【対談】「イー・ショッピング・ブックス」の設立から、オムニセブンの立ち上げまで 鈴木康弘×逸見光次郎(第1回)

2019.01.29 エキスパート

小売業界のデジタルトランスフォーメーションは単に業務をAIやITによって効率化するだけではなく、組織やビジネスのあり方自体も大きく変えていく必要があります。そうした激動の時代のなかでどのような経営者、人材が必要とされるのでしょうか。

富士通のシステムエンジニアを経てソフトバンクやセブン&アイでECを統括、現在は事業会社のデジタルシフトを支援するデジタルシフトウェーブを経営する鈴木康弘氏と、鈴木氏とともにソフトバンク時代にイー・ショッピング・ブックスを立ち上げ、その後、カメラのキタムラでオムニチャネル化をリードしたオムニチャネルコンサルタントの逸見光次郎氏の対談です。

メガネスーパーを含めて複数社のEC事業の急成長を牽引した“ECエバンジェリスト”川添 隆氏がファシリテーターを務めます。

第1回は、富士通からソフトバンク、セブン&アイ・ホールディングスを渡り歩いた鈴木氏のキャリアについてです。鈴木敏文氏、孫正義氏など偉大な経営者と直接仕事をすることでどのような学びがあったのでしょうか。

 

富士通のシステムエンジニアから孫正義氏との出会いを通じてソフトバンクへ

川添 隆(以下、川添):自己紹介をお願いしたいですが、鈴木さんは、もともとシステムエンジニアのご出身ですね。

鈴木康弘(以下、鈴木):キャリアの最初は富士通でシステムエンジニアをしていました。主に小売業のお客様を担当し、POSシステムから受発注システム、在庫管理システムなど一通りの小売業システムの設計・開発に従事していました。後半はシンガポールに駐在し、同じく小売業のお客様をサポートしていました。

駐在2年目に一時帰国したときに、知人から孫正義さんを紹介されました。お会いすると、孫さんは「デジタル情報革命を起こすんだ」と熱く語られていて、「おもしろい人だな」と思って握手しちゃったんです。そうしたらソフトバンク(現・ソフトバンクグループ)に転職することに。まだ駐在中だったので入社したのは半年後、1996年のことでした。

大企業へと成長する時期のソフトバンクにて新規事業立ち上げ

川添:今の日本を代表する経営者である孫さんとのご縁というのは本当に貴重ですね。当時はどのような仕事をされていたのですか?

鈴木:僕が入社したときは、ソフトバンクもまだ500名位の会社で、月曜日には孫社長が椅子の上に立って朝礼をしてたくらいの規模でした。

当時のソフトバンクの事業は、パソコン雑誌を中心とした出版事業とコンピュータソフトの卸売事業がメインでした。

入社した日に、社長室にご挨拶に行った際に、孫社長から「何をやりたい?」と聞かれたので、「10年間エンジニアをしていたので営業をやらせてください」と言い、ソフト卸売事業の営業課長代理からのスタートになりました。

ほどなくヤフーが立ち上がって、いよいよインターネットという時代に。3年間の営業職のうち後半は新規事業の企画担当と兼任で、1999年にはソフトバンクは100社程の会社を立ち上げたのですが、その多くに携わることになりました。

川添:新規事業担当として100以上の事業に携わられたと。千本ノックならぬ、事業の百本ノックですね。

鈴木:多くの会社を立ち上げるうちに、自分でも事業を興そうと思い、本が好きだったことからネット書籍販売の「イー・ショッピング・ブックス」を企画しました。99年5月に年内サービス開始の記者発表をしました。しかし、現実は、企画のみで僕一人だけです。孫社長に「人をまわしてください」とお願いしたら、「社長だろ。人は自分であつめてくるものだ」と言われました。もう時間はありません。富士通時代の友人を連れてきたり、新聞で募集をかけたりして、8月に会社設立。11月にサービスを開始しました。実は、そのときに新聞の募集欄を見て応募してきたのが逸見くんです。

 

鈴木敏文氏が代表を務めるセブン&アイ・ホールディングスに

川添:鈴木さんと逸見さんの出会いはその頃からですね。その後「イー・ショッピング・ブックス」はどのような推移をされたのでしょうか。

鈴木:会社は3年で単月黒字になって、 5年で累損解消、売り上げが年間200億円近くいったのですが、当時アマゾンは日本国内ですでに1,000億円を越えていて、これは資本力ではかなわないと考えました。

そうして、2006年、自ら資本異動して会社ごとセブン&アイ・ホールディングスのグループ入りしたんです。ちょうど2005年にイトーヨーカドーグループがセブン&アイ・ホールディングスになり、代表を父(鈴木敏文氏)が務めていて、あちらもネット人材を求めていたので、思いが一致した形となりました。

