【海外M&A:東南アジア】新興国企業で優良案件が出てくるケースとは。現地企業におけるM&Aの戦略的な位置づけ

2017.10.22 海外市場

東南アジアでのM&A戦略について考えていく連載。

今回は、新興国におけるM&Aの難易度に影響を与える「現地企業におけるM&Aの戦略的な位置づけ」について。特に、新興国から先進国に成長する過程での事業ポートフォリオ戦略の浸透状況について、その結果なぜ新興国では優良な会社が売りに出てこないかについて考えていきます。

 

案件数が総じて少ない東南アジアにおいては、M&Aの件数も増減しやすい傾向に

東南アジアにおけるM&Aの状況についてみていくと、シンガポール企業が絡んだ合併・買収(M&A)は、2017年に入って急減しているようです。

トムソン・ロイターが2017年6月15日公表したデータによると、2017年上半期(1~6月)に発表された取引は金額ベースで224億米ドル(約2兆4,842億円)相当となり、前年同期から20.3%減少。同期としては2013年以来の低水準に落ち込んでいます。

案件数が総じて少ない東南アジアにおいては、M&Aの件数の推移も上下に振れやすい傾向にあります。とはいえ、今まで比較的順調な拡大基調に来た東南アジアのM&A市場も、ここにきてスローダウンしてきているのかもしれません。今後の推移が気になるところです。

<参考記事>

「上半期のM&A、13年以来の低水準」

 

「現地企業におけるM&Aの戦略的な位置づけ」が重要な2つの理由

東南アジア諸国でのM&A機会を模索していくにあたって、「現地企業においてM&Aがどのような戦略的な位置づけか」は重要です。

これらが戦略として浸透していれば、売却案件として優良な事業や会社も出てきやすいといえるためです。

Q:なぜ、「現地企業におけるM&Aの戦略的な位置づけ」がM&A案件のやりやすさに関係するのでしょうか?

杉田:以下の2つの理由があります。

(1)    事業ポートフォリオ戦略としてのM&Aの浸透

(2)    優良案件がM&A市場にどこまで出てくるか

です。

 

まず、(1)の「事業ポートフォリオ戦略としてのM&Aの浸透」は平たく言うと、企業がどれだけ「選択と集中」という行為について企業価値を高める戦略として意識しているか、またそのための手段としてM&Aを使うかを意味しています。

「事業ポートフォリオ戦略としてのM&Aの浸透」していると、企業もその戦略を進めていくにあたっての手段として「M&A」がよくつかわれ、そうしたっ機会も増加していくと考えられます。

これらを理解するために、まずは新興国の経済発展と企業グループの構造、そしてそれに応じた事業ポートフォリオ戦略がどう変わるかについてみていく必要があります。

 

「選択と集中」は新興国でも有効なのか?

ゼネラル・エレクトリック(GE)のCEOを務めたジャック・ウエルチが実施した戦略としてもよく知られている「選択と集中」。

重要ではない事業を売却したり、人員を削減し、そうした経営資源を自社の強い領域に投下する成長戦略です。優先度の高い事業に集中するため、経営資源を投下する必要がないと判断すれば例え黒字の事業であっても売却したり撤退することになります。

こうした意思決定の中で、結果として優良な売却案件が市場に出てくることがあるのです。そのため「選択と集中」がどの程度浸透しているかは、よい売却案件が出てくるかという観点で、M&A市場に影響があるといえます。

Q:現在は日本企業も多くが採用している事業ポートフォリオ戦略。製品ライフサイクルの短期化やグローバル化など競争環境の激化に伴い、「選択と集中」の重要度が増していっています。こうした状況は新興国でも同様と考えていいでしょうか?

