイージ・スカテイア氏(以下、ルイージ):宇宙ビジネスといっても、ロケットの打ち上げといったプロジェクトも含めるとその分野は多岐にわたります。そのため今回は、みなさんにとっても今後より身近な存在になる地球観測の分野に絞ってお話ししたいと思います。

一言で言えば、今、地球観測業界では革命が起きています。

以前は、地球観測は、特殊で規模も小さな分野でした。専門の業者がデータを売り、専門のユーザーがデータを買う。衛星通信の分野に比べると、非常に限られたマーケットでした。クラウドコンピューティングやストレージなども、以前は演算能力や処理能力が限られていました。

ルイージ:ところがここ数年、IT技術の進歩のおかげでクラウド化が進み、衛星データがどんどん民主化されています。さまざまな人が、地球観測データを使えるようになっています。世界各国で幅広く利用されている身近な例としては、「グーグル・マップ」などが挙げられるでしょう。学生でも気軽にデータを扱えるようになったため、大学生が社会的に意義のあるアプリを開発するといった事例も今では珍しくありません。

それに、新規のプレーヤーがどんどん参入していて、新しい概念がもたらされています。以前なら大型の衛星を打ち上げて、高解像度で地球観測を行っていました。ところが現在は、小型衛星の打ち上げが増えています。そうして、ある特定の方式に基づいて複数個の小型衛星を組む「コンステレーション」と呼ばれる方式が採用されています。これも、ここ最近の新しいやり方なのです。

―小型衛星の打ち上げが増えているのですね、小型衛星が増えることで、地球観測についてどのような影響があるのでしょうか。

ルイージ:小型衛星は、画像の解像度は大型衛星と比べると低いですが、複数個の打ち上げによって頻繁に画像を取得できるのが最大のメリット。1日の中での変化を追って観察することができるので、モニタリングなどの利用に適しています。それに、衛星の製造コストが安く抑えられることも大きな魅力です。

これらすべてが相まって、地球観測業界ではダイナミックな変化が現在進行形で起こっているのです。ビジネスモデルやサービスもこれといった型にはまらず、どんどん新しいものが生まれつつあります。

つまり、衛星の打ち上げという上流での変化はもちろん、地上におけるデータの流通の仕方や、データの活用方法など下流でも大きな変化が起きている。これが宇宙ビジネスの地球観測領域における現状です。

出典:PwC資料「Our service offering for the Space sector」2018年6月

 

個別の産業に合わせてどのように「料理」するか、下流が重要な地球観測領域のバリューチェーン

―業界の上流から下流まで変化が起きているということですが、地球観測領域のバリューチェーンについて、改めて教えてください。そしてそのバリューチェーンの中ではどこが注目されているのでしょうか。

ルイージ:まず、データの取得にまつわる部分が、バリューチェーンの上流にあたります。衛星データを取得するのに使われるシステムや、画像データの取得それ自体が該当しますね。次に、衛星で取得された生データが地上ステーションにダウンロードされ、配信システムに乗る。これがバリューチェーンの中流にあたります。そしてバリューチェーンの下流では、サプライヤーが目的に合わせてデータを加工し、エンドユーザーに提供されます。もちろん、生データを自分で直接取得して使うエンドユーザーもいますよ。

地球観測分野では、この下流のバリューチェーンがとても重要になります。例えば、農業や石油ガス、保険、森林、海洋などは、一見するとあまり宇宙とは関係がなさそうですが、地球観測分野でみるとそれぞれデータ活用の可能性が非常に大きい分野と言えます。これらは、当然ながら異なる産業分野なので、異なるマーケットダイナミクスを持っていて、ビジネスニーズも違います。

こうした中で、地球観測分野のすそ野をより拡大していくには、専門性の高いデータを、それぞれ個々の産業の特性に合わせて最適な形に“料理”する必要があるのです。地球観測データの活用を推進していくには、こうした「下流」が要。下流の産業にとっていかに使いやすいプラットフォームを整備できるかどうかがまさに差し迫った課題なのです。

