【対談】ロボットが「ロボット」と呼ばれなくなる日まで 実用化に向けた道筋と技術的課題 尹祐根×中村壮一郎(前編)

2020.01.17 エキスパート

労働人口減など日本における喫緊の課題に対して、ロボティクスは大きな成長を期待されています。最先端の技術とアイディアで未来を創るスタートアップ企業にその役割が期待される一方、ロボットのようなハードウェア分野の起業には大きなリスクが伴い、非常に高いハードルがあるのが現実です。

ファナックへの売却で注目を集めたライフロボティクスの創業者で現在は産業技術総合研究所で研究を行う尹祐根氏と、警備用自律移動型ロボットを開発・提供するSEQSENSE代表取締役・中村壮一郎氏。バックグラウンドの異なる2人のロボットスタートアップ創業者が自らの経験と業界の見通しを語る対談です。

前編では、現状のロボティクス関連技術について、その成長への期待や規制などの障壁や課題について伺いました。

 

ロボティクスは、あらゆる業界の問題を解決するための手段

― まずはお2人のご経歴と現在の取り組みについてお聞かせ下さい。

:元々ロボットが好きで、大学の博士過程から研究を始めて、大学の教員をした後に産総研に来ました。その後起業して一度離れますが、また戻ってきて今も産総研でロボットの研究をメインにしています。研究を始めてもう20年になります。

今感じているのは、ロボティクスは、物流や警備や産業の問題を解決するための手段としてあるものなので、ロボティクスの研究開発は「いつ実用化されるのか」という大前提を明確に説明することが大事だということです。

それがないと、世の中からの投資を受けづらいですし、研究者は30年後を見通して言っているのに、世間には来年くらいから役立つのではないかと思われてしまう。そのミスリードは研究者自身の首を絞めてしまうので、コストや時期は見通して説明する必要があると思います。

中村:私は銀行から外資系の証券会社などを経て独立しました。尹先生とは違いロボットやテクノロジーに興味はありませんでしたが、独立し、明治大学の黒田洋司先生と出会ったのがSEQSENSE立ち上げのきっかけです。

黒田先生がロボティクス企業をつくりたいという思いをお持ちだったのですが、大学の教授とエンジニアだけではなかなか前に進まないところもあり、ファイナンスや事業など会社全体を見る意味で、私が代表になり2016年に立ち上げました。

ビジネス面を扱う人間としては、しっかりビジネス化することを最大の目標にしています。我々のDEVELOPMENT PHILOSOPHYである「ヒト型も、ネコ型も、目指さない」という言葉には、使えるものをつくらなければ意味がないという思いを込めています。

また、「本質的な価値を常に提供する」ということも掲げています。我々が考える本質的な価値とは、生活を今以上に便利にすることではなく、高齢化で右肩下がりのこの国の将来、最低でも今の生活が維持できるようにすることです。生産人口が減ると、今まで満たされていた生活にどんどん穴が開いてしまうので、その穴を埋めていくような仕事をしたいと考えています。

売り切りではなく、導入いただいてからがスタート

― 事前のアンケートでは、ロボティクス活用市場の成長については、お2人ともニュートラルなお立場でした。中村さんは、生産人口の減少に対する解決策の1つとしてロボティクスを活用されていますが、どのようなお考えで事業をされているのでしょうか。

中村:例えば我々が企業に対して、「自律移動性が高くて画像認識の精度も高い警備ロボットができました。使ってください!」と押し付けても絶対に使って頂けません。今の警備ではどのように人が配置され、どう動いているのか、何を確認しているのかなどを全て洗い出して、タスクを再構築した上でロボットを入れる必要があります。

そのため、売り切りではなく、お客様に導入いただいてからがスタートだという意識です。ロボットの導入を契機に、これまでのオペレーション全体やビジネスモデルを見直すような動きが必要だと思っています。

:その通りですね。更に、市場に導入するタイミングも非常に重要で、警備ロボットは5年前だとまだお客様の感度が低く展開は困難だったと思います。今はお客様もロボットへの理解が進んできたので、黙っていても依頼が来ます。どこのフェーズにいるのかも意識して経営しないと市場とずれてしまいますね。

― 2030年以降、最もロボティクスが普及する分野は何だとお考えでしょうか。

:医療、掃除、警備、物流などはもちろんですが、食品産業は比較的工場の中の自動化が遅れているので、早急に進めるべき部分です。ただ自動車や電機などと比べてラインの変更が頻繁なので、難しさはありますね。

中村:私は自律移動型ロボットの可能性を感じています。例えば、店舗で使うロボットにも、自律移動性がほしいという話を聞いています。工場のように場所も作業も決まっているなら問題ありませんが、ランダムになると汎用性が高い自律移動型ロボットの必要が出てきます。

ロボットのハンドリング技術は、まだ“赤ちゃん”レベル

― 自律移動技術というと、例えば掃除ロボットの「ルンバ」もその1種と認識していいのでしょうか。

:その1つです。ルンバの場合は、サブサンプション・アーキテクチャという概念を使い、物にぶつかることを前提に条件反射的な動作を繰り返しながら効率よく動けるようになっています。また、SLAMのようにセンサーやカメラで自分の位置を把握しつつその場でマップをつくっていくものがあります。後者は性能が高くなる分コストも高くなります。