杉田:このような「選択と集中」は、実は市場の成長が鈍化し、かつその市場に多くの競争相手が存在し、自社の限られたリソースの中で競争優位を確保しないといけない先進国において主に有効で、新興国においては必ずしも有効な戦略ではありません。

特に、市場の成長が見込める新興国では、「選択と集中」よりも、より幅広く新しい産業領域に進出していくことが重要になります。

 

Q:新興国では、先進国に比べて、「集中と選択」よりも新しい産業領域への進出の方が重要と考えられているということですね。

杉田:国が経済成長していく過程において、新興国においては、新たな産業がよりダイナミックに生まれ、その新たな市場に新たな企業が参入し、マーケットシェアの拡大をはかろうとします。

このような状況においては、いかに新しく生まれる市場に他社より早く参入して、そこでのシェアを他社より拡大するかが重要です。従って、通常大手の企業は次々に生まれる新しい業界にどんどん横展開を行い、結果として幅広い業種をカバーする企業グループ、つまり財閥が生まれていくことになるのです。

これは、日本の歴史を振り返っても同様で、今でこそ先進国である日本にしても、明治・大正時代に一気に広がった多くの新しい産業分野に、先行企業がどんどん横展開することで、4大財閥をはじめとする財閥が形成されていきました。

新興国における事業立ち上げの際には、許認可取得にかかる政府とのコネクションや資金調達力がポイントになりますが、こうした点にたけている既存大企業が、より新事業を行う際にも優位なポジションを維持しがちです。

 

Q:なるほど。先進国になるにしたがって、産業の成長が鈍化し、各業界において企業間の競争が激化していきます。そうして、各市場における企業の優劣がはっきりしてくると、単純に横展開で売り上げを伸ばせるような状況ではなくなっているということですね。

杉田:その市場のトップ層の企業しか勝ち残れないとなると、競争優位性がそれほどない事業は売却し、強い事業をより強化していくようになります。こうして、「選択と集中」が有効になり、その結果として事業の売却も積極的に行われるようになります。

 

つまり、先進国になるほど、「選択と集中」が重要になり、その結果事業の売却も頻繁に行われるようになり、M&Aの市場が活性化します。

一方で、新興国では、「選択と集中」での競争優位を獲得するよりも、伸びている経済状況の中で新しい業界に進出し、事業拡大していくことを優先していくために、小規模な売却案件は出てくるのかもしれませんが、こうした企業グループなどから優良な売却案件は出てきにくいのかもしれません。

新興国では優良企業/事業は売りに出にくい

 

先進国では上記のような「選択と集中」の中で、優良な売却案件も出てきてM&A市場が形成されていきます。振り返って高成長企業が多い東南アジアの新興国では異なる状況といえます。

Q:M&A市場が未成熟な東南アジアでは企業からの良質な売却案件はどの程度あるでしょうか?

杉田:総じて高成長している企業は、業績の良い事業についてはその規模拡大を目指しがちで、あえて他の事業を売ってリソースを集中していくことで、注力したい事業をさらに強くしようとは思っていません。従って、こうした優良企業はM&Aの買い手になることはあれども、主力ではない事業を売りに出す、いわゆる売り手側にはなかなかならないのが現実です。

市場が急速に拡大している東南アジアの新興国においては、グループ戦略として「選択と集中」よりも、単純な事業拡大が重要視されがちです。そのため、事業戦略としての会社の売却があまり重要視されないのです。その結果、「良い事業だけど、グループの価値最大化のためにこの会社を売って、他の事業に集約しよう」といった、「いい売り案件」が出てくる戦略的な理由付けが希薄になりがちです。

これが、2つ目の論点である「優良案件がM&A市場にどこまで出てくるか」に関係してきます。つまり、こうしたいい案件があまり市場に出てこない新興国では、どのように優良案件を見極めるかが重要になってくるのです。

結局、先進国では「選択と集中」によってよい売却案件が出てくることがありますが、新興国ではそうした戦略は取られていないため、なかなか優良案件が出てきにくいといえるようです。

新興国企業で優良案件が出てくるケースとは?

