【海外M&A:東南アジア】M&A環境の成熟度がもたらす案件プロセスへの影響
今回は、新興国M&Aについて掲載したこれまでの内容の総括。
一般的なM&A案件のプロセスを見たうえで、どのような要素が阻害要因となるのかを見ていきたいと思います。その上で、東南アジア主要国ではどこがM&A環境が整備されているのか、その総合評価を行っていきます。
多くの理由で、無数の合併・買収(M&A)案件が日の目を見ないまま破談している
東南アジアでの個別のM&A案件の報道をみていくと、例えば以下のような案件進捗がうまくいっていない事例もみれらます。
ベトナム鉄道総公社(VR)による子会社の売却が進んでいないという報道があります。子会社の株価の低迷や買い手が付かないことが原因です。VRは対応策として、売却方式の見直しができるよう監督省庁の運輸省に提案しているといいます。VRが何度か入札にかけても売れ残っている子会社は、RCC以外にも、交通運輸建設投資社や第3建設工事投資社、第6工事社など12社以上あるという。特に第1鉄道サービス社の場合、赤字体質の上、経営陣が売却に非協力的で必要な情報公開もされていないようです。
<参照記事>
ここであるように、情報公開がしっかりされていなかったり、価格が実態と見合わなかったり、その他の多くの理由で、無数の合併・買収(M&A)案件が日の目を見ないまま破談しています。
案件プロセスごとにみるM&Aの実施しやすさ
そもそも、M&Aを実施する場合はどのようなプロセスを経て案件の終了に至るのでしょうか。そのプロセスを確認した上で、それぞれのプロセスにおいて何が重要なのかを確認していきます。
下記は、一般的なM&A案件について、簡略化した形でプロセスをまとめたものです。
(1)案件ソーシング
現地で自社の戦略に合致する案件のソーシングを行う。
杉田:この段階においては、「優良な案件がどれだけ出てくるか」がカギになります。
(2)初期検討・基本合意
候補対象となる現地企業が出てきた場合、その会社がどの程度検討に値するかの確認を行う。
杉田:この段階で重要なのは、「対象候補会社の情報がどの程度開示されるか」、つまり信用に足りうる情報の入手が可能か、です。
また、どのようなストラクチャーで、どのような買収後の戦略を想定するかを併せて検討する必要があります。従って、どの程度、「案件ストラクチャーが現地で可能か」がポイントになる。こうした検討に基づき、相手側と基本的な案件の概要について交渉を行う。この段階で基本合意書を締結する場合が多いです。
(3)デューディリジェンス・契約交渉
対象会社のより詳細な情報の調査(デューディリジェンス)を行う。
杉田:この際には、「正確な情報が先方からしっかり開示されること」や、「相手側のアドバイザーがそのプロセスをしっかりと仕切れるか」が重要になる。
その後、最終契約の交渉を行い、契約内容について合意に至る場合は、締結及び発表となる。そのためには、「信頼感に基づいた交渉」が、重要なポイントになる。
(4)クロージング
契約合意後は、業界や国にもよるが、案件を実行するための必要な許認可プロセス等が発生する。また、許認可の取得等、所定の条件を充足したら、資金の振り込みや株式の取得等のクロージングプロセスを行う。
杉田:この段階において重要なポイントは、「許認可がいつ頃取れるか、そのプロセスがどの程度透明か」という点です。
新興国において国別にM&Aの難易度を決める要素とは
新興国におけるM&Aは、既にM&Aの市場が確立されている先進国とは状況が異なります。
そのため、これまで日本や欧米でのM&Aを手掛けてきたような事業会社のM&A担当者やアドバイザーも、新興国でのM&Aについては異なる点について注意していく必要があるのです。
新興国におけるM&Aの実施しやすさを決定する6つの要素をまとめると、次のようになります。
M&A環境の成熟度を示す6つの要素
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制度面の整備状況
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M&A案件のストラクチャー設計の自由度
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外資企業の活動可能領域の広さ
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許認可取得の容易さ及び明瞭さ
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会社情報の信用度
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案件検討の容易さ
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デューディリジェンスへの対応の容易さ
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相手方企業のとの信頼醸成上重要
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現地アドバイザーの力量
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しっかりとした案件をソーシングしてこられるか
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案件の内容を正しく伝えられるか
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売り手側の企業を正しく案件に誘導できているか
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案件全体の状況をハンドルできているか
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現地でのM&A案件数や過去実績の蓄積
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対象企業のベンチマーク価格がより現実的な水準に
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相手をだますインセンティブが比較的下がる
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現地のアドバイザーの力量が上がること
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現地企業におけるM&Aの戦略的な位置づけ
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事業ポートフォリオ戦略としてのM&Aの浸透
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優良案件がM&A市場にどこまで出てくるか
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資本市場の整備状況
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会社における情報の開示におけるスタンス
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価値評価における指標
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企業買収のための資金調達
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制度面の整備度合いは、案件ストラクチャーの難易度、許認可取得の取りやすさなどに影響
Q:これまでみてきた6つの観点がそれぞれM&Aのプロセスの観点でどのようにかかわっているのでしょうか?
杉田:M&Aプロセスにおいて上記の6つの事項がどのように関わるかについては以下のような点を見ていきます。
- 優良な案件がどれだけ出てくるか
- 相手企業の評価のしやすさ
- 案件ストラクチャーの設計の難易度
- 信頼感に基づく交渉が可能か
- 条件交渉のしやすさ
- 許認可の取りやすさ
例えば、制度面の整備度合いは、案件ストラクチャーの設計の難易度、許認可取得の取りやすさなどに影響し、現地アドバイザーの力量によって、優良な案件がどれだけ出てくるのか、相手企業の評価のしやすさ、交渉のしやすさなどに影響していきます。
このように、各案件プロセスにおいて、今まで見てきた要素が深く変わってきています。こうした条件が総合的に整備されることによって、よりM&Aの実現確度が高まっていくといえます。
国別の総合評価、東南アジアでM&A環境が整っている国とは
Q:最後のまとめとして、総合的に見て東南アジアを見渡した場合、どこがM&A環境として整っているといえるのでしょうか?
杉田:あくまで今までの経験に基づいた主観的な評価ですが、6つのM&A環境を決定する要素の観点から、東南アジアの主要国におけるM&A環境の総合評価を独自に集計してみています。
その結果としては、シンガポールが最も整備されていて、続いて、マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナム、ミャンマーの順により環境として整備されている印象です。ほぼ一人当たりGDP(国内総生産)に比例するように、整備環境は下がっていくイメージです。
今後、経済環境の発展により、M&A環境の整備も進んでいくと思われます。
まさに各国の経済成長や市場の動向をみながら、各国のM&A環境についても注視しつつ、東南アジアでのM&Aを検討していきたいですね。
プロフィール:杉田浩一
株式会社アジア戦略アドバイザリー 代表取締役。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士課程卒。15年間にわたり外資系投資銀行にて、海外進出戦略立案サポートや、M&Aアドバイザリーをはじめとするコーポレートファイナンス業務に携わる。UBS証券会社投資銀行本部を経て、米系投資銀行のフーリハン・ローキーにて在日副代表を務める。著書「実践ミャンマー進出戦略立案マニュアル」(ダイヤモンド社)、「チャイナショックで荒れ狂うアジアのビジネス・リスク」(B&Tブックス)、他。現在、共同通信系メディアNNAにて、「経済ニュースから見るASEAN」を連載中