中村:同じ自律移動型でも、必要な性能の高さは用途によって違います。一般家庭の掃除をするだけであれば、多少物にぶつかっても大した問題ではありません。ですが、大きなビルの中で警備ロボットがガシャンガシャンと壁にぶつかっていたら話にならないですよね。ですから、我々の扱うような警備ロボットは高い精度がなくてはいけないですし、それに伴ってコストもかかります。

:例えばアマゾンロボティクスは、マーカーを追っていくだけのシンプルな技術しか必要としないので、とても安く導入できます。何でも技術を入れればいいのではなく、できるだけ安く目的を達成できればいいのです。

また、技術自体もまだまだ発展途上です。「物を取る」という行為一つ取っても、まだ技術的に不十分です。

― 「物を取る」という技術を因数分解すると、何が必要になるのですか。

:最初は「物の認識」ですね。「これは何なのか」ということを認識してから、「どう取ればいいのか」「どのくらい力をかければいいのか」と判断していきます。イメージとしては、赤ちゃんが初めての物を取ろうとするとき、全然取れないですよね。

それが何かもわからないし、取ってみて重かったら落とすし、柔らかいものをべちゃっとつぶしてしまったりする。ロボットも今はそういう状態です。大人のように、過去の経験から推定して確実につかめるレベルにはまだ全然至っていません。

基本的に、ある程度以上の質量を持つ物を動かすには重力や慣性などにより大きなエネルギーコストがかかるため、モーターなどモノを動かすハードウエア技術の発展スピードはソフトウエアと比較して遅いですね。

人間独自ではできなかった方向に進化できる可能性を秘めている

― ロボットの普及が進む中で、ボトルネックになる法規制などはありますでしょうか。

:AIなどが集めるデータの中の個人情報の扱いはセンシティブになってくると思います。中国は逆に、個人情報でもデータが集まれば良いというスタンスで政府が率先して許可を出しているので、顔認識技術などが浸透している。そこのバランスは難しいですよね。

犯罪者の特定のために警察が個人の顔認識情報を活用するという発想も出てきますが、そんなことは今の日本だと非常にハードルは高い。

ただ、そうは言いながら、皆個人情報を出すことに慣れていくだろうとは思います。以前は監視カメラがあるだけで抵抗があったのに、今はほとんどの人が気にしないですよね。

今の子どもたちはデジタルネイティブなので、アプリも含めて無料なのは当たり前、個人情報も出すのが当たり前。「そこになぜ抵抗を感じるの?」という世代です。その方が安全だとか、便利だとかが実感できることを重視していますね。

― 今後、人とロボットの関係性はどう変わり、人間の役割にどのような変化が訪れるとお考えでしょうか。

中村:弊社のエンジニアがよく言うことですが、「ロボットと言われているうちは実用的なものではない」と。皆さんは電子レンジを見て「ロボット」とは言いませんよね。洗濯機もそうです。同様に今後自動運転などに対する違和感がなくなってくるはずです。特に日本では人が減っていく中でわざわざ人がやらなくてもいいところはどんどんロボットに置き換えていくべきと思います。

:よく言われる、「単純作業で10年やっても給料が上がらないような仕事」は置き換えが徐々に進んでいくと思います。年々ロボットのコストは落ちるので、転換点がきたら一気に変わっていくでしょうね。

また、サイバーの世界にアクセスすることで自分たちの世界は広がりました。例えばアルファ碁が、これまでの業界の常識を越える新たな一手や戦術を出してきて、それを人間が学ぶことによって囲碁業界自体が進化しています。技術の発展によって人間独自ではできなかった方向に進化していける。これは非常に面白いと思います。

後編 【対談】良いロボットスタートアップは「地味」? ロボティクス領域特有の組織マネジ メントと事業の進め方とは 尹祐根×中村壮一郎 はこちら

撮影:Masanori Naruse

プロフィール

尹 祐根(ユン ウグン) 産業技術総合研究所 情報・人間工学領域 人工知能研究センター デジタルヒューマン研究チーム 主任研究員(ライフロボティクス創業者)

ロボット研究者、起業家、投資家。東北大学にて博士(工学)取得。東北大学助手、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)主任研究員を経て産総研発ベンチャーであるライフロボティクスを2007年に創業。同社で2016年からの1年間でシリーズA、Bにより合計15億円調達し、世界で唯一の肘のない協働ロボットCOROを開発・販売。2018年同社をファナックへ売却。2018年から産総研に復職し、2019年から産総研AI研究センターに所属。メルカリ、epiST、ウィズ・パートナーズ、内閣府など、産学官のアドバイザーや委員を兼務。ライフロボティクスの代表取締役として、Forbes Japan「日本の起業家ランキング2017」で第9位と特別賞(Cutting Edge)、「日本の起業家ランキング2018」第10位に選出。

 

中村 壮一郎 SEQSENSE株式会社 代表取締役

京都大学法学部卒。1977年生まれ。大学ではアメリカンフットボール部主将。ALL JAPANにも選出。大学卒業後は、三菱UFJ銀行にて中小企業融資を担当。その後、シティグループ証券に転職。2006年から2008年はニューヨークオフィス勤務。債券部に所属し、LBOファイナスやストラクチャードプロダクトのマーケティング等を担当。2015年よりSEQSENSE立上げプロジェクトに参画。2016年10月創業と共に代表取締役就任。東京工業大学アメリカンフットボール部ヘッドコーチも務める。