【海外M&A:東南アジア】新興国においてM&Aを検討する上で重要な「6つの要素」
難易度の高い、東南アジアにおけるM&Aの案件開拓と執行
東南アジアをはじめとした新興国において、合併・買収(M&A)が増加傾向にあるといわれています。こうした増加傾向の背景には、中国向け投資の東南アジアへのシフト、ローカル企業の M&Aの積極化などがあるようです。
東南アジアM&Aの特徴
東南アジアM&Aの特徴としては、先進国で行われる案件と比べて比較的小規模な案件が多く、中には成長市場への進出の足掛かりを目的とした案件もあります。加えて、事業内容が良くかつ価格も妥当な良質な案件を開拓する難易度はより高いといえます。
日本は、有望な買い手候補国
成長市場である東南アジアにおいては、日本企業のみならず、他の先進国や現地企業でも買収機会を積極的に模索されていますが、日本は、交渉に対する真摯なスタンスやこれまでの投資実績などからも、有望な買い手候補国として認識されています。
そうした東南アジアですが、M&A案件の執行においても決して容易ではありません。売り手市場となっている東南アジアでは、案件の価格も、実際の規模に対して高騰する傾向もあり、さらに企業側の情報開示も不十分、案件の交渉にも不慣れであることもあり、M&Aの執行についても非常に難しい交渉になることもあります。
難しいアドバイザー探し
このような売り手市場となっている東南アジアでは、現地でも多くの M&Aのアドバイザーが存在していますが、中にはとりあえず高値で売りつけようとする業者や来た情報を右から左にやり取りしているだけのブローカー、ひどい場合は詐欺話で欺こうとする者までいて、信頼できるアドバイザー探しも非常に難しい領域です。
今回は東南アジアでM&Aアドバイザリーとして活動されている株式会社アジア戦略アドバイザリー代表取締役の杉田氏に伺いました。
東南アジアにおける「M&Aが行いやすい国」とは?
一般的に新興国においてのM&Aでは、それぞれ地域特有のリスクに注意する必要があります。そうした特有のリスクから、東南アジアの中でも、M&Aのやりやすい国とそうでない国は存在します。
Q:新興国でのM&Aのやりやすさ、国ごとのM&A環境についてみていきたいと思います。東南アジアにおいて、どの国がM&Aを行いやすいでしょうか?
杉田:東南アジアでのM&Aのやりやすさは、やはりその国の成熟度に比例していると見ています。端的にそれを表す指標としては、おおよそ1人当たり名目GDPに正比例していると見て良いかと思います。つまり、1人当たりGDPの高い国ほどM&Aがやりやすいということですね。
あくまで概観として、M&Aの案件執行の容易さで見た場合、東南アジアでは、1人当たりGDPが5万2,961米ドルと最も高いシンガポールが最も容易ということになります。次にマレーシア(1人当たりGDP:9,360米ドル)、タイ(同:5,899米ドル)、インドネシア(同:3,604米ドル)、フィリピン(同:2,924米ドル)、ベトナム(同:2,173米ドル)と続きます。(出典:IMF World Economic Outlook Database 2017)
東南アジア諸国の一人当たりGDP
出典:IMF World Economic Outlook Database, April 2017
東南アジアなど新興国において「M&Aを検討する上で重要な6つの要素」とは?
Q:東南アジアなど新興国でM&Aを検討、推進していくにあたって考慮するべき点とはどういったものでしょうか?