逸見光次郎(以下、逸見):もともと「イー・ショッピング・ブックス」はセブン-イレブン受け取りも行っていましたね。

鈴木:そうですね。当時、イー・ショッピング・ブックスはソフトバンク、セブン-イレブン・ジャパン、トーハン、ヤフーの合弁会社で、セブン-イレブンの出資は30%でした。

リアルとネットの融合を目指して「セブンネットショッピング」の経営に携わることになったんですが、内部を説得するのが大変で。

様々な形で説得を試みて、7年かかりましたがオムニチャネル戦略に取り掛かることができました。最初は、そのリーダーとして、その後取締役CIOとしてグループのシステム全体を見ることになりました。

大企業で社内コンセンサスを得る難しさ、オムニセブンの立ち上げ

川添:大企業における内部を説得を手掛けたことがある人自体が稀有な存在だと思いますが、どういったところが大変でしたか

鈴木:まずネットがわからない人が多い。ネットによって消費が変わる、売り上げも変わると理解してもらうことが難しいのです。

トップに理解してもらうのに2年、まわりに理解してもらうのに5年、合計7年かかりやっと2013年からオムニチャネル「omni7(オムニセブン)」のプロジェクトがスタートしました。

オムニセブンはプロジェクトのリーダーとして関わりました。セブン&アイは富士通とは違って連邦型の大企業で、各社をとりまとめながら仕事したという形です。

川添:現在は、デジタルシフトウェーブの代表取締役としてデジタルシフトをめざす企業の支援をされていますね。

鈴木:セブン&アイでは、プロジェクトも初期の形を整え一段落し、トップも交代し、自分自身も50代になったので新しいことに挑戦したくなり、退社をしてデジタルシフトウェーブを立ち上げました。

20代は富士通でエンジニアとして働き、30代はソフトバンクで営業、そしてベンチャー立上げを立上げ経営を経験し、40代ではセブン&アイで小売業のデジタルシフト改革を経験してきました。これらの経験を50代になり多くの企業に貢献したいという気持ちから新しい挑戦をはじめました。

影響を与えたのは鈴木敏文、孫正義、ヤフーの井上雅博、SBIの北尾吉孝の4

川添:鈴木さんの現在の考え方はどのように構築されてきたのですか。

鈴木:もともと、モノを作ること、仕組みを作ること、人に教えることが好きなんです。これは学生時代から社会人になっても変わらない自分の性分だとこの歳になって思います。

逸見:セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文名誉顧問の影響を受けている部分もありますよね。

鈴木:そうですね。僕に影響を与えたのは鈴木敏文氏、孫正義氏、ヤフーの井上雅博氏、SBIの北尾吉孝氏の4人です。

鈴木敏文がすごいなと思うのは流通業では初めて仕事を仕組み化した点。「変化への対応、基本の徹底」という哲学のもとマーケットの変化に対応する仕組みをつくりあげました。愚直なほどの継続力がものごとを大きく動かすのだと教わりました。

孫さんのすごさは、夢を描く力と細心さです。ビジョンを語らせたら今の日本では孫さん以上の人はいないと思います。それでいて、数字にはすごく敏感なんです。孫さんがいつも「セスナは勘でとばせるけど、ジャンボジェットは多くの計器を見て飛ばすだろう」と言ってたのは勉強になりました。

井上さんにはシンプルに考えることを教わりました。イー・ショッピング・ブックスでなかなか利益がでないとき、井上さんに相談をしたとき「自分でやれることは自分でやればいいじゃん」と言われ、当時、コールセンターや一部のシステムを外注していたのを内製化して利益化することができました。

北尾さんには、信義を教わりました。イー・ショッピング・ブックスを起業し5年後のある日、北尾さんに呼ばれました。部屋に入るなり「私は君を信じる!」と言われ「5年前ソフトバンクの役員会で、5年で売上100億にすると君は言っただろう。覚えてるぞ。言ったことを実現した人間だけが信用できるんだ。」と言われたことは一生忘れません。

僕は、そうやって教えられてきたものを引き継いでいるだけです。特に鈴木敏文、孫正義で共通しているのは、「自分の頭だけで考える」ということです。戦略をコンサルタントに考えさせる経営者が多いけれど、二人とも「なんで自分の仕事をコンサルに考えさせるの」とまったく同じことを言っています。