 

Q:新興国のM&A市場では、優良案件が出てくる理由が希薄だということがわかりました。そうなると、どのような場合に、比較的事業内容の良い売却案件が出てくるのでしょうか?

杉田:優良な売却案件が少なくなりがちな新興国のM&A市場においても、中には優良な事業が売りに出るケースはあります。どのような時にそうした優良案件が出てくるかというと、次の5つのケースがあります。

1つ目は、事業継承案件です。創業者がもう事業を継続する意思がなく、一族にそれを継承する人がいない場合です。

2つ目は、「選択と集中」の場合で、より儲かる事業にお金を注ぎたいため、他に売れる事業を売るケース。新興国で多いのは、不動産開発などへの資金のねん出のため、他の事業を売るケースです。

3つ目は、買い手が法外な値段を支払う場合です。同じ業界で外資が高値で買っていくことがあると、自分の会社もそのくらいの値段で買う外資はいないかと売却の機会を模索することになります。

4つ目は、さらなる事業拡大を行う必要があるのだが、そのための資金力が不十分なケース。ただこの場合は最初から過半数を取得できる案件としてではなく、少数株主を募る案件として始まる場合が多いです。

5つ目はファンドが保有している案件が売却されるケースです。

こうした理由の場合は、比較的事業内容がいい会社の売却案件になっている可能性があります。従って、なぜこの会社が売却に至ったのかの理由の確認は、特に新興国ほど重要になってくるのです。

事業戦略上、優良な売却案件で出てきにくい新興国のM&A市場。だからこそ、優良そうな案件が出てきた場合については、その背景や理由を確認していく必要があります。

売り手は「本当の」売却理由は言いたがらない

優良な売却案件については、その背景や理由の確認が重要とありますが、通常のM&Aでもその売却当事者に聞いてみてもその本当の理由を知ることは難しいです。

Q:東南アジアなど新興国においては、優良な会社が売りに出される機会は少ない。だからこそ、売却の背景なども考慮しつつ、数少ない良質な売却案件を見極めていく必要がありますね。

杉田:そうですね、売却される案件は、それだけ会社の内容に問題がある場合が多い。

売り手側に単に売却理由を聞いても、「グループ事業の選択と集中のため」などと、それこそ聞こえのいい理由を言ってくる場合がほとんどです。当然ながら「会社の内容が良くないから、売らざるを得ない」などといった言い方はしてこない。従って、本当の売却の理由は何なのかをしっかりと見極めることが、不良案件をつかまないためには重要です。

 

優良な案件が出てきにくいということは、一見優良そうな案件であっても、実は事業の内容がよくなかったり、不良案件のリスクが高いかもしれません。

今回は、新興国で優良案件が出てきにくい企業の戦略的な事情について解説頂きましたが、だからこそ「優良そうな」案件が出てきたときには背景と理由を確認することが重要であることがわかります。

こうした情報獲得についても、売却当事者の企業にヒアリングをかけても正確な情報が取れない可能性があるため、M&Aアドバイザーやその他の情報の獲得経路を活用して、いくつかの見方や背景情報を取得していく必要があります。現地のリサーチ会社などを活用することも手かもしれません。

 

次回は、「資本市場の整備状況」について説明します。

プロフィール:杉田浩一

株式会社アジア戦略アドバイザリー 代表取締役。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士課程卒。15年間にわたり外資系投資銀行にて、海外進出戦略立案サポートや、M&Aアドバイザリーをはじめとするコーポレートファイナンス業務に携わる。UBS証券会社投資銀行本部を経て、米系投資銀行のフーリハン・ローキーにて在日副代表を務める。著書「実践ミャンマー進出戦略立案マニュアル」(ダイヤモンド社)、「チャイナショックで荒れ狂うアジアのビジネス・リスク」(B&Tブックス)、他。現在、共同通信系メディアNNAにて、経済ニュースから見るASEANを連載中