世界中の誰でもどこからでもアクセスできる世界規模の地球観測プログラム。「コペルニクス」とは

―そこでコペルニクスプログラムが鍵を握るのですね。まずは概要についてお聞かせください。

ルイージ:コペルニクスプログラムは、EUのフラグシップ的な宇宙計画で、世界最大規模の地球観測プログラムです。EUが資金を出し、責任を負っている計画で、欧州宇宙機構が開発、打ち上げ、運用を担当しています。

コペルニクスに集まるデータは、基本的には「センチネル」と呼ばれる独自の衛星を使って得られるデータです。それ以外にも、既存のミッションから得ているデータというのがあります。例えば商用衛星によるデータや、イタリアやフランスなどヨーロッパの国レベルで行っている地球観測衛星によるデータも、コペルニクスに入ってきてプールされます。

さらに、インシチュデータ(in situ:原位置)と呼ばれるデータもコペルニクスでは独自に取得しています。宇宙で取得するデータではなく、特定の場所に設置されたセンサーなどで測定されるデータのことで、それらもコペルニクスの中にプールされます。

そうした多様なデータを活用し、テーマごとに情報を提供しているのです。

なお、このサービスは、無償で提供されています。なぜなら、コペルニクスの戦略的な目的は、「地球をモニターすることによって人類に貢献すること」だからです。例えば自然環境を守る、災害を予防するといった形で社会に貢献することがミッションというわけです。

そのため、コペルニクスのデータはオープン。ヨーロッパに限らず、世界中の誰でもどこからでもアクセスすることができます。民間でもデジタルグローブやプラネットといったアメリカの企業も利用しています。ただし、コペルニクスのデータ自体は無償ですが、商用データは有料です。2通りのデータが同じプラットフォーム上で活用できる利便性も狙っているのです。

もちろんEUとしては、ヨーロッパの産業の活性化や市場の拡大、競争力の強化も併せて実現したいと考えています。そのため、地球観測データを商業的な次元で活用することも重要なミッションです。コペルニクスのデータを使って社会に恩恵をもたらすこと、可能な限り商業的な活用も推進していくこと。この両方が欠かせません。

コペルニクス拡大における課題とは

―コペルニクスプログラムが拡大していくために、今後クリアするべき課題はありますか。

ルイージ:2点あります、まずは認知度。とにかく、社会全体としてもっとデータを活用する機運を高めてほしいです。そのためにはまず、コペルニクスの認知度をもっと高めなくてはいけません。「こういうリソースがあるんだ」ともっと多くの人に知ってもらう必要があります。コペルニクスが有するデータはいろいろな可能性を秘めているけれど、ユーザー層にその存在自体を認識してもらえなければ、現実的には何も進展していかないですから。

もちろん、国などの公共機関などで既に活用されていることもあり、コペルニクスのデータの使用量は年々増えています。また、企業が新たなプロダクトを作る際、「コペルニクスのデータを活用するように」と促すいくつかの取り組みもあります。商業面でのコペルニクスのデータ利用も、少しずつ拡大しつつあります。とはいえ、認知度に関してはまだまだ不十分。もっと広いユーザー層を開拓する必要性があります。

2点目としては、データ活用スキルの課題があります。ユーザーがデータを思うように使いこなすためには、トレーニングなども必要でしょう。データを使って何ができるのか、そのためにはどういうスキルが必要なのか、こうしたノウハウをユーザーに教えていくことも重要です。

この点もEUは認識しています。そのため、アプリ開発のためのプロジェクトイベントとしてハッカソンを開催したり、トレーニングなどを実施しているのです。

―ユーザーの認知度とスキル。この2つが課題というご認識ですね。その他にはありますか。

ルイージ:今お話した2点は、間違いなく重要な要素です。けれども、これらは従来から地球観測データを活用しているユーザーに対しての課題と言えます。

区別して考えなければいけないのは、まだ宇宙のデータ活用ができていない「従来のユーザー以外のユーザー」の獲得についてです。つまり、潜在的な新しいユーザーを開拓していく必要があります。