杉田:新興国では、日本や欧米に比べてM&A実行にあたって考慮していく点以上に、留意すべき点が存在します。特に下記の6つのポイントは、新興国ならではの国としての「M&Aのしやすさ」を構成する内容になります。
すなわち、
(1)制度面の整備状況
(2)会社情報の信用度
(3)現地アドバイザーの力量
(4)現地でのM&A案件数や過去実績の蓄積
(5)現地企業におけるM&Aの戦略的位置づけ
(6)資本市場の整備状況
の6点です。
次に、これらの東南アジア諸国を含む新興国におけるM&Aを検討する上で重要なこれらの6点についてみていきましょう。
「制度面の整備状況」制度面で実現に耐えられる「明確さ」が存在するか
Q:東南アジアのM&Aにおいて、注意すべきポイントについて、最初の「制度面の整備状況」についてお伺いしたいと思います。
杉田:現地における法制度の整備についてですね。特に会社法などの現地での法律において、どの程度M&Aの手法が整備されているか、そもそも外資による活動がどこまで許容されているか見ておく必要があります。
ここで重要なのは、単純に法律上規定されているかではなく、実際の運用に耐えられるよう明確に記載されているか、不明な点についても具体的な形でクリアになっているかです。特に、過去の案件の実例から具体的にどのような方法が可能なのか、実用に耐えられる形で明確になっているか、こうした点を把握しておく必要があります。
Q:法律上規定されているだけではなく、記載されていない点も含めて明確になっている必要があるのですね。
杉田:新興国の多くでは、法律に記載があっても、実際の運用に際してはどのように解釈すればいいかが不明なことも多いのです。また、複数の法律間で相反する書き方になっていることもあり、その場合は現地の行政担当者に確認しないといけないことも多く発生します。
こうした解釈における不明瞭性は、行政官による裁量の余地を与えることを意味し、賄賂(わいろ)などがはびこる原因にもなります。
Q:実際のところ、法律の解釈が不明瞭な状況は新興国では多く発生しますか?
杉田:例えば、新興国のM&A案件で、合意が難しい際に、日本をはじめ他の先進国で行われているスキームを導入して解決しようとすることがあります。こうした局面で、制度面やその解釈に関する問題に直面しやすいですね。ストラクチャー上の自由度が低いと、当然ながら双方が合意に至るための解決策も限定的になる。その結果、案件として成立する確度も低くなります。
Q:制度面の整備について、法律以外ではいかがでしょうか。
杉田:法律以外にも、会計面や税務面での整備も同様に重要です。どの程度開示が義務づけられているのか、M&Aの検討の際に重要な会社情報の信用度にも直結してきます。
「会社情報の信用度」会社情報の信用度は案件実現性のカギ
M&A案件を進める際には、対象会社の情報をより深く理解する必要があります。そうした際に、どこの国でも上場企業であれば一定程度の情報の開示がなされています。一方、多くのM&A案件は非上場会社を対象にして行われています。非上場会社の場合は、取得できる対象会社の情報が限定的であるため、取得できる会社情報の量と精度が、初期段階での案件実施の判断に大きく影響します。
Q:次は、「会社情報の信用度」について伺います。情報の開示はM&Aをする上で重要ですが、新興国ではこれらの開示される会社情報の信用度が問題になるケースがありますね。二重帳簿などといった問題ですね。
杉田:当然ですが、現地の儲かっている非上場会社にとって、その財務情報を開示すればするほど税務当局からより高い税金を取られるということになります。そのため、新興国の企業では目的に応じて二重三重の帳簿を用意していることも多いのです。例えば、一つは銀行用、一つは税務署用、一つは自社の実態を理解するためなど目的に応じて使い分けているケースなどです。
通常M&Aにおいては、相手の会社内容を精査するデューディリジェンスを経て買収対価を決め、案件実施の可否の判断を行います。対象会社が情報を開示しなかったために、後で問題点が顕在化した場合は、その分の対価の調整などを行うようにし、より積極的に情報開示を促す形でとり進めることになります。
Q:二重帳簿などもある新興国の非上場会社のM&Aでは、対象会社にどの程度信用に足りる情報を開示してもらうかは重要ですね。
杉田:実際のところ、新興国のM&Aでは、そもそも情報自体がしっかり整理されていなかったり、また悪意を持って不利な情報を隠したりするケースがどうしても発生しがちです。その理由は、次の論点で述べる現地アドバイザーの力量のなさにも起因する点もありますが、やはりそもそもの情報の開示自体についての意識の低さに原因がある場合が多いです。
次回は、引き続き新興国のM&Aにおいて重要な考慮点について、こうした案件を進める上で重要な「現地アドバイザーの力量」などについて伺っていきます。
プロフィール:杉田浩一
株式会社アジア戦略アドバイザリー 代表取締役。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士課程卒。15年間にわたり外資系投資銀行にて、海外進出戦略立案サポートや、M&Aアドバイザリーをはじめとするコーポレートファイナンス業務に携わる。UBS証券会社投資銀行本部を経て、米系投資銀行のフーリハン・ローキーにて在日副代表を務める。著書「実践ミャンマー進出戦略立案マニュアル」(ダイヤモンド社)、「チャイナショックで荒れ狂うアジアのビジネス・リスク」(B&Tブックス)、他。現在、共同通信系メディアNNAにて、「経済ニュースから見るASEAN」を連載中