起業家とは、自分の頭で考え実行していくものだと教えられました。確かにコンサルは経営もしたことが無い人も多いし、多くのコンサルは海外の既にある事例を持って説明する人の方が多いですよね。僕らの今の仕事もクライアントのご支援をする仕事ですが、クライアント自身に考えてもらえるように支援していくことを心掛けたいと思っています。

川添:仕事によってはコンサルタントにお願いしたほうがいい部分もあるかもしれませんが、多くの社員が乗っている船の方向を決める、すなわち戦略自体を考える仕事は自分たちでやる必要があるというのは同感です。

コメント

川添:鈴木さんには、鈴木敏文氏、孫正義氏、井上雅博氏、北尾吉孝氏という4人の何とも豪華なロールモデルをお持ちです。私自身もメガネスーパーのグループ代表を務める星﨑から多大な影響を受けてますが、「有能なビジネスパーソンを師事できる環境」の有無によって自分自身の成長は変わってくると思っています。これはどんな仕事・役割であっても同様ですが、デジタルシフトに関わるということが、社内のすべての商流に関わることと同義でしょう。デジタルやテクノロジー領域の知識も必要ですが、仕組みを考えたり、説得・巻き込んだり、同時に結果を出すというような能力の方に重きがあると捉えています。そういった地力をつけるうえでも、有能なビジネスパーソンと一緒に仕事をする経験は必要だと感じました。

また、4名の教えを取り入れて実績を出してこられた鈴木さんでも、セブン&アイ・ホールディングスグループ内を説得するのに7年要したとのこと。すさまじい鈴木さんの胆力には驚きですが、デジタルシフトを推進するリーダーにはあくなき執念も必要だと再認識しました。

第2回  全体の8割は意見がない。大企業の社内変革でみえた、組織の動かし方 鈴木康弘×逸見光次郎 に続く

記事作成:安楽由紀子

撮影:Masanori Naruse

プロフィール

鈴木康弘:1965年生まれ。1987年、富士通入社。SEとしてシステム開発・顧客サポートに従事。1996年、ソフトバンク入社。営業、新規事業企画に携わる。1999年、ネット書籍販売会社イー・ショッピング・ブックス(現セブンネットショッピング)を設立。代表取締役社長就任。2006年、セブン&アイHLDGS.グループ傘下に入る。2014年、セブン&アイHLDGS.執行役員CIO就任。グループオムニチャネル戦略のリーダーを務める。2015年、同社取締役執行役員CIO就任。2016年、同社を退社。2017年、デジタルシフトウェーブを設立。同社代表取締役社長に就任。デジタルシフトを目指す企業の支援を実施。SBIホールディングス社外役員就任。著書に「アマゾンエフェクト! ―「究極の顧客戦略」に日本企業はどう立ち向かうか」(プレジデント社)。

逸見光次郎:1970年生まれ。1994年、三省堂書店入社。1999年、ソフトバンク入社。イー・ショッピング・ブックス立ち上げに参画。2006年、アマゾンジャパン入社。2007年、イオン入社。ネットスーパー事業の立ち上げと、イオングループのネット戦略構築を行う。2011年、キタムラ入社。EC推進本部副部長、ピクチャリングオンライン代表取締役会長(2012年9月にキタムラ統合)、執行役員EC事業部長、執行役員オムニチャネル(人間力EC)推進担当。2017年、個人事業主としてオムニチャネルコンサルタント活動を始める。同年、ローソン入社。マーケティング本部本部長補佐、同年退社し、コンサル契約に移行しローソン銀行立ち上げに関わる。2018年に千趣会執行役員マーケティング副本部長に就任。現在は、フリーのコンサルタントとして流通業界のオムニチャネル化のための講演活動や複数の流通事業会社のオムニチャネル化を支援中。プリズマティクス社アドバイザー、GMOメイクショップ社オムニチャネルスーパーバイザーを兼務。著書に「デジタル時代の基礎知識『マーケティング』 「顧客ファースト」の時代を生き抜く新しいルール」(翔泳社)。

川添隆:販売、営業アシスタントとしてサンエー・インターナショナルに従事後、ネットビジネスを志し当時サイバーエージェントグループだったクラウンジュエル(現ZOZOUSED)へ。ささげ業務(ECサイトで販売する商品の情報制作業務)から企画、PR、営業まで携わり2010年にクレッジ(現オルケス)に転じ、EC事業の責任者として自社サイトの売上を2倍以上、EC全体を2年で2倍に拡大。LINEを活用した事例でも成功を収める。2013年、メガネスーパー入社、デジタル・コマースグループ ジェネラルマャー就任。2017年からビジョナリーホールディングス デジタルエクスペリエンス事業本部 本部長を兼務。2018年5月、執行役員に就任。