【対談】ロボット産業は2035年に9.7兆円規模へ 成長の前に横たわるこれだけの法制的課題 羽田卓生×柴山吉報(前編)

2020.01.17 エキスパート

ロボティクスがAIやIoTとの融合を強め、従来の「ロボティクスの概念」ではロボット産業を捉えられなくなってきています。ロボットの活用が「作業ロボット」に代表される従来の製造領域から医療・介護、調理などの生活領域を含めたサービス領域へ広がり、「サービスロボット」の概念も含むようになってきたからです。これは、人間がプログラムした定型作業しかこなせなかった「制御型ロボット」から、自らの判断で複雑な非定型作業をこなす「自律型ロボット」への進化を意味しています。

そこで今回はロボットエバンジェリストの羽田卓生氏とAI分野の法制に詳しい柴山吉報弁護士に、既存の法制との接点が少ない自律型ロボットの普及促進を図るためには、どのような法制的課題を解決しなればならないのかを語って頂きました。その中から、難問山積の法制的課題を何としでも解決し、自律型ロボットの普及を図らなければならない真の理由も見えてきました。

 

これからの法令・ルールはソフトローの積み重ねで

羽田 私は元々ソフトバンクにて携帯電話事業の企画やマーケティングに携わっていました。携帯電話としての技術がある程度行き着くのが見えた時点で、将来発展するであろうロボットの業界に身を転じ、ソフトバンク子会社でロボット分野での事業開発や業界内での取材・執筆、イベント運営などの啓蒙活動などを行なってきました。今年より、AIベンチャーのABEJAにて事業開発に携わっています。

柴山 私は、阿部・井窪・片山法律事務所にて知的財産や事業再生に関わるビジネス法務案件を中心に経験を積んできました。その中でIT・ソフトウェア開発における紛争、交渉などを経験した経緯で、ここ数年ニーズが急増しているAI関連の法整備・法的課題解決に取り組むようになりました。現在は事務所に籍を置きながらABEJAに参画し、AIを含む新サービスの契約設計やAI開発受託における契約交渉などを、企業内法務という立場から手掛けています。

羽田 経済産業省が2019年5月に発表した資料「ロボットを取り巻く環境変化等について」を読むと、海外でもAIやIoTを取り入れたロボットが物凄い勢いで開発・導入されています。もはや日本は「ロボット大国でございます」と鷹揚に構えていられない状況になってきていると思います。実際、作業用ロボットの導入台数では、2017年に中国に追い抜かれている訳ですから。

すると、我々がこれまで論議してきた従来の「ロボティクス」で、これからのロボット産業を論議できないのではないかと思っています。なぜなら、従来のロボティクスというのはロボットの設計、製作、制御をいかに効率化するかなどの「ロボット工学」のことで、既存の作業ロボットを想定した概念だったからです。

ところが最近のロボティクスとAIやIoTとの融合加速を見ると、イノベーションの意味を含んだ「ロボテック」みたいな新しい概念で再定義しないと、これからのロボット産業を論議できないと私は思っています。こういう状況を法律家の柴山さんは、どのように捉えていらっしゃいますか。

柴山 最近の産業全般におけるX-Techの急速な浸透を見ていると、既存の業法が想定していなかった革新的技術が次から次へと誕生していて、法令の整備がそれに対応できていない状況になっていると思います。その結果、既存の法制が新規事業創出や既存産業成長の足枷になっているケースが増えているのは否めないと思います。

そもそも法制というのは、世の中に新しいものが出てきて、それが普及してくると、「もう実態に合わないよね」となって、ようやく法律を改正したり新法を制定するという時間的な流れに沿っています。

しかし、今日のロボット産業を含めたX-Techの潮流に法制が適切に対応するためには、法律という「ハードロー」で対応するのではなく、ガイドラインなど幅のある柔軟な「ソフトロー」で対応する必要があるように思います。そしてソフトローの適用例がある程度蓄積されたところでその中身を精査・検証し、安全性や公正性を担保した適切な法律にブラッシュアップして万全を期する。これからはそうしたルールづくりの新しい時間的流れに変えてゆくことも重要な気がしています。

日本は今後も「グレーゾーン=NG」の法思想のままで良いのか

羽田 AI絡みでいうと、2018年6月に経済産業省が「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」を策定しましたね。経済産業省の説明資料を読むと「AI技術を利用したソフトウェアの開発・利用に関する契約の促進云々」となっているのですが、あれを現場の企業法務的に解釈すると、どういうソフトローになるのでしょうか。

柴山 「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」は、「ガイドライン」という名前がついているものの、一定のルールを課す性質もののではなく、契約を締結する際の参考資料といった性質を有するものです。その意味で「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」は少し特殊ですが、一般的には「ガイドライン」と名の付くものはソフトローに位置づけられることが多いです。法律は、守らないと違法になって罰則や行政処分が課されうるというような重大な不利益が伴いますし、改正しようとすると国会で可決されることが必要になります。例えるならば、法律とは破壊力は抜群だけど小回りが利かない昔の戦艦と同じようなものだと思います。