バリューチェーンの下流には、すでに地球観測データを活用している企業がありますね。これらはEarth Observation(地球観測)の頭文字をとって、「EO企業」と呼ばれています。EO企業は、コペルニクスのデータをすでに大々的に活用しています。けれどもEUは、従来のEO企業以外の企業にも、コペルニクスのデータを活用してほしいと考えているのです。地球観測データを活用して何ができるのか、そのポテンシャルにさえ気付いていないユーザーに利用してもらうことが重要です。

データや情報がある。アナリティクスや技術もある。産業としてのニーズもある。それなのに、そのニーズに応える形でリソースが活用されていない。このギャップが実は大きな課題と言えるでしょう。

―そもそもコペルニクスのことを知っていても、何ができるかわからないという地球観測データの活用イメージがない企業ですね。こうした企業に対しては、コペルニクスの認知だけではなく、そもそも地球観測データ活用の可能性の理解を進めていく必要があると。

ルイージ:ユーザーにしてみれば、地球観測データであろうがなかろうが、とにかく自分たちが探している答えさえ得られれば関係ありません。それならば余計に私たちは、「コペルニクスのデータを使って仕事がより簡単に、より低コストに解決できますよ」ということを彼らに伝えて認識のギャップを埋める必要があるでしょう。

そこでPwCでもビジネス指標としてE.Oデータや他のデータを組み合わせて活用し、様々なコンサルティングサービスを展開しているところです。そういう意味では、コペルニクスの真のポテンシャルを発揮するのは、まだまだこれからと言えますね。

ユーザーに価値あるデータ提供をして「選ばれる」プラットフォームへ

―欧州ではそうした取り組みについて日本よりも進んでいる一方、宇宙のデータ活用については、日本でも徐々に進みつつある領域なのではと思います。

今後、日本のユーザーにコペルニクスのデータを使ってもらうためには、サービスとして何が必要だとお考えですか。

ルイージ:重要なのは、日本のユーザーにとって分かりやすい、そして使いやすいプラットフォームを整備することです。世界中でアクセスできるコペルニクスのデータが日本語でも閲覧できて、探しやすく使いやすいのなら、理想的なプラットフォームになると言えるでしょう。

コペルニクスのプラットフォームで提供されるのは、宇宙の衛星データにとどまりません。衛星データを補完するようなデータも揃っています。それに、データの分析結果も提供することができます。

データそのものは差別化できません。けれども、いろいろなものと組み合わせることによって価値を生み出すことができるはずです。それに、ある特定のユーザーのニーズに合わせて、データを使いやすく提供できるなら、それぞれのプラットフォームが差別化していけるのではないでしょうか。例えば、日本は地震が多いので、地面の動きを検知するようなアプリを開発して提供するとか、同じデータでもニーズに合わせたサービスが提供できれば、選ばれるプラットフォームになるでしょう。

そういうこともあり、私たちはデータベースに依存するのではなく、データが民主化されるクラウドのプラットフォームを開発しているわけです。

後編に続く

インタビュー:川口荘史

記事作成:黒川なお

撮影:Masanori Naruse

プロフィール

ルイージ・スカテイア(Luigi Scatteia):PwCフランスのディレクター。材料工学と経営学の両方を修め、宇宙産業に17年以上も携わる。同社の宇宙セクター内では、コンサルティングに特化したアドバイザリーチームのリーダーを務めている。過去には、イタリアの宇宙研究センターで研究し、欧州宇宙庁のヨーロッパ宇宙飛行士センターでサイエンストレーナーとして勤務した経歴を持つ。宇宙ビジネスにおいて、テクノロジーとビジネスの両面を深く理解する数少ない人材として、宇宙産業の新規事業や市場戦略などをサポートしている。

大塚 泰子:PwCコンサルティング合同会社のディレクター。新規事業の戦略策定、中長期成長戦略の策定、中期経営計画の検証、企業買収において調査・分析を担うビジネス・デュー・デリジェンス、経営統合支援業務といった幅広い領域に携わってきた。近年は、AIを活用した新規ビジネスモデルの策定支援を、ハイテク企業との協業モデルによって推進している。