このような小回りが利かない法律だけでは、現在のように次々と出現してくる新しい技術・事案に対処できないので、「こういうルールでやっていきましょうね」と業界内で合意したり、省庁などで専門家が集められて議論した結果が「○△ガイドライン」といった形でオーソライズされたりしたものがソフトローです。だからガイドラインには法的な強制力がありません。

羽田 つまり、業界の自主的なルールみたいなものなので、守らなくても違法にはならないけれど、業界の健全な発展のために守りましょうというルールですね。

柴山 おっしゃる通りです。それが私たち現場の企業法務関係者のガイドラインに対する一般的な認識です。このガイドラインを遵守しているうちに、やがてデファクトスタンダードとなって事実上の法規制として機能しますし、市場環境が変化して機能不全になってくると、法律と違ってガイドラインの場合は改正もしやすいメリットがあります。AIのような技術進化が著しい世界では、ガイドラインのようなソフトローを活用していくケースが今後益々増えると思います。

羽田 ところが、事業の現場においてはガイドラインでも対応できないゾーンがあります。

というのは、事業者はみんな既存の法律や国が策定したガイドラインを守りつつ、いかにして新事業創出や既存事業を成長させるかに頭を悩ませ、知恵を絞っています。

そうすると、ガイドラインでもカバーし切れないゾーン、すなわちグレーゾーンが必ず出てくるのです。この中性的なグレーゾーンを日本のように「NG」側に判断するか、米国のように「OK」側にするかの違いは大きく、これが日本のロボット産業の足枷となり、今後米中に大きく水を開けられる恐れがあると危惧しています。

柴山 グレーゾーンが出てくるのは、要するに法令の解釈が明確でないことが原因です。そして、グレーゾーンに対する日米の考え方の違いは、立法思想の違いといえます。

米国は、具体的な事案に対する裁判所の判断を蓄積させてルールを作っていこうという発想が根本にあるため、「まずやってみる」ということを歓迎する傾向にあるといえます。したがって最初からガチガチの法律を制定して運用するのではなく、「これは絶対NG」という事項だけを法制化し、それ以外はグレーゾーンにしておいて、「この部分は国民の良識と責任で対処してくださいね」という思想で作られた法律が多いといえます。そのうえで、具体的事案を通じて、規制のルールを作っていきます。対して日本は、まずルールを定めて、その枠内でビジネスを行うという、アメリカと真逆の立法思想に基づいているところがあります。

でも現在のように、技術革新の流れがかつてなく速くなってくると、確かにガイドラインでも対応し切れないゾーンが出てきて、さらにそれが拡散傾向にありますから、「ガイドライン+α」のルールが必要だと思います。平成30年に施行された生産性向上特別措置法で設けられた「規制のサンドボックス」制度など、グレーゾーンを解消するための制度が導入されており、国もこの点に課題を感じていることが分かりますが、今後は日本も立法思想を見直していくことが必要な分野もあるのかも知れません。

後編 サービスロボットの社会実装に向けては、品質・安全基準・倫理・心理学などを総動員した全く新しい議論が必要 羽田卓生×柴山吉報 に続く

 記事作成:福井晋

撮影:Masanori Naruse

プロフィール

羽田 卓生:株式会社ABEJA 新規事業担当

1998年にソフトバンク入社後、出版事業部に配属。2007年のボーダフォン買収後は、通信ビジネスに主に従事。2013年、あらゆるロボットの制御を担う汎用の基本ソフト(OS)「V-Sido」を開発・販売するアスラテック株式会社の立ち上げ時より同社に参画し、現在同社のパートナーロボットエヴァンジェリストとして活動。2019年より、株式会社ABEJAに参画。そのほか、Mira Robotics株式会社パートナー/ストラテジスト、任意団体ロボットパイオニアフォーラムジャパン 代表幹事、特定非営利活動法人ロボットビジネス支援機構(RobiZy)アドバイザーほか、執筆活動も行う。

 

柴山吉報:阿部・井窪・片山法律事務所 弁護士

司法試験予備試験合格、東京大学法科大学院卒業。阿部・井窪・片山法律事務所に所属し、IT企業の知的財産権、営業秘密等に関する案件のほか、システム開発の紛争や各種訴訟等を数多く扱う。2018年から㈱ABEJAに参画し、AIのモデル開発、顔認証技術を用いたサービス及びデータの取引等の分野において契約交渉及びビジネススキームの検討等の業務を行う。

主な著書に、『第4次産業革命と法律実務(クラウド・IoT・ビッグデータ・AIに関する規制と保護対策)』(共著・民事法研究会)、『金融機関の法務対策5000講 Ⅴ巻(回収・担保権の実行・私的整理・法的整理 編)』(共著・きんざい)、『損害賠償額算定解説事例集』(共著・新日本法規)など。